厄災の火
セローニャ焼き討ちの報せは、ほどなくしてハイデの王ニコラスの耳にも入った。風が吹くと、夏の陽射しに焼かれた土と馬の汗の匂いが、時折、王の陣営にも運ばれてくる。ニコラスは王座に腰を下ろし、廷臣たちと次の戦略を議論中だった。
そこへ、息を切らした伝令が駆け込み、膝をついて報告した。
「急報です!セローニャの街が・・・エレーナ師団長の軍勢により焼き討ちに遭いました!」
ニコラスは椅子から半分立ち上がり、口を半開きにしたまま唇を震わせた。その姿は、まるで雷に打たれたように固まっていた。廷臣たちは息を呑み、部屋に重い沈黙が落ちる。
「いったい、何がどうなってる・・・・・・。どうして、こうなった・・・・・・?」
ニコラスはブツブツと独り言を呟きながら、放心状態となった。当初の予定では、帝国に恩を売ることで、弱ったファニキアから領土なり賠償金なりを請求する絵を描いていたはずだ。イゴール教皇に協力を申し出たのもそのためで、通路の案内から物資の提供までした。
それが蓋を開けてみたら、糧食の補償や賠償金まで請求され、挙句の果てには街をひとつ焼き討ちにされる始末。ニコラスには理解が出来なかった。何故そこまで下手に出たにも関わらず、この仕打ちなのか?ファニキアに侵攻するはずが、同盟国に補償や賠償金だけでなく焼き討ちをする神経はどうかしてる。
エレーナという師団長は狂ってる——そう考えるしかなかった。ニコラスは原因がわからないまま、とにかくエレーナに使者を送り事情を掴もうとした。選ばれたのは、信頼できる廷臣のひとり。使者は馬を飛ばし、エレーナの陣営へ向かった。
だが、使者が帰ってきたのは、数時間後——死者は首だけになっていた。首は血まみれの袋に包まれ、王宮の床に転がされた。ニコラスはそれを見て、吐き気を催した。廷臣たちが悲鳴を上げ、部屋はパニックに陥る。
「いったい何がどうなってる!?なぜ突然こうなるのだ!!」
ニコラスの問いに答えたのは、使者一行の生き残り——唯一の生存者だった。彼は顔色を失い、震える声で報告した。
「どうやら、エレーナ殿に送った糧食に火矢が射ち込まれ、一気に燃え広がったそうです」
「・・・・・・は!?どういうことだ、詳しく話せ」
「陛下の送った兵糧に、何かが仕掛けられていたそうです」
ニコラスは息を飲んだ。
「何か・・・何かとは?」
「火薬や油でしょうか。とにかく火の回りが早く、最初から仕込んでなければあり得ないほどの燃え方だったそうです」
ニコラスは、ようやく真実を知ることとなった。エレーナが激怒した理由は間違いなく、それである。だが、糧食にそんなものを仕込む理由がない。ハイデごとき弱小国が帝国を裏切れば、即座に潰されるのは目に見えている。水の入ったコップを逆さにすれば水がこぼれるほどの道理であって、子供でもやらないことだ。
だが・・・・・・それを、実行可能な人間がいる。ニコラスの脳裏に真っ先に浮かんだのは、イグナシオとのやり取りだった。奴は、なぜか糧食だけでなく資金まで提供すると申し出たのだ。もちろん、そんなことをすれば奴も無事では済まない。それでも・・・・・・それでもだ・・・・・・。疑念が湧きあがる。
「イグナシオ公爵をここに呼べ、今すぐだ!」
ニコラスの命は、すぐにイグナシオ公爵の元に届く——はずだった。だが、命令を伝えに行ったはずの兵は程なくして帰ってきた。
「報告します。恐れながら陛下、イグナシオ公爵の陣営には誰もいませんでした」
「はぁ!?」
ニコラスが呆れた声を出す。
「それは確かか? イグナシオ公爵から何か報せはなかったのか?」
傍にいたミゲル辺境伯が冷静に問いただすと、兵は力なく首を振った。
「確かです。陣営は完全にもぬけの殻でした。近くに布陣しているベルナルド子爵にも確認しましたが、昨日の夜までは確かにいたそうです。ですが、報せもなかったとのことでした」
「陛下、これは明らかな反乱です。首謀者はイグナシオで間違いないでしょう」
ミゲルの提言にニコラスは頷いた。顔が赤く染まり、拳を握りしめる。
「奴を探して捕らえよ! 教皇軍に突き出して我々の身の潔白を示す」
こうして、イグナシオはニコラスに弓を引いた罪人として追われることになる。そして、当のイグナシオは自分の領地に戻ると城に籠って防備を固めてしまっていた。ニコラスは弁明するために二度目の使者を送るが、エレーナは既に聞く耳をもっていなかった。二度目の使者も首だけになって帰ってくる。血の臭いが王宮に染みつき、廷臣たちは怯え始めた。震え上がったニコラスはなんとしてもイグナシオを捕らえるために兵を向けようとするが、伝令が飛び込んでくる。
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