【35】 第一試合②
〈ヒカル視点〉
「……き、聞いたよ。また夢尾さんに、め、迷惑を、かけたんだってね」
大事な大会の、直前となる。
先日の、週末大会。
この大会に持ち込むデッキの、最終調整の場に。
ヒカルが好敵手と定める中年カードゲーマー……夢尾カケルは、現れなかった。
そのことに、不満を不安を抱きつつ。
どうやら事情を知っているらしい、女性店員の会話を、盗み聴いた限りでは。
カケルは、当日その場にいなかった少女のために。
何処かに、駆り出されていたということらしい。
「……じゃ、邪魔、しないでよ」
ヒカルにとっては、路傍に転がっている小石に等しい、端役のくせに。
僕たちの戦いに、水を差すなと。
怒りを込めて、牽制するものの。
「あはっ♡ こーんな可愛いキララちゃんをジャマだとか、やっぱオタクって、マナーがなっていませんよねえっ! わからせたくなっちゃう♡」
対峙する少女は……ニヤニヤ。
特徴的な八重歯を、覗かせて。
小憎たらしい笑みを、深めるばかり。
「っていうか、センセはキララのセンセーなんだから、キララのために時間を使うのは、トーゼンなんですけど? そっちこそ、外野のくせにウゼーんですけど? キララに一回勝ったからって、あんまチョーシに乗らないでくれますかー?」
それどころか、敵意を剥き出しにして。
あからさまに、挑発さえしてくる。
「……え? そ、そうだったけ?」
とはいえ、その言葉は。
ヒカルの記憶に、掠りもしなかったが。
「むっかーっ! まじ、ぶっ潰す!」
逆に少女の方が、炎上していた。
(まあ……いいや。どうせ記憶に残らないような、くだらない、ゲームだったんでしょ)
その程度の相手に、今後も。
興味を抱けるとは、到底思えない。
こうして会話をしている時間も無意味だ。
(もういい……さっさと、終わらせよう)
ちょうど、そのとき……ビビビーッ!
規定時間を告げる、警笛が響き渡った。
「それでは参加者の皆さん、席につきましたか? 第一試合は2本先取制の最大3ゲームで、制限時間は50分までとなっております! その後に10分の休憩を予定しておりますので、ゲームが終わった参加者の方は、勝敗の申告以外で、できるだけその場を移動しないようにしてくださいね! 次に対戦予定するプレイヤーさんのゲームを覗き見するのは、注意対象ですよーっ!」
拡声器を通して、会場に鳴り響く。
司会者からの、進行案内に従って。
「あと、ゲームが制限時間以内に終わらなかった場合は、その時点でゲームを先取していたプレイヤー側の勝利となりますので、予めご了承ください! それでは……ゲーム、開始ですっ!」
「……よ、よろしく、お願いします」
「ふんっ! よろしくお願いしますっ!」
カードゲーマーの、マナーとして。
対戦相手と挨拶を、交わしたのちに。
不正防止のため、互いのデッキを交換して、シャッフル。
デッキを所有者へと、返してから。
「……ダイスロール……さ、3です」
賽子を振って、ゲームの先手番を決める。
「うっし、キララが5ですから、先攻ですねっ!」
今回は、大会規定により。
賽子の目が大きい方が、自動的に先攻となるので。
賽の目で負けたヒカルは、後手番だった。
(……うん、いい感じ)
もとよりヒカルの使用する、銀弾デッキとは。
相手の動きを把握しながら戦う、典型的な『受け』型のデッキなので。
敵の挙動を、観察できて。
ドロー回数が増える、後手番の方が。
好ましいまである。
「それじゃあ手札確認……うん、キララはオッケーですよっ!」
「……ぼ、僕も、大丈夫です」
次いで、先手番から順番に。
最初の手札となる、7枚のカードを確認して。
互いに手札を一枚減らすやり直しの必要がなかったために、ゲームを開始。
「では、キララのターン……【島】を配置して、ターンエンドですっ!」
「……ドローカード……て、手札から【腐敗した産卵池】を、使用不可状態でセットして、ターンエンドです」
「ではその前に、【渦を巻く知識】を使用しますっ! 通りますか?」
「……通ります」
ヒカルのターン終了宣言に、対応して。
戦場の【島】から生み出された〈青〉マナで、プレイされたのは、以下のようなカード。
【渦を巻く知識 〈青〉
レアリティ……コモン
カードタイプ……瞬間呪文
あなたはカードを3枚引く。その後、あなたの手札にあるカード2枚を、あなたのライブラリーの一番上に、望む順番で置く】
使用の前後で、手札枚数こそ変わらないものの。
手札の入れ替えと、その後のドロー内容を確定させることで、デッキの動きを安定させる。
青の良質な、軽量補助呪文だ。
(……ということは、否認デッキか、補充デッキかな?)
どちらも今大会における、最強デッキ。
一回戦から当たったとしても、不思議はない。
「それではキララのターン……アンタップ、アップキープ、ドローカード……手札から【ラノエルドの沿岸】をセットして、ターンエンドです!」
それなのに。
少女が新たに、戦場に配置したのは。
1点という代償と引き換えに、否認デッキと補充デッキに必要な〈青〉マナの他に、〈緑〉マナを生み出すことができる、代償土地である。
(青緑のデッキ……対立デッキかな?)
勢力としては、主流ではなく、少数寄りではあるものの。
以前、カケルが使用していたように。
潜在能力そのものは、証明されているデッキだ。
大会に持ち込む選択肢としては、あり得なくはない。
ならば。
「……アンタップ、アップキープ、ドローカード……【沼】をセットして、2マナで【爆裂樽】をプレイします」
戦場に召喚するのは、そうした小粒なカードたちに対する、天敵カード。
【爆裂樽 ②
レアリティ……レア
カードタイプ……神秘機構
あなたのアップキープの開始時に、あなたは爆裂樽の上に導火線カウンターを一個、置いてもよい。
〈→〉、これを生贄に捧げる;点数で見たマナ・コストが、爆裂樽の上に置かれた導火線カウンターの数に等しい、全てのアーティファクトとクリーチャーを破壊する】
カードの肝である、導火線カウンターを設置するタイミングが、アップキープに限定されており。
効果範囲も、限られてはいるものの。
使い所を、見誤らなければ。
簡単に1枚のカードで、複数の優位を取れる。
そのうえ色特性として、『神秘機構に干渉しづらい』という黒の弱点を補ってくれる、優良の神秘機構《無色》カードである。
しかもこの【爆裂樽】は、上に置かれている導火線カウンターが『0』の状態で起爆させると、召喚コストが『0』扱いとなる擬似生物を問答無用で巻き込めるため、1〜2マナ域のクリーチャーが多い軽量デッキや、大量のトークンを使用する対立デッキなどにとっては、まさしく天敵と呼べる代物であった。
「……通りますか?」
「と、通りますっ!」
それが、いとも簡単に召喚成功してしまった。
(土地は2枚立っているんだから……否認呪文が、手札にない? それとも別の狙いがあるのかな?)
わからない。
現時点では情報が、不足している。
「……ターンエンドで」
「ではその前に、スタックで【活性スリヴァリン】を召喚しますっ!」
だが、またしてもヒカルのターンエンドに。
少女の繰り出した、一手によって。
(……スリヴァリン、デッキ!)
おおよそのデッキ類型が、確定した。
(このタイミングで、瞬速をプレイするような、青緑のスリヴァリンデッキ……カウンタースリヴァリンかな?)
MTGの物語における、世界観に基づいて。
多種多様なカードが生み出されている、異形群体たちは。
プレイヤーの趣味趣向によって、軽量から速攻、支配に連鎖といった、実に様々な巣穴を生み出している。
それらの中でも、まず間違いなく。
最強格と、評されているのが。
豊富で優秀な軽量スリヴァリンたちと、それらを除去呪文や妨害呪文から守るための否認呪文を搭載した、不可侵群体と呼ばれる否認速攻デッキだった。
「アンタップ、アップキープ、ドロー! 手札から【低木林値】をセットランド!」
手番が回った少女の、メインフェイズにて。
新たに、戦場へ追加されたのは……
【低木林地
レアリティ……レア
カードタイプ……特殊地形
〈→〉;①マナを獲得する。
〈→〉、1点のライフを支払う;あなたは〈白〉か〈緑〉、どちらか1点のマナを任意で獲得する】
……という、多色地形。
(……ここで、白を追加か)
目に見えている、対戦相手の土地配置は。
現時点で白、青、緑の、3色構成。
これほどの潤滑な、マナ資源があれば。
様々な呪文を、色制限に囚われることなく。
プレイすることが、可能なはず。
「ターン、エンドです!」
それでも、やはり。
少女は自分のメインフェイズでは、動かない。
否認呪文を構えるのなら、土地の確保は必須だし。
戦場にはすでに、スリヴァリンカード全体に『瞬速』を付与できる【活性スリヴァリン】が、召喚されているために。
これによって、本来はメインフェイズにしか召喚できない、クリーチャー呪文を。
瞬間呪文のような、タイミングで。
相手のターン中にもプレイできる。
わざわざ自分のターンに動く必要がない。
少女のプレイングは、どこまでも。
理に叶ったものだ。
(でも……僕の戦場には、すでに【爆裂樽】が配置されている。スリヴァリンデッキなら、これを見逃したのは、致命的じゃないのかな?)
基本的に、優秀な軽量スリヴァリンとは。
2マナ域に、集中して生息しているため。
ここを狙い撃てば、戦線など。
簡単に崩壊してしまう。
(……それとも何か、狙いがある?)
まあいい。
それはゲームを進めていけば、わかること。
「……アンタップ、アップキープに……【爆裂樽】のうえに、ど、導火線カウンターを、置きます。対応ありますか?」
「ありません」
いちおう、導火線カウンターの設置に対応して。
破壊や送還の可能性も、考慮してみたのだが。
どちらも、ないようなので。
無事にカウンターを、設置してから。
ドローフェイズに移行。
「……メインフェイズ、【枯渇の大地】をセット」
そして戦場に送り出したのは、以下のカード。
【枯渇の大地
レアリティ……アンコモン
カードタイプ……特殊地形
〈→〉;①マナを獲得する
〈→〉、これを生贄に捧げる;特殊地形1つを対象とする。それを破壊する】
この特殊地形は、多色デッキに採用される多色地形のように、任意の色マナを生み出すことができない。
生み出せるのは色のない、無色マナだけである。
その代わりにこの特殊地形は、自らを生贄とすることで、相手の特殊地形を破壊。
意図的な色拘束を、強制できるカードだった。
こうした特殊能力を有する、無色マナの土地を。
無理なく、デッキに組み込めることも。
単色デッキの、強みである。
とはいえ。
「……3マナで、【意図された疫病】をプレイ」
今回は、その特殊能力を起動せずに。
マナを生み出すことで、詠唱したのは……
【意図された疫病 〈黒〉②
レアリティ……アンコモン
カードタイプ……魔力付与『戦場』
これが戦場に出る際に、クリーテャー・タイプをひとつ選ぶ。選ばれたクリーチャーは−1/−1の修正を受ける】
……という。
エルフやゴブリン。
スリヴァリンなどといった。
単一タイプの軽量クリーチャーたちを主軸とするデッキに対して、劇的に突き刺さる、典型的な『ハマれば強い』妨害カードだ。
「……っ、対応で、ライフ1点を支払って、【林地】と【島】から【宝革スリヴァリン】を召喚! 通りますかっ!?」
「……通ります」
「だったら【宝革】ちゃんの能力で、|前のターンから戦場にいる《召喚酔いの解けている》【活性】ちゃんを、使用不可にして、〈青〉マナを生成。【沿岸】のぶんと合わせた2マナで、【眩暈】をプレイします!」
「……オーケイ、①マナを支払えないので、打ち消されました」
流石にこれは、通らなかったものの。
否認呪文の存在を、確認できたことで。
より一層に、相手の使用するデッキタイプの確信が、深まった。
とはいえ……
(……ちゃんと、考えてる)
ここまでの、たった数手。
その中にも、カードゲームらしい駆け引きが、何度かあった。
例えばセットする、土地の順番。
単色なのか、多色なのか。
多色だとしたら、使用する色は何色なのか。
できるだけ、自分のプレイは円滑に進められるように。
けれど対戦相手には、余計な情報を与えないように。
ちゃんと意図が読み取れる、順番だった。
スリヴァリンの召喚だってそうだ。
この盤面に見えている、スリヴァリンたちは。
どちらを先に召喚しようと、結果的に【眩暈】まで、繋がるものの。
少しでも対戦相手の、意表を突くために。
自分のターンには、召喚をせず。
必要なときに。
必要なものだけを。
召喚する意図が、見てとれる。
そのひとつひとつは、とるに足らない、小細工なのかもしれない。
しかし着実にそれらを積み上げる工程こそが、勝利に繋がる布石なのだと、カードゲーマーは理解している。
原動力となるのは、勝負への『熱』だ。
相手に勝ちたい。
負けたくない。
自分の存在を証明したいという、揺るぎない炎。
それをヒカルは、目の前の少女から、ヒシヒシと感じていた。
(……面白い、な)
チロチロ、と。
闇を舐めていた、自分の中の小さな熾火が。
ゴウゴウ、と。
激しい突風に、煽られることで。
見る間に大きく、育っていく。
「アンタップ、アップキープ、ドローカード……ターンエンド、ですっ!」
今回も、少女は何もせず。
攻撃どころか、土地すら出さずに。
4回目のターンを、終えてきた。
ということは。
「……アンタップ、アップキープに……つ、追加で【爆裂樽】に、導火線カウンターを――」
「――それに対応で【調和スリヴァリン】をプレイ! 使用するのは1点のライフを支払った【林地】からの〈白〉マナと【沿岸】からの①マナに、【宝革】ちゃんの〈緑〉マナですっ!」
カリカリ、と。
札型のライフカウンターを、減らして。
戦場を一掃する【爆裂樽】の起爆剤となる、導火線カウンターの設置に対応するかたちで、召喚されたのは……
【調和スリヴァリン 〈白〉〈緑〉①
レアリティ……アンコモン
カードタイプ……召喚生物『スリヴァリン』
1/1
すべてのスリヴァリンは『これが戦場に出たとき、エンチャントかアーティファクトを1つ対象とし、それを破壊する』を持つ】
……という。
魔力付与や神秘機構に対しての、擬似的な除去呪文だ。
無論、今回の対象となるのは――
「――【調和】ちゃんの召喚効果で、そこの【爆裂樽】を、ぶっ壊します! 対応ありますか!?」
「……ありません。【爆裂樽】が、破壊されます」
一応は、破壊されることに対応して。
能力を起動させることも、できるのだが。
現在置かれている導火線カウンターの数では、戦場に影響を与えることは、できない。
大人しく、破壊を受け入れる。
それに……
(……ちゃんと2マナを、確保している)
相手の保持する手札は3枚。
否認呪文を匂わせるには、十分な条件だ。
(だからさっきのターン、土地を出さなかったし、クリーチャーで攻撃もしなかった)
全てが計算された、意味のある、プレイングである。
ゲームに、勝ちたいと。
対戦相手に、勝ちたいという。
強い意志《炎》の、顕現だった。
「……ふ、ふふっ」
気づけば。
ヒカルは、笑っていた。
「……? え、どうしたんですか、急に? 普通に怖いんですけど?」
対戦相手の少女は、ドン引いているが。
構うことなく、ヒカルは胸ポケットから。
用意していた、半円髪留を取り出して。
装着。
「……っ!」
「ご、ごめんね、別のここまでも、手を抜いていたつもりはないんだけど……」
普段は、世界を自分から切り離していている。
前髪という紗幕を、取り払うことで。
はっきりと。
「……ここからは、本気だ」
ヒカルは、討ち倒すべき『敵』を。
睨みつけたのだった。
闇に囚われた獣は、敵意と悪意に染まることで、やがて命に対する害悪へと成り果てる。……しかも奴らは、成長するのだ。
――暴れ狂う巨獣――




