ラストエピローグ
「アルスさまのご懸念は理解しているつもりです。ですが、彼女ならやってくれると我々は踏んでいます」
「は・・・・・・?」
「彼女!?」
「え?」
ジェルモの話を聞いていた三人が驚きの反応を示す。その反応を見てジェルモは可笑しそうに笑った。
「おや、言ってませんでしたか?ヴァレンシア王国唯一の血筋は16歳の少女です」
「「「ええええええええ!?」」」
驚きの声が、ミラン・キャスティアーヌ宮殿の一室に大きく響き渡った。
ジェルモの言葉が部屋に落ちた瞬間、静寂が広がった。
アルスは腕を組んだまま、ゆっくりと息を吐いた。マリアは目を丸くし、ミラは眉を寄せてジェルモを睨んでいる。
「16歳の少女・・・・・・か」
アルスがぽつりと呟く。声に感情はほとんど乗っておらず、ただ事実を噛みしめるような響きだけがあった。 ジェルモは静かに頷く。
「はい。現在はルシア・マリア―ドと名乗ってますが。正式にはルシア・ヴァレンシアです。彼女は現在、ルチア州の男爵家に養女として身を寄せ、ルチアの学院に通っています。表向きは普通の貴族の娘ですが・・・・・・我々の諜報で、彼女がヴァレンシア王の側室の子であることがほぼ確定しました」
ミラが低く唸った。
「確定、じゃと? 確証は?」
「王家の血統を示す古い指輪と、側室の遺言を記した巻物。そして・・・・・・彼女の瞳です。ヴァレンシア王家の『青い炎の瞳』。幼い頃から隠していたそうですが、最近になって残党の者たちが目撃し、確信に至ったのです」
アルスは目を細めた。
「それで・・・・・・ゴドアは彼女を担ぎ上げて、ヘルセを分断したい、と」
「その通りです。ハサード王はヘルセの今回の裏切りに激怒しておられます。援軍通過を拒否された恨みは深い。ヘルセを弱体化させ、北西部に新興国を立てれば、交易路は安定し、三日月経済圏はさらに広がります」
マリアが静かに口を開いた。
「でも・・・・・・16歳の子が、そんな大役を・・・・・・」
ジェルモは苦笑した。
「私も最初は疑問でした。ですが、彼女の周囲を見ればわかるのです。養父である男爵は、ヴァレンシアの忠臣の関係者。執事の老人が、滅亡の夜に側室を逃がした人物。そして、彼女自身・・・・・・まだ知らないようですが、民の間で『王家の血が生きている』という噂が、密かに広がり始めています」
アルスは窓の外を見た。ミラン・キャスティアーヌの空は、今日も穏やかだった。だが、東の地平線には、いつ爆発してもおかしくない火種がくすぶっている。
「僕の立場から言わせてもらうと・・・・・・」
アルスはゆっくりとジェルモに向き直った。
「これは、危険な賭けだ。その子が王女として名乗り出れば、ヘルセは全力で潰しにかかる。ヘルセの三英傑が動けば、ルチア州は一瞬で灰になるかもしれない。それでも、ゴドアはやるつもりなの?」
ジェルモは静かに頷いた。
「引くつもりはありません。ハサード王はすでに、傭兵団の動員と資金の準備を始めています。ただ・・・・・・ファニキアの支援が、鍵になる」
ミラが鋭く言った。
「支援と言っても、兵を出すわけにはいかんぞ。ファニキアはまだ傷が癒えておらん。ザルツ帝国の動き、三大ギルド、教皇の動向・・・・・・すべてが山積みじゃ」
「わかっています。だからこそ、直接の軍事介入ではなく・・・・・・人材と知恵を、貸していただけないでしょうか」
ジェルモは深く頭を下げた。
「ファニキアのなかから、数名だけでも。目立たない形でルチア州に入り、戦略を立て、訓練を・・・・・・。もちろん、報酬はゴドアが全額負担します。成功すれば、新興国はファニキアの同盟国となり、東の交易路は完全に安定します」
部屋に沈黙が落ちた。 アルスは目を閉じ、しばらく考え込んだ。 やがて、静かに口を開いた。
「・・・・・・わかった。僕のほうでも考えてみるよ。ヘルセの三英傑とも因縁がないわけじゃない。戦略立案と訓練なら、任せられる。ただ――」
アルスはジェルモをまっすぐに見つめた。
「条件がある。ルシアという少女の意志を、絶対に無視しないこと。彼女が『やりたくない』と言ったら、そこで終わりだ。ゴドアもファニキアも、彼女を傀儡にはしない。約束できる?」
ジェルモは迷わず頷いた。
「約束します。彼女の意志がすべてです」
アルスは小さく息を吐き、微笑んだ。
「なら、いいよ。僕の方は・・・・・・今はファニキアの内政に集中する。帝国軍の動向も注視しなきゃいけない。東のことは君たちに任せるよ」
彼は立ち上がり、窓辺に歩み寄った。
「ただ・・・・・・その少女が、本当に王女として立つなら。僕も、いつか会ってみたいよ。16歳で国を背負う覚悟・・・・・・どんな目をしてるのか、興味がある」
ジェルモは深く頭を下げた。
「ありがとうございます、アルスさま。必ず、良い報告をお届けします」
ジェルモが退出した後、部屋には静かな余韻が残った。 マリアがそっとアルスの背中に声をかけた。
「アルスさま・・・・・・本当に、これでいいの?」
アルスは振り返らず、遠くの空を見ながら答えた。
「うん。今は、これでいい。僕の戦いは、まだ終わっていないから」
ミラが小さく笑った。
「ふん。相変わらず、他人を巻き込むのが上手い王じゃのう」
アルスも小さく笑った。
「最初は・・・・・・城の地下で、僕ひとりだった。暗闇の中で、ただ生き延びることだけを考えていた。けれどフランツに出会い、ヴェルナー、ギュンター、ガルダ、エルンスト、エミール・・・・・・そしてマリアも、ミラも。みんなが僕の傍らにいてくれた。
命を賭して、夢を分かち合って、背中を預け合って・・・ここまで来られた。僕ひとりでは、決して辿り着けなかった場所だ」
静かな告白が、部屋に優しく染み渡る。 ミラはふっと鼻を鳴らしたが、その目元は明らかに緩んでいた。
「ふん・・・・・・急にしおらしくなりおって。照れくさいことをぬかしおるわ」
そう言いながらも、彼女はアルスの背中を軽く拳で小突いた。
「じゃが、まあアルスがそう言ってくれるなら悪い気はせんの」
マリアがそっと微笑みながら、ふたりの間に割って入った。
「私もです。アルスさまが独りで戦おうとしていたあの頃を思うと、今こうして三人でここにいられることが、奇跡のように感じます。・・・・・・これからも、ずっと傍にいますからね」
アルスはふたりを順番に見つめ、穏やかな声で言った。
「ありがとう。本当に・・・・・・みんながいてくれてよかった」
窓の外、東の地平線は静かに沈んでいく。
だが、その向こうで、青い炎のような小さな火種が、ゆっくりと確実に燃え始めていた。
――東の僻地で少女の瞳が、蒼く、静かに揺れる。
少女ルシアの紡ぐ物語が、遠くで産声を上げようとしていた。
そして、アルスの物語は、ここで一度、静かに幕を下ろす。
(終わり)
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