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春の途中―ある家族と過ごした春の記録―  作者: 種村朔


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第一章   早春の瞳

本作『春の途中』は、短編『早春の瞳』をもとに、加筆・再構成した連作作品です

塾が突然つぶれたのは、春になる少し前だった。


貼り紙には、閉鎖のお知らせとだけ書かれていた。

同級生の親戚が、近所の生徒を集めて開いた小さな塾だった。

経営上の理由なのか、詳しいことは、よくわからなかった。


行き場をなくしたのは、生徒たちだけではなかった。

私自身もまた、どこへ向かえばいいのかわからずにいた。

そのころの私は、予備校と自宅を往復するだけの日々を送っていた。


大学生だと言えば、それらしく見える年齢ではあった。

けれど実際は、受験をもう一年やり直していた。


親には「今年で決めろ」と言われていた。

私も、そのつもりではいた。


ただ、春が近づくたび、気持ちだけが少しずつ置いていかれるようだった。

あの子とは、もう会えないはずだった。


教室のいちばん後ろの席で、いつも静かにノートを取っていた女の子。

自分から話すことはほとんどない。

けれど、問いかけると少し間を置いてから、正確に答えた。

数学の答案だけは妙に綺麗だった。

途中式に無駄がなく、消しゴムの跡も少なかった。


そんなある日、一本の電話がかかってきた。

以前教えていた生徒の母親からだった。


「もしよろしければ、家庭教師をお願いできませんか」


受話器の向こうで、遠慮がちな声が少しだけ揺れた。

私はすぐには返事ができなかった。


実際、塾で教えたのは、一カ月あまり。

浪人生の自分が、人に勉強を教えていいのか、よくわからなかった。

それでも、断る理由もうまく見つからなかった。


「……私でよければ」

そう答えると、電話の向こうで小さく安堵した気配がした。


窓の外では、まだ少し冷たい風が吹いていた。

春は、まだ途中だった。


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