最強の布陣
聖盾隊の残存兵がよろめきながら斜面を転がり落ちる。矢の雨が追撃のように降り注ぎ、逃げる背中を射抜く。リュドミラは最後に一度振り返り、頂上のファニキア軍を睨みつけた。血に染まった顔で、唇を噛み締めた。
頂上では、ガルダが戦斧を地面に突き立て、息を吐く。エミールが弓を下ろし、静かに言った。
「まだ終わらない。次はもっと本気で来るはず」
ガルダは頷き、平原の敵影を見下ろす。
「ここで敵を削ぎ落としていきましょうぞ」
アングレ布陣は、動かずして敵を圧倒していた。斜面は血で赤く染まり、転がった死体が岩の間に挟まる。リュドミラの聖盾隊は大きな犠牲を払い、撤退を余儀なくされた。山頂の空気は、闘志に燃え上がる一方で、騎士団には重く張り詰めた空気が広がる。
「リュドミラ、手酷くやられたな」
ナタリアの声が、低く響いた。平原の風が血の臭いを運ぶなか、リュドミラは馬上で肩を落としていた。彼女の顔は血に塗れ、鎧の隙間から赤い雫が滴り落ちる。聖盾隊の兵士たちは疲弊しきった状態で、息を荒げながら斜面の下に集まっていた。盾に矢が何本も突き刺さり、槍の柄が折れた者もいる。ナタリアは馬を近づけ、リュドミラの顔を覗き込んだ。
「・・・・・・面目ありません。山頂の陣があれほど堅固だと思わず・・・・・・」
リュドミラの声に、悔しさがにじむ。
「正面から攻めても被害が大きくなるだけだな・・・・・・」
ナタリアは大きく息を吐き、周囲の地形を見渡した。小山の頂上は今やファニキア軍の要塞と化し、弓の影がちらりと見える。恐らくファニキア軍の本隊はまだ到着していないだろう。彼らは先遣隊であって、本隊が到着すればあの山をさらに要塞化される恐れがある。そうすれば第六師団が通る道は山の北側の隘路しかなくなり、そこは正面にそびえる小山から丸見えとなる。熟練の弓兵にとっては、目を瞑っていても当たるだろうし、新兵にとっては良い射撃練習の的になるだろう。そうなる前になんとしても、前面の山を攻略する必要があった。
「さて、参ったな」
ナタリアは独り言のように呟き、馬を返す。
「リュドミラ、ついてこい」
彼女はリュドミラを呼んで、天幕へ向かった。夜の闇が迫る中、天幕の内部はかがり火の灯りが揺れ、簡易的な机の上に広げられた地図が影を落としていた。ナタリアは地図をしばらく睨んで、リュドミラに視線を移す。リュドミラも地図を見て唸っていたが、良い策は浮かばないようだった。ナタリアが口を開く。
「やはり、ここは兵を二分しよう」
「どういうことですか?」
リュドミラの問いに、ナタリアは地図で説明する。指が山の位置をなぞり、北側の隘路を示した。
「我々が今いる位置はここだ。リュドミラ、おまえは、今までと同じように正面から山頂の陣を攻めろ」
「わかりました。ナタリア殿はどうされるんですか?」
「私は山の北側を回って裏に抜ける」
「危険ではないですか?」
リュドミラの声に心配が混じる。だが、ナタリアは淡々と続けた。
「それは承知だ。だが、敵の数はそれほど多くない。同時に侵攻されたら敵には対処できんだろう。裏に抜けたら、山の両側から攻め上ってしまえばいい」
「それは名案です!やりましょう」
リュドミラの目が輝き、ふたりは頷き合う。地図の上で指が交差し、作戦の詳細を詰めていく。夜は深まり、天幕の外で兵士たちの疲れた息遣いが聞こえていた。次の日の朝、陽光が平原を照らし始めた頃、ナタリアとリュドミラが作戦を実行しようとしたときだった。後方から迫る一団の馬蹄音が、地響きのように響き渡る。埃を巻き上げ、真っすぐナタリアの元に到着した。馬から降り立った女騎士――エレーナが、剣を抜きながら叫んだ。
「ナタリアぁぁぁぁ!!」
「はっ、ここに!」
ナタリアが駆け寄ると、エレーナは剣を抜き一閃。剣筋が見えないほどの速さで斬撃波が飛ぶ。青白い光が弧を描き、ナタリアの傍にいた兵士の首が宙高く跳ね上がった。血が噴き出し、地面に赤い染みが広がる。ナタリアは動じず、剣で斬撃波を受け止めた。扇状に広がったエレーナの斬撃波は、彼女以外の周囲を斬り裂いていた。
「なぜ、てめぇは死なねぇ!?」
エレーナの声が、狂ったように鋭く響く。彼女の緑の瞳は血走り、赤い髪が乱れ、返り血で染まった鎧が陽光を反射する。
「はっ、エレーナさまのお傍に仕える使命を帯びておりますので」
ナタリアの返事は冷静だ。エレーナの剣が再び振るわれ、反対側にいた兵士の胴が真っ二つに裂ける。内臓が零れ落ち、悲鳴が一瞬上がって止まる。
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