【39】 ブレイクタイム②
〈カケル視点〉
改めて、思い返してみれば。
色々と、伏線はあったのだ。
真っ先に思い浮かぶのは、去年末に開催された、身内でのクリスマスパーティー。
そこで、はっちゃけ過ぎて。
泥酔してご乱心なされた、アミさんを。
ある意味で精神的に暴行された、張本人が。
わざわざ自宅まで、送り続けた件について。
あれ……今までは、そのときアミさんの住所を。
本人とか。
雇用主から。
聞き出したのかと、思っていたけどさあ……
(……え? もしかして海坊主さん、あの時点でもうアミさんの自宅を『知っていた』の!? だからクロウやアリスも、僕とかじゃなくて、海坊主さんにアミさんを、任せていた……っ!?)
ひとつ、パズルのピースが埋まってしまえば。
次々と、他の欠片も、埋まっていく。
コンボだドンっ!
(あ、そ、そういえば……ここ数ヶ月くらい、アミさんが休みを入れるようになった土日って、海坊主さんが、アリスの護衛をお休みする日……っ!?)
それに、お店で定期開催されている、週末大会なんかでも。
ゲーム中はヒマをしている、進行役のアミさんって。
プレイヤーの邪魔になるからって、ちょくちょく。
海坊主さんを、みんなの目の届かないところへ、押し込んでなかったけ?
……自分と一緒に。
(うわあ……うわあ……うわあああ……)
極めつけなのが。
ここ最近、徐々に暖かくなってきた気温に反して。
やけに厚着を維持していた、アミさんの服装。
そしておそらく、病院での検査を経ての、意味深な『デキちゃってる』発言。
これらが指し示す、真実とは……
「……ご懐妊、おめでとう、ございます」
「ありがとう、アリスちゃんっ! 大体妊娠三ヶ月くらいだって!」
「……禿山も、嬉し、そうですね」
「あ、ああ……ずっ。す、すいません、お嬢……っ!」
「あーもーハゲちゃん、泣かない、泣かないのっ。ほら、これで鼻をチーンしてっ!」
つまりアミさんと、海坊主さんは。
以前から、付き合っていて。
アリスや……たぶん、クロウなんかも。
それは知っていて。
ただ1人。
僕だけが……勝手に。
勘違いして、浮かれていたのだ。
(うんっ……ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ! あぼっ、お、おええええええええええええええええええええええええええええっ!)
こんなの……の、脳が、焼き切れちゃうよおっ!?
心中の絶叫を堪える代わりに、ブルブル。
身体が小刻みに、震えちゃう。
あれ、これ?
僕、死ぬのかな?
「……カケルさん? 大丈夫、ですか?」
「あ、うん、何が? 僕は至って、平気なのだが?」
嘘である。
ゲロどころか、身体中から色んな体液を撒き散らして、憤死しそうだ。
頭が、クラクラする。
視界が、グラグラする。
さっきまでの、幸せな気分から、一転して。
奈落の底で、僕は。
声にならない慟哭を、叫び続けていた。
(な、なんで……いつからっ!? っていうかみんな、ホントに知ってたの!? 気づいてたの!?)
そりゃあまあ。
海坊主さんの間接的な雇用主である、アリスなんかは。
業務以外でも、けっこう色んなプライベートな話を、しているみたいだから。
彼の恋愛事情を把握していたとしても、不思議はないし。
アリスは倫理観が、しっかりしているから。
そうした人様の事情を、聴かれてもいないのにペラペラと、吹聴するような子でもない。
それはわかる。
一方で。
「へ、へえ……そ、それにしても、2人はいつから、付き合っていたの? けっこう長いのかなー?」
「え? あ、うん、そうだね、もう半年以上だよっ! っていうかやっぱり……店長から、聞いてなかったんだね? おっかしいなあ……店長からは『いいタイミングで俺から事情を話すから、アミは黙っててくれ』って、お願いされてたんだけどなー?」
「あ、うん……そうなんダ……」
「なんか、アレなんでしょ!? カケルくんって、本気でプロを目指してるから、そういう浮ついたハナシとか、嫌いなんでしょ!? だからうちも一生懸命、できるだけ匂わせないようにしてたんだけど……なんか、仲間外れにしちゃってたみたいになって、ゴメンね?」
「ああ……いえいえ、お気に、なさらズに……」
……うん。
やっぱりか。
(クロおおおおおおおおおおおウっ! おまっ、この野郎、僕にこのことを、隠していやがったなああああああっ!?)
どうせあの、恋愛を拗らせた、クソ野郎のことだ。
アミさんに恋人が、できたことで。
僕の勤務態度に、支障が出るんじゃないかと。
危惧して、事実を隠蔽していやがったな!?
チクショウ、大当たりだよっ!
(あ……ダメ……これもうダメだ……)
果たして、僕は今。
どれだけ感情を、抑え込めているだろうか。
カードゲーマーの必須技能である『|全然動揺していませんが?《ポーカーフェイス》』が、こんな風に役立つなんて。
人生、何が起きるか、わっかんないなあ……。
「それでねそれでね、ハゲちゃんったら、うちのために、最近じゃ料理教室まで通ってくれてるんだよねー? この前作ってくれたビーフシチューとか、超絶美味しかったの! アレ、また食べたいなー?」
「……おう」
「あとね、あとね、キャンプとかもよく一緒に行くんだけど、ハゲちゃんってね、超なんでもできるの! 釣った魚だって捌けるし、食べられる野草とか、キノコなんかも、詳しいんだよねー?」
「……まあな」
「あ、そういえば前に注文しておいたワイン、ちょうど届いていたよっ! 帰りに買い出しもしとくから、今夜は祝杯だねっ♡」
「……お嬢」
「……ええ、構いません。定刻で上がれるように、ダディへ、連絡しておきます」
「……申し訳、ございません」
「いえーっ! アリスちゃん、さんきゅーっ! ハゲちゃんも、今夜は寝かさないよーっ?」
止まらない。
止められない。
これまで僕の前で、堪えていた反動なのか。
アミさんの惚気トークが、機関銃のように連射される。
おかげで直撃を受け続けた、僕のメンタルは。
もう、ボロボロよ……
「……あ、すいません。ちょっと今のうちに、お手洗い、行かせてもらいますね」
こんなに瀕死の、重篤者がいるのに。
一向に衛生兵が、駆けつけてくれないため。
やむなく僕は、自分の足で、緊急避難所へと駆け込むことにした。
「あ、ごめんねヒカルくん! 大事な休憩中だったのに!」
「いえいえ、お気になさらずに。応援、ありがとうございます」
きっと、僕の気持ちに。
微塵も気づいていないのであろう、アミさんに。
偽りの笑顔を貼り付けたまま、軽く会釈して。
「……禿山さんも、おめでとうございます」
「……ああ」
こちらは何かを、察しているのかもしれないが。
今はきっと、本当に。
心から、喜んでいるのだろう。
厳つい顔を、保ちながらも。
言葉の節々から、幸せが溢れて出している海坊主さんが……。
「……ありがとう」
ペコリと、頭を下げて。
小さい声音で、はっきりと。
そんな言葉を、告げられてしまえば。
「……2人とも、どうかお幸せに」
もう、他に。
贈る言葉なんて、ないよね?
「……勿論だ。アミは俺が、幸せにする」
「……っ! さんきゅさんきゅっ、ありがと〜っ! カケルくんも午後の試合、頑張ってね〜っ! そしてハゲちゃんも、好き好きっ♡ ちゅっちゅっ♡」
うん、もう見ていられない。
振り撒かれる、陽の波動で。
陰に染まった心が、擦り潰されそうだ。
「……アリスも、せっかく応援しに来てくれたのに、ゴメンね? あんまり喋れなくて」
「……いいえ……お構い、なく」
そして、何かを見定めるような。
観察するような。
確認するような。
こちらの心を見透かしてくるような、アリスの視線から。
「……っ」
逃れるようにして、僕は。
その場を後に、したのだった。
⚫︎
「うおええええええっ! おげえええええっ!」
それから、たっぷりと。
昼食どころか。
おそらく朝食のぶんまで。
余すことなく、胃の中のものを、便器にぶち撒けて。
本当ならその場に、ぶっ倒れたかったけど。
それでも……カードゲーマーとしての。
僕に残された、たったひとつの矜持に。
責め立てられるようにして。
トボトボ、と。
避難先の、お手洗いから。
再び、試合会場へと。
足を運んでいると……
「……っし、ヒカ、ここからだかんな! メシ食ったからって、気い抜くんじゃねーぞ!」
「……う、うん」
「それにしても、ジュリアのお弁当はいつも美味しいねー。特に今日は、ヒカルの好物ばっかりだったでしょ? ヒカルも元気、補充できた?」
「……うん」
何やら、会場の片隅から。
漏れ聞こえてくるのは、聞き覚えのある少年少女たちの、賑やかな声だ。
(へえー……へえええー……そっかそっか、今日は女子中学生の、お手製弁当なのか……へえー……)
いいねえ。
僕は冷たい、コンビニ弁当だったのに。
相変わらずキミたちは、仲良しだねえ。
アオハルだねえ。
……。
…………。
………………。
……いや、っていうかさあ。
(よくよく考えてみなくても……ヒカルくん、キミちょっと、恵まれ過ぎじゃない?)
仲の良い、イケメンと。
美人系の、幼馴染がいて。
ケンカしていたはずの、可愛いメスガキちゃんとも、ちゃっかり仲直りしていて。
MTGの才能が、溢れていて。
僕と似たような個性を、抱えていても。
僕とは違って、まだまだ時間と可能性が、有り余っている。
(こんなの……ちょっと、不公平過ぎない?)
なまじ、同種の人間だと。
認識しているからこそ。
この不条理なまでの格差に、納得が、できない。
(……許せ、ない)
嫉妬する。
憎悪する。
(……認め、られない)
敵視する。
否定する。
(あんなヤツに……負けられ、ないっ!)
あんなに堂々と、アオハルの中で、輝いている小僧に。
もうMTG以外には何もない、中年のカードゲーマーが。
MTGで、負けることなんて。
(有り得ては……ならないっ!)
シュボッ……と。
心に、火が灯る。
けれどそれは、暗闇を照らすような、明るい炎ではなくて。
むしろ世界を黒く、塗り潰して、喰らい尽くすかのような。
轟々と、燃え盛る。
漆黒の獄炎だ。
(勝負だよ、ヒカルくん。僕という人間の存在意義に賭けて、キミを、叩き潰してやるっ!)
こんなに頭の中が、空虚になったのは……
奇しくも、社会から脱落して。
久方ぶりにMTGに触れて、救われた。
あの日以来の、感覚だった。
砕かれた魂の辿り着く、最後の棺。
――邪教団の塔――




