エピローグ3
「俺が言うのもなんだけど・・・・・・おまえはよくやったと思うぜ。第三師団長カロル、奴の強さは本物だった。おまえが止めなかったら、もっと被害が出てた」
リザは目を伏せ、静かに息を吐いた。
「・・・・・・話は変わるが、ヘルセのほうはどうするんだ?」
先月のヘルセの対応――ゴドアの援軍20万の通行を、土壇場で拒否した件だ。ソフィアの顔が曇る。
「アルスさまは、ヘルセの商業ギルドに対して通行税を上げて経済的な圧力をかける、と仰っていますわ」
「商人たちは無事に通れてるのか?」
「今のところは。北のロアールは帝国寄りで、ファニキアは締め出されてますし。ヘルセルートが潰されると代替が効かないので予断は許されませんわ」
リザが低く呟く。
「そうなると、最終的にはヘルセとの戦の可能性もあるな」
「そうならないようにしたいところですけど・・・・・・」
ソフィアの声が弱くなる。彼女自身も、先が見えない不安を抱えていた。サシャが明るく割り込む。
「難しい話はよくわかんないけど、すぐに戦争はないってことなんだよね?」
ソフィアはサシャを見て、ふっと笑みを浮かべる。
「そうですね。ヘルセも敗戦の傷をまだ引きずっています。向こうも戦争は回避したいと思っているはずですわ」
「それなら大丈夫ですわっ♪」
サシャがソフィアの口調を真似して胸を張る。フランツが思わず吹き出し、リザも小さく笑った。ソフィアがクックと肩を震わせる。部屋に、久しぶりの明るい空気が広がった。
ミラン・キャスティアーヌ宮殿の会議室。オーク材の重厚な扉が閉まると、外の喧騒は完全に遮断された。テーブルの上には、アルスが提案したふたつの農機具の簡単なスケッチと、ガムリングが手書きでまとめた説明書が広げられている。部屋には、アルス、マリア、ニナ、ミラ、アントン、ベルトルト、そしてガムリングの七人が揃っていた。
いつもは戦争や外交の地図が置かれる場所に、今日は木製の台車と歯車、刃のラフスケッチが並んでいる。マリアがスケッチを指でなぞりながら首を傾げた。
「アルスさま、これって・・・・・・?」
アルスは少し照れくさそうに、でも意気揚々と説明を始めた。「今回の帝国との戦いで痛感したんだ。帝国と戦うには、兵の数が圧倒的に足りないって・・・・・・」
「移民を入れるのはダメなんですか?」
マリアの素朴な質問に、アルスは即座に首を振る。
「一時的には良いんだけど、入れすぎると治安が悪くなったり、対立が起きて国内が政情不安になるんだよ。だから、農業改革をしようと思って。この国の8割は農業に従事してる人たちばかりだから――」
「人手がかからなくなれば、兵士を補充できるというわけじゃな?」
ミラが途中から言葉を継ぎ、結論をサクッとまとめた。意気揚々と話していたアルスは、苦笑いを浮かべて曖昧に頷く。
「・・・・・・そう。まぁ、そういうこと」
アントンが興味深げに身を乗り出し、スケッチを覗き込む。
「で、こいつはいったいなんなんですかい?」
「種まき機と収穫機だよ」
アルスは生前の知識で、これらが当たり前に使われていたことは知っていた。ただ、詳しい構造までは当然知らない。自動で動かすのは無理にしても、馬で引っ張ればなんとかなるんじゃないかと思って、ガムリングに丸投げで相談していたのだ。アントンも腕の良い鍛冶師だが、シャンテ・ドレイユの工房管理で忙殺されていた。ガムリングとは以前、水車を一緒に開発したという経緯もある。その経験から、アルスの発想と曖昧なスケッチを読み取り、ガムリングはそれを見事に形にしてくれたのだった。
「んじゃまぁ、オラから説明を」
ガムリングが咳払いをして、図を指しながら話し始めた。
「種まき機は、木製の台車に種が入った箱を乗せ、その下に穴の開いた木製のドラムを付けてあるんです。馬が引っ張ると車輪が回り、チェーンでドラムに伝わって回転。ドラムが回るたびに穴から種が落ちる仕組みですわ。後ろには複数の溝掘り刃(鉄と木を組み合わせたもの)がついてて、進みながら土を軽く開いて種を埋めてくれる。これで、手撒きより3~5倍の速度が出る計算ですな」
一同がスケッチに目を凝らす。
「収穫機もシンプルです。馬引き用の台車の前方に、往復運動する鎌状の刃を取り付ける。そんで刃の後ろに回転するリール(木製の棒が付いた輪)を付けて、刈った作物を後ろに倒すだけ。人が横について束ねるだけでいい。こっちは一機で10人分以上の労働力が確保できるはずですわ」
アントンが鼻息を荒げて身を乗り出す。
「こりゃすげぇな、おい!」
マリアの瞳が輝く。
「アルスさまの結晶石を混ぜた土と合わせたら、食糧生産も大幅にアップしますね」
「これは、ファニキアの民の生活も一変しそうじゃな・・・・・・」
ミラも腕組みしながら感想を口にする。興奮が部屋に広がったその瞬間、ニナがスケッチをじっと見つめたまま、ぽつりと呟いた。
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