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花つける堤に座りて  作者: 蒲公英
花つける堤を離れて
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知ろうとする決意―2

 芋煮会は、盛況だった。「一緒にいる」筈だったトオルさんは早々に酔って眠ってしまい、お友達に呆れられてたけど。

「トオル、飲むと寝ちゃうんだよねー。手毬ちゃん連れてきたんだから、考えればいいのに」

 いつの間にか女の人が何人かの輪の中に入れてもらっていて、中身が少なくなったお鍋に葱を継ぎ足したりしている。気を使ってもらってるんだ、私がひとりにならないように。

 そう思ったら少し申し訳なくて、とても嬉しかった。


 眠っちゃったトオルさんはなにやら顔にラクガキされて、とんでもないことになっている。ペンが油性じゃないことを祈ろう。

「手毬ちゃん、トオルって変なとこ頑固じゃない?」

 一緒にお鍋をかき混ぜていた人に、いきなり話を振られて、ギョッとする。

「頑固なとこは、まだ見たことないと思います。ただ、オトナだなって思う」

 オトナーっ!まわりが笑い出す。

「それ、騙されてるよ!あんなに子供っぽくてすぐムキになるヤツなのに!」

 そして、ムキになったエピソードをいくつか教えてもらった。サークル内で多数決になったとき、不利だと見て両手を挙げてみせたとか。

「欠席してるヤツがいるんだから、俺が代わりに意思表示しても文句はないはずだっとか何とか」

 声色交じりで上手に話してくれる人が、笑わせてくれる。


 トオルさんはようやく目を覚まし、まだゴキゲンな顔であたりを見回す。額には目、鼻の下にはどじょう髯、そして頬の左右には「天上天下」「唯我独尊」、気がつかないにもほどがあるってラクガキ。

 私の顔を見つけて寄ってこようとするので、思わず後ずさった。

「なんで逃げるの?寝ちゃったから怒ってる?」

 トオルさん以外の人は全員爆笑してるのに、気がつかない本人はきょとんとしてる。ここでネタばらしするほど、私だってジョークに疎いわけじゃない。

「怒ってないけど、今は来ないで!お願い!」

 私の笑いに不思議そうな顔をしながら、まだ近寄ろうとしているトオルさんから、つい走って逃げた。


 しばらくして気の毒に思った誰かがトオルさんにウェットティッシュを差し出したけれど、顔にうっすら残ったラクガキの跡が却っておかしくて、トオルさんはずいぶんむくれていた。

「手毬ちゃんまで一緒になって笑うんだもんな」

 これも、知らなかった顔。こんな子供っぽい表情もするんだ。


 知りたい、と思った。


 私が今まで見えていなかった、トオルさんの他の顔を知りたい。


 自分の場所にだけ座っていたって、同じ角度からしか見えない。座っているだけじゃ、同じものしか見つけられない。春にバーベキューで出逢った時、ここには桜がたくさん咲いていた。今、黄色いイモギクとススキが丈高く川の縁で秋を歌っている。

 トオルさんは、出逢った時と同じようにのんびりした顔をしているけれども、知らない人じゃない。


 座ったままでいては、いけない。もう一度自分に確かめるように、小さく声を出した。




fin.

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