【34】 第一試合①
〈???視点〉
いったい、いつからだろうか。
少年が自分を『普通とは違う人間』なのだと、自覚するようになったのは。
物心がついたとき、いつも忙しなく動き回っていたことを、母親に叱られたときだろうか。
あるいは預けられた保育所で、1人遊びにばかり没頭して、周囲と馴染めていなかったときだろうか。
もしかすると小学校で、何かと絡んできたウザい上級生を、思いっきりぶん殴ってやったときかもしれない。
いずれにせよ。
気づいたときには。
少年は、周囲にとっての『異物』であり。
世界は、異物を拒絶していた。
視線。
言葉。
反応。
そういったものから、ひしひしと。
お前は自分たちとは、違うのだ。
こっちに来るな。
あっちにいけ。
相手にしたくない、と。
侮蔑や嫌悪、面倒や無関心といった感情が。
当たり前のように、少年を取り囲んでいた。
(……つまらない、な)
そして……少年自身もまた。
そうした、腫れ物を扱うような。
自分から、距離を置くような。
自分という存在に、興味を向けてくれない。
生きているという実感を、抱けない。
『熱』を感じられない、世界に。
失望していた。
(……なんで……なんだろう……?)
別に、皮肉屋を気取っている訳ではない。
不真面目に、常識を無視している訳でもない。
それほど一生懸命では、ないかもしれないが。
自分なりに、ほどほどの努力を重ねて。
普通に、生活しているつもりなのに。
『いや、黒瀬よお、お前いっつも、何考えてんの?』『黒瀬くんって、なんでこんなこともわからないの?』『黒瀬ってさー。ほんと、空気読めないよねー』『このまえ黒瀬のヤツがさー、急に喋り出したから、マジでビビったんだけど』『黒瀬? あいつはいいよ、いてもウゼーだけだから』『ツボるところが、ウチらとは全然違うんだよねー』
他人は僕を、理解できない。
僕も他人を、理解できない。
他の人たちが面白い、楽しい、カッコいい、ウケるといったものの大半に、共感ができなくて。
他の人たちがつまらない、くだらない、ダサい、恥ずかしいと、迷いなく切り捨てるようなものの中からでも。
自分にとっては、素敵だと感じる輝きを。
簡単に、見つけてしまうのだ。
そんな『異常』な人間を、『普通』の人間は、許容してくれない。
無論、そんな少年の個性を、気に入って。
友誼を結んでくれる人間も、いるにはいたが。
やはりそれは、全体から見れば。
ごく少数だ。
(……ま、いっか)
やがて少年は、他人に。
期待することを、しなくなった。
他者との交流を、求めない代わりに。
他者からの交流も、求めない。
自分が、興味を向けるのは。
自分にとって、興味があるものだけでいい。
他は全て、邪魔者だ。
狭くて排他的な、居心地のいい世界に。
幼くして、閉じこもってしまった少年が。
煩雑で曖昧な、人間関係の代わりに。
のめり込んだのは。
複雑でも整然とした設定の敷かれた、遊戯の世界である。
最初は、スマホの簡単なアプリから。
すぐに、家庭用のゲーム専用機器を得て。
もっと高度なPCに手を出すまで、さして時間はかからない。
FPSや、対戦格闘ゲーム。
育成ゲームに、戦略ゲームと。
気になったものに、片っ端から触れていって。
最終的に、少年の心を掴んだのは……
(……かっこ、いい……っ!)
PCゲームとしてオンライン上で展開される、世界的なカードゲーム……MTGであった。
カードゲームという、複雑だが明確な設定の設けられた、奥深いゲーム性もさることながら。
プロのイラストレーターたちが手がけた、美麗で迫力のあるアートと、それを彩る様々なデザインやレイアウト。
物語をカードゲームに落とし込むことによって生まれたカードタイプに、設定を反映した能力と、世界観を垣間見せるフレーバーテキスト。
さらにはプロプレイヤーたちが大会で獲得する、賞金制度や。
何十年も前に刷られた絶版カードに付けられた、目が飛び出るような高値など。
その全てが、少年の心に突き刺さった。
(何これ……やばい、カッコいいっ!)
すぐに、夢中になった。
まだ保護者からお小遣いをもらっている中学生なので、課金などはできなかったが。
学校以外の時間を、全て注ぎ込むほどに。
熱中して。
熱狂した。
知れば、知るほどに。
調べれば、調べるほどに。
新たな発見があって。
乗り越えるべき問題があって。
攻略した時の、達成感があった。
(楽しい……けどっ、これだけじゃ、足りないっ!)
すっかりMTGの世界に、魅了された少年が。
主戦場だったオンライン空間から、実際に手で触れられるカードがある現実世界へと興味を移行させるのに、そう時間はかからない。
(本物のデッキを組んで……プレイ、してみたいっ!)
必要となるのは。
カードを買う、資金と。
一緒にプレイする、仲間たちだ。
幸いにも少年には、心当たりがあった。
『なんだよヒカ? カードゲーム? おまっ、中学生になってから、ンなもんにハマるなよなあ……はあ。まあ別に、付き合ってはやるけどよお』
『うん、全然いいよ! ヒカルと一緒に遊べるなら、なんだって大歓迎さ!』
こんな、不出来な人間である少年のことを。
なんだかんだで、見捨てずにいてくれる、稀有な幼馴染たち。
彼らを誘って。
お小遣いを出し合うことで。
カードを購入して、デッキを組んで。
当たり前のように……ヒカルが、無双した。
『いや……オマエなあ……ヒカ? ちったあ手加減しろよ? こっちはオマエと違って、シロートなんだぞ?』
『あはは! 前からゲームにハマっていたのは知ってたけど、やっぱりヒカルは、強いねえ! 僕たちじゃ、歯が立たないよっ!』
元より幼馴染たちは、カードゲームといったインドア趣味には、あまり触れてこなった人間である。
PCゲーム版とはいえ、経験で劣る少年に。
遅れをとってしまうのは、当然の帰結。
仕方のないことだ。
それでも。
(……足りない……もっと、ドキドキするような、楽しいゲームを、してみたいっ!)
渇きは。
飢えは。
満たされない。
『だったらよお。もういっそのこと、あーしらの上達を待つよりも、そういう人たちが集まる場所に行った方が、手っ取り早いんじゃね?』
『たしか繁華街の方に、カードショップがあったよね。あそこなら僕たちでも、下校途中に寄れる距離じゃないかな?』
更なる刺激を、求めて。
せっかくこの胸に灯った、『熱』を。
絶やさないために。
少年は、幼馴染たちの助言に従って。
繁華街にある、とあるカードショップを訪れた。
そして。
『……はいはい……なるほど、MTGの初心者ではないけど、お店の新規勢なんですね』
『でしたらまずは、そちらのご友人たちと遊戯空間でMTGをプレイされるなり、毎週定期開催している週末大会なんかに参加してみて、まずはお店の空気に慣れることから始めては、如何でしょうか?』
『流石に面識のない状態から、知らない人に対戦を持ちかけるのは、精神的なハードルが高いでしょうから、そうやって少しずつ、お店の常連さんたちと親交を深めていくことが、自分では意図しなかった経験となって、結果的にプレイングの上達にも繋がる思いますよ?』
意を決して。
声をかけた店員からの応答は、なるほど。
納得のいくものである。
だけど。
『……え? すぐにゲームを、してみたい?』
『う〜ん……でしたら、もう少々、お待ちしていただくことはできますか?』
『そうすればバイトの時間が終わるので、そのあとでよろしければ、僕がMTGのお相手させていただきますよ?』
駄々を捏ねる、少年を前にして。
三十路を過ぎているように見える、男性店員は。
苦笑しつつも、どこか嬉しそうに。
そんな提案を、持ちかけてきてくれたのだ。
それから……
(……ッ!)
少年は、ボコボコにされた。
店員は、穏やかで親切な口調と。
丁寧なプレイングでは、あるものの。
初心者に対する容赦とか、加減とかが、全くない。
どんなに優勢な場面でも、一手たりとも遊ぶことなく。
キッチリと、いやらしいほど的確に。
詰んでくる。
『うわあ……』
『オニーサン、大人気ねえ……』
『あっはっは! そりゃ、ゲームは真剣で勝負して、ナンボでしょ? でないと、面白くなくない?』
仕事の時とは、少し異なる。
砕けた言葉と、態度に。
(嗚呼……それは……)
少年は、全力で同意した。
(……その通り、ですっ!)
楽しい。
悔しい。
苦しい。
嬉しい。
様々な感情が、爆発したように。
胸の中で、荒れ狂う。
『うんうん、たしかにルールは完璧に、押さえているね。素晴らしいよ。計算なんかはバッチリだ。でもPC版だと、シャッフルとかは自動でやってくれているじゃない? そういうところを、現実では意識してやっていかないと……ほら、簡単にデッキが事故っちゃうんだよ』
『あと、リアルの対戦では、対戦相手が、目の前にいるからね。そこからどれだけ情報を読み取れるか、もしくは読み取らせないのかが、重要なんだ』
『デッキも……そうだね。ちゃんと構築のツボは抑えているけど、なんだか、教科書通りって印象だ。良くも悪くも、キミの色が感じられない。せっかくのゲームなんだから、自分なりのテーマを決めて、冒険的なカードを組み込んでみたり、自分に縛りプレイを課してみた方が、かえってデッキへの理解度が深まるかもしれないね』
ゲームの合間に。
そうした助言を、受けながら。
何度となく、完膚なきまでに、叩きのめされて。
プレイングの浅はかさを、思い知らされて。
デッキ構築の甘さを、突きつけられて。
敗北を噛み締めて。
全身を、屈辱で炙られて。
頭の中が燃えるように『熱く』なって。
それが……堪らなく、心地いい。
生きているって、実感する。
(……そう、いえば)
たっぷりと、日が暮れるまで。
何時間もぶっ通しで。
様々なデッキに切り替えながら、付きっきりで対戦相手を務めてくれた、中年の男性店員に。
まだ、名前を聞いてなかったことに気づいて。
少年が問いかけると。
『ん、僕? あれ、そういえばまだ、名乗っていなかったけ? 僕の名前は夢尾カケルだよ。しがない中年アルバイターだけど、これを機に、仲良くしてくれると嬉しいな』
返ってきた、無邪気な笑みと。
その名前を。
(……夢尾、さん)
心に、刻みつけた。
(ありがとう……ございます)
口には、出せなかったけど。
心の中で。
心の底から、感謝した。
(こんな僕に……真剣に、向き合ってくれて)
少年は異物だ。
だから世界は、遠ざけようとする。
距離を置いて、離れていく。
そこに『熱』はない。
でも、目の前のこの男は……カケルは。
こんな自分にも、真摯に向き合ってくれた。
はっきりとした『熱』を、感じることができた。
それが嬉しい。
たまらなく嬉しい。
胸が、震えてしまうほどに。
(勝ち……たい、な)
今はまだ、無理でも。
いつか必ず、勝ってやる。
今日、自分がもらった『熱』を。
カケルの胸にも、灯してみせるのだと。
それが少年の、目標となり。
そのために、数ヶ月の時間を費やした。
(本当なら……その舞台は、今日、ここになる予定、だったんだけど)
ちょっとした、想定外が発生したことで。
計画を変更。
渾身の力作である、秘密兵器のお披露目を、前倒しにしてしまったが。
もはや、過ぎてしまったことだ。
仕方がない。
それよりも。
自分という、存在を。
改めて認識した様子の、好敵手が。
一体どのような対策を、講じてきたのか。
楽しみですらある。
(ちゃんと……決勝まで勝ち上がって来てくださいよ、夢尾さん)
晴れ舞台で、カケルを下すこと。
それが叶うことでようやく少年は、あの日の『恩』を、お返しすることができのだから。
(僕も……負けませんから)
そのために、まずは。
第一試合を、勝たなければならない。
本日の大会は、最大で7試合となる、勝ち抜き形式だ。
そのため、抽選で別ブロックになってしまったカケルと、対戦するには。
決勝まで、一試合も落とすことはできない。
とても……燃える、展開だ。
興奮する。
「……相変わらず、こっちのことなんて、眼中にないって感じですねー」
燃え盛る炎を、宥めるように。
試合会場の、指定された席に着いて。
丹念にデッキを、シャッフルしていると。
「ま、いいですけど。そのほうが勝ったとき、気持ちがいいですもんねーっ♡」
試合開始時刻、ギリギリになって。
ようやく長机の対面に着席してきた、対戦相手は。
どこかで、聴いたことのある声。
「……あー……た、たしか、キミは――」
「――いいですよ、別に。無理に思い出そうとしなくても」
興味の対象外については、とんと働きが鈍くなってしまう灰色の脳細胞を、稼働させるよりも先に。
「今日はキララが、アンタをボッコボッコにして、二度と、忘れられなくしてやりますからっ!」
ニヤリと、口元から八重歯を覗かせて。
どこか見覚えのある少女が、堂々と。
宣戦布告を、かましてきたのだった。
奴らは飢えを満たすためなら、何にでも齧り付く。
それが生物だろうと、知識だろうと、関係なくね。
――貪り齧るネズミ――




