23.悪役令嬢の作り方
声は次第に消えかかっていき、最終的には口を閉ざしてしまった。
フィオラの弱り切った姿に、ラヴィニカは自分の胸が潰れたように感じる。
ラヴィニカは、やるせない気持ちにかられて言葉を発する。
「どうして、言ってくれなかったの」
「……っ」
「まあまあお嬢、フィオラちゃんはお嬢に心配をかけたくなかったんですよ」
ルカになだめられ、責めるような口調になってしまったと反省する。しかし、ルカの言い方が引っかかり、静かに問うた。
「まさかとは思うけれど……ルカは、知っていたの?」
「まあ、フィオラちゃんから相談を受けていたので」
「しかも、僕より先にだ」
ルカはあっさりと白状をする。
そういえば、ルカの言動に違和感を覚える時が多々あったのだが……そういうときは、決まってフィオラからの相談を隠す時だったのだろう。
しかも驚くべき事に、アルジェントより先に相談を受けていたようだ。
アルジェントは恨みがましくルカを見つめている。
わざわざ付け足してラヴィニカに主張してくるあたり、相当嫉妬が根深いらしい。
「わた、し」
ぽつりと、絞り出すような声がフィオラからもれた。
全員の視線が、フィオラへ向けられる。
「私、みなさんに心配、かけたくなく、て。この程度、へっちゃらだ、って、そう思って」
フィオラの声は、だんだんと涙声になっていく。
ラヴィニカは胸が締め付けられるような気持ちになり、そっと言葉を返していた。
「それでも、教えて欲しかったわ。一緒に、考えたかった」
「……っ」
ラヴィニカは一度目をつぶり、アルジェントに続きを促す。
「さて、これで全部かしら?」
「……そうだな。そろそろラヴィニカにも相談しなくてはと思っていたことだ。話そう」
そしてアルジェントが語った事情に、ラヴィニカは思わず額に手を置いた。
「なるほどね。私が嫌がらせの犯人っていう噂に、婚約者の差し替えまで……よくも今まで黙っていてくれたわね?」
「それに関しては、悪かったと思っている」
アルジェントはそう言うが、おそらく口止めしていたのはフィオラだろう。
アルジェントならば、ラヴィニカへの配慮云々の前に、報告すべき事項として事務処理をするような感覚で告げただろうから。
(まったく、手懐けられちゃって)
それを、報告の必要性以上に、フィオラの気持ちを優先した。
実際、知らされずに生じた弊害といえば、ラヴィニカの気分が悪くなったことだけなので、問題ないといえば問題ない。
最初から知っていたところで、対処できたとも思えない。
ここ最近、他の生徒から向けられていた意味深な視線も、これが理由だったのだろう。
ひとつだけ、腑に落ちないことがあるとすれば
「ねえ、ルカ」
「なんですか、お嬢?」
「あなた、全部知っていたわね」
「なんのことでしょうか」
すっとぼけるルカの横腹を小突きたい気持ちにかられる。
ラヴィニカは、自身に関する具体的な噂を聞いたことはなかった。
当たり前だ。あんな不敬な噂、本人やアルジェントの目の前で口にすれば罰せられてしまう。
ラヴィニカは公爵令嬢であり、アルジェントの婚約者なのだ。
だが、ルカならば。従者であるルカの前であれば、みな気にせず話していただろう。
婚約者差し替えの話も、ルカほどの情報収集能力があれば容易に知ることができる。
(まあ、これを今追求しても仕方がないわね)
それにしても、とラヴィニカは思う。
公爵令嬢を相手に、噂とはいえ犯人だと断定しすぎてはないだろうか。
魔力欠失症の娘を第一王子の婚約者から下ろしたい、という意図もあるのかもしれないが、あまりにも話ができすぎている。
新学期からフィオラへの嫌がらせが始まり、犯人はラヴィニカであるとする噂が広まった。
それに乗じて、婚約者差し替えの話が出た。
あまりにも、流れがスムーズすぎる。
(シナリオの流れに、少し似ているわね)
乙女ゲームの悪役令嬢ラヴィニカも、フィオラが聖女になったことをきっかけに婚約者の差し替えの話が出るのだ。
——まるで世界がラヴィニカの破滅を、悪役令嬢になることを、望んでいるようではないか。
(そうなれば、本当に殺すことでしか解決できなくなってしまう)
誰かに無理矢理、婚約破棄に導かれるようなことがあれば、破滅の未来は逃れられない。
であるならば、自ら破棄してしまえばいいのでは。そう思ったラヴィニカはそのまま自分の考えを口にする。
「なるほどね。それなら、いっそのこと婚約を破棄してしまう? 今なら、スムーズにいくかもしれないわ」
ラヴィニカは軽い口調でそう言ったのだが、場の空気が一瞬で凍り付いた。
「馬鹿を言うな」
一拍遅れて、アルジェントが即座に答える。
アルジェントはラヴィニカを叱るように、眉尻をつり上げた。
「そんなことをすれば、噂を自ら肯定するのと同義だ。言ったはずだ。たとえ婚約破棄することになっても、ラヴィニカの傷を最小限にすると」
「お姉様が傷つくのは、ダメです! 断固拒否します!」
「あなたたち……」
ずっとうつむいていたフィオラでさえ、そう口にする。
とはいえ、状況を好転させる方法があるわけでない。
噂というのは厄介なもので、当事者が否定したところで収まるものではないのだ。
結局、噂は静観するしかないという結論に落ち着いた。
解散間際、「今、婚約破棄はしないからな」とアルジェントに念押しされ、ラヴィニカは適当な返事をして生徒会室を後にした。
〇〇〇
生徒会室から寮までの帰り道。
ラヴィニカとルカは途中、フィオラが突き飛ばされたという階段にさしかかった。
ラヴィニカはとあることに気がついて上を向いた。
「ねえ、ここの光を灯す魔道具、壊れていない?」
「本当ですね、チカチカしているし光も弱いです。今度、先生に報告しておきましょう」
「そうね」
階段を下りきり、ラヴィニカとルカが無言で歩いていると、本校舎一階の談話スペースに人だかりができていることに気がついた。
誰かを中心に囲い込み、ざわめきだっている。
「今日って、なにか集まりがあったかしら?」
「いえ。なかったと思いますが」
ふたりで目を見合わせその横を通り過ぎようとしたとき、涙をにじませた甲高い声が耳に届いた。
「わたくし、見てしまったんです。聖女様を突き落とした方の髪色が、キャラメル色でしたの……っ」
(——は?)
その声は、最近よく聞くもので……神経を逆なでする女の顔を思い出す。
「キャラメル色?」
「それ、って……」
集まっていた人たちは、お互いに「まさか」「噂は本当だったんだ」と囁き合って、目を見交わす。
その内、その中のひとりがラヴィニカの存在に気がついた。
「——あ」
ラヴィニカが、足を止めてしまったのも良くなかった。
思わず人だかりの方を見れば、その場にいた全員の視線も、ひとり、またひとりと、ラヴィニカの方に向いた。
人だかりの中心では、目を潤ませたウルティアが両手で口元を覆っている。
(これ、は)
ラヴィニカを見る全員の眼差しが、疑いに染まっていた。ひそひそと、薄暗い囁きがあたりに広がっていく。
ラヴィニカは自身のキャラメル色の髪を目の端に捉えながら、避けられない運命を悟った。
——破滅。
世界が、ラヴィニカをそちらに誘っていく。
まるで、そうあることが正しいのだと、言わんばかりに。




