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26.運命のお茶会

 お茶会の授業は、生徒が貴族中心である王立アウローラ学園ならではのものだ。

 月に一度、全学年合同で行われるそれは、なかなかに大規模で、みな強い気合いをもってして挑んでいた。


「ふふっ、お姉様と同じテーブルだなんて……」

「フィオラさん、集中してちょうだい」


 お茶会のテーブルはランダムに決められ、学年もクラスも混ぜられるのだが、偶然にもラヴィニカと同じテーブルについたフィオラはひどくご機嫌だ。

 ラヴィニカは、フィオラが浮かれてミスをしないかと心配になりつつ、素早く周囲を見回した。


「なあ、聖女様とノービレ嬢が同じテーブルって……」

「ああ。危なくないか?」

「聖女様お可哀想……」


 学園内で広がる、ラヴィニカがフィオラ嫌がらせの首謀者、という噂はまだ健在だった。

 生徒たちはラヴィニカがフィオラになにかするのではないか、と視線を向けてくるのだ。


(こんな公衆の門前で、何ができるというのよ)


 わざとお茶をこぼしたりだろうか、なんて思考を明後日に飛ばしているうちにお茶会の授業が始まる。

 同じテーブルには、ラヴィニカとフィオラの他に三人のご令嬢がいた。


「聖女様とご一緒できるだなんて、光栄ですわ」

「ええ。いつかお話してみたいと思っておりましたの」

「聖女の修行はとても大変とお聞きします。尊敬いたしますわ」


 全員、それなりに身分のある良家のご令嬢だ。

 いかにも箱入り娘といった風貌で、にこにこと会話を楽しんでいる。


(デクリーア嬢は、同じテーブルではないのね)


 てっきり同じになるかと思っていたのだが、そうではないらしい。

 自分にまったく話を振られない会話を聞きながら、ラヴィニカはウルティアの姿を探す。


(……いた)


 ウルティアは、テーブルを二つ挟んだところで談笑していた。

 ラヴィニカはそれとなく警戒しつつ、給仕が運んできたお茶とお菓子に目を向ける。

 お茶会の授業は、食事のマナーや作法を事細かに見られるのだ。一瞬も気が抜けない。


「まあ、美味しそうなお菓子ですわ」

「早速いただきましょう」


 各々、目に付いたお菓子を手に取る。

 ラヴィニカは、苺のケーキを選んだ。


(和やかね)


 なにか起きるかもと思っていたが、杞憂だったようだ。

 ラヴィニカは口を潤そうと、カップに手を伸ばした。


 ガチャン

 

「キャーーーーッ」


 その時、つんざくような悲鳴が耳を突き刺し、カップに触れかけた手を止めた。

 何事かと周りを見回すが、視界の端に映ったゆっくりと倒れ込む体に視線が引き寄せられる。


「フィオラ、さん……?」


 フィオラが、机にうつ伏せになって倒れている。

 見れば、フィオラの足下に割れたカップが散乱していた。

 どういうことか、なにが起きているのか。ラヴィニカは混乱する頭で必死に考える。


(フィオラさん、意識が、ない?)


「誰かーッ、誰か、来てくださいっっ!!」


 令嬢のひとりがそう叫び、あたりが騒然とする。


「どうした、なにがあった!!」


 すぐさま馳せ参じたのは、アルジェントだ。

 生徒会長であるアルジェントは、今日のお茶会の運営にも携わっていた。


「フィオラ……!?」


 倒れ込むフィオラを見るなり一目散に駆け寄って抱き起こす。

 彼女の意識がないとわかるや否や、同じテーブルにいた令嬢たちを問い詰めた。


「なにがあった!?」

「わ、分かりませんわ。ただ、聖女様が紅茶を召し上がってすぐにお倒れになって……ッ」

「……毒か」

「え!?」


 アルジェントは即座に状況を把握し、周りに叫んで指示を出す。


「動けるものは医務室へ連絡を! あとは、ありったけの水だ!!」

「わ、私、医務室に行ってきますわ!」

「僕は水を!」


 号令に従い、一斉に動き始める生徒たちを見て、アルジェントはフィオラの身体を揺さぶり始めた。


「フィオラ、フィオラ……ッ」


 一方のラヴィニカは、微動だにせず、一連の出来事を眺めていた。

 呆然としているようで、唇を震わせている。

 それに気づいたアルジェントは、ラヴィニカにも声をかけようと口を開く。


「おい、ラヴィニカ。しっかりしろ」

「……あ」


 ラヴィニカはガタリと音を立てて席を立つ。その拍子に、袖口からガラス小瓶がこぼれ落ちた。


「ラヴィニカ……? それは」


 アルジェントが追求する前に、同じテーブルにいた令嬢のひとりが、ぽつりと呟く。


「まさかそれが……毒?」


 その呟きは、水面に広がる波紋のように瞬く間に生徒たちへ伝染していく。


「うそだろ」

「ひどい」

「よくも、聖女様を」


 生徒たちは、さもラヴィニカがフィオラに毒を持ったのだと言うように囁き出す。


「待って。私ではないわ」


 ラヴィニカが、そう主張したところで変わらない。

 生徒たちのラヴィニカを見る眼差しは、完全に罪人を見る目だ。


「静粛に!」


 これを一喝し、鎮めたのはアルジェント。


「まだ、そうと決まったわけではない! 誇り高きアウローラ学園の生徒が、憶測だけでものを語るな!」


 アルジェントは生徒たちが口をつぐんだのを確認すると、ラヴィニカに目を向ける。


「ラヴィニカ、すまないが君の疑いを晴らすためにも、その小瓶を預かっても良いだろうか?」

「……ええ」


 ラヴィニカが頷くと、アルジェントはホッとしたように息を吐いた。

 ラヴィニカがアルジェントに小瓶を手渡したとき、本校舎の方向から走ってくる人影が見えた。

 医務室の先生が駆けつけてくれたようだ。


「先生! こちらです!」


 アルジェントは大きく手を挙げ、先生を呼ぶ。アルジェントと先生は少し話すと、アルジェントはフィオラを横抱きして立ち上がった。


「僕は、フィオラを医務室に運ぶ。この小瓶は、後ほど調べさせてもらおう」


 アルジェントはそう言い残し、走り去ってしまった。

 その後、教師陣の号令でお茶会は中止となった。生徒たちのラヴィニカを見る視線は鋭い。

 しばらくすると、生徒会のひとりがラヴィニカに近づき、寮の自室で待機するよう言った。


「分かったわ」


 ラヴィニカも素直に応じ、自室へまっすぐ戻る。

 脳裏には、ぐったりとしたフィオラの姿が残っていた。


 〇〇〇


 寮の自室で窓の外を眺めていると、コンコンとドアをノックする音が聞こえた。


「どうぞ」


 ドアを開けて入ってきたのは、生徒会役員と数人の教師だった。


「残念ですよ。ラヴィニカ嬢」


 訪ねてきた彼らの顔が、罪人を断罪する執行人のような雰囲気を纏っている。

 ラヴィニカは嫌な予感にかられながら、彼らの次の言葉を待った。


「あの、小瓶の中身ですが——マドレイアという毒薬でした」


 複数の教師がラヴィニカを取り囲み、厳しい視線を向けている。


「ラヴィニカ嬢。あなたの身柄は、王宮の警備部門に引き渡します。それまで、別室で待機していただきますよ」

「そう」


 ラヴィニカは抵抗もせず、立ち上がる。

 別室に移動するまでの間、罪人を移送するときのように教師に取り囲まれたままだった。


 〇〇〇


「やってくれたわね……」


 ラヴィニカは自室よりもはるかに狭い簡素な部屋で、ひとり寂しくイスに座っていた。

 窓の外では夕日が輝いているが、部屋は光もなく薄暗い。

 光を灯す魔道具はあるが、ラヴィニカには使えないのだ。


「お嬢」

「……ルカ?」


 ここにいるはずのない従者の声が聞こえて、思わず腰を浮かす。

 部屋の中にルカの姿はなかった。

 キョロキョロとあたりを見回すと、窓の外からルカが顔を見せた。


「どうしたの?」

「逃げましょう、お嬢」

「なにを言っているの?」


 ルカの表情は、逆光で見えなくなってしまっている。


「このままでは濡れ衣を着せられてしまいます。一度身を隠して、逃れましょう」

「それでは、もっと疑われてしまうわ」

「いいえ。今は逃げるべきなのです」


 ルカがいつもより頑なだ。

 ラヴィニカは窓の鍵を開け、ルカの方に身を乗り出した。


「そんなことをしたら、ルカだって罰せられてしまうわ」

「お嬢のためなら、なんでもありませんよ」


 ルカはそう言うと、窓についていたラヴィニカの腕を強引に取ってしまう。


「——え」


 無理矢理腕を取られたラヴィニカは姿勢を崩し、ルカの方へ身体を倒してしまう。

 ルカはラヴィニカを受け止めると、部屋から引きずり出してしまった。


「ちょっと、ルカ? 早く、戻して」

「すみません、お嬢」


 ルカの短い謝罪を最後に、ラヴィニカは首に衝撃を感じる。

 なぜ、と思う間もない。

 ラヴィニカの視界は黒く塗りつぶされ、意識は遠のいていった。

 

 

 

 

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