【33】 未来③
〈カケル視点〉
はっきりと、認めてしまおう。
僕は彼女のことを、見誤っていた。
いや、もっと正確に、表現するならば。
僕は西垣キララという、少女のことを。
完全に、見くびっていたのだ。
(はあ……ちょっと前に、ヒカルくんの件で痛い目を見たばかりだってのに、ホント、成長しないな、僕ってやつは……)
ただ、年下というだけで。
可愛らしい女の子という、外見なんかで。
勝手にキララちゃんを……弱い者、扱いして。
僕があの子を、助けてあげなきゃ。
大人として、守ってあげなきゃ、と。
盛大に、勘違いしていたのだ。
(そもそもあの子には、僕のお節介なんて、必要なかったんだ。僕なんかと違ってキララちゃんはひとりで、自分の弱さと向き合って、乗り越えられる、強い子だったんだ)
思い返されるのは、つい先日のこと。
まだ半日ほどしか、経過していない。
昨日の夕刻である。
『……はいっ♡ これ、好きに使っちゃって良いですから、ちょっとキララに、付き合ってもらえませんか?』
『あ、あとできれば! 2人になれるところで、時間をとってもらえると、嬉しいでーすっ!』
駅前広場で、待ち合わせをして。
およそ一週間ぶりに、再会を果たした。
キララちゃんの口から飛び出した、予想外の『提案』に。
『はっ!? いやそれ、どういう意味!?』
僕は動揺を、隠しきれなかった。
『待って待って! そのお金でいったい僕を、どうするつもりなの!?』
『どうって……お店に、連れていく? いやキララがお店に、連れて行ってもらう系に、なるのかな〜? ほら、キララってそういうお店に、全然詳しくないので〜っ』
『僕だって詳しくないよ!? むしろ素人だよ!?』
『またまたーっ♡ センセはむしろ、常連さんでしょーっ?』
『謂れのない濡れ衣! 誤解だ、僕は無実だーっ!』
すわ、これが噂に聞く、パパ活なのか。
いや今回は、僕のほうが現金をチラつかされているのだから。
逆ナンならぬ。
逆パパ活になるのか、と。
慌てふためく僕を、マセたメスガキ様は、一体どんなお店にご招待する気なのだ、と。
大人の階段を、すっ飛ばすどころか。
逆に掘り砕いて、一生日の当たらない場所に。
連れ込んでしまう気なのか、と。
予期せぬ展開に、すっかりと舞い上がっていた、僕であるが。
『とにかく……センセっ! このお金で、キララのスリヴァリンちゃんたちを、パワーアップしてあげてくださいっ! お願いしますっ!』
切実な。
それでいて、燃えるような。
キララちゃんの力強い瞳と、言葉によって。
『あ、ああ……なるほど、ね?』
遅ればせながら。
間抜けな勘違いに、気づいた僕は。
大慌てで前後の文脈と、現状から。
事態を整理して、噛み砕いていく。
『つまり……そのお金で、カードを購入して、キララちゃんのスリヴァリンデッキを、強化したいってこと? そのために、僕にカードショップを、案内して欲しいってことなのかな?』
『……? さっきから、そう言っていますけど? 他に意味なんて、ありますかー?』
『だよねえっ!』
勿論、全力で乗っかったさ。
むしろそれ以外に、解釈の余地なんてないよね。
『……???』
だというのに。
不思議そうに。
小首を傾げる、キララちゃんが。
違和感を、深掘りしてくる前に。
『まあ、そういう相談なら……吝かでは、ないけれど、でもそのお金って、一体どうしたの? それに、その後で時間を作って欲しいって、もしかしてデッキの構築まで、やるつもり? もう遅いよ? ご両親は心配していないの? あ、そもそも今週は学校休んじゃってるみたいだけど、その辺はちゃんと、承認をとっているの? だとしても、少しくらい友だちに連絡を――』
『――あああーっ! うるさいうるさいっ! ってか、うっざ! そんな一気に、喋らないでくださいよーっ!』
怒涛の質問責めで、真相を煙に巻く。
汚い大人が、僕である。
狡猾だと、賞賛してくれていい。
それに……そうした確認事項は。
ちゃんと、本心でもあったし。
必要なことでも、あったからね。
事実として。
それから小時間後には……
『……う、うちの娘が、ご迷惑をかけてしまい、本当に申し訳ありませんっ!』
『キララちゃんもちゃんと、謝りなさいっ! こうしてわざわざ、家まで送ってくださったのよ!?』
『うえええ……キララは別に、頼んでませんよーっ! センセが勝手に、ついてきたんですーっ!』
ほら、想像通り。
連日に渡る、休学の許可など。
ご両親にとっていなかったらしい、キララちゃんが。
毒を食うなら、皿までの勢いで。
本日も門限も、ぶち破ろうとしていたので。
そこは、人として。
常識ある、社会人として。
彼女からの要望に応える、条件として。
一度帰宅して、ちゃんとご両親からの許可を得ることを、提示したのだった。
その際に、こちらからもちょっとした『提案』を、持ちかけたこともあって。
最初は難色を示していた放蕩小娘も、渋々と。
僕の付き添いありきで。
ようやく帰宅の途に、ついたのである。
『こら、そんな口の利き方、失礼だろうがっ!』
『そうですよ! 今日はたっぷりと、お説教ですからね! 覚悟しなさいっ!』
当然のことながら。
祖父母の住む実家に、帰省していたとはいえ。
無許可の外泊を続けていた娘さんに、ご両親は、大層ご立腹であった。
とはいえ。
『うええええっ!? そ、それは無理! ムリムリムリだからっ! いやちゃんと、反省はするし説教だって受けますけど、でも今は時間がないっていうか……ねえセンセっ! ちゃんとフォロー、してくださいよっ! 約束したじゃないですかっ!?』
なんて。
事前の約束まで、持ち出されてしまっては。
本来は部外者である僕とて、他所様の修羅場に。
口出しをせざるを得ない。
『あー……ごめんなさい。こんなこと、僕が言う立場じゃないことは、重々承知のうえなんですけど、いちおうこの子をここまで連れて来たことに免じて、少しだけ、お話させていただけませんか?』
『むう……それは……まあ、構いませんが』
『そういえば貴方は、どちら様になるのでしょうか? 先生とは、もしかして学校の先生ですか?』
『いえ、街中のカードショップで働いている、アルバイターです』
ズバアアアンッ……と。
背景に稲妻が、走ったかのような。
キララちゃんの、ご両親たちの反応を。
僕は生涯、忘れることはできないだろう。
いや、そりゃあ放蕩娘を連れ戻したのが。
得体の知れない、中年のアルバイターで。
しかもそいつが家庭の事情にノコノコと口出ししようとしている状況なんて、出来の悪い創作物の中でも、なかなかお目にかかれるものではない。
アリか、ナシかで言えば。
余裕で場外ホームランだ。
でもそこは、あちらも常識ある社会人。
というよりも、ただただ純粋に。
良識的な、人たちなのだろう。
こちらの強引な言い分にも、一定の理があると、判断してくれたのか。
『わ、わかりました。とにかく……ここで立ち話も、ご近所の迷惑になります。長話になるようでしたら、一度、リビングにお上がりください』
『すいません、お邪魔します』
やや、困惑気味ではあったものの。
最終的には、こんな不審者の言い分にも。
しっかりと耳を、傾けてくれたのであった。
本当に、よく人間ができていらっしゃる。
なんで、こんな善性のご家庭から。
あんな罵詈罵倒小悪魔が、爆誕してしまったのか……
世の中の不思議は、さておくとして。
『それで、お話を詳しく伺っても?』
『はい、実はですね、僕がこの子と知り合うきっかけとなったのが、そもそも――』
家族と一緒に暮らすために、最近引っ越してきたばかりだという賃貸物件の居間へと、案内された僕は。
他人の匂いが満ちた空間に、緊張しつつも。
少しばかり、込み入った。
僕たちの事情と。
現在の状況を。
簡単に、説明させてもらう。
『――なるほど。そういった、事情でしたか』
一通りの話を、聞き終えて。
キキラちゃんのお父さんは、腕を組み。
何やら難しそうな表情。
『正直……私には、キララのやろうとしていることが、的外れにしか、思えないのですが……キララはそれが、今でも必要なことだと、考えているのかい?』
『うん、そうだよパパ! ここで引いちゃったら、キララはまた、ダメになっちゃう気がするの!』
渋面を浮かべる、キララパパに。
キララちゃんが、必死に訴えかける。
『お願い、パパ! 今回だけは、キララのことを、信じて! 最後までちゃんと、やらせてよっ!』
『ううむ……だが……しかしなあ?』
『ねえ、あなた。キララがここまで言っているんだし、本人も後でちゃんと、反省するし、お仕置きも受けるって、約束しているんですから……今回はだけは、特別に、この子を信じてあげても、いいんじゃないですか?』
なおも渋る、キララパパに。
キララママからの、援護が入った。
これに顔を輝かせたのは、キララちゃんだ。
あとどうでもいけど、いい加減『キララ』が、ゲシュタル崩壊しそう。
『……っ! ありがとう、ママ大好きっ!』
『なっ!? ぱ、パパだって、キララのことは信じているぞ!?』
『パパも大好きっ♡ だったら今日は、センセのとこに、これからお邪魔してもいいよねっ!?』
『ぬっ!? そ、それとこれとは、話が別だ――』
『ねっ!?』
『――ろう――』
『ねえっ!? いいでしょ、パパパパっ♡ おねがい〜っ♡』
『――う、ううむ……』
『あとでいっぱい、肩叩きしてあげるからいいでしょ〜っ♡ ねっ♡ ねっ♡ ねえってば〜っ♡ お〜ね〜が〜い〜っ♡♡♡』
『……』
パパさん、メスガキの圧力にタジタジだ。
っていうか『肩叩き』あたりから、露骨に葛藤している。
チョロすぎんか?
『……夢尾さん』
『は、はいっ!』
最終的に、キララのパパさんは。
少しばかりの、熟考の末に。
長机を挟んで、西垣家のやり取りを見守っていた僕へと、顔を向けると。
きりりと、表情を引き締めてから。
『見ての通りの、お転婆で、ワガママな娘ではありますが……可愛い、ひとり娘なのです。どうか大事に、してやってください』
深々、と。
頭を下げてきた。
『え? あ、はい、それは当然ですよ!』
『もし娘に……万が一のことがあれば、私はおそらく、貴方を⚪︎します』
ついでに、サツ⚪︎イ予告までされた。
ひえっ……。
『任せてください。お嬢さんの身柄は、命に代えても保証いたします』
これには真顔で返答せざるを得ない、僕である。
だってパパさん、目が、本気だもの……。
チビりそう。
『やっだー、パパったら、心配し過ぎーっ♡ ざっこざこなセンセに、そんな真似、できるわけないじゃないですかーっ♡』
『あら、ダメよキララ。男はね、どんなに優しく見えても、本性は狼なの。パパだってこう見えて、いざというときは、そりゃあもう……♡』
『はっはっは。おいおいママ、やめなさい。お客さんの前だよ?』
『あっはっは。いやー、仲が、よろしいようデ……』
とまあ、そんな感じで。
西垣夫妻の狂気と、惚気に。
当てられつつも。
なんとか僕は、キララちゃんとの約束を。
果たすことが、叶ったのである。
⚫︎
とまあ、そのような段取りを経て。
キララちゃんの自宅へ突撃した当日の、夜遅く。
家族と夕食をとる、暇すら惜しんで。
今度はキララちゃんのほうが、僕の自宅へと、来訪していた訳であった。
その理由は……
『……えっ!? センセのカードを、貸してくれんですか!? しかもタダで!?』
『うん、そのほうがショップでカード購入よりも、現実的でしょ?』
限られた資金と、時間の中で。
今から焦って、カードを掻き集めるくらいなら。
いっそ、大量のカード資産を抱えている僕が、援助してあげたほうが。
資源効率も時間効率も、合理的だと。
判断したためである。
『で、でも、カードって、高いやつもいっぱいあるんでしょ!? もしキララがうっかり、傷つけちゃったりでもしたら……』
『それはそのときで、仕方のないことだと諦めるよ。でも……キララちゃんはそんなことを、わざとはしないでしょ?』
『と、トーゼンですよっ!』
だよね。
すぐに買い直せるような、安値なのに。
今も大事そうに扱われている、スリヴァリンカードたちを、見ていれば。
そこに、疑いの余地はない。
そして、以前に僕は。
一流を志すカードゲーマーたるもの、メスガキ風情に貸し出すカードはないという信念を、掲げていたわけだけれど。
可愛い気のある生徒には、少しくらい。
手助けしてあげたくなるのが、先生の人情というものだ。
とはいえ。
『センセ、ありがと〜っ♡ めっちゃ嬉しいっ! マジで、テンションぶち上がりまくりなんですけど〜っ♡♡♡』
『ああでも、このことは他の人たちには秘密だし、今回限りの対応だよ?』
流石に、この話が広まって。
カード資産の乏しい他の子たちにも『夢尾はカードをタダで貸してくれる』みたいな認識が付いちゃうと、不味いし。
やっぱり、カードゲーマーとしては。
身銭を切って、獲得したカードにこそ。
唯一無二の愛着を抱けると、思うんだよね。
むしろ、それこそがトレーディングカードゲームにおける、醍醐味のひとつだと言えるだろう。
だから……絶対に。
(キララちゃん……貸し出しはするけど、ちゃんと返してよね?)
フリじゃないよ?
約束だよ?
マジで。
『……っ! わっかりました! キララとセンセの、ヒミツですねっ♡』
そんな大人の、薄汚れた打算と。
保身からくる、約束なのに。
何故かキララちゃんは、殊更に嬉しそうに……キラキラ。
子ども特有の、大きな瞳を。
夜空に散らばる綺羅星のように、眩く、輝かせるのであった。
う〜ん、やっぱり、これくらいの子の感性って、よくわかんないな。
解せないぜ。
(でも……その甲斐あって、かなりの突貫ではあったけど、なんとかキララちゃんの新デッキを、形にすることはできたぞ……)
完全にゼロからの、スタートではなくて。
予め頭に入っていた、有名どころのスリヴァリンデッキを雛形にすることで、大幅な時間短縮に成功していた。
それでも時間は、ギリギリだったから。
そうやって昨晩、僕の家でデッキを組んでいる最中に。
今現在、西垣一家が住んでいる、賃貸物件ではなくて。
妹とは違う中学校で、寮生活を送っているのだという、キララちゃんのお兄ちゃんから……
ヴヴヴヴッ!
ヴヴヴヴヴヴッ!
ヴヴヴヴヴヴヴヴッ!
と、鳴り止むことのない。
鬼のような着信が、あったのだけれど。
本人はそれを、全て無視。
どころか、スマホの電源を落とすほどの。
凄まじい集中力を、発揮して。
一心不乱に、デッキを組みあげたのだった。
(いちおう、デッキができてから少しだけ仮眠はとったけど……頭が、重いなあ……)
なにせ、僕はともかく。
MTG歴二週間程度の、キララちゃんは。
デッキを組んでも、それをプレイする技量が、圧倒的に足りていない。
よって、短い仮眠の後。
すぐに、目を覚まして。
こちらは興奮であんまり眠れていなかった様子のキララちゃんと、時間ギリギリまで。
彼女の手に、新デッキを馴染ませるため。
僕は様々なタイプのデッキを使い回しながら、対戦指導を続けたのだった。
(……まあ、そうやって色んなデッキに触れたからこそ、『これ』に辿り着いたっていう、棚ぼたもあったんだけどね)
そうして、幾つかのデッキに手を出す中で。
不思議と……手に、吸い付くものがあった。
それは僕が普段、根拠にしている論理的ではない。
完全なる感性。
でも、今回に限っては。
不思議とそれに、従うことが。
正解な気が、したんだよなあ……
(……ま、どのみち今回は、デッキを煮詰める時間が全く足りていなかったんだ。寝不足で、頭もあんまり回ってないから、ムズいデッキを使うとミス率高くなりそうだし……だったら偶には、感性ってヤツを、信じてみてもいいでしょ)
ぶっちゃけ、今回僕が大会で使用するデッキとして、最終的に持ち込んだ『これ』は。
重要とされるのが、ゲームの技巧よりも、右手の力であるとさえ言われるシロモノだ。
無責任な運任せ、と。
言ってしまえば、それまでだけど。
そもそも、カードゲームなんてものは。
運という不確定要素が、どうしても大きく絡んできてしまう、ギャンブル的な側面を持った知的遊戯である訳だし。
なんだかんだで、今月の中頃から。
なかなか思うように、自分のMTGに費やす時間を、確保できなかった僕としては。
正直……とても、
この選択が、しっくりきている。
そしてこういう感覚は、なかなか馬鹿にできない。
今日は自分の感性を、とことん、信じてみようじゃないか。
(その結果……成績が、震わなかったとしても、それはそれで、諦めがつくしね)
逆に、だ。
きっとどれだけ、周到に準備していたところで。
こういった勝負どころで、運を引き寄せられない人間は、どんな競技においても一流には辿り着けないのだろう。
努力だけでは。
才能だけでは。
埋めることの、できない。
気まぐれな運命の女神からの寵愛を受けた、ごく一部の人間たちだけが、辿り着ける頂。
それがプロの世界だ。
(もし……ここで、MTGのプロになることに見切りをつけられれば、クロウには悪いけどお店を辞めて、もっと安定した職に、就くことができる)
夢を諦めて。
現実と向き合う事で。
ようやく……アミさんの気持ちに、応えることができるのだ。
それもまた。
人生における、ひとつの幸せのカタチだろう。
というが、こっちの方が。
冴えない中年の、カードゲーマーよりも。
よっぽど充実した人生を、送れそうだ。
(……ま、なんにしてもまずは、目の前の試合に集中だよね)
勝つにせよ。
負けるにせよ。
悔いだけは、残さないように。
心を研ぎ澄ましながら、腕を組んで。
本日の大会が執り行われる貸切会場で、すでに受付を済ました僕は、壁に張り出された対戦表を眺めていた。
そこには……
(……僕も、キララちゃんもね)
組み合わせは、完全な抽選となる。
七回勝で優勝となる、勝ち抜き形式の試合表。
その中で。
仮に僕とキララちゃんが対戦するのは、決勝戦という組み合わせであり。
そしてキララちゃんの、初戦の対戦相手は……
大地は何も約束しないが、大地は約束を裏切らない。
――枯渇の大地――




