【38】 ブレイクタイム①
〈カケル視点〉
(あー……キララちゃん、負けちゃったかあー……)
受付に、対戦用紙を提出して。
長机へと戻る、帰り道に。
チラリ。
会場の壁に張り出されてるトーナメントの結果表を、確認すると。
やっぱり、勝ち進んだのは。
キララちゃんよりもMTG経験の長い、ヒカルくんであった。
まあ、これは仕方がない。
極めて順当な結果だ。
とはいえ。
(……でも、なんやかんやで仲直り、できたのかな?)
帰路の途中に。
僕が対戦をしていた、長机から。
ちょっと距離を空けた長机に着席している2人を、視界に収めれば。
ゲームを終えた後も、何やら楽しそうに。
歓談しているように見受けられた。
遠目には。
少なくとも、以前のような。
険悪な雰囲気などは、感じられない。
(ゲームで仲違いして、ゲームで仲直りなんて、なんか、いかにもアオハルって感じだなあ……)
もどかしくて。
甘酸っぱくて。
正直……羨ましい。
僕もあんな青春、してみたかった……
(……ま、あっちはうまい具合に収まったんだから、それで良しとしようじゃないか。僕は僕で、集中力を切らさないようにしないと)
こうして、受付に勝敗用紙を提出しに行ったことからも。
第一試合を勝ち抜いたのだとわかる、僕ではあるものの。
試合内容は、なかなかに。
厳しいものだった。
(ぶっちゃけ、3本目で相手が中盤にドロー事故してくれなかったら、普通に負けてたもんなあ)
やはりこのデッキは、波が荒すぎる。
ノっているときは、他を寄せ付けない、圧倒的な攻撃力を発揮してくれるが。
一歩間違えれば、何もできないまま、敗北まで一直線という。
乗るか反るかの、豪運デッキ。
安定した勝率が求められるトーナメントに、持ち込むような代物じゃない。
こんなデッキに、負けるなんて。
まさしく不運な事故に、遭うようなものだ。
そりゃ幸運の右手をくらった対戦相手は、苦笑いもするよ。
僕でもたぶん、同じ反応をしてしまう。
(ま、勝ちは勝ちだ。このまま行けるところまで、行ってしまおう)
それはそれとして。
(でもまあ……キララちゃん。たとえ負けても、きっと、健闘はしたんだ。だったら先生として、生徒のフォローぐらいは、しとかないとね)
一度、長机に戻って。
対戦相手と感想戦で、時間を潰して。
ゲームの規定時刻となった、直後である。
(キララちゃん、どこかな? もう移動しちゃった?)
休憩時間のうちに、一声だけでも。
労いの言葉を、かけておこうと。
対戦相手に、一礼してから。
長机を離れた僕が。
すでに席を立ってた、キララちゃんを探して。
会場を移動していると……
「……よおキララ、おまえ、一試合目で負けちゃったのかよ。ダッセー」
「んなっ!? おにっ……あっくん!?」
おやおや?
すぐに発見できた、キララちゃんに。
何やら絡んでいる、見慣れない少年がいるぞ?
(あの感じ……知り合い、かな?)
歳の頃は、中学生から高校生といった程度。
少なくとも、キララちゃんよりは年上みたいで。
今風に刈り上げた髪に、パーマを当てて。
チャラチャラ、と。
耳にピアスなんかをつけている。
背丈はスラリとしているが。
体幹がしっかりしているのか、貧弱さは感じない。
むしろ野生動物のような、ワイルドな雰囲気があった。
顔つきも皮肉屋な笑みがよく似合う、ちょいワル系のイケメンなので。
総じて、肉食系のチャラ男という。
陰キャの天敵のような少年が。
カードゲーマーの聖地に、紛れ込んでいた。
違和感が凄い。
まるで草食動物の群れに混ざった、肉食動物みたいだ。
(……っ!?)
そんな異常事態を、警戒して。
咄嗟に僕が、人垣に紛れて、気配を消したしまったのは。
仕方のない、防衛反応だろう。
だって社会《野生》では、隙を晒した弱者から、強者《陽キャ》に狩られてしまうから……。
ともあれ。
「あっくん、なんでここにいるの!? キララ、このこと、教えてなかったよね!?」
「バーカ。キララが俺に、隠し事なんか、できるわきゃねーだろ? つーかさあ、初戦負けしてヒマしてるんなら、メシ行こうぜ、メーシ。あと買い物。今日はキララの好きなもん、奢ってやるからよお」
「はあ!? 何それ!? 勝手にキララの予定を、決めないで欲しいんですけど!」
「うっせえよ。こっち来てから散々と、この俺を無視してくれたんだ。今日のオメーに、拒否権ねーから」
「うっざあああああっ!」
なんて。
ケンカ腰ではありつつも。
2人の間に漂う空気感は、険悪ではなく。
むしろ慣れ親しんだ間柄だからこそ出せる、気の置けなさだ。
やっぱり、これって……
(……キララちゃんの、彼氏さん、なのかなあ?)
いやまあ、そりゃわかるよ?
あれだけ可愛い女の子だもの。
世の中の男子が、放っておくわけないよね?
そういう関係の男子がいても、全然おかしくはない。
だけどさあ……
(……キララちゃん……これまでそういう素振り、まったく見せてなかったじゃん……)
思いの外、衝撃が大きい。
これは、あれだ。
大事に可愛がっていた野良猫に、実は子どもがいました、みたいな。
推していた芸能人が、電撃結婚しちゃいました、とか。
いや別に、男女間の愛とか恋とか。
そういう感情じゃ、ないんだよ?
ちゃんと前もって知っていれば、普通に祝福してあげられると、思うよ?
でもさあ、そういうのはある程度。
こっちの心の準備が、できた状態じゃないと。
はっきり言って、こういう不意打ち的な展開は……
(……キッツう)
今風に言えば、NTR(寝取られ)?
それともBSS(僕が先に好きだったのに)に、なるのかな?
とにかく、下手に先生とか呼ばれて。
保護者面をしちゃっていたぶん。
自分の知らない、キララちゃんの一面を目撃したことで。
感情を酷く揺さぶられている、僕がいた。
(……)
そして、荒れ狂う感情の大嵐の中でも。
確かなことが、ただひとつ。
(……うん。ここはもう、僕の出る幕じゃないよね)
こんなオタクが集まるような僻地に。
イケメン彼氏さんが、わざわざ降臨なされたのだ。
だったら彼女さんへの慰撫は、彼に任せるべきで。
部外者の出る必要性など、欠片もない。
(……トイレ、行っとこ)
陰キャの必須技能である、隠行能力を発動させて。
コソコソ、と。
2人から距離を置こうとする、僕の背後から。
「……ちょっ、だから、離してってえ! わかったからせめて、センセに、挨拶ぐらいさせてよっ!」
「んなもんLINEでいーじゃねーか。つーか俺と一緒にいる時に、他の男の話とか、すんなし」
「うっざあああ! あっくんのそういう束縛、マジでうっざあああああっ!」
「はいはい。そういう俺のキララは、世界一可愛いぜー?」
なんて。
肉食獣《陽キャ》同士のじゃれ合いが、聴こえてきて。
(……ご馳走様、です)
心中で、合掌。
2人のお幸せに、祈りを捧げたのだった。
⚫︎
そんなこんなで、お昼時である。
最大で7試合が予定されている、本日のトーナメントのうち、およそ半分。
3回戦までが、消化されている。
ここで一旦、昼休憩を挟んでから。
午後の後半戦が、始まるため。
ここまで、勝ち抜いてきた僕も。
ゲームに使っていた長机で、コンビニで買ってきた弁当を、モソモソ。
口に運んでいる訳なのだが……
(……そろそろ、限界かなあ)
1回戦、2回戦、3回戦と。
そのどれもが接戦であり、辛勝だった。
相手のドロー事故。
プレイングミス。
デッキ相性と。
様々な幸運に、恵まれて。
なんとかここまで、生き残ってはいるものの。
これより先は、生半可なプレイヤーが振り落とされた、猛者たちによる激戦区だ。
女神の気まぐれで、勝利にしがみついている状態の僕が。
この後も、彼女のご機嫌を取り続けられる気がしない。
まず間違いなく、早々にボロが出て。
黒星を食らうだろう。
(はあ……やっぱりこのデッキが、波が荒過ぎるんだよなあ。全然安定してくれないや)
とはいえ、大会規約では。
試合途中でのデッキ交換は、認められていない。
つまりこの暴走特急から、降車などできずに。
脱線するまで、全力で突っ走って。
心中するしか、ないのである。
(でもある意味これが、僕程度の人間の、限界っていうことなのかなあ……)
たとえどれだけ、人事を尽くしても。
天命を待つという、格言があるように。
世の中には、個人の意思ではどうにもできない、流れというものがある。
それに逆らったとて、ろくでもない結果しか呼び込めないのは。
人生経験が長い人なら、誰しも身に覚えがあるはずだ。
僕の現状は、まさしく。
それに類する流れの、結果なのだろう。
であれば、流れに逆らわずに。
いずれ訪れる、あるがままを。
粛々と、受け入れる他ない。
と。
「……あっ、いたいたっ! カケルくん、はっけえ〜んっ!」
そうして、試合会場の片隅で。
静かに、気持ちを整理していた僕の元に。
気まぐれな、幸運の女神などではなく。
本物の女神が……舞い降りた。
「あ、アミさん!? なんでここに!?」
「え? そりゃカケルくんが大会に出るんなら、普通、応援しに来るでしょ?」
いやいやいや。
それは、陽キャの常識だ。
陰キャの社会人としては、休日に、異性がわざわざ応援に来るだなんて。
そんなの……
(……もう、恋人やんけっ♡♡♡)
いやまだ、告っていないけど。
こんなのもう、事実婚だよね?
祝杯、あげちゃっていいのかな?
「あれ? もしかして、メーワクだったかな?」
「いえいえいえ! 滅相もない! 感謝感激、雨嵐でござるよ!」
「うむうむ、苦しゅーないぞ」
ほっほっほっ、と。
相変わらず、ノリのいいアミさんは。
唐突な僕の武士化にも、柔軟に対応してくれる。
優しい。
好きい……♡
「……チッ」「んだよ、今度は彼女連れかよ」「さっきのチャラ男を連れたメスガキといい、マジで、場を弁えろよな」「カードゲーマーとしての品位を疑うよね」「あいつだけには……絶対に、負けられねえ……っ!」
ふっふっふっ。
周囲から突き刺さる、彼女無しどもの視線が、心地良いわ。
あれ、もしかして?
これ、僕もう勝っちゃいましたか?
試合に負けても、人生で、勝っちゃってる感じですか?
はっはっはっ。
いやー、悪いね、キミたち。
僕は全然、そんなつもりはなかったんだけど。
彼女が勝手にさあ……なんて。
なんちゃってね。
流石にこの場で、口には出せないけど。
人生で、一度くらいは。
言ってみたかった台詞である。
「えっへっへ……ふう♡」
「えー? カケルくん、何その笑い方。ちょっとキモーい」
「あ、そ、そうですか!? す、すいません!」
「でもでも、目標にしていたトーナメントで、ここまで成績を出しているんだもんね! さっき結果表を見てきたけど、ちゃんと勝ち上がってて、すごいじゃんっ! そりゃ嬉しくもなるよ!」
いやまあ。
嬉しいのは、嬉しいんですけど。
それはここに、こうして貴方が来てくれたからですよ。
この時点で、人生勝ち確ですから。
嬉しくない訳がない。
(うん……これでもう、悔いは、ない……たとえ今日ここで、プロのカードゲーマーとしての道を諦めることになったとしても、僕は次の夢に向けて、迷わうことなく、歩み出せるっ!)
予期せぬ幸福到来に、デレデレと。
もはや食事の味すら、覚束ないまま。
幸せ過ぎる休憩時間を、満喫していると。
「……あっ」
不意に。
アミさんが、何かに反応。
「……?」
僕もそちらに顔を、向けてみれば……
「……あ、アリス。それに海ぼ……禿山さんも」
「やほやほ、ハゲちゃーんっ! アリスちゃんも、こっちこっち!」
僕も含めて、陰キャの巣窟である。
カードゲームの試合会場に。
これまた似つかわしくない、輝くような四半混血の美少女……嘉神乃原アリスと。
身長二メートル越え、体重百二十キロオーバーの、筋肉隆々の禿頭巨漢……禿山・イーゴル・ジョージさんが。
僕たちのいる、長机へ向かって。
近づいてくるところだった。
「……うおっ」「すっげ……」「クンクン……いい香り……ひっ!?」「馬鹿、目え合わせんな!」「⚪︎されるぞっ!?」
本日のアリスは、前回のコギャルじみた、ファッションではなく。
僕の見慣れた、清楚感漂うワンピースだ。
歩くたびに、サラサラと。
金糸のような、長髪が流れて。
漂う芳香に、頬を緩ませる男どもが……
「……」
ギロリ、と。
その背後に控える、リアルターミネーターこと、海坊主さんから放たれた。
遮光眼鏡越しの眼差しに、貫かれて。
ブルブル、と。
震え上がっていた。
「……」
「……」
そうして衆目を集める、少女と巨人が。
無言のまま、ツカツカと。
僕たちのいる長机に、無事到着。
(……そういやアリスも、応援、来てくれるって言ってたっけ)
先日から、色んなことがありすぎて。
すっかりと頭から、抜け落ちてしまっていた。
「……」
そして、さも当然のように。
静々とアリスが、僕の隣の席に、腰を下ろして。
「……」
その背後に、直立不動の巨人が。
控えようとするものの……
「……禿山」
「はっ」
「……お前は……あちらに、座りなさい」
「……しかし、お嬢」
「……いいから。今日は特別、です」
「……ありがとう、ございます」
今回は、なんだかよくわからない遣り取りを経て。
僕と長机を挟んでいた、アミさんの隣に。
海坊主さんが、着席したのだった。
ミシリッ、と。
圧倒的な質量で、折りたたみ式のパイプ椅子が、悲鳴をあげちゃってるよ。
ひえっ……。
「あーもー、ハゲちゃん、そんな気を遣うことないよー。椅子ってけっこう頑丈なんだから、そんなふうに、腰を浮かせなくても大丈夫だよー?」
「……そうか」
マジか。
いや、アミさんが言うのなら、その通りなのだろう。
実際に、直後からパイプ椅子が『ミシミギビギイッ……!』って絶叫してるけど、まあ、ギリギリ耐えてるみたいだし。
(壊しちゃったら……後で、弁償しようっと)
幸せのお裾分けだ。
人間、心に余裕ができると。
色んなことに、寛容になれるものだね。
……とはいえ。
「もう、そんな困った顔しないの! ハゲちゃん、ただでさえイカついんだから、そんなふうに顔を強張らせると、余計に怖く見えちゃうよ?」
「……そうか」
「でもだいじょーぶっ、きっとみんな、いつかハゲちゃんの優しさに、気づいてくれるからね! 自信を持って! ふぁいとっ!」
「……そうか」
「ああでも、そしたらハゲちゃんが、人気者のモテモテになっちゃうかー。あー、それはうちとしては、ちょっと困るかもーっ」
「……それは、ない。だから、安心しろ」
「うんっ! 信じてるよ、ハゲちゃんっ♡」
……。
…………。
………………ん?
なんか……妙にさあ。
2人の距離が、近くありませんかねえ?
いや、確かにうちのお店で、普段から。
一番気兼ねなく、海坊主さんに接しているのは、アミさんだけれども。
本日……そういえば。
初めて、店の外で絡んでいる2人を。
こうして、目の当たりにしてみると。
普段以上の、近しさを……いや。
もっとはっきり言ってしまえば。
馴れ馴れしほどの、親しさを。
ヒシヒシ、と。
感じて、しまうのだが……
はてさて。
一体、なんぞこれ?
「……そう、いえば」
理解しかねる現状に。
宇宙ネコのような顔で、困惑していると。
おもむろに、口を開いたアリスが……
「……花畑さん。検査の結果は、どう、でしたか?」
さらに、意味不明な質問を投げかけた。
ん?
んんん?
検査、とな……?
「あ、アリスちゃんそれ、聞いちゃう? 聞いちゃうの!? っていうかハゲちゃんやっぱりこのこと、アリスちゃんに話してくれてたんだねーっ!」
「……ああ」
「んもうっ、そんなに早く、結果を知りたかったの!? それもうちの口から、直接? 聞きたかったのかなー? ええー? 護衛対象のアリスちゃんに、わざわざ場を用意して、もらってまでーっ?」
「……ああ、すまない」
「……っ! いいのいいのっ! それくらい、ハゲちゃんも気にしてくれてるって、ことだよね! むしろ、すっごく嬉しいよっ♡」
「……すいません、花畑さん。不躾なのは、承知、しておりますが……私も、気になって、しまったもので……」
「いいよいいよ、アリスちゃんからしても、大事な護衛さんの、一大事だもんねっ! それに私も『お友だち』のアリスちゃんや、カケルくんには、直接報告したかったし!」
なんだ?
なんだなんだ?
僕だけを、蚊帳の外に置いて。
何やら勝手に、話が進んでいるぞ?
一体さっきから、何の話を……
「まあ勿体ぶるのもアレだから、結論から先に言うと……うんっ、バッチリ、デキちゃってましたっ♡ いえいっ♡」
……。
…………。
………………。
……………………。
…………………………うん、何が?
一万の虚言よりも、一つの真実のほうが、多くの命を奪うこともある。
――意図された疫病――




