エピローグ2
エールシュラン城の一室。11月の初旬、窓から差し込む薄い陽光が石床を淡く照らしていた。ドアが軽くノックされる。
「リザさん、来ましたよ♪」
大柄な女兵士が、ニカッと歯を見せて手を振って入ってきた。サシャだ。リザはベッドに上体を起こしたまま、小さく息を吐く。
「なんだ、またおまえか。暇な奴だな」
「リザさん、酷いですよぉ・・・・・・。まぁいいや。それより、今日はお客さん来てるんですよ」
「絶世美男の王子か?」
リザの突っ込みに、サシャは聞こえないふりをしてドアを大きく開けた。そこに立っていたのは、栗色の髪と深い青色の瞳をした青年。腰に剣を差し、服の上からでも鍛え抜かれた体躯がわかる。フランツだ。リザを見ると、軽く手を挙げて挨拶する。
「よお」
「却下」
即答だった。サシャが慌てて間に入る。
「リ、リザさん!せっかくフランツが来てくれたんだから・・・・・・」
リザはふんと鼻を鳴らし、視線を逸らす。
「フランツ、私を笑いに来たのか?」
フランツは一瞬、バツの悪そうな顔をしたが、すぐに真剣な表情に変わり、深々と頭を下げた。
「すまない。俺のミスだ。カロルの誘導を誤ったせいで、おまえらに迷惑をかけた」
リザは深いため息をつく。
「いちいち謝罪に来なくていい。戦は水物だ。仮にお前がミスをしなかったとしても、結果はどうなったかわからん――」
「だけど――」
「おまえは、そうやって死んだ兵士ひとりひとりに謝罪するのか?」
フランツは言葉に詰まった。喉が詰まるような沈黙が落ちる。リザは静かに続ける。
「戦争中は、誰もが必死だ。判断ミスで多くの将兵を死なせることもある。だが、私に謝罪は必要ない。それも含めて次に活かすのが、生き残った者の責務だと思ってる」
「・・・・・・っ」
フランツが唇を噛む。その時、僅かに開いていたドアの隙間から、少女の声が響いた。
「だから言ったじゃないですか。リザ将軍は、そういうことされるのは好きじゃない方ですわ」
「だけどよ・・・・・・」
皆の視線が一斉にそちらへ向く。ソフィアが、ドアの隙間から顔だけちょこんと見せてニコッとした。
「ソフィア!?」
リザが驚きの声を上げる。サシャも目を丸くする。
「おふたりとも、お久しぶりですわ」
「どうしてソフィアちゃんがここに・・・・・・?」
その声に、フランツは軽く肩をすくめて小さくため息をついた。
「だから言ったろ。突然出てくるなって」
「まあまあ。少しのサプライズですわ♪」
ソフィアがにこりと微笑むと、フランツは「ったく……」とぼやきながら視線を逸らした。
ソフィアはサシャに視線を戻して柔らかく微笑んだ。
「リザさま、サシャさま。おふたりに、褒賞授与の儀を行うことを伝えに参りましたわ」
「ほう・・・・・・なに?」
サシャがポカンとする。リザは眉を寄せた。
「褒賞授与の儀・・・・・・論功行賞ですわ」
「へぇ・・・・・・。 わざわざ、ソフィアちゃんが伝えに来てくれるなんて、なんだか嬉しいな♪」
「それは~・・・・・・、暇だったから、ですわ」
ソフィアはそう言いながら、ほんの少しだけ視線をフランツのほうへ流した。すぐに元に戻るその動きは、誰の目にも留まらないほど自然だったが、リザだけは小さく眉を動かした。
サシャが無邪気に「そっか、暇だったんだね♪」と笑う横で、ソフィアは柔らかく微笑んだまま、指先で自分の袖の端を軽く摘まんでいた。
リザはちらりとフランツを横目で捉えて、小さく息を吐きながら首を振った。
(サシャやフランツの鈍さは今に始まったことじゃないが・・・・・・、サシャ相手だとソフィアの言い訳まで適当だな・・・・・・)
「ところで、今までやってなかったのに、いきなりか・・・・・・?」
ソフィアは小さく首を振った。
「いきなりではありません。アルスさまはずっとやりたかったのですが、ファニキアを立ち上げてから、あまりに事が起き過ぎて・・・・・・国を固めることを優先せざるを得なかったんですわ」
リザは少し目を細める。
「まあ、確かにな・・・・・・たった二年の間に次から次へと。だが、そんなことやっていて帝国のほうは大丈夫なのか?」
ソフィアの表情が少し明るくなる。
「当面は大丈夫だと思いますわ。今回の戦いで誓いの騎士団は大きく力を削がれました。それに伴い、教皇イゴール・ドゥラスキンの求心力も落ちています。太陽と月。皇帝と教皇の力のバランスが崩れれば、帝国は内に目を向けざるを得ません。それに、ニナさまからも『帝国の相場は安定している』という報告が入っています」
フランツが首を傾げる。
「帝国の相場が安定してると、なんか良いことあんのか?」
ソフィアが優しく説明する。
「鉄や馬、あるいは馬の飼料の値段が上がっていれば、戦争準備のために大量に買われているということですわ。今はそれが起きていない。つまり、帝国はしばらく本格的に動く気がない・・・・・・ということです」
「なるほどな・・・・・・」
フランツが感心したように頷く。サシャがもどかしそうに手を挙げる。
「ねぇ、ソフィアちゃん。その・・・・・・ええっと、なんだっけ?」
ソフィアがクスッと笑う。
「褒賞授与の儀・・・・・・?」
「ああ、それそれ!それ、すぐにやるの?リザさんはまだ動ける状態じゃないよ?」
ソフィアは穏やかに頷く。
「もちろん、リザさまの状態もありますので、すぐには行いません。予定は来年の2月ですわ」
リザが小さく息を吐く。
「私などに気を遣ってもらわなくても・・・・・・」
「良かったね、リザさん♪」
サシャが無邪気に喜ぶ。一方、リザはカロルに敗れた記憶がよぎり、複雑な表情を浮かべる。フランツが静かに口を開く。
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