【36】 第一試合③
〈キララ視点〉
「……ここからは、本気だ」
キララにとっての、MTG指南役である。
カードショップの中年店員……夢尾カケルの言によると。
どうやら、目の前の少年……黒瀬ヒカルにとって。
ああして前髪を上げる行為は、一種の暗示切替として、機能しているらしい。
つまりここからが、本番だ。
(っていうか……何その、オッドアイ? 本物? それともカラコンなの? だったらオタク過ぎて、マジ引くんですけど!)
あと、初めて目にした同級生の素顔が。
思いの外、整っていて。
ちょっとムカつく。
(ふ、ふん! でもキララは、イケメンは大好きですけど、鑑賞用として割り切ってますから、ゲームで手加減なんてしてあげませんよーだっ!)
人は外見ではなく、内面。
一緒にいて、安心するのが一番だ。
楽しければなお良しというのが、キララの持論である。
ともあれ。
「ドローカード……【沼】をセットランド」
ヒカルの前髪上げを経て。
キララの【調律スリヴァリン】召喚によって、ヒカルの【爆裂樽】が破壊されたアップキープ直後から、時間が動き始める。
「第一メインフェイズ。〈黒〉1マナで【真血の教示者】をプレイ。対応ありますか?」
瞬間、キララの脳内に。
様々な情報が、駆け巡った。
(来た……センセの言ってた、銀弾だっ!)
特定のデッキに突き刺さるカードを、ピン挿しで、デッキに忍ばせて。
ああした捜索カードなどで適時、最適解を山札の一番上に積んでくる、通称『銀弾』デッキ。
(今のキララの手札にあるのは……【対抗否認】と【魔力漏洩】に、土地カードが1枚……)
前者の【対抗否認】であれば、あの【邪教の教示者】を、確定で打ち消せる。
一方、後者の【魔力漏洩】では、③マナを支払うことで【真血の教示者】を打ち消せないことになるが。
その場合は、マナ不足によって。
このターンはヒカルの動きを、封じ込めることができるだろう。
あるいは今回、否認呪文を温存しておいて。
次のターンに【真血の教示者】で引っ張ってきたカードを打ち消すのも、アリかもしれない。
やはり、否認呪文を握るプレイヤーの心理としては。
可能な限り、条件付きの不確定な否認呪文よりも。
確定となる、否認呪文を。
手札に残しておいたいものだ。
(……って、いや、ダメダメ! もうキララのデッキに否認呪文があるのはバレちゃってるんだから、黒瀬は『打ち消されない呪文』や『打ち消されても効果のある呪文』を、引っ張ってくるかもしれないじゃんっ!)
何より手元にはまだ、否認呪文が残っているのだ。
ここで『勿体無い精神』を発揮して、勝機を譲るなど、間抜けのプレイングに他ならない。
「じゃあその【真血の教示者】を、【島】と【活性】ちゃんから生み出した2マナで【対抗否認】しますねっ!」
結果として、数秒間の葛藤。
否認デッキ使いとしては、長くはないが。
短くもない時間を、消費した上での。
決断となった。
「オーケイ、打ち消されました」
一方で、気持ちを切り替えることで。
口調から、普段の吃りも消えた少年は。
デッキの核となるカードを、打ち消されても、とくに動揺を見せることはなく。
淡々と布石を、重ねていく。
「では次に、2マナで【貪り齧るネズミ】をプレイします。通りますか?」
手札から溢れるのは、以下のカード。
【貪り齧るネズミ 〈黒〉①
レアリティ……コモン
カードタイプ……召喚生物『鼠』
1/1
これが戦場に出たとき、対戦相手はカードを1枚、選んで捨てる】
生物骨格は、最低クラスとはいえ。
戦場に出た時点で誘発する手札破壊効果が、状況によっては致命傷にもなり得る、なかなかに侮れないカードだ。
(でも……今回は手札に、土地があるっ!)
先のターンでは、あえて。
この土地を、戦場に配置しなかった。
それはカケルの『否認デッキにおいて重要なのは、常に手札を切らさないこと。たとえそれがブラフでも、否認デッキは手札があるか否かで、対戦相手の思考にノイズをかけることができるんだ。だから土地を配置することは確かに重要だけど、状況によっては、手札に温存しておくのも立派な戦術になるんだよ』という助言に、従った訳なのだが。
今回はそれが、別の形で活きている。
(サンキュー、センセっ♡ あとで頭を、いっぱい撫で撫でしてあげますからねっ♡)
この瞬間、とある中年カードゲーマーが盛大なクシャミを漏らしたのだが、それはまた別のお話。
「うん、それは通るので、手札を1枚捨てましたよっ!」
「オーケイ、ターンエンドです」
手札から土地を、捨てたことで。
残るキララの手札は1枚。
対するヒカルの手札は、3枚となるものの。
戦場は、1体の貧弱なネズミしかない敵陣に対して。
3体のスリヴァリンが並ぶ、キララのほうが。
圧倒的に有利な状況。
(【宝革】ちゃん、【活性】ちゃん、【調律】ちゃん……この子たちを否認呪文で守りながら、優位を押し切るっ!)
そしてキララの、ドローフェイズで。
引いたカードは……
(……良し、【対抗否認】っ!)
つい先ほど、消費したカードを。
幸運にも、再補充することができた。
これで手札に、否認呪文は2枚。
ヒカルの手番で、手札が増えて、4枚になったとしても。
流石にその全てが絶対否認案件なはずないので、うち2枚をほぼ確定で打ち消すことができる現状は、最悪でも互角だと言えるだろう。
まだ攻勢に、転じることは叶わないが。
ゲームの先行きは、揺蕩っている。
(……っ!?)
それなのに。
そのはずなのに。
(何よ、その目……っ!)
こちらを、見透かすような。
キララの思考を、完璧に、把握しているような。
得体の知れない圧力が、正面の対戦相手からは、漏れ出している。
漆黒と薄白。
2つの異なる色彩が、じっと。
興味対象を、凄まじい集中力で、観察していた。
「……ターンエンド、ですか?」
「……っ! ターンエンドですよっ!」
いつの間にか、呑まれていたのか。
呆けてしまっていたキララが、慌ててターンの終了を宣言。
「では、僕のターン……アンタップ、アップキープ、ドローカード……【沼】を使用して、【邪教式団療法】をプレイします」
手番の移ったヒカルが、第一メインフェイズで使用したのは、以下のカード。
【邪教団式療法 〈黒〉
レアリティ……アンコモン
カードタイプ……詠唱魔法
土地でないカード名を1つ選ぶ。プレイヤー1人を対象とする。そのプレイヤーは自分の手札を公開して、その名前のカードをすべて捨てる。
蘇呪;クリーチャーを1体、生贄に捧げる】
相手の手札を、確認してからではなく。
先んじて、その内容を予想して。
カード名を、指定してから。
成否の結果を確認するという、不確定な手札破壊呪文であるものの。
その弱点を補うために、この呪文には『蘇呪』という『特定の条件を満たすことで、墓地からマナコストを支払うことなくこのカードをプレイでき、それをゲームから追放する』という能力が、付与されている。
つまりこの場合。
自分のクリーチャーを1体、生贄に捧げることで。
1回目で相手の手札を空振りしても、直後に繰り出される返す刀の2回目で、確実に対象を破壊できるのだ。
「指定するカードは【対抗否認】です」
しかも、よりにもよって。
ヒカルはつい先ほど、キララがプレイしたばかりカード名を、指定してきた。
(……なんでっ、そう、なるのよっ!? そりゃ否認デッキを相手に、カウンターカードを指定するのはわかりますけど、でも普通は、もうすでに1枚減っちゃっているカードじゃなくて、もっと別のカードを、指定するんじゃないですか!?)
MTGにおいては、1つのデッキに組み込める同名のカードは、最大で4枚まで。
相手の手のうちが確定していない状況下で、当たりを狙うのなら。
デッキに残数が多いカードを狙うことが、常識的な思考回路だろう。
それなのに。
(くそっ……黒瀬、ホントにキララの手札が、見えてるんじゃないですかーっ!?)
思わず、勘繰ってしまうほどに。
ヒカルのプレイングは、キララにとって、苦々しいものである。
(どうしましょう!? この呪文を通しちゃったら……ダメ! 蘇呪から【魔力漏洩】のほうも、落とされちゃいます!)
絶対に、看過することはできない。
ならば。
(打ち消すことは確定。できれば【否認呪文】のほうを、残したいですけど……)
もう一方の【魔力漏洩】では、相手に③マナを支払われてしまえば、呪文を通されてしまう。
だけどその場合、ヒカルの土地は全て使用不可だ。
新たに手札から1枚、土地を追加したとしても。
残る2枚の手札で、果たして何が、できるだろうか。
もしかするとその状態を厭って、今回はキララの【魔力漏洩】を、通してくれるかもしれない……
(……って、いやいや、だからそういう楽観的な考え方は、ダメなんですって! ちゃんと最悪なほうを、想定しないとっ!)
相手はあの中年カードゲーマーを実力で下した、不気味な中学生である。
油断などできない。
結論として。
「じゃあその【邪教団式療法】を、【島】と【宝革】ちゃんを使った【対抗否認】で、カウンターします!」
「わかりました。【邪教団式療法】が打ち消されて、墓地に置かれます」
当初の予定通りに、確定で打ち消したものの。
さてさて、ここから一体。
ヒカルは『蘇呪』した【邪教式療法】から、一体何を、指定してくるのか……
(……今度はちゃんと、外してくださいよね)
むしろ外せ、と。
ドキドキしながら。
キララが宣言を、待っていると。
「では次に、【邪教団の塔】をセットランド」
ヒカルが戦場に、配置したのは……
【邪教団の塔
レアリティ……レア
カードタイプ……特殊地形
〈→〉;①マナを獲得する。
〈→〉、クリーチャーを1体生贄に捧げる;〈黒〉〈黒〉を獲得する】
……という、特殊地形。
そこから展開されるのは。
「【ネズミ】を生贄に捧げて【塔】を起動。〈黒〉マナ2点を獲得します」
クリーチャーを生贄に捧げた、手札破壊ではなく。
クリーチャーを消費した、マナ加速。
さらに。
「そのうち1マナを使って【邪教の儀式】をプレイします」
更なるマナ加速。
これでヒカルの保有するマナは、2マナから4マナへと増えて。
その他にも使用可能状態の土地が、3つある。
(これじゃあ、【魔力漏洩】でカウンターできない……っ!)
正確には『追加の③マナを支払うことができる、4マナ以下のカードを打ち消すことができない』状況であるのだが。
そうしたキララの焦燥を、見透かしているように。
大量のマナを抱えたヒカルは、ようやく。
最後の手札を切った。
それは……
「うち3マナで、【終局の遺志】をプレイします」
【終局の遺志 〈黒〉②
レアリティ……レア
カードタイプ……詠唱呪文
あなたはこのターン、あなたの墓地にあるカードを、手札にあるかのようにプレイしてよい。その代わりにこのターン、あなたの墓地に置かれるカードを、すべてゲームから追放する】
……という、黒の特色である『墓地操作』を。
煮詰めて。
凝縮して。
極めたような。
非常に強力な、切り札だった。
「通りますか?」
問いかけられて。
「……通り、ます!」
これが決定打であると、予感しつつも。
そう答えることしかできないキララは。
それでも。
「では土地から3マナを生み出して、浮いていたマナを合わせると、合計で4マナ。うち2マナを使って墓地から、先ほど生贄に捧げた【貪り齧るネズミ】を再プレイします」
「……それに対応して、【魔力漏洩】をプレイしますっ!」
最後まで、諦めることなく。
たとえ無駄になると、わかっていても。
少しでも相手のプレイミスを誘発する確率を、上げるために。
最善手を、尽くしていく。
「……」
そこで、ほんの僅かだが。
ヒカルが薄く、微笑んだ気がした。
「……通りました。打ち消された【ネズミ】が、追放されます」
追放とは、墓地に置かれず、ゲームから除外されること。
こうなってしまえば、そのカードは。
此度のゲームにおいて、使用することはまず不可能。
「それでは残る2マナのうち、1マナを使って【邪教の儀式】をプレイ。生まれた3マナを使って【意図された疫病】を戦場に配置。指定するクリーチャータイプは『スリヴァリン』です」
とはいえ、ここでゲームを決定づけられるのなら。
墓地という資源を、出し惜しむ必要など。
無用だと、言わんばかりに。
「最後に残った1マナで【邪教の教示者】をプレイして、ターンエンドです」
手札のない、無防備な否認デッキを。
一切の油断なく、キッチリと詰めてくる。
まるであの、中年カードゲーマーのように。
(でもまだ、キララのターンが回ってくる……ここで、何かを引ければまだ……っ!)
互いに手札は、ゼロとゼロ。
土地はキララが3枚で、ヒカルが5枚。
戦況はひっくり返されてしまったが、それでも、キララは諦めてなどいなかった。
「ドローカード……っ、【結晶スリヴァリン】をプレイっ!」
「どうぞ」
引き当てたのは、この状況下では一筋の光明となり得る、スリヴァリン。
能力は……
【結晶スリヴァリン 〈白〉〈青〉
レアリティ……アンコモン
カードタイプ……召喚生物『スリヴァリン』
2/2
すべてのスリヴァリンは〈皮膜〉を持つ】
……となり。
常時発動型の能力である〈皮膜〉とは、プレイヤーやクリーテャーが操作する呪文や能力の『対象にならない』という、対象を指定するタイプの除去に対して強力な妨害能力になるのだが。
現状では、それ以上に。
小粒な生物骨格が多い、スリヴァリンたちの中で。
戦場の【意図された疫病】に、抗える。
貴重な2/2のスリヴァリンである。
(【疫病】のマイナス修正を受けて、1/1になっちゃいますけど……この子なら、まだ戦場で生き残れる! あとはこの子を起点として、戦況を盛り返すことができれば……)
か細く、頼りない、一握りの希望。
諦められない、勝利に繋がる道標。
そんなものは。
「では、僕のターン。アンタップ、アップキープ、ドローカード」
膨大な、闇の渦に飲み込まれて。
儚く、消え去ってしまう。
「5マナで【暴れ狂う巨獣】を召喚します」
何故なら、たった今。
ヒカルがドローしたのは、1ターン前の探索カードによって、予め仕込まれていたもの。
勿論それは、現状のキララにとって。
最悪と呼べる『怪物』だ。
【暴れ狂う巨獣 〈黒〉〈黒〉③
レアリティ……レア
カードタイプ……召喚生物『獣』
3/3
〈黒〉;これはすべてのクリーチャーとプレイヤーに1点のダメージを与える】
生物骨格は3/3と。
マナコストに対して、大きいとは言えないが。
マナを注ぎ込むことで、自分を含めた戦場のクリーチャーや、プレイヤーへの直接ダメージを可能とする。
軽量クリーチャーを並べるデッキにとっては、死神のような、終局生物。
「ターンエンドです」
「……っ!」
その次のターンで。
キララが新たな否認呪文を、引き当てたものの。
すでに戦場に召喚された【暴れ狂う巨獣】を、今更に、打ち消すことはできない。
「……ターン、エンドですっ!」
「では僕のターン。アンタップ、アップキープ、ドローカード……メインフェイズ。こちらの【枯渇の大地】を生贄に捧げて、そちらの【ラノエルドの沿岸】を、破壊します」
「……っ、わかりました」
「【沼】をセットランド。【巨獣】の能力を2回起動します」
「……っ、【水晶】ちゃんが、墓地に落ちます……」
そしてクリーチャーの能力は、呪文ではないために。
通常の否認呪文では、打ち消すことができない。
凶悪な獣の撒き散らす衝撃に、耐えきれず。
ただでさえ、弱体を強いられていたスリヴァリンは。
敢えなく闇の底へと、堕ちていった。
「オーケイ。では【巨獣】で攻撃です」
「通り、ます……っ!」
眼下で展開されるのは。
丹念に、土地をすり潰されて。
コストに〈青〉マナを必要とする否認呪文を、使用し辛くしたうえでの。
起動能力による、戦場のスリヴァリン一掃と、プレイヤーへの直接ダメージ。
さらにクリーチャー本体による、直接攻撃である。
まさしく蹂躙劇だ。
「アンタップ、アップキープ、ドローカード……」
そしてキララのドローは【筋力スリヴァリン】。
(この子は……戦場に他のスリヴァリンがいないと、出た瞬間に【疫病】の修正を受けて、死んじゃう……っ!)
強化能力があるとはいえ、修正前の生物骨格は、最弱の1/1。
現状では、召喚すらできない。
「……ターン、エンドですっ!」
「ではそちらのターンエンドに対応して、新たに2回、【巨獣】の能力を起動します」
「……っ! わかりました……っ!」
肉盾すら並べられない、キララに対しても。
ヒカルは、一切の攻勢を緩めない。
あの【暴れ狂う巨獣】は、能力起動時に。
能力を使用したクリーチャー本体にも、ダメージが入るとはいえ。
クリーチャーへのダメージは、ターンが切り替わるごとに、都度リセットされる。
それを利用して、無傷となった【暴れ狂う巨獣】が。
キララのターンに、再び2点のダメージをばら撒くことで。
相手ターンの戦闘前に2点と、本体からの3点。
さらに自分のターンで、追加の2点と。
合計で実質7点に及ぶダメージを。
手番が一巡する間に、間断なく。
叩き込まれ続けることになる。
よって。
「負け、ました……っ!」
「ありがとうございました」
そこから、挽回すること叶わず。
キララはそのゲームを、落としてしまい。
続け様に、次のゲームでも。
完膚なきまでの敗北を、喫してしまうのであった。
死とは、救済であり。私たちにとっての、通過点に過ぎません。その淵に堕ちた程度で、私たちが信仰を、止める必要がありますか?
……邪教団の巡行録より抜粋
――終局の遺志――




