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異世界生物記 -王立生物調査保護局-  作者: 冬野しお
第二章

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雨季に流れ着いたケルピー・1

今日も雨だ。

窓を打つ雨音を聞きながら、僕はリズさんと向かい合って魔物の牙や骨を削っていた。

生物調査保護局の資金を調達するための内職だ。


削った牙に穴をあけ、糸を通し、ネックレスへと変えていく。

綺麗に磨いた牙は、狂暴な魔物の牙だったとは思えない。


あの事件から一か月ほど。

ライルさんやグラーナさんと、各地を回ってスライムの個体数調査を続けてきた。

セラさんが『これから仕事が大変になるんだから』と言っていたが、春が生物調査保護局の繁忙期だったらしい。


最初のような事件はなかったが、移動と調査の繰り返しで疲れが溜まった。

雨季に入ると調査もしづらくなるため、逆にこの時期は仕事が落ち着くらしい。

今は交代で休みを取っていて、今日はライルさんとグラーナさん、ガレスさんは出勤していない。


「はいは~い。 内職お疲れ様~! おやつの時間ですよ~」


セラさんがお茶とお菓子を持ってきてくれた。

リズさんは子どものように目を輝かせる。


「あっ!セラさん、ありがとうございます! ちょうど甘いものが欲しかったんですよ!」

「僕も疲れ始めたところだったので嬉しいです」


椅子から立ち上がり、背を伸ばす。


「エレノアさんは今日もずっと本を読んだり、報告書を書いたりしているみたいね~」

「局長は雨の日のほうが、仕事が捗るタイプですよね! 朝からずっと書類とにらめっこしてますよ!」


セラさんとリズさんが笑う。


「逆にライルさんは朝の訓練ができないから、『早く晴れてくれ……!』って言ってましたね」

「グラーナさんはどうなの~?」

「グラーナさんは、『寝る!』って一言だけ言ってました」

「それはグラーナさんらしいですね!」


リズさんが吹き出した。


「ガレスさんは何をしているんでしょう?」

「ん~……そうねぇ……リズちゃん、知ってる?」


ガレスさんのことは、セラさんも知らないらしい。


「知ってますよ! 朝早く起きて、剣を磨いて、窓から外を見ながら紅茶を飲んでます!」


いつもと何も変わらないらしい。

場所が違うだけなんだ。

今日のガレスさんの姿が、容易に想像できた。


「しかし、長雨ねぇ……」


窓から遠くを眺めるようにして、セラさんが言う。


「川もだいぶ増水してるみたいです」

「……大丈夫かな?」


リズさんが少しだけ不安そうな顔をした。


「ライルさんは、『このくらいなら街や畑に影響はない』って言ってましたよ」

「そうなの? なら安心ね~!」


セラさんはほっとしたように笑う。


「そういえば、この前パン屋のマーサさんがね。 雨で小麦の仕入れが遅れてるって困ってたの」

「確かに、河川が氾濫しなくても、物流には影響がありますよね」

「農家のバドさんは、不安で毎日のように畑の確認に行っているみたいですよ!」


そんな他愛もない会話を繰り返しているうちに、その日の仕事が終わる。

僕が宿舎へと向かう頃には小雨になっていた。


そして翌日。

久々に雲一つない、気持ちの良い晴天。

長雨が終わり、エルムフォードの街には久しぶりに活気が戻っているようだ。

僕は久しぶりに市場で朝食を取ろうと思い、いつもより少し早く宿舎を出た。

商店街のパン屋さんの前を通ると、いつものようにマーサさんが声を掛けてくる。


「レオンちゃん! 今日は少し早いのね~!」

「マーサさん、おはようございます。 いい天気なので、市場で朝食を取ろうと思って」

「確かに、今日は騒がしいわね~! みんな長雨で体力を持て余していたのかしらね」


マーサさんと一緒に、人だかりができている市場の方を見る。

すると、人混みの中に、畑のある方へと向かって駆けていくライルさんの背中が見えた。

その後ろを、グラーナさんも追い掛けているようだ。


いつものこの時間なら、ライルさんは市場近くの広場で訓練。

グラーナさんなら市場のお気に入りの店で肉を食べている時間のはず。

表情は見えなかったが、全速力といった感じではなかったので、『緊急』ではないようだ。


しかし、何があったのだろう。

わざわざライルさんとグラーナさんが二人で向かうようなことがあったのだろうか。

僕も行ったほうがいいかもしれない。

マーサさんにそう伝えて、僕も市場を抜けて畑の方に行ってみることにした。


畑のあたりに着くと、バドさんと娘さんを見かけた。

声を掛けてみる。


「バドさん、おはようございます。ライルさんとグラーナさんがこっちの方に走っていくのを見かけたのですが、何かありましたか?」

「いや、それがな……」

「あのね! 緑色のおうまさんがね、あっちの川のあたりで倒れてたの! 私が見つけたんだよ!」

「緑色……?」


一般的に馬と言えば、茶色、黒、白が思い浮かぶ。

緑色のように見えるとしたら……黒だろうか?

それとも、雨で体に葉っぱなどが張り付いていたのだろうか。

思案していると、バドさんが声をかけてきた。


「『緑色の馬』って気になるだろ? だから、ライルとグラーナに伝えたんだ」

「そういうことだったんですね」

「ただ、オレはミア……あ、娘のことな。 ……を連れてるから走れなくてな。 今から行くところなんだ。 一緒に行くか?」

「はい。 ご一緒します」


バドさんとミアちゃんに案内され、しばらく畑の脇道を歩くと、大きな川が見えてきた。

既に何人かの人が集まっているようだ。

ライルさんとグラーナさんだけでなく、セラさんの姿もあった。


ライルさんとグラーナさんに声をかける。


「おはようございます。 『緑色の馬が倒れている』って聞いたのですが……」

「ああ、それがな…… あそこにいるのが見えるか?」


水辺には大きな生き物が横たわっている。


「いきなり近づくと親や群れに襲撃されるってこともあるから、さっきまでオレとグラーナで周囲の様子を見てたんだ」

「でも、親も群れもいないみたいだな!」

「ちょうど今から、馬なのか魔物なのかを確認するところだ」


ライルさん、グラーナさんと一緒に、慎重に近づいてみる。


「こりゃあ……」

「ケルピーだな!」


水辺に群れで生息する馬のような魔物で、人間を川や湖に引きずり込んで溺れさせる。

しかし、エルムフォードの付近には生息していないはず。


「昨日の大雨で、上流から流されてきたのかもしれませんね」


全身に傷があり、人間を水に引きずり込むどころか、自力で立ち上がることもできない様子だ。

ケルピーはこちらを見つめながら、浅い呼吸を繰り返している。

ライルさんはどのような判断をするのだろう。


「見たところ動けないようだし、幸いここは町はずれだ。 立ち入らないように周知して、このまま誰も近づかないようにしよう」

「えーっ!かわいそーだよ!」

「かわいそうだよー!!」


と、僕たちの様子を伺っていた街の人たちの中から声が上がる。

ミアちゃんと、その友達の子供たちだ。

いつの間にか来ていたマーサさんも言う。


「確かに弱ってるみたいだしねぇ…… 何とかしてあげられないのかい?」

「んー……気持ちはわかるよ。 でも、このまま自然に任せるのがいいんじゃないか」


グラーナさんもライルさんと同じ意見のようだった。

そのとき。


「助けましょう」


セラさんだった。

いつもと違う声。

そして、真っ直ぐにライルさんを見つめていた。


「セラ……」

「助けられないかもしれません。 でも、助けられるかもしれない。それを放っておくことは、私にはできません」


セラさんの横顔を見る。

穏やかな表情の中に、凛とした意志が宿っている。

瞳は、決して譲るつもりがないことを物語っていた。


「僕からもお願いします」

「レオン君……」

「このまま放っておくと、他の魔物が集まって来てしまうかもしれません」


『できれば助けたい』という気持ちは、僕も同じだった。

セラさんがちらりと僕を見る。

ありがとう、と言ってくれているようだ。


場が静かになる。

どう判断するのか、ライルさんも迷っているようだった。


「はは、セラさんがそう言うときは絶対に譲りませんよ」

「私も助けてあげたいかな……」


ガレスさんとリズさんだ。

その後ろに、エレノア局長の姿も見えた。

生物調査保護局の全員が集まったようだ。


エレノア局長にこの場にいる全員の視線が集まる。

判断が気になるようだ。


「ケルピーは普段、群れで水辺に暮らしている魔物だ。危険で調査の機会も少ない。調査を行う良い機会だろう」

「エレノアさん!」


セラさんの表情がほころんだ。


「良かったな! セラ!」


グラーナさんも笑う。

ライルさんはやれやれ、といった感じだが、口元が少し笑っているのを僕は見逃さなかった。

もちろん、子供たちは大喜び。

マーサさんやバドさんたち、大人も、何かほっとしたような表情をしている。


こうして、僕たち生物調査保護局は、一頭の傷付いたケルピーを保護することになった。

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