15.トラブルはお断り
「お姉様、私、私……」
「落ち着いて。ひとまず学校に帰りましょう。警備隊への連絡は私たちがしておくわ。……ルカ」
「はい、お嬢」
ひどく狼狽した様子のフィオラをなだめ、ラヴィニカはサッとルカと目配せをする。
ラヴィニカの意図を把握したルカは、すぐさまこの場を走り去って行った。
「ラヴィニカ。ルカをどこに向かわせたんだ?」
「警備隊のところよ。さっき言ったでしょう」
「そうか……なら、いいけれど」
アルジェントの探るような視線を無視し、ラヴィニカはフィオラの背をさする。
「今はそんなことよりも、早く学園へ。フィオラさんを休ませなくては」
「お姉様、すみません、せっかく、おそろいにしてくださったのに」
「いいのよ、そんなことは」
ラヴィニカそう言いながら、フィオラにそっと寄り添う。
アルジェントもフィオラの様子を一瞥し、うなずいて答えた。
〇〇〇
学園の正門をくぐったところで、隣のフィオラの肩から力が抜けたのを感じた。少しでもほっとできたのだろうか。
ラヴィニカはずっと寄り添っていたフィオラから身体を離し、アルジェントの方へ押しつける。
「お姉様……?」
不安そうな瞳のフィオラの肩を一度叩き、まっすぐな視線でアルジェントを見上げた。
「アルジェント、フィオラさんのことをお願いしても良いかしら」
「それは構わないけれど……ラヴィニカはどうするんだい?」
「私はルカと合流するわ。事情を説明する人間は多い方がいいもの」
「それなら僕が行こう。フィオラ嬢と一緒にいるのはラヴィニカの方が」
「いいえ。私、男の特徴をよく覚えているもの。アルジェントはフィオラさんを咄嗟にかばおうとしていたから、あまり覚えていないんじゃない?」
「それは……」
「やはり、私の方が適任よ」
アルジェントはまだなにか言いたげではあったが、ラヴィニカは取り合わず今度はフィオラに視線を向ける。
「大丈夫よ、フィオラさん。きっと男は捕まるわ」
「ありがとうございます、お姉様」
青ざめていたフィオラの顔が、段々と普段通りの溌剌さを取り戻してきている。
これなら大丈夫だろうと、今度こそアルジェントにフィオラの手を渡した。
「アルジェント」
「……分かった。引き受けよう」
アルジェントはフィオラの手を取り、自分の方へと引き寄せる。
「フィオラ嬢、生徒会室でお茶でも飲まないかい? 僕は王族だけれど、それなりにうまいと思うよ」
「……では、お言葉に甘えて」
アルジェントはフィオラを安心させるように微笑み、本校舎の方へと歩みを進めた。
なんだか、無茶はするなよ、という視線を向けられたような気もするが、気のせいだろう。
ラヴィニカはふたりのシルエットが小さくなったのを見届け、「さて」と誰にともなく呟いた。
「ルカ。首尾はどう?」
ラヴィニカは虚空に向かって、そう声を投げかける。
本来、その声に返事があるはずなどないのだが
『はい。今、男を発見しました。王都の裏路地を歩いています……制圧しますか?』
「待って。私も合流するわ。そのまま追跡を続けて」
『かしこまりました』
まるでこの場にルカがいるようなやりとりを、ラヴィニカはする。
これは、ルカの風魔法による遠隔通話だ。非常に便利な魔法なので、ラヴィニカたちはよく利用している。
ラヴィニカは正門から学園を出て、三人で歩いてきた道を再び歩く。
目的地は、ルカが視認しているという男の元だ。
(フィオラさんを悲しませた分、取り戻させてもらうわ)
ラヴィニカは石造りの建物が落とす長い影を縫うように歩いた。夕日に染まる王都では、人々の視線はまだ立ち並ぶ店へ向いている。だからこそ、裏路地へ入る彼女の姿に気づく者はいない。
〇〇〇
ルカとは思いのほかすぐに合流ができた。
合流地点は王都の入り組んだ裏路地、その一角だ。
ルカは赤レンガの屋根の上で、路地を進む男の後をつけていた。
「ルカ、あれがそう?」
「はい。間違いなくあの男です」
ラヴィニカもじっと目を細めるが、その痩身や手入れされていない毛髪が自身の記憶と合致した。
ただのスリかとも思っていたが、やけに落ち着きなくあたりを見回しているのが気にかかる。
「どうします、お嬢。男が行く場所を警備隊に通報する方法もありますが」
「それでは、フィオラさんの髪飾りを確実に取り戻せないかもしれないでしょう」
「それは、そうですが……やっぱり、こうなるんですねえ」
ルカはやれやれ、と肩をすくめる。呆れた様子を示してはいるが、こうなることを予想していたとも言いたげだ。
「せめて、男の行き先だけ確認しません?」
「不要よ。私の目的は髪飾りを取り戻すことだけ。不用意に顔をさらす人数を増やす必要はないわ」
「それもそうですね」
ラヴィニカとルカは目を見合わせ、音もなく男の後ろへ着地する。
かけ声や合図を送ることなく、シンクロした動きで男へ肉薄した。
「……!?」
あと数ミリで男の懐へ手が届く、というところで殺気でも感じたのか男が振り返る。
「な、なんだ、お前ら!?」
「あーあ。どうします、お嬢」
「どうもこうも、予定通りよ」
ラヴィニカは、追撃の手を緩めなかった。
そのまま流れるように回し蹴りを放つ。
ラヴィニカの蹴りでできた風圧が、男の前髪を揺らす。
男も格闘の心得があるのか、間一髪でその蹴りを避け数歩後ろに下がった。
「チッ。また追手か!」
「先ほど、髪飾りをスったでしょう。それを返しなさい」
「髪飾りぃ!? さっきスッて騒ぎを起こしてやったのに……追いついて来やがって!」
ラヴィニカはそれには答えず、堂々と編み込んだ髪束を払って見せた。
「返すの? 返さないの? 私の興味は、それだけよ」
「俺は捕まらねえ。捕まらねえ! ここで殺してやる!」
「そう、残念ね」
錯乱しているのか、男の言うことは支離滅裂だ。
男が懐からナイフを取り出すのを見て、ルカが一歩前に出かける。
ラヴィニカはそれを手で押さえ、足にグッと力を込めた。
——跳躍。
男がナイフを突き出すのと、ラヴィニカが大きく跳び上がるのは同時だった。
ルカが後ろに下がったことをちらりと確認し、次いであんぐりと口を開けた男の顔が見えた。
(馬鹿ね)
ラヴィニカは空中で一回転すると、男の頭部目指して着地した。
「……グガッ」
頭頂部に綺麗なかかと落としが決まった。
男は生唾を吐きながら、呆気なく失神する。
「あら、もう終わり?」
受身をとって平然と立ち上がったラヴィニカは、だらしなく口を開けて白目をむく男を見下ろした。
「お見事です、お嬢」
ルカがパチパチと手を叩きながら近寄ってくる。
「ルカ、この男を仰向けにしてちょうだい」
「はいはい」
ルカがよいしょ、と男を仰向けにし、ポケットやら懐やらをまさぐる。
「あ、ありましたよ」
ものの数秒で髪飾りは見つかり、ラヴィニカはそれを受け取った。
銀色の、オリーブのリースを模したデザイン。間違いなく、フィオラのものだ。
ラヴィニカは髪飾りを胸元に寄せ、ギュッと握りしめた。
「で? お嬢、こいつどうします?」
「そうね。顔を見られてしまったし、脅しておきたいところだけれど」
「まー大丈夫じゃないですか? こんだけガッツリ頭をやられれば、前後の記憶なんて曖昧でしょ。それに、最初から様子がおかしかったですし」
ルカは追撃するように男の頭をバンバン叩きながら言う。
それもそうかと、ラヴィニカはうなずいた。
「そういえば、この男、騒ぎを起こすためにスリをしたって言っていなかった?」
「え? ああ、そういえば」
「それに、最初会った時、この人逃げる側の人間特有の足音だったのよ。それに、私たちを追手か、って」
ラヴィニカとルカは目を見合わせ、複数人の足音が聞こえてきたことを察知する。
これは、追う側の足音だ。
「ねえルカ、もしかしてこの男」
「はい」
「何者かに、追われてた?」
ラヴィニカがそう言った瞬間、裏路地を埋め尽くすほどの暴漢たちが姿を現した。
みな手に、鉄棒やらナイフやら凶器を持っている。
「やっと追いつめた……って、なんだ? お前ら」
暴漢の頭らしき男が、ラヴィニカたちを見て眉をひそめる。
ラヴィニカとルカは声を潜め、囁きあった。
「どうします?」
「相手する必要がないわ。逃げましょう」
「それもそうですね」
幸い、すでに日も落ち、裏路地は暗闇に沈んでいる。
あるのはぼんやりとした月明かりと、壁に取り付けられた魔道具の淡い光だけ。
ラヴィニカたちの顔までは見られていないだろう。
目的を果たしたラヴィニカたちは、さっさと帰ろうと足に力を込め
「軟弱なやつらが、こんな所で何してやがる」
という声に動きを止めた。
(あ、まずい)
ラヴィニカは咄嗟に、そう思った。
隣のルカの顔から、表情全てが抜け落ちたからだ。
「……あ?」
地を這うような声音が、耳に届く。
(これはもう、終わったわね)
ラヴィニカは諦めの心で、これから起こるであろう全てを見守ることを決める。
逃げの体勢を、見守りの姿勢にチェンジし、壁際に寄った。
「おい、そこの小僧。悪いこと言わねえ。邪魔だからどけ」
「小僧……? それは、俺のことか?」
「それ以外に誰がいんだよ」
瞬間、ルカが視界から消える。
次に視認した時には、荒くれのひとりを殴り倒していた。
「……は?」
暴漢たちは間抜けな顔を晒すが、もう遅い。
こうなったルカは、ラヴィニカにしか止められない。
「殺す」
そして、唯一止められるラヴィニカに止めるつもりがないので、出来上がる惨状は押して図るべし、だ。
ルカが暴れまくる横、ラヴィニカは壁に体を預けてあくびをひとつした。




