第二章 初めての家庭教師
彼女の家は、住宅街の外れにある平屋だった。
玄関を上がると、すぐに居間が見えた。
勉強を教える場所は、彼女の部屋ではなかった。
家族が食事をするちゃぶ台だった。
初めて見たときは少し意外だったが、考えてみれば、そのほうがこの家らしいような気もした。
ちゃぶ台の上には、数学の問題集とノートがきちんと並べられていた。
彼女はすでに座っていて、小さく頭を下げた。
「よろしくお願いします」
以前と変わらない、小さな声だった。
私は鞄から参考書を取り出しながら、
「こちらこそ」
と答えた。
居間の隅では、おばあちゃんが座椅子に腰を下ろしていた。
編み物をしている日もあれば、新聞を読んでいる日もあった。
けれど、いつもそこにいた。
「先生さん、お茶どうぞ」
しばらくすると、おばあちゃんが湯のみを運んできた。
湯気が静かに立ちのぼっていた。
「ありがとうございます」
そう言うと、おばあちゃんは嬉しそうにうなずいた。
彼女は相変わらず口数が少なかった。
問題を解いているあいだも、鉛筆の先だけを見つめていた。
けれど、問いかけると少し考えてから、きちんと答えた。
私は説明するとき、できるだけ途中式を書くようにしていた。
答えだけではなく、どこでそうなるのかを見せたかった。
「ここまでは、わかる?」
そう聞くと、彼女は小さくうなずいた。
ノートには細い字が静かに並んでいく。
消しゴムを使う回数が少ないことに、そのころ気づいた。
迷いながら解くというより、答えへ向かう道を確かめるように鉛筆を動かしていた。
問題が解けたとき、彼女は小さく息をつく。
そのあと、ほんのわずかに口元がゆるむことがあった。
笑っている、というほどではない。
それでも、その変化に気づくたび、私は少しだけ視線の置き場に困った。
見てはいけないものを見てしまったような気がしたからだ。
その日の帰り際、おばあちゃんが玄関まで見送ってくれた。
「気ぃつけてな」
私は軽く頭を下げた。
外へ出ると、夕方の空気はまだ少し冷たかった。
家の中からは、テレビの音がかすかに聞こえていた。




