エピローグ4
「・・・・・・でも、アルスさま。これを人々が使うようになって、兵士が増えたとしても――」
全員の視線が一斉にニナに集まる。会議中に意識がはっきりしているニナを見るのは、珍しすぎて異様だった。アントンが隣のベルトルトに小声で囁く。
「この国、明日滅びるんじゃねぇか?」
ベルトルトが苦笑いで肩をすくめる。ミラが先を促した。
「なんじゃ?」
ニナは静かに続ける。
「いえ。もし私が帝国やヘルセなら、こんな良い物あったら盗みますよ?」
その一言で、部屋の空気が一気に冷えた。興奮が霧散し、重い沈黙が落ちる。農地にこんな機械があれば、盗めばいい。商人として高値で買い取る手もある。野盗に偽装して奪う手もある。手段はいくらでもある。一度盗まれ、分解され、他国で大量生産でもされたら――ファニキアの優位性は一瞬で消えてしまうだろう。
「それは、一応考えたんだ」
アルスが笑って答えると、ミラがすかさず突っ込む。
「どう対策するんじゃ?」
「三段階の壁を作ろうと思う。まずひとつ――製造部品はパズルピースのようにして、出来るだけバラバラにして作る。そして、最後の組み立てはこの王都でしようと思う」
「当然じゃな。一か所で作ればバレやすい」
「次に、運用は農業支援隊を作って管理もファニキアが直接管理する。そうすれば盗まれる心配もなくなる」
「最後はなんじゃ?」
「最後はオラから説明しますわ。種まき機と収穫機、ふたつとも駆動部分に歯車が使われてます。この負荷がかかる面が非対称形状にすることで、意図的に過大なトルクがかかるようになってるんです。通常使用ならこの負荷に耐えられずにすぐに壊れてしまう構造です。が、アルスさまの結晶石を粉末にしてコーティングしてます。これによって歯車は、相当耐久性が上がってるんですな」
ガムリングの説明にアルスは頷きながら、付け足した。
「コーティングする結晶石の粉末は、染料と混ぜることで活性化するんだ。その結果、半年で劣化して剥がれ落ちるようになってる」
「ということは、万が一盗られたとしても、数か月で使えなくなるってことですか?」
ニナの質問に、アルスは頷きつつ続けた。
「基本は盗られないように対策をする。それでもいつかは盗られるかもしれない。その時のために技術に毒を仕込むって感じかな」
「なるほど。半年ごとに部品交換が必要なら、維持費用は嵩みますね」
ニナはテーブルの上に広げられたラフスケッチに目線を落とした。
「ですが、それはそのままコピーした場合に限りますよね?彼らがそれを元に独自に開発した場合は――」
ベルトルトが不安そうに腕を組みながら疑問を呈すと、アルスは悪戯っぽく笑った。
「技術なんて、いずれは流出するもんだよ。この状態を恒久的に維持しようってわけじゃない。この先10年ほどの優位性を保つことで、僕らがさらに次のステージに行ければ良いだけなんだから」
ミラは小さくを息を吐く。
「儂としては、いささか不満じゃがの。王がそう言うなら仕方あるまい」
「それで・・・・・・。実は本題はこっからなんだ」
アルスが意味ありげにベルトルトに目線を合わせた。当のベルトルトはきょとんとしている。
「あれ、そういえば建築士であるベルトルトさんと私が呼ばれたのって・・・・・・?」
ニナの鋭い指摘にアルスがニカっと微笑む。
「あはは、鋭い!みんなも知ってると思うけど、このミラン・キャスティアーヌの北東には、旧レーヘ王国が築いていた城がある」
アルスの言葉にこの土地に住んでいたミラとニナはすぐに浮かんだ。ロアールとヘルセの国境線の要塞として、レーヘの王ラザールが築こうとしていた城塞都市だ。アルスとの戦に敗れ、築城は途中で放棄されたままだった。
「ノール・フォール・・・・・・じゃな?」
ミラの呟きにアルスとニナが頷く。
「そう、北の城ノール・フォール。そこを完成させようと思うんだ」
「それなら、本城部分の基礎は出来てますから・・・・・・」
ニナが経費を計算し始める。ベルトルトは目を輝かせて頷いた。建築士として、未完の要塞を完成させるのは魅力的な仕事だ。ミラは腕を組み、興味深くアルスを見つめる。
「北東の国境を固めるのかの? ロアールやヘルセを睨んでか?」
アルスは肩をすくめた。
「まぁ、そういう側面もあるよ。でも、それだけじゃない。ノール・フォールは戦略的な位置にある。完成すれば、ファニキアの防衛線を強化できるし、交易路としても使える。ロアールからの締め出しが続く以上、東のヘルセ経由のルートを安定させる必要があるからね」
部屋に集まった面々は頷きながら、議論を深め始めた。ニナが資材の見積もりを口にし、ベルトルトが設計の修正点を提案する。アルスは満足げにそれを聞いていたが、ふと窓の外に視線を移した。外では、馬のいななきが聞こえ、誰かが到着した気配がする。
「――王、失礼します。ゴドアからの使者が到着しました」




