エピローグ5
声が扉越しに響き、アルスは軽く手を上げて応じた。
「ゴドア?なんだろう・・・・・・通して」
ゴドアの使者の突然の訪問に一瞬眉をひそめつつ、アルスはマリアとミラを伴って隣室へ移動した。扉が開き、入ってきたのは懐かしい顔。白いゴドア伝統衣装(ディシュダーシャを思わせるゆったりとしたローブ)に身を包み、眼鏡の奥で穏やかに笑う色黒の男――ジェルモ・シャマーリだ。
「ジェルモ!」
アルスは思わず叫んだ。呼ばれた男は満面の笑みでゆっくりと頭を下げた。
「お久しぶりです、アルスさま。それからマリアさまも。思ったよりお元気そうで何よりです。それにしても先日は大変な目に遭われましたな」
ジェルモが、帝国と教皇軍のファニキア侵攻のことを指してるのはすぐにわかった。アルスは途端に苦笑いになる。実際、そのせいで経済的にもかなり打撃を受けていた。
「びっくりしたよ。ゴドアで会議をすると聞いていたから」
ジェルモはアルスの反応を見て破顔する。
「はっはっは。驚かせて申し訳ございません。私もそのつもりでいたのですが・・・・・・」
「何があったんですか?」
マリアが興味深げに尋ねると、ジェルモは少し困ったように視線を逸らした。
「実は、ヘルセのことなのです」
ミラが即座に切り込んだ。
「先日の対応の件じゃな?」
「さすが、ファニキアの名宰相。お察しの通りでございます」
「下手な世辞は場合によって相手の心証を悪くするぞ、ゴドアの商人」
「これは・・・・・・失礼いたしました」
ミラのキツイ言い方にもジェルモは動じず、紅茶を一口飲んでからゆっくりと続けた。
「ミラ殿の仰る通り、先日ヘルセはゴドアの援軍の通過を拒みました。直前まで許可すると言っていたにも関わらずです。これにハサード王はお怒りです」
「それは、そうだろうね。こっちも先日ソフィアが追い返されたばかりだよ」
「その件、こちらにも伝わっております」
ジェルモはソーサーにカップを戻し、静かに本題に入った。
「ご存じかと思いますが、今から45年前。ヘルセは現在のガイウス国王の祖父と父親が急拡大をし始めた国です。そのため、その統治に不満が出ると、未だに地方で反乱が起こるほどに根深い」
「元々は五か国がひとつになったんでしたっけ?」
マリアが小首を傾げると、ジェルモはゆっくりと首を振って否定した。
「いえ、六か国です。以前はその六か国がしのぎを削っていたのですが、急速に拡大したヘルセに飲み込まれたのです。そのうちのひとつがヴァレンシア王国。現在は地名が僅かに名残を残すばかりですが、最後までヘルセに抵抗した国でもあります」
「まさかと思うけど・・・・・・」
アルスのジェルモを見る目が一瞬大きく見開いた。それを見てジェルモは口角を上げゆっくりと頷く。
「さすがアルスさま、もうこちらの意図に気づかれましたか」
「いったい何の話をしとるんじゃ?」
ミラがジェルモの真意を測りかねているといった表情に、「まあまあ」とジェルモは手で抑える仕草をして続けた。
「ヘルセ北西部にルチア州とフェミーア州というふたつの州があります。そこが旧ヴァレンシア領です。ヴァレンシア王国は、当時、六か国のなかで最強の軍事力を誇っていました。ですが、それ以上に当時のヘルセ国王アダンの下には、優秀な将が集まっていたのです。ヴァレンシア王国も善戦しました。ですが16年前、勢いに勝るヘルセの前に敗れ去りました。いよいよヘルセ軍が王宮に乗り込んで来ると覚悟したヴァレンシア王は、側室たちを地下通路から逃がしたそうです」
「そんな話、初めて聞いたな・・・・・・」
アルスが興味深げに呟くと、ジェルモは少し得意げな顔になって頷いた。
「我が国の諜報部隊が、綿密な調査をした結果です。これを知る者はほとんどいないかと思いますよ」
「じゃが、なぜそんな話を儂らにするんじゃ?」
「諜報部が掴んだ情報によれば、王妃や側室のほとんどは殺されてしまったそうですがひとりだけ逃げ延びた者がいます。そして、その側室に王の血筋を引く子供がいたとしたら?ヴァレンシアの遺志が、ヘルセの奥底で渦巻いていたとしたら・・・・・・?」
そこまで聞いてミラは大きく、ゆっくりと息を吐いた。ここまで聞けば、ゴドアが何をやろうとしているのかを感じ取ることが出来た。
「・・・・・・担ぎ上げるというんじゃな?」
「ヘルセを分断し、新興国を作る。陛下はそのつもりです」
ジェルモの言葉を聞きながら、アルスは腕を組み、静かに考え込んだ。ゴドアとファニキアが後ろ盾になれば、三日月経済圏に新たな交易路が生まれる。ヘルセの気まぐれな対応に振り回されるより、遥かに安定する。だが――
「問題は山ほどあるんじゃない?本人の意志は?国を立ち上げると言ってもヘルセがはいそうですかと認めるわけがないし・・・・・・。それに間違いなく戦争になる。命懸けになるよ?」
アルスの疑問にジェルモは笑って答えた。
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