【42】 プレミアム・エンディング
〈キララ視点〉
ガタン、ゴトンと。
電車が揺れて、サラサラと。
丁寧に手入れされた、自慢のツインテールが揺れる。
「……つーか、マジで意外。キララがあんな、オタク臭え趣味に沼るなんてなー。ま、俺はお前がどんな趣味に目覚めても、応援してやるけどよお」
周囲の乗車客を、牽制するように。
ピッタリと、キララに身を寄せる。
十代中程の少年が漏らす言葉にも。
「ああ……うん」
芯に、届かない。
(なんか……さっきのセンセ……スゴかったなあ……♡)
キララの脳裏に、先ほどから何度となく。
繰り返されるのは。
つい、小一時間ほど前のこと。
自身も参加していたMTG大会の、決勝戦である。
『……悪いけど、手加減は、しないよ? 僕はもう、負けられないんだ……何がなんでも、絶対に、キミに勝つっ!』
思い詰めたような。
張り詰めたような。
真剣な、大人の表情。
(センセのあんな顔……初めて……)
次いで、思い返すのは。
さらに、半日ほども前。
MTGの試合会場に向かう、今朝方の記憶である。
『……ねえ、センセ?』
『うん? なんだい?』
『ここまで散々と、付き合ってもらっておいて今更ですけど……キララ、勝てますかねえ?』
上質なカードを、借り受けることで。
デッキを大幅に、強化して。
付け焼き刃ではあるものの、最低限のプレイングも、教えてもらって。
MTGの、自力を底上げして。
それでも……やはり。
経験の差は、埋め難い。
格上相手には、どうしても。
弱気が芽生えてしまう。
だから、つい。
そんな弱音を溢してしまった、キララに対して。
隣に並んで歩いていた中年のカードゲーマーは。
『……勝負に、絶対はないよ。どんなときでも、気持ちで負けたらそれまでだからね。何とかしようと思わなければ、何も起こらないもんさ』
『あーっ! それ遠回しに、誤魔化そうとしてるヤツだーっ! 超失礼なんですけどーっ! ってか、キララだって全然、負けるとか思っていませんからねーっ!』
『あはは、そうだよね。ごめんごめん』
いつものように。
キララの心を落ち着かせる、笑顔を浮かべて。
他愛のない軽口を、叩いてくるのだ。
その所為で、張り詰めいていた心が。
緩んでしまう。
『……んもー。センセはそんなだから、ドーテイなんですよ? やーいやーい、一生童貞のザコザコおじさん、いと哀れ〜っ♡』
『だから、童貞ちゃうって』
2人とも、ほぼ完徹明けで。
ちょっと変なテンションだった、自覚はあるけれど。
『でもまあ……そうだね。もしもキララちゃんが、負けちゃっても、そこで挫けたりせずに、ちゃんと最後まで、試合を見ていて欲しいんだ』
『……?』
『だって今日の優勝者は、僕だからね? 仇は、取ってあげるよ』
その、如何にもオタク臭い口約束は。
不覚にも、結構キュンときてしまった。
そして。
(……ホントに、勝っちゃうなんて)
まさかの、有言実行である。
ここまでくれば、イタい口約束も。
ロマンチックな宣言に昇華されるのは、致し方がない。
思い出すだけで、薄い胸元が。
ドキドキしてしまうのだ。
(んもうっ♡ んもうっ♡ やっぱ、センセったら、キララのこと、好き過ぎません? あんなに真剣るだなんて、それだけ、キララとの約束が、大切だったってことですもんねっ!? やっばーっ♡ 重すぎーっ♡ ちょっと、キモ過ぎるんですけど〜っ♡♡♡)
まあ、それでも。
ちゃんと約束を、果たしてくれたのだ。
であるならば、生徒として。
お礼を、しなければならないだろう。
そういえば彼の部屋は、いちおう片付けられてはいたが、清潔とは言い難かった。
全体的に殺風景だったし、彩りも少ない。
童貞の一人暮らしなのだから、仕方がないのかもしれないが。
生徒としては、見過ごせない。
今度お礼がてらに、掃除でもしてあげよう。
ついでに小物を飾って、彩りも加えよう。
あと歯ブラシやコップなんかも、用意してしまおう。
なにせキララは、彼の生徒なのだ。
また今回のような『合宿』は、あるだろうし、あるべきだ。
そのときの備えは、必要である。
(あーもーっ♡ 手間のかかる、センセーですねー♡ この辺はキララがしっかりと、教育してあげないとっ♡)
やれやれと、頭を左右に振りながら。
ニマニマと、無意識に。
口端を緩めていると。
「……なあおい、キララ。聞いてんのか?」
ゆさゆさと、肩を揺らされることで。
強引に意識を、現実へ引き戻される。
「何よ、おに……あっくん?」
幸せな妄想時間を、邪魔されて。
露骨に機嫌を損ねた、キララの態度に。
「つーかさあ、その呼び方よお。慣れねえんならいっそ、前にみたいに『おにい』に戻しちまえよ」
一つ年上の実兄……西垣アキラが。
整えられた眉尻を、不満そうに下げていた。
「い、や! 外で『おにい』呼びはしないから、あっくんも、そこはテッテーしてよねっ!」
「はいはい」
転校前の学校で起きた、事件を機に。
本格的な兄離れを決意した、キララである。
その一環として、人目のある場所では、兄を名前で呼ぶようにしているのだ。
(もうっ……家ではちゃんと『おにい』って呼んであげてるんだから、それで満足してよね!)
でも、過保護が過ぎる兄としては。
妹の兄離れが、本意ではないらしい
昨晩、忙しかったので。
いつもかかってくる、夜の通話を、無視していたら。
わざわざ両親に、連絡を取ってまで。
キララの予定を、確認したうえで。
学生寮から遠く離れた、MTGの試合会場に、アポなしで駆けつける程度には。
妹を溺愛しているのだ。
「でも、今回のことはマジで、反省しろよな。オヤジもオフクロも、心配してたんだから。家帰ったらちゃんと2人に謝って、仲直りしとけよ」
「……うっざ〜」
「ちゃんとごめんなさいできたら、ハーゲン⚪︎ッツ買ってやるから」
「……期間限定と、クッキーと、抹茶のヤツね」
「任せとけ。マカロンも、つけてやるよ」
斯様に、少し口は悪くとも。
妹に、甘々な兄だ。
甘やかされている、自覚はあるし。
心配をかけてしまった、罪悪感もある。
だから今日は、不承不承ながらも兄の気晴らしに、付き合ってあげていたし。
こうした帰宅への同伴も、大人しく受け入れている。
(まあ……さすがに決勝戦だけは、観に行っちゃいましたけど)
兄との買い物の間も。
ジュリアとは、通信アプリで連絡を取っていた。
よって試合結果は、逐次把握していたし。
ついにヒカルと激突した、決勝戦には。
渋る兄を強引に説得してでも、試合会場に、足を運ばざるを得なかった。
それもこれも、全部。
あの冴えない中年カードゲーマー……カケルのせいだ。
(うふふ。こんなにキララを、MTGに沼らせたんですから、センセにはちゃんと、最後まで、セキニンをとってもらわないとですよねっ♡ 途中やめなんてゆるしませんよーっ♡)
ガタンゴトンと、電車は揺れる。
夢見る少女を乗せて、夜に染まり始めた街を、駆け抜ける。
辿り着く場所が何処なのか……
少女自身にも、わからないままに。
どんな計画でも、相手より自分が知っていると思うことが、致命的な欠陥となる。自分のことなど、自分が一番わかっていないというのに。
――魔力漏出――




