14.おそろいの髪飾り
「お、お姉様。本当によろしいのですか」
「ええ。構わないわ」
「本当の、本当に?」
「ええ。邪魔になるものでもないし」
ラヴィニカはしつこく何度も聞いてくるフィオラに、こくりとうなずいて答えた。
ラヴィニカが本当に拒否しないと分かるやいなや、フィオラの顔が見たこともないほどに輝いていく。
「ありがとうございますっ」
フィオラの手には、金と銀の意匠の一対の髪飾り。
手のひらサイズで、オリーブのリースのようなデザインである。
フィオラはその髪飾りを嬉々として会計場所へ持って行く。
会計を終えたフィオラに、一対の髪飾りの片方、金色の方を手渡された。
「おそろいですね、お姉様!」
ルカとアルジェントを置いて雑貨屋に入ったラヴィニカとフィオラは、この髪飾りを見つけたのだ。フィオラは小さなリースというかわいらしいデザインに一目惚れして、おそろいにしたいと申し出た。
ラヴィニカはそれを承諾。こうして受け取ることになった、というわけだ。
ラヴィニカはころんと自分の手元に転がる髪飾りを見下ろす。
公爵令嬢からすれば安物としか言いようのない、一品。それなのにも関わらず、ラヴィニカはその髪飾りから目を離すことができなかった。
ラヴィニカは、キュッと髪飾りを握りしめた。
「お嬢様方、よろしければ、その髪飾りを使って髪を結ってさしあげましょうか」
「いいのですかっ?」
店主からの粋な計らいに、テンションを上げるフィオラ。
だがすぐにハッとして、上目遣いでラヴィニカを見つめる。
「……お姉様」
「はあ。分かったわ。こうなったら、最後までやるわよ」
「お姉様!!」
ラヴィニカは腕に抱きついてきたフィオラをうっとうしい、と思うどころか、心がほんわり暖かさを帯びたのを感じて首をかしげた。
〇〇〇
雑貨屋にラヴィニカとフィオラが入ってから、早十数分。
外に置いてけぼりの男ふたりは、待ちぼうけていた。
「まさか、こんなに時間がかかるとはね」
「まったくです」
男ふたり、語ることは多くない。
しゃべったり、しゃべらなかったりしながらラヴィニカとフィオラを待っていると、ようやく雑貨屋から出てくる影が見えた。
「お待たせしましたっ」
「お待たせ」
「お嬢、さすがに待たせすぎ、で」
ルカもアルジェントも、ふたりの姿を見た瞬間に言葉を失ってしまう。
なにせ彼女たちはあまりにも——
「フィオラさん。やはり、少し変なのではないかしら」
「そんなことありませんっ! とってもかわいいです」
服装こそ変わらないものの、その髪型が一変していた。
ラヴィニカもフィオラも両脇からゆるく髪を編み込み、片側へ流すようにひとつへまとめている。編み始めにオリーブのリースを模した髪飾りがつけられていた。
普段の貴族女性らしい高貴さを控えめに、素朴な愛らしさが全面に押し出されていた。
「あ、お嬢」
「ルカ。フィオラさんにどうしても、と言われてやってみたのだけれど……どうかしら。いつも下ろしているから変な感じね」
「そ、そうですね」
ルカは必死にラヴィニカから目を背け、宙を見ている。
ラヴィニカは少しだけムッとして、なんとかルカの視界に入ろうとジャンプをしたり位置を変えたりしてみる。
だが、ルカの逃亡の必死さが勝った。とうとうまぶたを閉じたルカを前に、ラヴィニカは小さく肩を落とす。
「やっぱり、変なのね」
「そんなことは! ……あ」
声音を暗くしたラヴィニカに焦ったルカは目をばっちり開け、ラヴィニカの姿を直視してしまう。
すると途端に手の甲で顔を隠してそらしてしまった。
「変なら、素直にそう言ってくれて良いのよ」
「いえ、変では決してないのですが……その、首筋が……」
「なあに? く……?」
「なんでもありません!」
ルカはそう叫ぶと、機械仕掛けのような固い動きでサッとショールを取り出し、ラヴィニカの肩にかけてしまった。
一方、アルジェントとフィオラはそんなラヴィニカとルカのやりとりを見てニヤニヤしている。
「あのおふたりは、どうしてこう、じれったいのでしょう」
「そうだね。王子の命令でくっつけてしまおうかな」
冗談交じりにそう言い合ったふたりは、自然と視線が交わる。
アルジェントは柔らかい微笑みを浮かべると、フィオラの髪をじっと見つめた。
「フィオラ嬢も、とてもかわいらしいね」
「あ、ありがとうございます」
強心臓なフィオラといえど、完璧王子に真正面から褒められて照れないわけではない。
ほんのり居心地の悪さを感じていると、吐息のような呟きが頭上に落とされる。
「眩しいな」
「……え?」
目を瞬いて見上げれば、そこにいるのはいつも通りのアルジェントだ。
「ラヴィニカも、似合っているよ」
「お世辞は良いのよ」
アルジェントに声をかけられたラヴィニカは淡々と応対するが、フィオラの耳には先ほどの呟きがこびりついて残っていた。
〇〇〇
王都での散策も充分に楽しんだ頃、日も傾き空は橙に染まっていった。
「そろそろ帰ろうか」
「はいっ。大満足です!」
四人で学園に繋がる大通りをのんびりと歩き出す。
ラヴィニカにとっても、あっというまに感じる時間だった。
そんな、穏やかな時間の中で、前方からバタバタした足音が響いてくる。
先ほどまでの人だかりが収まり、喧噪が遠のいた今、その足音はやけに大きく聞こえた。
「また行きましょうね!」
「そうだね。今度はやはり、ラヴィニカの別荘へお邪魔しようかな」
「旦那様と奥様に許可を取らないといけませんね」
ラヴィニカを除いた三人は、その足音に気がついていない。
ラヴィニカは自動的に神経が研ぎ澄まされていくのを感じる。
足音は次第に大きくなり、こちらに近づいてきていた。
(この足音は、逃げる時の足音だわ)
そう、思った瞬間、ラヴィニカたちの前に路地から男が飛び出してくる。
「わわっ」
フィオラにぶつかりかけた男は、そのままぶつかるすれすれを通り過ぎてラヴィニカたちが通ってきた道の方へ走り去って行った。
「びっ……くりしました」
胸を押さえるフィオラと、咄嗟にフィオラをかばうように腕を出していたアルジェント。
何事もなくて良かった、と笑顔を見せる二人に、ラヴィニカは静かに語りかけた。
「ねえ、フィオラさん。髪飾りは、どうしたの?」
「……え?」
フィオラはそっと髪に手をそえるが、そこにあるはずの固い感触がないことに気がつき、顔を青ざめさせる。
「まさか」
その、まさかだろう。
ラヴィニカは男が走り去って行った方向を睨み付け、いらだつ心を落ち着かせる。
やられた、としか言いようがない。
ラヴィニカは、男がフィオラとのすれ違いざま、手を一瞬だけ跳ね上げたのを思い出していた。
フィオラの髪飾りが、盗まれてしまった。




