【43】 シークレット・エンディング
〈アリス視点〉
「……これで、ターンエンドっ!」
大規模なMTG大会から、数日後。
いつものように、カードショップの片隅で。
妖精の如き無表情を、顔に貼り付けた四半混血の少女……アリスは。
2回りほども年の離れた、中年のカードゲーマー……カケルと。
長机を挟んで、向き合っていた。
「……では、アンタップ」
爪先まで手入れの行き届いた、白魚の指先が。
横向きに倒れていたカードたちを、次々と呼び起こして。
前のターンまでに消費されていた資源が、復活していく。
「アップキープ」
積み重なっていた取り決めや、負債などが。
順次、処理されていき。
「ドローカード」
新しい息吹が、吹き込まれることで。
「メインフェイズ」
ようやく自分の手番が、始まった。
(……今回は、なんとか、上手くいきました)
そうしたゲームの、片手間に。
並列思考を、働かせながら。
アリスは此度の『綱渡り』を、改めて振り返る。
(……スケジュールを、調整して……禿山への、報告の場を、設けることで……花畑さんへの執着を、断つことが、できたから……カケルさんの長所《集中力》を、最大限に、引き出すことが、できましたが……)
結果として、アリスの目論見は成功。
雑念を削ぎ落とし、目の前の試合に全身全霊でのめり込んだカケルは。
かつてない、凄まじい過集中を発揮することで。
見事に栄冠を、掴み取るに至った。
だが。
(……一歩、間違えれば……あのまま潰れてしまっても、おかしく、ありませんでした)
それでは、ダメだ。
だって自分は、あの人への恩返しのために、生きているのだ。
そう、あの日に……誓ったのだから。
彼の願いを叶えるために、裏工作を企てることはあっても。
彼そのものを、蔑ろにして。
良いはずがない。
(……)
思い返すのは、すでに3年以上も前。
10年近く、昏睡状態だったカケルが。
病院で意識を取り戻した、直後のこと。
『……ああ、キミが、アリスちゃんか』
この頃にはすでに、アリスはカケルが自分にとってどういった存在なのか、正確に理解していた。
母親の話では、あの日。
カケルが身を挺して、アリスを身籠っていた母親を、助けてくれたからこそ。
今もこうして、自分たちは。
この世界で、息をしているし。
その代償としてカケルは、貴重な10年間を、浪費してしまったのだ。
ゆえに、この日。
意識を取り戻したカケルに逢うことを。
正直……アリスは、恐れていた。
なにせ、自分たちに関わらなければ。
カケルは十代後半から二十代までの貴重な時間を、喪うことなんて、なかったのだから。
如何に、こちら側に悪意がないとはいえ。
被害者からすれば、恨まれて当然。
出会い頭に罵倒されても、おかしくはない。
それなのに……
『……ああ、よかった』
恨み辛みを、吐き出すどころか。
涙さえ、流して。
『キミが……アリスちゃん、なんだね。本当に、生きていてくれて、良かったよ……っ!』
あのとき、身を呈して助けた命が。
こうして無事に、成長していたことを。
心から純粋に、喜んでくれていた。
変な人だな、と。
正直、思った。
だけど、嬉しかった。
自分が長年、見続けていた人が。
ときには絵本を、読み聞かせたり。
一方的に、喋りかけたり。
最近では、多忙な両親が、見舞いに来れないときでも。
護衛と一緒に、来訪して。
同年代の子どもたちからは『怖い』だとか『何を考えているかわからない』だとか言われている不気味な子どもを、穏やかな寝顔で、いつも迎え入れてくれていた人が。
目を覚ました後でも……こうして。
自分を、受け入れてくれたことが。
とてもとても、嬉しかったのだ。
そんなアリスが、カケルに懐いたのは。
それこそ当たり前の、成り行きで。
カケルもまた、そうしたアリスの行いを、喜んでくれていたと思う。
他愛のない、お喋りをした。
リハビリのお手伝いもした。
アリスの父親が経営する会社に、就職するのだともう勉強するカケルを、可能な限り応援した。
退院を、心から喜んだ。
社会人として、ようやく働き始めたカケルを。
頼もしく思いながら、見守っていた。
そして……失敗した。
兆候はあった。
異常は感じていたのだ。
だけど本人がまだ、大丈夫だと言うから。
他の人には、何も言わないでと頼まれたから。
彼の意思に、反してはいけないと。
子ども心に……思って、しまったから。
だから最後まで、カケルを信じて。
取り返しのつかないところまで、落ち込んで。
ようやく、気づいた。
『ああ……この人は、私がいないと、ダメなんですね……』と。
はっきりと自覚した。
これが自分の、生きる意味だ。
きっと1人では、普通の人間のようには生きてはいけない、不器用な大人を。
だけど優しくて、普通の人が気づかないようなことにもちゃんと気づいてくれる、アリスにとっての命の恩人を。
夢尾カケルという、人間を。
彼のために尽くして、報いることこそが。
あの日、カケルの人生を奪ってまで。
彼に生かされてしまった、自分にできる。
最大の贖罪《恩返し》なのだ……と。
そう……心が。
認めてしまったのだ。
だからもう、同じ過ちは、繰り返さない。
彼が『それ』を、望むなら。
彼が『それ』を、望む限り。
『そこ』に至る、道筋は。
自分が整える。
誰にも邪魔は、させない。
カケルが決めた、カケルの未来は。
アリスがどこまでも、支え続けるのだ。
(……その結果……カケルさんが、どんな人生を歩もうとも、私が最期まで、支え続けてますから)
愛とか恋とか。
結婚とか。
その程度の繋がりなど、求めていない。
いやまあ、あちらからそれを望むのなら。
応えることは、吝かではないのだが……
少なくとも。
本人が、世間体を気にしている以上は。
そういった話は、まだ随分と先のはずだ。
それに、彼が自分ではない他の誰かを、愛したところで。
自分が彼から、離れていく理由にはならない。
恩返しとは。
奉公とは。
献身とは。
真の無性の愛とは。
見返りなど、求めていないのだから。
(……私も……ダディのように、起業して、成功すれば……カケルさんくらい、十分に、養っていけますし……老後になれば、むしろこの年の差は、有利に働くはず……それに備えて、身体も、鍛えておかないと……)
すでに、老後の介護計画までを視野に入れて。
将来設計を立てる女子中学生に、死角はない。
人生安泰だ。
だからカケルには、カケルの気が済むまで。
カケルが喪った、カケルの人生を。
謳歌してほしい。
それがアリスの、幸せである。
(……ふふっ……大丈夫ですよ、カケルさん……私を、助けてくれたこと、後悔なんて、させませんから……)
|ひとつの戦いが終わって《ターンエンド》。
一休みしてから。
状況を整理して。
次の戦場に赴き。
新たな戦いを始める。
人生とは、その繰り返し。
(……さしずめカードゲームは、人生の、縮図ですね……)
さほどの負荷にもならない、並列思考で。
そんなことを、滔々と考えながら。
おくびにも、表情には出さずに。
「……ターンエンド、です」
「それじゃあ僕のターン、アンタップ、アップキープ、ドローカードっ!」
本日もアリスは、無表情のまま。
カードゲームという、大義名分のもと。
大切な恩人の顔を、正面から、至近距離で。
(……っ♡)
穴が開くほどに、凝視し続けるのだった。
というわけで、ひとまず本編は完結です。
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それではまた、次回作で。
m(_ _)m




