雨季に流れ着いたケルピー・2
あの後、僕たちは町はずれの川からケルピーを生物調査保護局の近くまで運んだ。
エレノア局長たちは、今もケルピーの治療を続けている。
セラさんが傷口を洗いながら回復魔法をかけ、リズさんは薬草をすり潰していた。
そして僕は今、ライルさん、グラーナさん、ガレスさんと共に土木工事をしていた。
生物調査保護局の裏山には、小さな清流が流れている。
そこから水路を掘り、保護したケルピーのために池を作ることになったのだ。
水を引いて溜めるだけでは淀んでしまうため、反対側には川へ戻すための細い排水路も掘る予定だ。
もちろん、柵も必要だし、水量を調整するための『せき板』も作らなければならない。
完成すれば常に新しい水が流れ込み、ケルピーにも優しい環境になるだろう。
内職のアクセサリー制作にも驚いたが、土木工事までやることになる仕事だとは思っていなかった。
グラーナさんは木を伐り出して丸太を軽々と担ぎ上げ、ライルさんは『良いトレーニングになるな!』と言いながら土を掘っている。
ガレスさんは
「今のうちに池を作っておけば、私たちも夏に涼めると思いますよ」
と、僕に話しかけながら、手を止めることなくサクサクと土を掘り起こしていく。
汗一つかいておらず、単なる庭いじりでもしているかのようだ。
僕は蒸し暑さから汗だくなのに。
作業を始めてしばらくすると、町の方から荷車を引く音が聞こえてきた。
振り向くと、バドさんとマーサさん、それに市場や商店街の人たちがスコップや木材を抱えて集まってきていた。
ミアちゃんとその友達……子供たちも大勢いた。
「オレたちも『助けてやってくれ』って頼んじまったからな。 手伝いに来たぞ」
「売れ残りで悪いけど、パンも持ってきたわよ! 休憩のときに食べて!」
気付けば、ケルピーの保護は生物調査保護局だけの仕事ではなくなっていた。
水路や池を掘る人。
木を切る人、削る人。
お茶やパンを並べて、休憩の準備をしてくれている人。
荷車から大量の小石を降ろしている人もいる。
おそらく、水路や池に敷くために持ってきてくれたのだろう。
「水路はもっと広げた方がいいんじゃないか?」
「いや、あまり広げると、流れが速くなりすぎる」
「そうか、なるほど。 やっぱり大工は頼りになるなぁ」
誰に言われるでもなく、自然にそれぞれが自分にできることを行っている。
僕は、改めてエルムフォードの街に住む人たちの温かさを感じていた。
「ぐったりしてるよ……」
「頑張れ……!」
「この子、元気になる……?」
ミアちゃんや他の子供たちが、心配そうにセラさんやリズさんへ尋ねていた。
「気になるのはわかるけど、危ないからそこまでね~」
「傷は塞がってきてるよ。 呼吸もさっきより落ち着いてきたみたい」
「きっと、大丈夫よ~。 この子も頑張ってるから」
ケルピーは、川で見たときよりも落ち着いているようだった。
まだ立ち上がることはできない。
それでも苦しそうだった呼吸は少し穏やかになり、時折ぴくりと耳を動かしては、ゆっくりと瞬きをしていた。
「そろそろ、休憩にしましょうか」
ガレスさんの一声で、みんなが作業を止める。
雨季とは言え、動けば蒸し暑い。
適度に休憩を取ったり、水分を補給しないと倒れてしまうだろう。
リズさんとマーサさんがみんなにお茶やパン、そしてバドさんの野菜を配っていく。
休憩に入ると、すぐにライルさんは数人の男の子に囲まれた。
「ライル兄ちゃん! 今度さ、剣の振り方教えてよ!」
「あっ、ずるいよ! 僕も教えてほしい!」
「僕もー」
「お父さんやお母さんの手伝いをしっかりできたら、だな!」
僕も騎士になりたかったから、よくわかる。
ライルさんは、街の男の子たちの憧れなのだろう。
そしてグラーナさんはと言うと、商店街や市場のおじさん、おばさんにお礼を言われていた。
「グラーナちゃん、この前は荷物を運んでくれて助かったわよ~」
「グラーナ、この前のお礼に魚を持っていくからな!」
「ありがとね! 食べ物はいくらでも歓迎するよ!」
ガレスさんはその様子を笑顔で見守っている。
街の人たちの笑い声が響くが、ケルピーの周りだけは、まだ緊張感が漂っていた。
僕はケルピーの様子を見守るエレノア局長とセラさんの元に向かう。
「どうですか?」
「どうやら、峠は越えたようだ」
「次の問題は、この子のご飯かしら……」
セラさんがケルピーを撫でながら、頭を悩ませている。
「人を川や湖に引きずり込むなら、肉食なのでしょうか?」
「でも、馬って草を食べるわよ~?」
「歯を見ればわかるかもしれないな。口を開けさせてみたいところだが」
僕たちが悩んでいると、バドさんとミアちゃんがやってきた。
「話がちょっと聞こえてしまったんだが。 ちょうど休憩用に持ってきたウチの野菜があるから、これをあげてみていいか?」
バドさんは慎重に、ケルピーの口元へ野菜を差し出した。
ケルピーが臭いを嗅ぐ。
……食べた!
「やっぱり、馬みたいね~!」
「いや、まだ草食とは決めつけられない。 歯を見たいので、もう少し食べさせてみてくれますか?」
「あいよ!」
バドさんがさらに野菜を与え、エレノア局長が歯を観察する。
「……ふむ。 歯の形状からすると、肉食ではなさそうだ。雑食か、草食……おそらく草食だろう」
「となると、普段は水辺の植物や水草などを食べていそうですね」
「じゃあ、明日はみんなで川に遠足かしら?」
セラさんの一言で、ミアちゃんの目がぱっと輝いた。
「えっ!? 明日は川に遠足だってー!」
ミアちゃんが子供たちの方へ走っていくと、子供たちは大はしゃぎだ。
「やったー!」
「オレ、ライル兄ちゃんと魔物探すー!」
「魚も捕まえようぜ!」
「私はちゃんとグラーナお姉ちゃんのお手伝いするもん!」
「こらこら、遊びじゃないんだぞ」
バドさんが軽く注意をするが、それをガレスさんが宥めた。
「まあまあ。 みんなで遠足、いいじゃないですか。 ライル君とグラーナさんがいれば、街の周辺なら問題ないでしょうし」
「ガレスさんがそうおっしゃるなら……」
「バドさん! もう大人も参加する、商店街と市場のイベントにしちゃえばいいじゃないの!」
マーサさんも会話に参加する。
「ははは! 面白れぇじゃねえか!」
「仕事をサボる口実ができたな! ケルピーに感謝だな!」
「違いねぇ!」
「女房に黙って隠しておいた酒も持っていくか!」
市場のおじさんたちも乗り気だ。
もう、ちょっとしたお祭りの様相を呈してきた。
水路と池がほぼ完成した頃には夕暮れになっていた。
「それじゃあ、また明日な!」
と言い残して、マーサさんやバドさん、商店街や市場の人、子供たちが帰っていく。
楽しそうな笑い声が少しずつ遠ざかると、最後までケルピーの様子を見ていたセラさんが僕に話しかけてきた。
「レオン君、朝はありがとう」
「いえ、そんな…… 最終的な判断は局長でしたし」
「それでも、ありがとう。 私が最初に『助けましょう』って言ったときに、すぐフォローしてくれて」
「あんなにはっきり言うセラさん、初めて見ました」
「あはは……そんなに普段と違ったかなぁ?」
セラさんが照れたように笑う。
「私ね、飼ってた犬を火事で亡くしちゃったんだ。 そのときは助け出せたけど、火傷がひどくてね……」
「そんなことが……」
「だからね、助けられる可能性がある命は、絶対に見捨てないようにしようと思ってるの。 それだけは譲れないかな」
いつも笑顔で、おっとりしていて、優しいセラさん。
そんなセラさんの印象が、今日一日で少し変わった。
「さて! レオン君、明日は遠足よ~? 早く帰って寝ないと、お寝坊しちゃうからね?」
「あはは……気を付けますね」
手を振るセラさんに手を振り返し、僕は帰路についた。
明日は、エルムフォードの街を挙げた『遠足』が待っている。




