ガルダ出陣
――ハイデ公国中央平原
ハイデの中央平原は、血と炎の坩堝と化していた。エレーナ率いる第六師団は、中央を東西に走る山脈と南北に突き出た小山の間を抜け、騎馬軍団の威力を最大化できる広大な平野に展開した。夏の陽射しが照りつける緑色の草原は、左右に緩やかに広がり、視界を遮る障害物が少ない。
遠くにハイデの3万が、煙に囲まれながら必死に陣を構えているのが見える。エレーナは馬上で剣の柄に手をかけ、赤い髪を風になびかせた。緑の瞳が狂喜に輝き、口元に引きつった笑みが浮かぶ。
「さあ、始めましょうか。ハイデの汚い虫けらどもを、踏み潰してあげる」
彼女の号令一下、第六師団の12万5000が一斉に動き出した。ヴェロニカの聖槍隊が先頭に立ち、重装騎兵の蹄が大地を震わせる。槍の穂先が陽光を反射し、鉄の波のようにハイデ軍へ向かって前進。ナタリアはエレーナの付近で部隊を指揮し、リュドミラは歩兵の盾壁を後方に控えさせて包囲を広げた。
一方、ハイデ軍の士気は、すでに地に落ちていた。過激派の指揮官たちが必死に鼓舞するが、3万の兵士たちはエレーナ軍の圧倒的な数に怯え、盾を構える手が震える。だが、それも仕方のないことだった。共闘しているはずの教皇軍と、なぜ命を懸けて戦うことになったのか?それを正確に理解している兵など皆無だったからだ。そのような状態で戦えというほうが無理難題な話である。
ハイデ軍が混乱し、戦々恐々としているさなか、お構いなしに第六師団は突撃した。重装騎兵の突進がハイデの部隊にぶつかり、槍が折れ、盾が砕ける音が連続した。兵士の雄叫びは、次の瞬間には悲鳴に変わる。あっという間にハイデ軍は窮地に陥り、防戦一方となった。各所で騎兵の槍がハイデ兵の胸を貫き、馬の体当たりで列が崩れる。矢の雨がハイデの頭上を覆い、悲鳴が平原に響き渡る。
第六師団の特徴は、とにかく師団長が最前線に立つことだろう。オーラが体を包み、剣が空を切り裂くたび、数名のハイデ兵が血飛沫を上げて倒れる。彼女は気の向くままに、馬を駆りながら斬りまくり、返り血で黒い鎧が真っ赤に染まった。機嫌の悪い時の彼女は、戦場を快楽の場に変えてしまう。
ハイデの指揮官が剣を構えて立ち向かうが、エレーナの剣が一閃し、首が飛ぶ。血の臭いが濃くなり、ハイデ軍の前線はさらに蹴散らされた。
その時、ナタリアのもとに伝令が馬を飛ばして駆けつけた。息を切らし、膝をついて報告する。
「急報です!後方部隊が襲われています!ファニキアの軍勢が奇襲を・・・・・・!」
ナタリアの表情が強張る。
「まずいな・・・・・・。師団長には?」
エレーナが兵糧を燃やされた時の狂気が、ナタリアの脳裏を横切った。
「いえ、これからですが・・・・・・」
「おまえは行かない方がいい。あとは、私から伝える」
即座にエレーナに連絡を取る。エレーナは前線で暴れまくっていたが、伝令の言葉を聞くと、動きを止めた。緑の瞳が血走り、口元が歪む。
「は、後方・・・・・・?ふざけんなぁぁぁあああ!!偵察はいったい何やってた!?」
エレーナがブチ切れ、剣を地面に叩きつけるように振るい、周囲のハイデ兵をさらに吹き飛ばす。
「私のほうで対処しておきます。エレーナさまは、そのままハイデ軍を存分に・・・・・・」
ナタリアの言葉で、エレーナのピクついていた表情が僅かに正常化する。
「・・・・・・なら、てめぇが責任もってぶっ潰して来い。ヘマしたら殺す!」
ナタリアはエレーナに許可を得て、騎兵8000を率いて後方へ向かった。この時、アルス軍が3万の数で来ていることは知らない。彼女は馬を駆けさせ、部下に命じる。
「後方を守れ!奴らの頭を潰すまで、止まるな!」
アルスは、カロル第二師団を壊滅すると、全軍を率いて全速力でハイデの東から侵入した。秘密裏に作戦行動をしていたエミールの案内で時間的なロスを最小限に抑えつつ、エレーナ軍の後を追う。このとき、第六師団の斥候はエミールとイグナシオ配下の暗躍により徹底的に排除された。アルスは先鋒をガルダに任命。ガルダは丘を越え、川を越え、南北に伸びている小山に登る。眼下には第六師団の軍勢が広がり、ひしめいていた。
「ガルダ殿、遂に敵の姿を捉えましたなあ」
元リュシアン公爵麾下の部隊長だったジュール・ゴダールが、岩場に片足を掛けながら、額に手をかざす。
「ここまで小休止しながらも、ほとんど走りっぱなしでしたからな。兵の体力がちと心配ですかな」
「なあに、少し休憩したから大丈夫でしょう。それにしても、奴らの隊列はどうしようもないほど曲がってるなあ」
ジュールはおどけた様子で、手で斜めにぐにゃぐにゃと騎士団の隊列を宙に描く。ガルダはそれを見てひとしきり笑うと、後方にいる兵に向かって声を掛けた。
「さあ、奴らの尻を一気に叩きますぞお!」
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