【37】 感想戦②
〈キララ視点〉
(……あー、負けたー……負けっちゃいましたー……)
ぐでん、と。
長机上に、脱力して。
指先で、ツインテールを弄るキララは。
再びの敗北を、噛み締めていた。
(ゲーム前に……あれだけ、散々とイキっておいて、ストレート負けとか……恥っず……っ!)
MTGの公式戦では、対戦結果を、それぞれの戦績用紙に書き込んで。
勝者が敗者のぶんを、合わせて。
受付に提出する規定だ。
そして、禁止まではされていないが。
事前の注意喚起にも、あったように。
他プレイヤーの妨害や視察などを予防するため、すでにゲームを終えたプレイヤーも、規定時間まではゲームをしていた長机に着席しておくことが、推奨されている。
ゆえに、勝者が試合結果を。
受付に、報告しに行っている間。
敗者は、長机で時間を持て余している状態だ。
そんな拘束時間を、強いられていると……
(……はあ。ごめんね、センセ。あんなに協力してもらったのに、負けちゃいましたよ……)
胸中に湧き上がるのは。
昨日の夕方から、半日以上も。
ほとんどぶっ通しで、自分のワガママに付き合ってくれた、中年カードゲーマーに対する斬鬼の念である。
(それに……ごめんね、スリヴァリンちゃん。キララがへたっぴな所為で、上手く、戦わせてあげられなくて……それにセンセに借りたカードも、ちゃんと、使いこなせなかったなあ……)
そこそこに高価な、特殊地形や。
便利な否認呪文や補充呪文を、貸し出してもらうことで。
キララのデッキは、格段に安定性を増した。
同時に、追加された呪文と、入れ替えるようにして。
カケルとの相談の末、今回のデッキテーマにそぐわないスリヴァリンたちを、一時的に除外。
結果として、赤と黒が消えて。
白青緑の、3色デッキとなることで。
デッキ強度が、さらに向上。
間違いなく、今のキララが使いこなせる、ベストデッキへと仕上がった。
とはいえ。
(……くそーっ……やっぱり、ケーケンの差ってやつは、埋められませんねえ……)
知識の差。
技量の差。
如何に金銭で、デッキの底力を押し上げても。
その他の部分で、圧倒的に敗北してしまった、と。
キララは今回の試合を、振り返っている。
なにせ、ヒカルの使用する銀弾デッキは。
そもそもの、デッキ構成からしてそうなのだが。
今回の試合だけでも、使用された【意図された疫病】や【邪教団式療法】といったカードは、相手のデッキを『正確に把握している前提』で、真価を発揮する類のカードだ。
それを使いこなす、背景に。
どれだけ膨大な知識が、必要なのか。
どれほどの経験値が、蓄えられているのか。
MTG初心者であるキララにも、はっきりと、理解できてしまう。
(……くそっ……悔しい、けど……ちょっと、かっこいいじゃないですかー)
競技に、触れることで。
競技への理解度が、深まって。
先人たちの積み重ねてきた努力や、偉大さが、理解できてしまうという現象が。
復讐へ躍起になっていた、キララの心に。
小さな波紋を、起こしていた。
と。
「……」
当たり前のように。
何も言わずに。
受付から、帰還してきたヒカルが。
キララの対面へと、腰を下ろしてくる。
すでにその目元は、いつものように前髪で、覆われているため。
瞳を通して、少年の胸中を。
観察することはできない。
それなのに。
「……」
ヒカルは無言のまま、じっと。
キララに顔を、向けていた。
(……え? 一体、なんなんですか?)
前回の対戦では、ゲームが終わるなり。
すぐにデッキの微調整を始めて。
キララのことなど、眼中になかったくせに。
「……」
今回は手元のデッキに、手を伸ばすことなく。
前髪に覆われた視線を、こちらに注いでいる。
まるでキララの反応を、待っているかのようだ。
「……なん、ですかー? 何かキララに、ご用でもー?」
相変わらず、理解し難い行動に。
長机に突っ伏した、状態のまま。
とりあえず、水を向けてみれば。
「……か、感想戦、しないの?」
いつも通りの、吃り声で。
しかし返ってきたのは、意外な解答。
「……え? 感想戦? キララと」
「……う、うん、そうだよ? それがカードゲーマーの、ま、マナーだよね?」
どの口で、そんなことを宣うのだ。
だったら前回のアレは、なんだったのだと。
思わずツッコミを入れたくなってしまうが。
(……ふ、ふん。まあ前回はキララも、カードゲーマーとしては? 色々と、粗相をしていましたからね? 特別に、スルーしておいてあげましょう!)
それよりも。
気になっていた点が、ひとつ。
「それじゃあ……聞いてみるんですけど、一回目のゲームのときに使った【邪教団式療法】が、あるじゃないですかー? あれってなんで、あのとき【対抗否認】を、指定してきたんですかー?」
今回のゲームを、振り返ったときに。
やはりあのときの宣言が、ゲームの。
分水嶺だったと思うのだ。
ずっと気、になっていたのだが
憶測を重ねるよりも、本人から聞き出した方が、手っ取り早いので。
この機会に、問いかけてみる。
「……ま、まず、その前のターンで、西垣さん、僕の【教示者】を、打ち消してきたよね?」
「……っ」
ピクリ、と。
思わず、眉根が反応してしまったが。
それに気づいた様子もなく。
ヒカルは吃りながらも、懸命に。
キララの疑問に答えようと、言葉を重ねていく。
「あのとき、に……たぶん西垣さんは、複数の否認呪文を抱えているんじゃないかって、お、思ったんだ」
「え? なんでですかー?」
「だ、だって……もし、い、1枚しか、否認呪文を握っていなかったら、もっと慎重に、なるでしょ? 例えば、ぼ、僕が引っ張ってきたカードを確認してから、そっちのほうを、う、打ち消すとか、さ。……でも、そうしなかった……そうするよりも先に、探索カードの方を、潰してきたってことは、き、きっと手札にまだ否認呪文があったから、カードを直引きされても、まだ打ち消せるって、そ、そう思ってたんじゃ、ないかって……」
「……」
確かに……
そう言われれば、そうだったかもしれない。
たった1枚しか、対抗手段がなければ。
それを切るのに、慎重にならざるを得ないものの。
保険があるのであれば、少しばかり。
大胆な行動を、とれるようになる。
なるほど。
人間の心理だ。
「そして次に、ね、【ネズミ】から、土地を落としたよね? だったら、土地は前の西垣さんのターンで、あえて、温存していたもの。土地の確保が重要な否認デッキ使いが、今は『その必要がない』ってくらいに、戦場や手札が充実していたってこと。だったらこっちも、確定ではないけど、す、少しだけ、西垣さんがまだ否認呪文を握っている可能性を、底上げしているよね?」
「……」
いや。
いやいやいや。
(いやだってふつう、手札破壊されて、否認呪文と土地なら、ほとんどの人が土地を捨てるんじゃないですかーっ!?)
そんな、些細なプレイングから。
こちらの手の内を読んでくるのか、と。
改めて、黒瀬ヒカルという少年の。
MTGに対する、異常なまでの集中力と、理解度に。
怖気のようなものを、覚えてしまう。
「だ、だとすると、次のターンのドローを含めて、西垣さんの手札には、最大2枚の否認呪文が、あ、あることに、なるよね? だったらその場合、カウンタースリヴァリンに採用されるような、否認呪文だと、だいたい【対抗否認】と【魔力漏洩】と【眩暈】に絞られて、そのうち確定打ち消しは【対抗否認】だけ。あとは条件付きのカウンター呪文だけど、同じ系統のカウンター呪文という意味では、【眩暈】は【漏洩】の劣化になるから、前者の方だけを、警戒しておけばいい」
ヲタク特有の、気質なのか。
趣味の話題になると、普段の吃りが抑えられて。
気圧されるほどに、ベラベラと。
少年は饒舌に語り続ける。
「だからあのとき、僕が警戒すべきなのは【否認】と【漏洩】で、組み合わせ的には【否認】が2枚と、【漏洩】が2枚、あとはそれぞれが1枚ずつのパターンで、この組み合わせで最も僕が優位をとれるのは、【否認】を落とすことだったんだ」
「ふ〜ん……でもあのときキララ、ちゃんと【療法】をカウンターしましたよねえ? それで残りの手札を確認できなかったんだから、もう1枚が【否認】の可能性がまだ、残っていたじゃないですかー」
それなのに。
ヒカルは『蘇呪』で、キララの手札に追撃を加えず。
放置して、戦場の【貪り齧るネズミ】を。
マナ加速に消費してきた。
これはもう、あの時点でキララの手札が【魔力漏洩】であると見切っていなければ、不自然なプレイングだ。
「た、たぶんそれはないと、思ってたよ」
その疑問に対する、答えは。
「だって西垣さん……あのとき、【否認】を使うのを、躊躇していたでしょ?」
やはり、異常なまでの。
観察眼。
「そ、そりゃまあ、そうでしたけど……それが一体、何なんですか?」
「たぶん【否認】が2枚の状況なら、迷うことなくカウンターを、してきたはず。だって他に選択肢が、ないもんね?」
「……」
「逆に【漏洩】が2枚でも、ちょっと迷ってから、結局はカウンターしてきたと思う。そうすると、カウンターが成功すれば、残る手の内を隠せるし、失敗しても、僕の保有するマナを削れるから」
「…………」
「でも西垣さんは……迷ってから、【否認】を打ってきた。ということは、手札には『他の選択肢』もあったけど、最終的に、それが一番メリットがあるって、判断したんだよね? だったら消去法で、もし残る手札が否認呪文だったとしても、それは【否認】じゃなくて【漏洩】系のカードだ。だからそれを前提として、その後の動きを、組み立てたんだ」
「………………」
「……って、いう、か、感じだったんだけど、上手く説明、できてたかな?」
「……え、ええ……よおーっく、わかりましたよおー」
如何に、黒瀬ヒカルという人間が。
こと、MTGという競技においては。
常軌を逸した才能を、秘めているのか。
そしてそれ以上の情熱を、注ぎ込んでいるのか。
まざまざと……見せつけられた、気分だ。
(あー……これは、完敗ですねえ……)
ぐうの音すら出ない。
もはや負け惜しみも吐けない。
完璧に、完膚なきまでの、完封負けである。
(そりゃ、キララが勝負どころだと思っていた、その前のターンから駆け引きが始まっているんじゃ、スタートの時点で、負けちゃってますもんねえ……)
それが、現時点における。
勝者と敗者の、決定的な差。
認めざるを得ない。
(でもまあ……キララもまだまだ、成長期ですから? いつかゼッテーに、リベンジしてやりますけどー?)
しかしその程度で、根をあげるほど。
キララという少女は、負けん気が弱いわけでも、屈辱をそのまま捨て置けるでももない。
むしろ敗北を糧に、成長できるような。
逞しく強かな、人間であった。
ともあれ。
「ってゆーかさあ」
「……?」
キララの質問に、答える形で。
長々と講釈してくれた、ヒカルには悪いが。
「黒瀬くん……アンタさあ、キララの名前、覚えていたの?」
ぶっちゃけ、今回の敗因と同じが、それ以上に。
キララにとって、看過できない違和感。
改めてそこに、踏み込むと。
「……え? だ、だってさっき、対戦シートを、受付に、提出してきたから」
「あー」
返答は、実に簡潔。
対戦用紙に記入されていた名前を、読み取っていただけのこと。
(そりゃ、1分も経っていないうちなら、興味のない名前も覚えていますか)
納得と。
肩透かしを。
同時に覚えていると。
「そ、それに……西垣さんとの対戦は、お、『面白かった』よ」
「……っ!」
「今度はちゃんと、な、名前を、覚えたから……また、今みたいな、ゲームをしようね?」
「……」
なんだろう、この感覚は。
嬉しいような。
悔しいような。
馬鹿にするなと、怒鳴りたいような。
格上に認められて、満更でもないような。
実に不思議で、難解な感情が。
グルグル、と。
キララの薄い胸中で、渦巻いて。
最終的には。
「う、うっさいバーカっ! バーカ! ってゆーか、まだまだキララは、発展トジョーなんですけど? いつまでもそんな上から目線でいられると、思わないでくださいよねっ! 近いうちに必ず、カンプナキまでに、ボッコボコにしてあげますからっ! きゃははっ♡」
いつものように。
訓練して、もはや慣れ親しんだ。
強気な発言が、口から飛び出すと。
「……う、うん。楽しみに、してるよ」
本当に、嬉しそうに。
憎たらしい強敵は、微笑んだのだった。
私は人並み以上に、物事の本質が、見えています。
それは経験や知識の有無ではなく、単純に。
どこを見るべきか知っているからです。
――渦を巻く知識――




