第1話 お紺の魔窟3
悲鳴が聞こえた人だかりをかき分け、弥一は前へ出た。
魔窟、腕を切断した男、恐怖にゆがんだ男の死体――
初めて見る怪異の現場に、弥一は茫然と立ち尽くす。
そこへ、黒羽織の長身の男が歩み寄る。鋭い目つき、腰の十手、寄り添う神守。
榊原だった。
「……弥一? なぜお前がここに」
「……届け物の途中で……」
「そうか。まあ、師匠の弟子のおまえなら話が早い、
弥一。お前、対応できるのか?」
「た、対応って……何を……?」
正が口を挟む。
「できるよ、弥一なら」
「はぁ!? 何言ってんだ正!」
榊原は正の声をはっきり聞いていた。
「……なるほど正というのか。
それがそう言うなら問題ないな」
「えっ!? 聞こえてるんですか!?」
「俺には神の声が聞こえる。お前の肩のそれも、例外じゃない」
正は軽く手を挙げた。
「やぁ神守の。今日も大変だね」
「ふん。お前がついてるなら、弥一は死なないだろう」
「いやいやいやいや……!」
「時間がない。さっさと行ってこい」
榊原は ためらいなく弥一の尻を蹴り上げた。
「うわっ!? ちょ、ちょっと!!」
弥一は前につんのめり、
抱えていた手許箪笥を抱え直しながら、魔窟の縁ぎりぎりで踏みとどまる。
「な、何すんだよ!!」
「行け。
お前が迷ってる間にも、誰かが呑まれる」
正が囁く。
「大丈夫だよ。僕がいる」
榊原が短く言う。
「頼んだぞ」
弥一は手許箪笥を抱えたまま、魔窟へ足を踏み入れた。
しばらくして、静かな、しかしよく通る声が長屋に響いた。
「……来たぞ」
走ってきた様子はない。息も乱れていない。
だが、
肩の落ち方、目の下の影、歩みの重さ――それらが“心の疲弊”を物語っていた。
榊原が振り返る。
「おや、師匠。弟子さんが来てくれました。
ついてる神も“できる”と言っていたので、中に入ってもらっています」
「……弥一が?」
「はい。問題ありますか?」
師匠は魔窟を見つめ、ほんの一瞬だけ目を細めた。
(……あいつがついてるなら、大丈夫だろう)
「問題ない。任せて構わん」
師匠は魔窟を見つめながら、静かに心の中で祈った。
(弥一……無茶はするなよ)




