第五章 不公平
週に二度の家庭教師にも慣れてきたころだった。
弟は相変わらず落ち着きがなかった。
算数の問題を解いていても、鉛筆を回したり、消しゴムで遊んだりしている。
一方、右隣の彼女は黙々と数学の問題を解いていた。
その日も、弟は同じ計算を二度続けて間違えた。
「またや」
私はちゃぶ台の端に置いてあったコピー用紙を一枚取り、細長く丸めた。
そして、その筒で弟の頭を軽くつついた。
「いてっ」
弟は大げさに頭を押さえた。
「痛ないやろ」
「ちょっとだけや」
「ちょっとでも痛いもんは痛い」
そんなやり取りに、おばあちゃんが小さく笑った。
私は問題集を指差した。
「ほら、もう一回やってみ」
弟はぶつぶつ言いながら鉛筆を動かした。
しばらくすると、今度は向かいから不満そうな声がした。
「ずるい」
弟だった。
「何がや」
「お姉ちゃんは叩かれへん」
私は思わず苦笑した。
「別に叩いとるわけやない」
「でも、僕だけや」
弟は納得していないらしかった。
すると、それまで黙っていた彼女が顔を上げた。
「そうかも」
私は思わず彼女を見た。
彼女もこちらを見ていた。
その表情は真面目なのか、冗談なのかよくわからなかった。
台所では母親が苦笑していた。
おばあちゃんも新聞から顔を上げた。
どうやら味方はいないらしい。
私は小さくため息をついた。
そして、手に持っていた丸めたコピー用紙を持ち上げた。
「これでええか」
そう言って、彼女の頭にぽんと当てた。
当たったというより、触れたに近かった。
彼女は少し驚いたような顔をしたあと、
ほんのわずかに口元をゆるめた。
向かいでは弟が満足そうにうなずいている。
「これで公平やな」
おばあちゃんがそう言った。
居間に小さな笑いが広がった。
その日以来、弟はそのことで文句を言わなくなった。
もっとも、計算ミスそのものは相変わらずだったけれど。




