13.放課後といえば、だよね
今年最初の試験が終わり、ラヴィニカとルカは自然と生徒会室に向かっていた。
生徒会室では、当然のようにフィオラがソファにぐったりともたれかかっている。
「疲れました……」
「淑女らしからぬ格好ね」
「あっ、お姉様! いらしたんですね」
ガバリと身体を起こしたフィオラは、ラヴィニカの隣へ素早く身を寄せる。
試験がよっぽどストレスだったのか、いつもより密着度が高い。
ラヴィニカは「暑い」とこぼしつつ、ソファへと腰を下ろした。
「ラヴィニカは余裕そうだね」
「そうね。今回は誰かさんに勝てると良いのだけれど」
「おや。勉学に関して、僕が君に負けたことはなかったはずだよ」
生徒会長席に座ったアルジェントは余裕のある微笑みをラヴィニカに向けていた。
生まれてこの方、アルジェントに勉学で勝てた試しがない。勉学に対する意欲はそれほど高くないので悔しくはないが、毎回この微笑みを見せられると闘争心は湧く。
「ルカさんは試験、いかがでした?」
「いやー僕は、平均点を取れれば良いくらいですよ」
「えっ、でもルカさん、いつも分かりやすく勉強を教えてくれますよね?」
「分かりやすかったなら、良かったです」
ルカは曖昧な笑みでフィオラの追求をかわす。フィオラは納得がいかないようだったが、ルカに差し出された紅茶を見て目を輝かせた。
ラヴィニカもじっとルカを見つめる。
「……なんですか、お嬢」
「いえ、なんでも」
ルカに渡された紅茶を嗜むが、心は雲がかかったかのように晴れない。
フィオラの言う通り、ルカは優秀だ。それこそ、学年で上位を争えるほどに。
にもかかわらず、ルカは自分が出しゃばってしまえば貴族である他の生徒に角が立つからと、わざと平均点程度に点数を落としているのだ。
それはアルジェントも知っていることであり、複雑そうな色をにじませている。
「ふふっ、試験が終わって嬉しいですっ。でも、すぐに次の試験があるんですよね……」
フィオラはひとり、喜んだり悲しんだり忙しない。
しゅんと肩を落としたかと思えば、ガバリと拳を握りしめラヴィニカに顔を寄せる。
「ということで、ご褒美をくださいお姉様!」
「なぜ、私があなたにご褒美を? なにが、ということで、なの?」
押しが強いフィオラはぐいぐいとラヴィニカに詰め寄る。キラキラとした視線が突き刺さってきた。
どうやってなだめるべきか……と考える横で、フィオラの願いを真剣に検討し始める男がひとり。
「そうだ。それなら、夏季休業にみんなで遠出するのはどうだろうか。確か、ノービレ公爵家は別荘を持っていたよね」
「なぜ、うちの別荘に当たり前に行こうとしているの?」
とても良い笑顔のアルジェントがさらりとそんな提案をする。
ラヴィニカの抗議などどこ吹く風だ。
「それもすっごく行きたいですが、今すぐのご褒美もほしいんです……」
対して、強心臓なフィオラは非常に厚かましいことを口にする。
本人は視線を手元に落とし、しおらしくしているが。
「それなら、王都にでも出かけますか? 今から行けば門限まで十分に時間もありますし」
「それですっ!」
ルカの進言を聞き、フィオラが急に元気になった。
ソファからパッと立ち上がると、ラヴィニカの腕を引いてくる。
「行きましょう、お姉様」
「私は部屋でゆっくりしたいわ」
「そんなの、いつでもできるじゃないですか! さあさあ」
最近、ラヴィニカは少しおかしい。
あの外回廊横の庭での一件以降、フィオラの押しに弱くなってしまったのだ。
特に、こんな風に海色の瞳を煌めかせられると どんなお願いでも、まあいいか、という気持ちになってくる。
「……分かったわ」
「やったあ! ルカさんと殿下も来ますよね?」
「お嬢が行くなら、僕はついて行くしかないですね」
「僕も今、仕事が終わったところだ。一緒に行こう」
ラヴィニカがフィオラの押しに弱くなっていることを知っているふたりは、この展開を読んでいたのだろう。
苦笑しつつも、手元にあった書類やティーポットを手早く片付けた。
「最近流行りのお菓子があるそうなんです! それから、お姉様とおそろいの雑貨か装飾品も欲しいですね。それからそれから……うー、時間が足りません!」
フィオラは待ちきれないと体を震わせラヴィニカの手を握りしめると、拳を天高らかに突き上げた。
「さあ、王都散策楽しみますよ!」
〇〇〇
王立アウローラ学園は王都の東端に作られた学園だ。
正門を出て歩いてすぐのところから、道に面した一階部分が店になっている家がずらりと立ち並ぶ。
パン屋に仕立屋に薬屋。店先には花や布が吊り下げられていた。
貴族であれば、学園から路面店までの少しの距離でも馬車を出すところではあるのだが
「散策ですからね。馬車ではもったいないです」
というフィオラの一声で徒歩移動となった。
王都に出たフィオラは、見るもの全てが珍しい子どものようで、きょろきょろとせわしなくあたりを見回している。
街は買い物客や商人、露天の呼び込みでごった返しており、少し目を離しただけでも迷子になってしまいそうだ。
「フィオラさん、ちょっと待って」
「お姉様、お姉様。あちらからおいしそうな匂いがします!」
「勝手に行っては……ああもう」
ラヴィニカは先ほどから振り回されてばかりだ。
ありとあらゆるところに気を取られるフィオラの手をつかんだ頃には、既に疲労感を覚えていた。
体力的には問題ないはずなので、気疲れというやつである。
「お嬢ー、あんまり傍から離れないでくださいねー」
「ふっ、何度が視察には来たことがあるけれど、こうして散策するのは初めてだな」
ラヴィニカとフィオラの後からを、ゆったりとした足取りでアルジェントとルカが歩いていた。
街行く女性たちは、アルジェントとルカとすれ違うなりポッと顔を赤らめ彼らを視線で追う。
立っているだけで目を引く彼らだ。これは、もっと変装をしてくるべきだったかもしれない、と後悔をする。
今のラヴィニカたちはいつも通りの制服やドレスでは目立ちすぎるので、平民風の服装に身を包んでいた。
ラヴィニカとフィオラは飾り気のないロングドレス、髪も簡素なリボンでまとめている。アルジェントとルカも質素なベストとシャツ姿だ。
アルジェントに関しては髪色も王族特有のものなので、一時的に黒く染めている。
それなのにも関わらず、この騒がれよう。
今後また街へ出るようなことがあれば、完全に顔が隠れるローブを着させるべきかもしれない。
「はいっ。お姉様、買ってきましたよ」
いつのまにか、フィオラの手には四人分の食べ物が握られていた。非常に香ばしい匂いが鼻孔をくすぐる。
「これは、なに?」
「フォカッチャだそうです! 今人気だそうですよ。これが食べたかったんです~」
フィオラは迷いなく、フォカッチャを頬張った。
ラヴィニカも真似して、おそるおそる口をつける。
「……」
柔らかいフォカッチャの食感と甘い小麦の風味が口いっぱいに広がる。
素直においしい、と思った。
こうして手で直接食べるのは前世を思い出し、少しだけ懐かしい。
「ほう、これはおいしいね」
「ああー、これ最近流行の……」
アルジェントとルカも同じように頬張り、フォカッチャを楽しむ。
「まだまだいきますよっ」
フィオラの勢いはまだまだ落ちない。
ラヴィニカは一度フィオラの見守りをルカに任せ、後ろを歩くことにした。
「保護者も大変だね」
「保護者になったつもりはないわ」
必然的に隣に来たアルジェントに、ラヴィニカは淡々と返す。
アルジェントはなにか面白いのか、クスクスと終始ご機嫌な様子だ。
そういえば、アルジェントもフィオラに会ってから少し変わったな、と思う。
(こんな無邪気な笑い方をする人間じゃ、なかったもの)
ラヴィニカが幼い頃から見てきた、全てを見透かすような達観したような笑顔を思い出しながらアルジェントを見上げる。
「なにかな?」
「いいえ、別に」
ラヴィニカとアルジェントはなんとなく前を、フィオラを見つめる。
「ラヴィニカ」
アルジェントは声のトーンを一段階落とした。
「デクリーア嬢に気を付けて」
「……」
デクリーア公爵家令嬢、ウルティア。
先日フィオラを取り囲んでいた彼女の顔を思い出し、わずかに顔をしかめる。
「彼女が、どうかしたの?」
「いや、ただ、父親であるデクリーア公爵の動きがきな臭くてね。彼は優秀な男だけれど、昔から油断したら食われそうな危うさもあって……今は、その動きが大きくなっているという報告もある」
「……そう」
ラヴィニカとアルジェントは視線を交えない。
ぽつりぽつりと周りに聞こえないような声量で言葉を交わす。
「デクリーア公爵家、というと、先代国王の王弟が先代当主だったかしら」
「ああ。王家の血が入っている由緒正しい家柄だよ。昔はウルティア嬢を僕の婚約者に、としつこかったな」
ラヴィニカはデクリーア公爵、という単語を頭の中で留める。
「気をつけるわ。忠告ありがとう」
「どういたしまして。最近はなんだか雲行きが怪しいからね。魔物の発生報告も多くなってきているし……」
ラヴィニカとアルジェントはそこで会話を中断した。
満面の笑みのフィオラが、こちらに駆け寄ってきたからだ。
「お姉様っ、あの雑貨屋さんに寄りませんか?」
「いいわね」
フィオラが指し示しているのは、街並みに溶け込んだ雰囲気の良い雑貨屋だ。
ラヴィニカはこくりとうなずいて、フィオラに手を引かれるままについていく。
アルジェントとルカに見送られながら、ふたりで店内に入った。




