【32】 未来②
〈キララ視点〉
時系列を少し、遡って。
キララがカケルの自宅を訪れることになった、四日目。
放課後の下駄箱で、キララがヒカルたちの会話を盗み聴いてしまった、その日の深夜である。
(あーもー、最悪っ! サイアクサイアクサイアクっ!)
引っ越ししたばかりで、まだ日の浅い。
他人の部屋じみた、自室の空気に浸りながら。
(ヘラったキララとか……マジで、サイアクなんですけどっ!)
ジタバタ。
ドタバタ、と。
寝台の上で、お気に入りのぬいぐるみを抱えたキララは。
羞恥と自責に、悶えていた。
(別に……あの場面で、わざわざ、2人の前に出ていく必要なかったのに! しかもあんな、捨て台詞まで吐いて! 完全に、ヤバい人のムーブじゃないですかーっ!)
わかっていた、ことではないか。
言うなれば、自分はまだ。
彼らにとっての、試用期間中。
試されている立場だ。
一応は、上辺だけの付き合いを、演じているものの。
あの幼馴染たちにとっての、内輪には。
いまだに、入り込めてなどいない。
特に、あからさまなほどに。
自分を軽視している、ヒカルの心象など。
ああして明言化されずとも、察することが、できていたではないか。
とはいえ。
(でもさあ!? 同じクラスで、もう一週間も同じお店に通ってるのに、未だに名前を覚えていないとか、それは流石にあり得なくない!?)
存在を、疎まれているどころか。
ろくに認識すら、されていなかった。
これではまだ、敵意のほうがマシである。
好意の反対は、悪意ではなく。
無関心なのだから。
(ああっ……それに……センセとの約束も、ドタキャンしちゃったしっ! マジでサイアク〜っ!)
でも、泣き顔を見られたくなくて。
無様な傷心を、悟られたくなくて。
距離を置いて、逃げてしまったのだ。
だから予定していた、お店には寄らずに。
一直線に帰、宅して。
自室に籠り、夕食も取らずに不貞寝して。
深夜に目を、覚ましたことで。
改めて、自分の行動を振り返ってしまい。
今更ながらに、キララは。
己の浅はかさを、恥じていた。
「ううう……わあああ……むぎいいいっ!」
ドタバタ。
ジタバタ、と。
それから日付が、変わるまで。
気の済むまで、たっぷりと。
身悶えたのちに。
(はあ……またキララ、失敗、しちゃったのかなあ……?)
自問する。
果たして自分は、あのときと同じ過ちを、繰り返してしまったのだろうか……と。
(……いや。今回は、前のときとは全然違いますよねえ!?)
自答する。
前回の件では、弁解の余地がないほどに、自らの非が大きかった。
けれど今回は、そうじゃない。
(そりゃ、少しくらいはキララにも、悪いところはあったと思いますけど……でも、あんな風に扱われるほど、やっちゃってるわけではないですよ!)
そして、結論する。
(よろしい、だったら受けて立ちますよ! バッチバチです!)
自分が、悪いことをしていないのに。
悪意や敵意。
引いては、無自覚な暴力に晒されて。
黙って泣き寝入りをする必要なんて、何処にもない。
喧嘩を売られたのなら、買ってやる。
徹底抗戦の構えだ。
(だいたい、目隠れ陰キャなんて、コッテコテなんですよ! 厨二病とか、古過ぎだし痛過ぎて、キツいからっ! キララに文句をつける前に、そのクソだっさい髪型を、なんとかしろってハナシですよね!)
憤慨。
反発。
矜持。
それらは以前、キララにはなかったもの。
悔しくても、選ぶことができなかった、選択肢であり。
そして今回は、臆することなく掲げることのできる、堂々たる権利だった。
(でも……陰キャにキララが、学校で、ウザ絡みに行くのは……なんか、違いますよねえ……)
目には目を。
歯には歯を。
カーストではなく。
ゲームを基準として。
喧嘩を吹っかけられたのなら。
(……うん、でしたら同じ土俵でギャフンと言わせてやるのが、正義ですよねっ!)
ゲームに勝って、見返してやる。
それが正しい報復というものだ。
(だとすると、できれば、今週の週末大会までに……それが無理なら、せめてその次の日の、おっきな大会までには、新しいデッキを作らないとっ!)
鉄は熱いうちに、叩くべきだ。
となると、逆算した猶予期間は、最大で四日ほどとなる。
時間がない。
無駄道はできない。
そして今の自分に、もっとも必要なものは……
(……お金、ですよねえ)
きっと、技巧や知識というものは。
一朝一夕で身につくような、ものではない。
相応の時間と修練が、必要だ。
しかし……土台であれば。
幸いにも、カードゲームという競技は。
投資をすることで、一定の高さまでは容易に積み上げられるものだと、聞き及んでいる。
即効性を期待するなら、ここだ。
(だったら……今の貯金だけじゃ、足りないし……そうだ、ジージたちの家に戻れば、中古で売れそうなものが、まだいっぱいありましたよねえっ!)
決めるや否や。
キララは夜のうちに、準備を済ませて。
電車の始発に、飛び乗ることで。
転校からおよそ一月ぶりとなる、祖父母たちの家を目指した。
当然ながら学校は、自主休学である。
夕食にも顔を出さなかった、昨晩に続き。
身勝手が過ぎる、早朝からの行いに。
事後報告を入れられた両親は。
当然の如く、激怒したが。
『お願いっ、パパ! ママ! キララはもう、これ以上、逃げたくないのっ! これは必要な、戦いなのっ! お願いだから、今回だけは見逃してっ!』
前の学校では、結果的として。
不登校にまで陥ってしまった、可愛いひとり娘である。
そんなキララからの、熱の帯びた要望を。
両親は、頭ごなしに否定はできない。
すでに電車に、飛び乗っていたということもあって。
ほとんど、なし崩し的に。
娘の暴走を、容認せざるを得なかったのだった。
(……あ。ジュリリからメッセ、届いてる)
これから資金調達に、向かうのに。
新幹線を利用できないキララは……ガタンゴトン。
時間は半日ほど、かかってしまうが。
通常便と快速便を、乗り継ぎながら。
目的地を目指す。
その道中にて、長い移動時間を利用して、街に残してきた人間たちへの対応を、順次整理していった。
(ぶっちゃけジュリリには、全然、怒ってなんかないんですけど……でもこっちに話を通したら、たぶん黒瀬にも、筒抜けになっちゃいますよねー)
もう1人の幼馴染。
リュウセイに対しても、同様だ。
わざわざメッセージを寄越してくれている、2人には悪いけれど。
逆襲を、悟られないためにも。
返信は、当たり障りのないものとなってしまった。
(うん、心配してくれた2人には、ちゃんと後で謝ろっと)
あとヒカルは、当然のように無反応。
絶許である。
(それにセンセーは……うん、まだどうなるかわかんないから、今はまだ、連絡しなくてもいいですよね?)
学校での、いざこざを。
あえて知ってほしいとは、思わないし。
週末にはカケルにとって、大事な大会があるのだ。
不確定な情報で、その胸中を。
乱したくない。
それに。
(センセーは……センセーなら……うん、きっとキララのこと、助けてくれるはずっ!)
根拠はない。
でも確信が、あった。
それはある意味、盲目的な依存と。
呼ぶべきものなのかもしれないが。
不思議とキララは、あの冴えない中年のカードゲーマーが。
可愛い生徒に頼られて、無碍にする場面を。
想像できなかった。
(メーワクかけたら、ゴメンね、センセっ♡ そのときは後でいっぱい、お礼してあげるからねっ♡)
本人が耳にすれば、悲鳴をあげそうな傍若無人ぶりであるが。
キララの頬は……ニマニマ。
無意識に浮かぶ、無邪気な微笑みを。
抑えることが、できなかった。
⚫︎
そうして、半日ほどかけて。
同居していた祖父母たちが居残る家へ、帰省したキララは。
唐突な孫の襲来に、驚きつつも。
嬉しそうに迎えてくれた、祖父母たちに。
簡単な事情を説明して。
実家に残していた、私物を整理。
古着屋、リサイクルショップ、個人の転売アプリと。
使える手段を、全て用いて。
資金化できるものを、売却していく。
その間に、祖父母のお手伝いをすることで、臨時収入《お小遣い》の確保も欠かさない。
そうこうしているうちに。
あっという間の、三日間が消費されて。
ギリギリまで資金繰りを粘って、電車に飛び乗ったのが、すでに金曜日の朝である。
それから街に戻ったのか、当日の夕方過ぎ。
時間帯が夜に、差し掛かっている頃合いだ。
(ごめんなさい、センセ……でも、センセしか頼れる人がいないのっ!)
転売アプリによる収益は、振り込みまでに時間がかかるため。
現金化に、間に合わなかったが。
私物の中古買取では、それなりの資金を。
確保することはできた。
あとは必要となる、カードの購入だが……
はっきり言ってこちらは、キララ単独では、荷が重い。
品揃えと価格が豊富なネット通販では、購入から現品到着までの、時間差があるために。
本日の、週末大会はもとより。
明日開催される大会にも、間に合わない。
よって選択肢は、店舗からの購入、一択。
制限時間は、街に帰ってから。
カードショップの閉店時間までとなる。
そのうえ資金には、天井があった。
ここで間違いは、許されない。
しかも何やかんと、祖父母の家では慌ただしかったために。
デッキの構想は、いまだ手付かずの状態だ。
そういった、諸々の状況を鑑みて。
カードゲーム初心者であるキララにとって、助言者の確保は、必須である。
(お願い、センセ……っ!)
そして……
(……っ!)
やっぱり。
自分でも結構、無茶苦茶を言っていると、思っていたけど。
それでも……カケルは、来てくれた。
キララの要請《SOS》に、ちゃんと、応えてくれたのだ。
(んもうっ、ホントにセンセったら、キララのことが大好き過ぎませんかっ♡ きっもっ♡♡♡)
あまりにそれが、嬉しくて。
感情が爆発して、ジタバタと。
カケルを見つけた駅前広場の手前で立ち止まって、しばし、足踏み。
吹き荒れる歓喜を、なんとか、抑え込もうと。
さわさわ。
ぎゅっぎゅっ。
ツインテールを弄る手が、止まらない。
(ってゆーか、センセ、なにあの顔……ちょっと、切な過ぎるんですけど!? え、そんなにキララのこと、心配している系? やだー、重過ぎーいっ♡ やっばーいっ♡ ロリコンさんに心配されても、キララ、全然嬉しくないんですけどーっ♡)
ふんがふんがと、鼻息荒く。
なんなら……カシャカシャ、と。
スマホで何十枚と盗撮までして。
「セーンセ、どーしたんですかー? 冴えない顔が、なんかとっても、曇っちゃってますよー?」
ようやく平静を、装うことができたキララは。
威勢よく、カケルの背中に向かって。
突撃したのであった。
巣を守る調和の音は、異物を排除するときにこそ、最も美しく響き渡る。
――調和スリヴァリン――




