【41】 アオハル・エンディング
〈カケル視点〉
「うおおおおっ! アイツ、またやりやがった!」「2ターンキル、これで何回目だよ!?」「やってんなあッ!」
超速攻決着《2ターンキル》を、初見した人も。
実際にトーナメントで、くらった人も。
決勝戦で、またしても僕が成立させた自傷突撃に、沸き立っている。
「は? え、もう終わったの!?」
僕たちを囲う、観客たちに混じって。
幼馴染の応援をしていた、ジュリアちゃんは。
あまりの瞬殺劇に、納得がいかないようだった。
「なんか、ズルくね!? オニーサン、ズルしてね!?」
「いや……ギリギリ、ズルでは、ないと思うよ」
憤るジュリアちゃんの、すぐ隣で。
渋い表情を浮かべる、リュウセイくんは。
現状を正確に、理解してくれている。
「はあ!? なんだよリュウ、オニーサンの味方かよ!? だってヒカ、まだ土地を1枚出しただけじゃん!? あんな状態で、何かできるわけねえじゃねえかよ!? あんなの、ぜってーズルだって!」
「そりゃあまあ、流石に2ターンキルは、出来過ぎだと思うけど……でも夢尾さんの使った【憎愛】って、決まるヤバいけど、外すと、今度は自分が即死しちゃうっていうリスクを背負ってからね。わかりやすい、諸刃の剣だよ」
その通り。
ジュリアちゃんからの、非難に。
リュウセイくんが、答えてくれたように。
この【憎愛】って瞬間呪文は、理論上こうした2ターンキルを可能とする、浪漫砲台なんだけど。
例えば、相手が火力デッキの場合。
今回なら攻撃宣言前に、1点でも火力を本体に撃ち込まれた時点で、僕は負けちゃうし。
青の送還や否認なんかでも、ライフの支払いは『使用コスト』に含まれているため、対象のクリーチャーが戦場からいなくっても、呪文その者が打ち消されても、支払ったライフはしっかりと消費されてしまう。
なんなら肉盾で、足止めされただけで。
衰弱した本体に、次のターンにでも逆襲されて、ズドンである。
斯様に、超火力の代償として。
様々な問題を抱える【憎愛】のような。
自らの生命力や戦場配置札を犠牲にすることで、暴力的な攻撃力を発揮するカードたちを主軸とした、自傷デッキであるのだが。
やはり、背負った代償の相応に。
ぶん回ったときの破壊力は、他の追随を許さない。
それに一応、今回の大会におけるデッキ分布は。
環境である、補充デッキと否認デッキが。
大半を占めると、予想されていて。
それらに対しては相性が不利とされている、自傷デッキからすれば天敵となる、火力や速攻などとったデッキが。
相対的に、少なくなるのではないかという。
僕なりの、推測もあった。
そして黒のお家芸である、手札破壊は。
最大勢力に対しては、気持ちいいほどにブッ刺さる。
総じて、決して安全な道ではないが。
あえて選択するだけの、魅力があると。
信じた、僕の直感が。
結果として、決勝までなんとか。
か細い道を、繋いでくれたかたちだ。
何よりも。
(人間……波の乗ってるときは、イケイケどんどんなんだよね)
運命とか。
確率論とか。
普段はそんなのあまり、気にしない人でも。
人生で、一度くらいは。
自分が何をやっても不思議と『上手くいく』確信に、恵まれる瞬間が訪れるものだ。
今の僕が、まさしくそうだった。
不要なもの。
無駄なもの。
不純なものが。
一切合切、消え失せて。
極限の過集中に入っている状態とでも、言えばいいのか。
とにかく、デッキに触れるたびに。
ピッタリと、指先に。
カードが、吸い付いてくる感覚。
こうなったカードゲーマーは、もう、負ける気がしない。
さらに今の僕は、冴えに冴えていた。
相手に手の内を読み取らせないのは、当然のこと。
相手を『自分の意図通りに動かせる』ことすら、錯覚でなければ、できている。
でなければ、これほどまでに。
攻撃手段が偏ったデッキで、連勝を積み上げるなど、確率的に不可能だ。
相手が自分を、どう見ているのか。
相手は自分の一挙一動から、こちらの意図を、どのように汲み取っているのか。
翻っては、自分がどのような動きをすれば、相手はこちらの意図を汲んでくれるのか。
そういった、駆け引きが。
面白いほどに、把握できてしまうほどの。
極限の過集中状態。
自分で、自分自身のことが。
客観的な視点で、手に取るように理解できてしまう。
(ごめんだけど……今はちょっと、負ける気がしないよ。このまま押し切らせてもらうからね!)
当然のように。
手番を入れ替えた2試合目でも。
僕は早い段階で、ヒカルくんに【憎愛】をぶち込んで。
堂々たる完封勝利を、成し遂げたのだった。
(どうだい、ヒカルくん! これが持っている者と、持たざる者の、差なんだよッ!)
だって。
僕にはもう、他に何もないからね。
キラキラと、眩いほど。
アオハルに包まれている、現役中学生なんかに。
人生崖っぷちの中年カードゲーマーが、負けるだなんて。
そんなの物理的に、有り得ない。
神が許しても、僕が許さないよ。
絶対に。
(それに……やっぱり、ヒカルくんは、僕のこれまでの試合を、観戦していなかったんだね)
これもまた、想定通りだ。
いち、カードゲーマーの、マナーとして。
対戦相手の情報を、一方的に盗み見する卑怯な真似など、するべきではない……と。
そう、この子に教えたのは、僕だし。
きっとそれを、守ってくれていると思っていた。
その正しさに……今回は僕が、付け込んだ戦法だ。
まさしく、汚い大人の所業である。
(こんな僕はきっと、主人公には、なれないよね……)
そういう、誰もが憧れる立ち位置は。
それこそ、仲間に恵まれて。
才能があり。
未来もある。
ヒカルくんのような人間こそが、相応しい。
(……でも……それでも……)
自分という、ちっぽけな存在を自覚して。
現実を知って。
身の丈を思い知って。
それでも、一度でも抱えてしまった、届くはずのない『夢』を。
どうしても……諦められない、人間は。
(……だったらもう、僕は、邪道でいい。どれだけみっともなくて、見苦しくても、自分が納得いくまで、足掻き続けてやるんだ!)
誰もが、憧れる。
人に、誇ることができて。
人に、認められるような。
輝かしい道を、歩めなくても。
誰しもが、目を背けてしまうような。
薄汚れていて。
泥臭くて。
見るに耐えない無様を、晒してでも。
それでも、誰も選ばないような悪路を。
自分だけが、馬鹿みたいに突き進んでいけば。
いつかは……誰も見たことのない、景色へと。
辿り着けるかもしれない。
あるいはその途中で、力尽きて。
誰にも気づかれることなく、埋もれたとしても。
諸行は無常。
一興である。
ともあれ。
(でも……流石にちょっと、やり過ぎちゃったかな?)
昨日の一件から。
もともと寝不足で、若干躁状態だったところへの。
昼休み、アミさんからのご懐妊報告という、過剰劇薬によって。
過度な集中状態へと至った、僕だけど。
それでもまだ……一応は。
人の心が、残っているのか。
「お疲れ、ヒカルくん」
「……」
長机の対面で……ガックリ、と。
項垂れている、ヒカルくんに。
優しい微笑みを、浮かべつつ。
穏やかな声音で、語りかける。
「うん、ざまあだったよ」
もう二度と、歯向かったりしないように。
敗北者の傷口に、丹念に塩を。
塗りこんでいく。
「キミは全然、弱くなかった。プレイングにも、ミスはなかった。ただただ僕が、強過ぎただけさ……なんか、ごめんね?」
うん、全然反省してないよね。
完全に、悪酔いしちゃってる。
めっちゃ楽しい。
死体蹴りが止まらない。
「まあ、これに懲りたらもうしばらくは、僕のプレイングから学んで、もっと勉強を――」
「――うえっ?」
「ひいっ!?」
不意に……ポタポタ、と。
俯いていたヒカルくんが、顔を上げると。
鼻筋から、鮮血が滴り落ちていた。
そりゃ大人でも、悲鳴あげるよ。
「え、だ、大丈夫、ヒカルくん!? どこかケガしちゃったの!?」
「あ、い、いえ、大丈夫です……ちょっと、興奮、し過ぎちゃったみたいで……」
「……こ、興奮?」
これは、あれかな?
怒り心頭し過ぎて、血管が、破裂しちゃった的な?
「あ、その、ごめん……ね?」
今度は本心からの、謝罪である。
いや、流石にこれには。
如何に有頂天に陥っていた中年でも、冷静にならざるを得ない。
急速に込み上げてきた、罪悪感に。
責め立てられて。
更なる謝罪を。
口にしかけたところで……
「……え? なんで夢尾さんが、謝るんですか?」
ヒカルくんの、特徴的なオッドアイの瞳。
うち片方の、仄かに青みがかった、薄白の瞳に宿る……キラキラ。
夜空を覆う、満天の、星空のような。
とてつもない輝きに、気がついて。
「……っ!?」
思わず、絶句してしまった。
「すごい……本当に、すごいですよ、夢尾さん! この土壇場で、あんなに大胆なプレイングが、できるだなんて! 僕の想像以上でしたっ!」
そして薄白の瞳の、反対側。
闇を煮詰めたような、漆黒の瞳には。
ドロドロ、と。
得体の知れない熱量が、渦巻いている。
「やばい……楽しいっ! 嬉しい、ですっ! サイコーですよ、夢尾さんっ!」
「は? え、な、何が……?」
「だって夢尾さんはこれから、まだまだ、どんどんと、今日みたいに強くなる……強くなって『くれる』んですよね……っ!?」
「……」
「嗚呼、だったら僕も、もっともっと、強くなれる……もっともっと、敗北《成長》を、味わえるんだ……そしていつかきっと……夢尾さんに、追いついて、追い越して……それまでに貯まった、この敗北を、まとめて、お返しできるって、ことですもんねえ……っ! いやあ、サイッコーだなあ……っ♪」
「……」
おいおい。
おいおいおいおい。
え?
もしかして、ヒカルくん。
僕が思っていたよりも数段、ヤバい子なのかな?
「絶対に……見失いませんよ、夢尾さん。どうか僕が、貴方を超えるまでは、僕の目標で、あり続けてくださいね!」
「お、おおう……?」
いや、嫌だよ、普通に。
なんでいち、中年カードゲーマーに過ぎない僕が。
中学生男子の、そんな。
クソデカ重たい期待を。
背負わなくちゃ、いけないんだよ。
そりゃさっき、誰かに認めてもらいたい的なことを、言ったけどさあ。
流石にこれは、違う。
神様に、返品案件だ。
「ウッスウッス! オニーサン、あーしからも、お願いします!」
それなのに。
「ヒカのこんなに嬉しそうな顔……久々に、見ました! どうかこれからも、コイツの面倒、見てやってください!」
感受性が、高いのか。
何故か瞳を潤ませている、ジュリアちゃんからも。
熱烈に、そんなお願いをされて。
さらに。
「いやあ、流石ですねえ、夢尾さん」
相変わらずの、正統派イケメンスマイルを浮かべたリュウセイくんが……スッと。
近づいて。
端正な顔を、寄せながら。
「ヒカルの心を、こんなに鷲掴みにするだなんて……本当に……羨ましいなあ……妬ましいなあ……僕のほうが、ヒカルのこと、ずっとずっと、大好きなのに……大切な、友だちなのに……」
「……え? リュウセイくん? え?」
僕たちにしか聴こえない程度の、小声で。
ねっとりと。
まとわりつくように。
「だから……夢尾さん、ヒカルの期待を、簡単に裏切らないでくださいね?」
熱を帯びた、言葉《猛毒》を。
注ぎ込まれてしまった。
(おっ? これ、もしかしなくても、ヤバいヤツ? え、もしかして僕、地雷、踏んじゃいましたか?)
そういえば。
ヒカルくんたちが中学校で立ち上げたという、MTG同好会。
そこに『何故』か、新人が定着しないという話を。
ずっと不思議に、思っていたんだけど。
ここにきて、理由の一端を。
垣間見てしまった。
(うおおおおお! こいつが一番、ヤベーヤツかよっ!?)
絵に描いたような、イケメンの抱える。
底の見えない、暗黒面に触れてしまって。
慌てて離脱を、試みるものの……ガシッ。
「……逃しませんよ、夢尾さん。そしてヒカルを傷つける人間を、僕は絶対に、許しません」
「あ、あば、あばばばばば……」
「おいリュウ、さっきから何をオニーサンと、コソコソ話してんだよ? いい加減、ヒカに譲ってやれって」
「ゆ、夢尾さん! もう一戦! もう一戦だけいいので、相手してくれませんか!? 次はもっと、ちゃんと、食らいついてみせますので!」
「あ、あの……再戦希望は結構なのですが、その前に、大会を締めさせていただいても、よろしいでしょうか? 一応トーナメントの上位入賞者には賞品授与もありますので、そちらだけでも……」
「……っ! で、ですよねえ! すいません、すぐ行きますので!」
気まずそうに。
中学生たちに、囲まれていた僕に。
声をかけてきてくれた、大会の進行係さんの助け舟に、飛び乗って。
なんとかその場を離脱できた、僕だけど。
「……」
「……」
「……? おーい2人とも、何ボサッとしてんだよ、あーしらも行くぞー」
なおも、背中に絡みつく視線を。
容易には、振り解けそうにない。
(はあ……なんだか、面倒なことになっちゃったなあ……)
僕はただ、この歳になっても定職に就かず。
貯金を切り崩しながら、趣味に没頭する。
冴えない中年のカードゲーマーなのに。
(……もう、この年齢で、アオハルは、いい加減に胃もたれしちゃうんだって! 勘弁しておくれよっ!)
どれだけ、振り払っても。
何故か付き纏ってくる、アオハルたちは。
もうしばらくは僕を、自由にしてくれないらしい。
戦場には、様々な側面がある。その全てが正しくて、全てが間違っているのだ。
少なくとも兵士が掲げる正義などに、意味はない。
――背信者の都――




