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異世界生物記 -王立生物調査保護局-  作者: 冬野しお
第一章

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人の生活、魔物の生活・1

果実酒に使う木の群生地に着いた。

甘い匂いがしている。


「グラーナ、見た感じどうだ? ここに来ていた形跡はあるか?」

「いくつかの枝に切られた跡があるね。 切り口もあまり乾燥してない」

「となると、例の旦那さんはここまで来ていた可能性が高いな……」


ライルさんが、少し考え込む。

確かに、ここまで来ていたとなると、森に入った旦那さんは狂暴な魔物に襲われた可能性もある。

実際に、僕たちもワイルドボアとビッグベアに遭遇した。

しかし、ライルさんやグラーナさんのように、あっさりと退けられる人間は多くない。

ほとんどの人は『逃げる』以外に手段はないだろう。


「……考えても仕方ないな。 足跡や血痕のようなものも見当たらない。 調査を続けながら手掛かりを探そう」


僕たちは森の最深部、山との境目のあたりまで歩いていく。

すると、グラーナさんが立ち止まった。


「臭い。腐臭がする」


まさか、と息をのむ。


「どっちだ?」

「あっちの方だね。 でも、多分違う。臭いが強すぎる」

「とにかく行ってみよう。 レオン、できれば吐かないようにな」


腐臭が強くなっていく中、鼻を抑えながら歩いていく。

あれは……


ビッグベアの死骸にスライムが群がっていた。

死骸の腐り方からして、さっき遭遇したビッグベアとは別の個体だろう。


「やっぱりね。 一昨日いなくなった人にしては臭いが強すぎると思ったんだ」


あれだけ狂暴なビッグベアでも、あのような姿になってしまう。

生きることの厳しさのような、何と言っていいのかわからないものを感じた。

ライルさんが言う。


「見た感じ、やっぱり悍ましいよな。 でも、あれはな、必要なんだよ」


近年の研究で明らかになったことで、僕も試験勉強のときに知った。

スライムは生物の死骸や排出物などの有機物を養分として取り入れ、無機物へと変えているらしい。

それによって植物が育つそうだ。

つまり、この森は、スライム、ワイルドボア、ビッグベアを含めた多くの生き物によって成り立っている。


「魔物を狩りすぎた結果、土地が衰えてしまって、消滅してしまった村もあるそうですね」


僕がそう言うと、ライルさんから予想もしなかった言葉があった。


「……その村な。 実はオレの故郷なんだよ」

「えっ?」


何も考えずに言ってはいけないことを言ってしまったのかもしれない。

申し訳ない気分になる。


「もう大分昔のことだし、気にしなくていいぞ」


ライルさんが続ける。


「俺の故郷は『王都から大分外れた辺境のあたり』って言ったろ? オレが産まれたのは戦争が終わって10年後だが、辺境で復興もまだ遅れていてな。で、そこの領主がオレの親父だったんだけど」


グラーナさんは周囲を警戒している。


「食料や日用品は不足していたし、魔物の被害も多くてな。」

「それは……」

「6歳くらいのときかな。 道を歩いていたら、おばさんの足にスライムがくっついてたんだよ。うっかりスライムを踏んで怒らせてしまったらしい」

「で、これはまずいと思ってさ。 スライムって水分がほとんどで見た目の割に重いから、おばさんが動けなくなってて。 その辺に落ちてた木の棒で、スライムの核を突いて助けたんだ」

「立派ですね」

「だろ? で、親父も褒められたんだよ。 『領主の息子として誇らしい』ってな。 で、オレはその日にみんなを守れる騎士になろうと思ったんだ」


ライルさんが強い理由がわかった気がする。

子供の頃から自分の夢に向かってすごく努力したからだと。


「それから毎日のように朝から晩まで剣を振って。 12歳になる頃には村の自警団に参加して、朝から付近の魔物狩りしてたな。 で、魔物の被害は減った。 けどな……」

「まず、村の周りの森が少しずつ痩せ始めた。樹木が減り、草食の魔物の餌も減ってきた」

「今ならわかるけど、その頃は理由なんて誰にもわからなかった。 やがて、オレたちが食えるような種類の魔物まで少なくなっていったんだ」

「最後には自給できなくなって、両親は私財を売り始めた。その金で遠方の街から食料を買って、それをみんなに配ったりしてた」

「オレは痩せて顔色が悪くなっていく両親を心配してたけど、ある日ついに親父が倒れて、その後に母親も倒れて、それっきり」


『気にしなくていい』と言われたけど、僕は何も言えない。


「その後は村全体が『ここではもう暮らせない』って空気になってな。 みんな少しずつどこかの街や村に移住して…… 最後には誰もいなくなった。 俺は親戚に引き取られる形で王都に行って、夢だった騎士にはなれたけど…… そんな状態だったから、そのときには情熱も失われてて。」

「……リンデルに来る前に『騎士団は血の気の多い先輩や教官も多いから、湿気た面をしてたら殴られるって言ったの、覚えてるか?」

「はい」

「あれな、俺がそれで殴られたんだよ。 『そんな腑抜けた面で訓練してると、いつか大怪我するぞ』ってな」


ライルさんが苦笑する。


「ついでに言うと、『荷物のあれ要らない、これ要らない』ってやつもな。 あれも騎士団の遠征でリンデルまで歩いたときに荷物が多すぎて、オレが疲れ果てちまったんだよ。 来てみたら何でもあるじゃないか、ってな。 笑えるだろ?」

「要は、偉そうに色々と言ってるけど、大抵は俺が失敗したことなんだ」


警戒しながらも、グラーナさんが笑って言う。


「いきなり完璧にできる新人なんて多くないって言っただろ? ライルだって昔はそうだったんだ。 もちろん、アタシもな!」


僕からすれば、二人ともすごい先輩だ。

でも、今の二人になるまでに、きっといくつもの失敗と努力があったんだ。


「ま、そういうことだ。 で、話を少し戻すが。 3年前に生物調査保護局が新設されてな。 騎士団から一人、出向することになったんだよ」

「そのとき、手を挙げたんだ。 そこなら、自分の大きな失敗も役に立つかもしれないって」


ライルさんは本当にすごい人だと思った。

鮮やかにワイルドボアを追い払ったときよりも、ずっと。


「その後は、局長があんな人だから、色々と苦労もあったけど……」


またライルさんが苦笑する。


「2年前に禁猟禁採期が決められたのは、局長、ガレスさん、セラ、そしてオレ…… みんなの調査と報告が国に認められたからだ。 だから、酒場では強く言い返せなかったというのもある。 ……グラーナには悪かったが」

「何言ってんだ! あの日の夜も謝ってくれただろ!」


知らなかった。

僕がいないときに、ライルさんはグラーナさんに謝っていたのか。


「実際、制度ができて怪我人や死亡者の数は減った。 年間で見れば、収穫量が増えた地域もある。 だが……」

「みんなに平等に利益があるわけじゃない。 生活が苦しくなる人だっている。 だから、すぐに納得して生活を変えられる人ばかりとは言えない」

「俺の子供時代だって、戦争が終わった10年後だったが、俺の両親も、村の人たちも苦労してた。戦争が終わっていきなり全部の問題が解決したわけじゃない。 いつだって、何かが変わるときは苦労する人がいるんだ」

「酒場の猟師がグラーナにあんなことを言ったのは許せない。 今、探している旦那さんもルールを守っていない。 ……それでも、強く責める気にはなれないんだ」


何も言えない。


「……と、少し柄にもない長話をしてしまったな。 この辺りまでくれば川の近くだから、少し戻って山沿いに歩く形で戻りながら調査を続ける形にしよう」

「はい」


帰りは山沿いを歩いていく。


「そういえば、このあたりに洞窟のようなものはないんですか? そういうところで雨宿りしたのかも」

「いや、そういうところはないはずだが……」

「おい、あれ! 土砂崩れが起きてるぞ!」


グラーナさんが指差した方向を見る。


一昨日の大雨の影響なのか、大きく山肌が崩れている部分があった。

そして、その崩れた山肌に。


ぽっかりと、洞窟の入口が現れていた。

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