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異世界生物記 -王立生物調査保護局-  作者: 冬野しお
第一章

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スライムの個体数調査と失踪者の行方・2

リンデルの街に着いたのは、昼を過ぎた頃だった。


「半端な時間だな…… 調査途中で日が暮れると危ないから、明日の朝から集中して調査しよう」


とライルさんが言う。

続けて、グラーナさんが


「しかも、昨日は大雨が降ったみたいだな! 地面の状態も良くないし、アタシも明日の方がいいと思うぞ!」


と、言った。


(やっぱり判断が的確だなぁ。 先輩って感じがする)


「オレはとりあえずリンデルに駐留している騎士団に挨拶してくる。 グラーナはどうする?」

「アタシ? 宿に荷物を置いたら、市場で肉でも食うよ。 レオン、アンタも昼飯食うだろ?」

「はい、ご一緒します」

「了解。 じゃあ、日暮れまでは各自好きにしててくれ。 夜は宿の近くの酒場で一緒に飯を食おう。 有名なリンデルの果実酒を飲みたいんだ」

「アンタは酒が好きだねぇ。 アタシは肉が好きだけどさ!」


グラーナさんはそうですよね…… と思った。

最後に、


「レオン! お前ならわかってると思うけど、一人で森の様子を見に行くとか、下見するとか絶対するなよ。 絶対だぞ!」


と言い残して、ライルさんは騎士団の詰所に向かっていった。


ライルさんと別れ、宿に荷物を置いた僕は、グラーナさんと共にリンデルの市場に向かった。

グラーナさんは気にしていないようだったが、歩いているとグラーナさんをチラチラと見る人が多かった。

リンデルのあたりでは、オークは珍しいようだ。


その後、グラーナさんがとんでもない量の肉を食べる姿を見ながら昼食を済ませた。

約束の日暮れまではまだ時間がある。


『アタシはまだここで肉を食ってるから、街を好きに見てきなよ!』


とグラーナさんに言われた僕は、一人で街を歩くことにした。


武具屋、防具屋、土産物屋…… 色々な店がある。

もちろん王都ほどではないが、活気のある街だ。

エルムフォードとは、良い勝負かもしれない。

ライルさんが言ったように、大抵の物は調達できそうだった。


さらにしばらく散策していると、果実酒の店が目に留まる。

お酒が飲める年齢ではないが、ライルさんからリンデルの特産品と聞いたので、興味本位で入ってみた。

いくつかのボトルがあるが、随分と価格に違いがあるようだ。


「そっちの高い方はな、天然物の果実を使っているんだよ」


店主のおじさんが声をかけてくる。


「森で採れる果実の数は限られてるから、値段が違うんだ。 でも、香りと風味は段違いだぜ?」

「そんなに違うものなのですか?」

「後は…… 坊主は服装を見るに、国の機関で働いている人間だよな? 新人に見えるからちょっと言いにくいけど、森に入れない時期ができたから、以前よりさらに高くなっちまったな」

「禁猟禁採期のことですね」

「ま、安全にするってのは分かるんだけどよ。 それと、坊主はもうちょっと大きくなってからだな! 次に来たときには、高い方を買ってくれよな!」

「楽しみにしています。 ありがとうございました」


店を出ると、日が落ち始めていた。

ライルさんとグラーナさんを待たせるのも悪いので、少し早めに宿近くの酒場へと向かった。


「悪いな! 待たせちまって」

「レオン、早いな!」

「いえ。 そんなに待っていないので、気にしないでください」


酒場の前でライルさん、グラーナさんと合流し、3人で酒場に入った。

夕暮れ時ということもあって、酒場は賑わっている。

入り口に愛想のいい店員の女性がいて、すぐに案内された奥の席に座ることができた。


「じゃ、オレはリンデル果実酒の、ちょっと良いやつ。 レオンは残念かもしれないけど、まだ酒はダメだからな?」

「アタシはこの飲み物と肉料理にするぞ!」

「僕は、これとこれをお願いします」


グラーナさんはさっきまで肉を食べていたのでは、と思ったが、そこには触れない。

それぞれがオーダーを行い、料理と飲み物を楽しみに待った。

その間に、明日の話やちょっとした雑談が始まる。


「馬車でも言ったけど、今回の前衛はグラーナで後衛がオレ。 で、真ん中がレオンだからな。 レオン、お前は魔法も剣もそれなりにいけるんだろ?」

「はい。 剣と、火、水、風、土の四属性魔法なら一通り使えます」

「かなり優秀だな。 基本的にお前はスライムを数えていればいいけど、万一のときは火魔法でフォロー頼むな。 雨も降って、森全体が湿気ってるだろうから火事の心配もないし」

「そういや、最近は雷の魔法なんてのも研究されているらしいな。 なんか王都の一部では、それを応用して火を使わないランプが使われ始めたらしいぞ」

「あっ、聞いたことあります。 危険も少なそうですし、便利ですよね」


ここでグラーナさんが割って入った。


「何でも便利なら良いってもんでもないんだぞ! 肉はじっくり焼いたほうが美味いしな!」

「でも、価値観が変わったからこそ、グラーナとオレたちはこうして同じ飯を食えるってのもあるんだぜ?」


そういえば、本で読んだことがある。

100年ほど前まで、今では別の種族とされているオークやゴブリンも『魔物』として扱われていたと。

人間に害を与える可能性がある生物をまとめて、『魔物』と呼称していたらしい。


しかし、戦争の傭兵としてオークが雇われ始めたあたりから、その考え方が変わり始めた。

もちろん、今も少しずつ変わっている部分がある。

近年の研究では、ケンタウロスなどの出自についてもわかってきたらしい。


そんな話をしていると、料理と飲み物が運ばれて来た。

それぞれがグラスを手に持つ。


「よし、じゃあ今日は移動だけになったけど、お疲れ!乾杯!」

「「乾杯!」」


そしてライルさんが一気に果実酒を飲み干す。


「くぅ~~~っ! やっぱりちょっと良いのは違うなぁ!」


ライルさんが笑顔になる。

そのとき。


「おぅ、お前ら調査隊だろ? 良い酒飲みやがってよぉ~!」

「おい…… ちょっと止めろよ……」


思わず、料理を口に運んでいた体と表情が固まる。

また、顔に出てしまったかもしれない。

声がした方を見ると、かなり酔っているように見える男性ともう一人が立っていた。

服装を見るに、リンデルの猟師たちだろうか。


「こっちはお前ら役人が決めた禁猟期間のせいで金もなくてよ! 安い酒飲んでるっていうのによぉ!」

「だから、もう止めておけって……!」


グラーナさんは目を合わせずに無言で肉料理を食べている。

ライルさんは相手を見て、苦笑いをしていた。


「大体、そっちの女なんてオークじゃねぇか。 魔物はやっぱり他の魔物も守りたいってか?」


店内の空気が一瞬で凍り付く。


「あ?」


グラーナさんの目の色が変わった。

それを見て、すかさずライルさんが立ち上がる。

空気を変えるように、言葉の最初を大きな声で言う。


「いや! ちょっと配慮が足りず、皆さんの前で良いお酒を飲んでしまって申し訳ない!」

「ただ…… あなた方も、経験豊富な猟師に見えます。 納得してくれとは言いませんが、禁猟になっている期間の森が危険なことはご存知ですよね?」


絡んできた猟師は目を逸らし、何も言わない。

しかし、変わらず表情は不満げ。

もう一人の猟師は、申し訳なさそうな、気まずそうな、どちらとも言い切れない表情だった。


「……」

「お前、ちょっと悪い酔い方してるぞ! 迷惑になるから、もう帰ろう!」


もう一人の猟師が宥め、絡んできた猟師を引っ張って酒場を出て行った。

ふぅ、と珍しくライルさんが一息つく。


「グラーナ、大丈夫か?」

「……大丈夫だ」


あれだけ賑やかだったはずの酒場の空気が変わってしまっていた。

僕は何も言えない。

ライルさんがまた口を開く。


「ま、こういう日もある。 残念だけど、ちょっと楽しむって気分じゃなくなったな。 ささっと飯食って宿で寝て、明日に備えよう。 グラーナもレオンも、それでいいか?」

「……構わないよ」

「……はい」


ライルさんとグラーナさんと宿に戻り、挨拶をして別れる。

そして、しばらく明日の準備をしてベッドに入った。


いつも明るく豪快なグラーナさんの、今まで見たことがなかった雰囲気を思い出してしまう。

初めての実地調査を前にした夜は、胸の奥に小さな棘が刺さったような気分のまま、更けていった。

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