スライムの個体数調査と失踪者の行方・3
翌朝。
森の入り口で、ライルさん、グラーナさんと合流した。
言うか、言わないか迷った。
でも、やっぱり心配だから聞くことにする。
「……グラーナさん。 ……もう大丈夫ですか?」
その瞬間、グラーナさんがぱーっと、満面の笑顔になった。
そして、
「酒場のこと、ずっと心配してくれてたのか!? もう大丈夫だよ!心配すんな!」
「やっぱり、レオンは優しいな!!」
と言ってくれた。
昨日傷付いたかもしれないのに、まっすぐこっちを見て、笑顔を向けてくれるグラーナさん。
その顔に、思わず心臓が跳ねた。
心配した自分の方が驚くほど照れてしまって、少し目を逸らす。
「……それなら、良かったです……」
「何だ? レオン、もしかして、照れてるのか~?」
ライルさんがニヤニヤと笑う。
そして、
「ん? 照れるほどのことが、何かあったか?」
と豪快に笑いながら、グラーナさんが僕の背中をバシーン、バシーンと叩く。
やっぱり、普通に痛い。
「……よし、じゃあ。そろそろ気を引き締めていくか!」
とライルさんが空気を変えるように言い、前衛のグラーナさんが森に向かって歩き始める。
その後を付いていこうとすると、街の方からこちらに向かって走ってくる女性の姿が見えた。
「あの……! はぁ、はぁ……! すみません!調査隊の方々ですよね……!? 夫が……! 森に入った夫が、一昨日から帰ってきていなくて……!」
森に入った?
今は禁猟禁採期のはずだ。
「今は森に入ってはいけない時期のはずでは?」
と女性に聞いてみたが、ライルさんが割って入った。
「レオン、それは後にしよう。 街の駐留騎士団に言いましたか?」
「もちろん、伝えました! でも、騎士団の仕事は基本的に街の治安を守ることなので、大体今は森に入ってはいけない時期なのだから、と言われてしまって……!」
「わかりました。 仕事のついでにはなってしまいますが、探してみます。 森のどのあたりに居そうか、思い当たるところはありますか?」
「た…… 多分ですけど…… 果実を採りに行ったんだと思います……! 子供の誕生日に美味いものを食べさせてやりたいから、ちょっと稼いでくるって言っていたので……!!」
「なるほど…… では、そのあたりは特に重点的に探してみます。 それでは、急ぎますので。 お子さんの傍にいてあげてください」
村の女性が深く頭を下げている姿が見えなくなった。
グラーナさんが口を開く。
「……ちょっと大変なことになったね」
「そうだな。 リンデルの森はそこまで広くないから、新人の実地調査としてはちょうどいい場所だったんだが」
「一昨日となると、大雨の日ですよね?」
「そうなるな。 この森に、雨宿りができそうな場所なんてあったかな……」
とライルさんが考え込む。
「ま、それはそれとして。 レオン、スライムの数はしっかり数えておけよ。知ってると思うけど、森のスライムは大人しくて動きも鈍いから、丁寧に数えればかなり正確な数が分かるはずだ」
「はい。 わかりました」
「あと、木の上には注意するんだぞ。 上からスライムが降ってくることもあるからな」
スライムの数を数え、地図にメモしながら奥へと進んでいく。
スライムたちは、こちらに見向きもしない。
……目があるわけではないので、興味もないと言うべきか。
小さな虫や、雨で落ちたと思われる木の実など、様々なものを体内へ取り込んで、ゆっくりと溶かしているようだ。
半透明の体内に、消化できなかったいくつもの種が見えている個体もいた。
「いったん、そこで止まってくれ」
ライルさんが、後ろからグラーナさんに声をかける。
「その木。 高級な果実酒に使う実がなるやつだ。 グラーナ、実が取られた形跡はあるか?」
「んー…… ちょっと見てみるな。 あ、この枝の先…… 切り取ったような跡がある」
オークであるグラーナさんの身長なら、人間の僕たちよりも簡単に高いところまで見ることができる。
どうやら、女性の旦那さん…… 失踪者はここに来ていた可能性があるようだ。
しかし、周囲に人影はなかった。
元々生い茂る草で足跡もそんなに残らないだろうが、さらに大雨も降った後だ。
「もう少し奥に進むと同じ木の群生地がある。 調査を続けながらそっちも見てみよう。 レオン、引き続き頼むな」
「はい」
「ただ、そのあたりは果実を食べにくる魔物や、その魔物を食べにくる少し大きい魔物なんかも出てくることがある。 グラーナとオレがお前を守るが、自分でも気を付けるんだぞ」
ここからは仕事に集中するだけでなく、周囲の状況にも気を付けなければならないようだ。
気を抜いていたわけではないが、僕はより一層気を引き締めた。
「緊急時は魔物が近づく前に火の魔法を使うんだ。 このあたりの魔物なら大抵は火を怖がる」
「レオン!心配しなくていいぞ! アタシたちがいるんだから、大丈夫だ!」
グラーナさんが僕を不安にさせないように、笑顔で背中をバチーン、とやってくれた。
気遣いはすごく嬉しいが、やはり背中は痛い。
さらに奥へと、スライムを数えながら進んでいく。
少し、果実の甘い匂いがし始めた気がする。
すると、背後からガサリ、と音がした。
すぐにそちらの方を見る。
中型の魔物、ワイルドボアだ。
今は茂みの向こうにいるが、すぐにでも突進してきそうだ。
ワイルドボアは草食の魔物だ。
しかし、気性が荒く、長い牙があり、人間を数メートル吹っ飛ばすほどの突進力がある。
押し倒されて怪我をする人は多いし、酷い場合は牙が刺さってしまって、死に至ることもある。
目を離さないようにしながら、ゆっくりと杖を構えた。
そんな僕をライルさんが止めた。
「レオン、大丈夫だ。 オレに任せておきな」
そういうとライルさんは右の腰に下げていた剣を抜……かなかった。
左の腰に下げていた鉄の棒を構える。
そして、そのまま近づいていく。
ワイルドボアが走り出した!
心配になるが、声を上げるわけにはいかない。
本当に大丈夫なのだろうか。
刹那。
これ以上ないと言える、完璧なタイミング。
これ以上ないと言える、完璧な急所。
加速しきったワイルドボアの額。
そこへ、高速で鉄の棒が突き込まれた。
鮮やかなんてものではない。
速すぎて、僕には初動がほとんど見えなかった。
ワイルドボアは大きく弾き飛ばされ、すぐに背を向けて逃げて行った。
「すごい……」
感嘆の声が自然に漏れる。
僕だって、騎士団を目指していた。
試験を受けた中では、剣技も上位だったと思う。
でも、ライルさんはそんなものじゃない。
騎士団でもここまでの技量を持つ人は多くないのではないか。
「褒めても何にも出ないぞ? これで、あのワイルドボアは人間を恐れるようになったんじゃないか」
と、笑いながらライルさんが戻ってくる。
「だから言っただろ! アタシたちがいるんだから、大丈夫だ!」
グラーナさんがそう言い、また奥に向かって歩き始めた。
僕も、再びスライムを数えながら森の奥へと進んでいく。
(ライルさんは、こんなに凄い人だったのか…… 生物調査保護局って何なんだろう? どうして生物調査保護局に出向しているんだろう?)
と疑問が浮かんだが、それよりも仕事に集中しなければならない。
そんなとき、またしても魔物が現れた。
今度は正面。
狂暴な大型の魔物、ビッグベアだ。
ビッグベアはワイルドボアより大きく、強靭な筋力があり、肉食。
とても危険な魔物で、人間が死亡する被害が毎月のように起きている。
今度は僕も戦わなければいけない。
そう思って、杖を構える。
しかし、僕の緊張感をよそに、グラーナさんが無造作に近づいて行った。
ビッグベアがグラーナさんに襲い掛かる。
しかし、鋭い爪を持つ腕を片手で受け止め、もう片方の腕も抑え込んだ。
そして……
無造作に投げ飛ばした。
ビッグベアが起き上がり、もう一度グラーナさんに襲い掛かる。
また、投げ飛ばした。
それを数回繰り返すと、ビッグベアは怒られた犬のように縮こまって去っていった。
「あっはっは! かわいいもんだねぇ! あいつもしばらく人間には近寄らないだろ!」
ペットと遊んだかのように、グラーナさんが戻ってきた。
ライルさんは思わず見惚れる格好良さだったが、グラーナさんには少し引いてしまう。
絶対に怒らせないようにしよう、と固く心に誓った。
酒場の猟師の人、危なかったな……
さらに奥へと進んでいく。
少し、甘い匂いがしてくる。
ライルさんが言っていた群生地が近くなってきたようだ。




