人の生活、魔物の生活・3
ランタンの火が焚火の周囲を徐々に明るく照らしていく。
その少し横にも、スライムたちが群がっていた。
明らかに果実に群がっているスライムよりも数が多い。
僕たちは全てを察した。
……遅かった。
自分の鼓動の音が大きくなり、そして速くなっていくのを感じる。
焚火があれば、火を恐れる魔物は寄って来ないから大丈夫だと思ったのか。
それとも、雨で濡れた服を乾かそうとしている間に、疲労から寝てしまったのか。
いくつもの果実の匂いにスライムたちが引き寄せられたのか。
何が理由でこうなったのかはわからない。
あるいは、この全てが理由なのかもしれない。
「レオン。 ランタンをそのあたりにおいてくれ。 そこならこのあたり全体が明るくなるはずだ」
ライルさんの声でハッとした。
今考えるべきなのは、失踪した旦那さんの死因ではなかった。
ライルさんの指示どおりにランタンを置く。
「お前、『剣もそれなりにいける』って言ってたな」
僕は無言で頷く。
「よし。 ここのスライムは全て駆除する。 一体ずつ確実に、 剣で核を突いて仕留めるんだ」
このスライムたちは、森のスライムとは大きく違う。
洞窟のスライムは元々危険だが、さらに『人間を捕食した。』
人間を餌として認識したかもしれないスライム。
それが何匹も、洞窟から森へと出てしまったら。
そして、森で繁殖してしまったら。
森からリンデルの街まで下りてしまったら。
おそらく、さらに犠牲者が出ることになる。
ライルさんの覚悟を感じる言葉から、何故ここで駆除しなければいけないのかを想像した。
「こいつらは今、食うことに夢中だ。 急に動くことはないだろうが、絶対に気を抜くな。 いいな?」
「はい……!」
ライルさんと僕は、近くにいた果実を食べているスライムに近づく。
慎重に核の位置を確認し、そして、素早く剣で貫いた。
僕とライルさんに核を貫かれたスライムは、ゆっくりと、静かに、動かなくなっていく。
「こいつらも悪いわけじゃない。 ただ、必死に生きているだけだ」
そう言いながら、もう一体のスライムを始末したライルさん。
僕はその言葉を聞きながら、さらに一体のスライムを貫いた。
スライムのほとんどは水分だ。
しかし、核には弾力がある。
『確実に仕留めた』という感触、『命を奪っている』という感触を何度も感じる。
そのたびに、胸の奥が少し重くなる気がした。
それを、『仕事だ』という理性で抑え込み、続けていく。
「果実に群がっていた方は片付いたな」
「はい。 始末したと思います」
「……レオン。 あっちの方は俺が全てやってもいい。 まだいけるか?」
あっちの方。
つまり、失踪した旦那さんに群がっているスライムたちのことだ。
……自分でも意外なほど、迷いはなかった。
「……僕も、やります」
「そうか。 本当に優秀な新人だな、お前は」
ライルさんと僕は、剣を構え直した。
そして、ゆっくりと移動する。
……数分後。
「よし。 取り逃がしたやつはいないな」
「……旦那さんの遺体はどうしますか?」
一日以上、スライムたちに表面を消化された遺体が視界に入る。
こんな遺体を見たら、奥さんは発狂してしまうかもしれない。
「オレたち二人で運搬するのは危険だし、グラーナと合流して街に戻ろう。 駐留騎士団に報告して、遺体を運んでもらう」
「わかりました」
「で、改めて騎士団にこの洞窟を細かく調査してもらおう。 森に入れない時期が長引くと、街の生活への影響も大きい」
「はい」
「あと、さっき見逃したスライム。帰りに洞窟内で見かけたやつは、念のために全て駆除だ。人を餌と覚えた可能性がある個体は、可能な限り残しておきたくない
酒場の猟師たちや果実酒の店主の顔が思い浮かぶ。
魔物たちが必死に生きているように、人間も必死に生きている。
「……あれ? そのスライムの死骸の中……」
僕は、何かきらりと光るものを見つけた。
指輪のようだ。
失踪した旦那さんの遺品だろうか。
この指輪は、ライルさんが持ち帰ることになった。
グラーナさんと合流して、リンデルの街へと戻ったのは夕方だった。
森の出口に、男の子を連れた奥さんの姿が見えた。
とてもじゃないが、家で待っていられる心情ではなかったのだろう。
奥さんは、僕たちの表情を見た瞬間に全てを悟ったようだ。
奥さんの足が、小さく震え始めた。
唇を動かすが、声にならない。
それでも、絞り出すように声を出した。
「……その、夫は見つかりましたか……?」
ライルさんは、すぐには答えなかった。
無言のまま、手渡そうとしていた指輪を強く握りしめている。
そして、覚悟を決めたように口を開いた。
「……残念ですが、遺体を発見しました。 森のかなり奥の洞窟です」
「……これは、現場で見つけた指輪です」
奥さんは震える手で指輪を受け取り、胸に抱きしめた。
やはり、旦那さんのものだったようだ。
「遺体は騎士団に運んでもらうように手配しておきます」
最後に、こう付け加えた。
「危険なので、絶対に森には入らないでください」
そこまで話を聞いていた奥さんだったが、顔から血の気が引いて、真っ青になった。
慌てて、グラーナさんが支える。
「……ライル、奥さんと子供は、アタシとレオンが送っていくよ」
「わかった。 オレは駐留騎士団に報告して、色々と手配をしてくる」
駐留騎士団の詰所に向かうライルさんと別れて、男の子の手を引きながらリンデルの街を歩く。
昨日の午後と同じく、市場や酒屋のあたりを歩いていく。
奥さんの姿を見た街の人たちも察したようだ。
町全体が、何か、静かだった。
同じリンデルの町なのに、昨日とは全く別の街のように思える。
風景の色まで褪せて見えた。
奥さんの家に着いた。
グラーナさんが奥さんを連れて家に入る。
僕は、外で男の子と遊ぶ。
「おとーさん、かえってこないの?」
僕は何も言えない。
ただ、小さく目を伏せることしかできなかった。
「ぼくのたんじょうびは、おいしいものがあるぞ、っていってたよ。 ぼく、たのしみにしてるんだ!」
無邪気なその言葉に、一層胸が締めつけられる。
家からは、奥さんが泣き崩れる声が聞こえてきた。
翌日。
ライルさん、グラーナさんと僕は市場で朝食を取っていた。
「昨日のうちに騎士団には事情を説明して、洞窟の場所を示した地図も渡しておいた。 あの洞窟はしばらく封鎖になる」
「奥さんも夜にはなんとか落ち着いていたよ。 気丈な人だね」
「僕たちの仕事は終わりですか?」
「そうなるな。 今日の昼頃には荷物をまとめてエルムフォード行きの馬車に乗ろう」
たった昨日一日だけの実地調査だったのに、ものすごく疲れた。
生物調査保護局のみんなはこんな仕事を続けているのか。
僕に続けていくことはできるのか、少し不安になる。
「レオン、疲れと不安が顔に出てるぞ」
「す、すみません!」
ライルさんに指摘される。
気を付けていたが、また顔に出てしまったらしい。
「いや、今回は仕方ない。 いきなり、想定外の大仕事になってしまったからな」
「そうだぞ! むしろ、最初の実地調査であそこまでできるレオンは大したもんだ!」
グラーナさんがまた僕の背中をバチーン、と叩いた。
もちろん痛い。
……しかし、何か、心と体が癒された気がした。
昼過ぎ。
僕はグラーナさんと一緒に、エルムフォード行きの馬車に荷物を積み込んでいた。
ライルさんは駐留騎士団の人と話している。
あの洞窟や、失踪した旦那さんの遺体のことについて、最後の手配をしたりしているようだ。
そんなとき、後ろから急に声をかけられた。
「おい、坊主!」
グラーナさんと一緒に振り向くと、酒場で絡んできた猟師たちがいた。
そして、グラーナさんに干し肉の束がポン、と投げられた。
「オークの姉ちゃん、一昨日の夜は……酔って悪いことを言った。本当にすまなかったな」
絡んできた方の猟師が目を逸らしながら、気まずそうに謝ってきた。
珍しくグラーナさんが困惑した表情で干し肉を見つめている。
諫めていた方の猟師が続けた。
「すまん、そいつなりにだが、本気で謝っているんだ。 できれば、許してやってほしい」
「それは土産だ。 馬車の中で食うといい」
「リンデルは果実酒が有名だが…… オレたちが作ってる干し肉も地元じゃ美味いって評判なんだぜ」
「地元民しか知らない、隠れた名産品ってやつだ」
不器用そうに猟師が笑う。
確かに、他の干し肉とは違うようだ。
香りも良く、ただ乾燥させただけではないように思えた。
「……あと、あの奥さんだが。 街のみんなから、少しだが見舞金を出すことにした」
「街のみんなで支えられるようにするつもりだ。 今回は……本当に世話になった」
と言い、深く頭を下げた。
僕は、グラーナさんの方を見る。
「……オークは嫌なことをすぐ忘れる性質なんだ! ありがとな! 本当に美味かったら、あちこち行く度に宣伝しといてやるよ!」
グラーナさんも本当に強い人だと思った。
……どうやら、駐留騎士団の人との話が終わったようだ。
ライルさんもやってきた。
「お土産に干し肉をいただいてしまったようで、すみません。 次に来た時は、一緒に酒が飲めたらいいですね」
「街で見かけたときは、一杯驕ってやるよ。 ……元気でな」
「はい。 みなさんもお元気で」
猟師たちとの別れの挨拶を済ませ、馬車に乗り込む。
こうして、初の実地調査は終わった。
馬車がゆっくりと動き出す。
遠ざかっていくリンデルの街を見つめながら、僕は静かに息を吐いた。




