スライムの個体数調査と失踪者の行方・1
王立生物調査保護局に配属されてから半月ほどが経った。
今日も出勤前に市場まで散歩をしている。
王都よりも朝の空気が澄んでいる気がして、気持ちが良いからだ。
商店街を歩いていると、パンの焼ける良い香りと一緒に明るい声が飛んできた。
「あらレオンちゃん、今日も早いわね~!」
「マーサさん、おはようございます」
マーサさんはパン屋の奥さんで、この街に来たばかりの僕をいつも気にかけてくれている良い人だ。
育ち盛りなんだから、と仕事帰りに売れ残りのパンをくれることもある。
そのまま歩き続け、街の人に挨拶を繰り返していると市場に着いた。
グラーナさんが朝から屋台で肉を食べている。
近くの広場で、ライルさんが木剣の素振りをしている。
これも、いつもの朝の光景だ。
市場で朝食を買って宿舎に戻り、出勤の準備をする。
この半月ほどの仕事は書類整理やリズさんがやっていた内職の手伝いだった。
最初は難しかったが、少しだけアクセサリー作りにも慣れてきた気がする。
『人気あるんですよ?』
と配属初日にリズさんが言っていたように、販売を手伝った先週末の市場では確かによく売れていた。
自分が作ったものが売れるというのは思った以上に嬉しい。
……ただし、これが生物調査保護局の仕事なのかという疑問はある。
宿舎に戻って朝食を済ませ、仕事用の鞄を持って再度外出する。
新人なので朝の掃除も仕事の一つ、みんなより早めに生物調査保護局に行かなければならない。
……のだが。
生物調査保護局の扉を開ける。
この流れにも、少しだけ慣れてきた気がする。
「おはようございます。 ガレスさんは本当にいつも早いですね」
「おはようございます。 レオン君も、毎日頑張っていますね」
既に、いつものようにガレスさんが完璧に剣を磨き終わっていて、紅茶を片手に空の鳥を眺めていた。
ガレスさんの朝は本当に早い。
ガレスさんより先に来ることは、未だにできていなかった。
「あの、局長室の掃除なのですが……」
「どうやら今日も局長が帰宅せずに寝ているようなので、掃除はしなくて大丈夫です」
「わかりました」
「しばらく、寝かせてあげてください」
この半月ほどで局長室を掃除したのは3回だけ。
ほとんど毎日局長が帰宅していないので、掃除ができなかったのだ。
もっとも、局長室に入ったときも、掃除ができる床の面積は極めて狭かったのだが。
掃除が終わる頃に、リズさんとセラさんが出勤してきた。
「リズさん、セラさんおはようございます。 昨日もお弁当、ありがとうございました」
初日から何度か、夕食用のお弁当をいただいてしまっている。
リズさんが笑顔で言う。
「気にしないで! 自分たち分の余りみたいなものだから! ね、セラさん!」
「そうよ~。 これから仕事が大変になるんだから、一杯食べて力を付けておかないとね」
「これから大変になるってことですか?」
そのとき、ドアがバーン!と開いた。
この勢いでドアを開けるのは、間違いなくグラーナさんだ。
「そうだぞ! そろそろ山や森が開く時期だからな! その前にアタシたちが実地調査をするんだぞ!」
続いてライルさんが入ってきて、僕に詳しく説明をしてくれた。
「そろそろ各地の禁猟禁採期が順に終わりを迎えるんだよ。 禁猟禁採期って知ってるか?」
「はい、二年ほど前に決められたものですよね。 冬季は事故が多いから各地の森、山なんかの立ち入りを制限するという」
「お、よく勉強してるじゃないか。 優秀だな」
以前は禁猟禁採期というのものはなく、誰でも自由に山や森に入ることができた。
しかし、単純に事故が多かったし、飢えた魔物に襲われる事件も続いたために制定されたらしい。
「だから禁猟禁採期が明ける前に、安全に狩りや採集ができるかどうか、オレたちが調べるってわけだ」
「大事な仕事ですね」
ライルさんの説明に頷く。
そのとき、廊下から足音が近づいてきた。
「ちょうど実地調査の説明が終わったところのようだね。 なら話が早い」
寝起きで髪の毛がぼさぼさ、服が乱れたエレノア局長が入ってくる。
僕とライルさん、ガレスさんは無言で壁と天井、窓を見た。
「エレノアさん、服!服が!」
と、リズさんが慌てて注意する。
「む…… すまない。 つい自分のことは疎かになってしまってな」
「殿方の目の毒になっちゃいますよ~。 特に、レオン君には刺激が強いからダメですよ~」
セラさんが背後からエレノア局長の服を整える。
「で、実地調査の件なのだが。 今回はリンデルの森にライル、グラーナ、レオンのチームで行ってほしい。 レオンはスライムの個体数を数えるんだ」
「スライムの数ですか?」
「そうだ。 スライムはその土地の状況を知る参考になる魔物だ。 少なければ色々と厄介なことが起きる。」
確かにこれも大事な仕事なのかもしれないが、地味な仕事にも思えた。
「森を歩いて、スライムの個体数や大きさ、繁殖状況などを調べる。それが今回のお前の仕事だ」
「アタシとライルの仕事はレオンの護衛と、もっと危険な魔物なんかの対処だな!」
「じゃあ、準備するか。 グラーナは大丈夫だろうけど、レオンは荷物をまとめたら一旦オレに見せるように。 念のため二泊くらいの荷物な。 じゃあ、準備ができたら街の入り口に集合ってことで」
宿舎から街の入り口、馬車の前にライルさんと向かう。
別に怒られたわけではないのだが、
「念のため二泊って言ったけどさ、リンデルの街はまあまあ大きいんだから!」
「一部の必要なものは現地で借りられるし、調達もできるし。 これは要らない。 それも要らない。 重いだけだから、部屋に戻していいぞ」
と詰め込んだ荷物に関してダメ出しがあり、少しだけへこんでいた。
先に着いていたグラーナさんがその様子に気付いたようで、声をかけてきた。
「レオン、これからって言うときに、なんかテンションが低いぞ!」
「すみません。 少し荷物のことでライルさんに注意…… でもないですけど。 色々とご指導いただきまして」
それを聞いたグラーナさんが笑いながら続ける。
「いきなり完璧にできる新人なんて多くないんだぞ! オークだって、いきなり狩りをしてみろって言われて、できるヤツなんかほとんどいないよ!」
「言われたことを覚えて、次に活かせばいいだけ! 」
続いて前を歩いていたライルさんがそのまま振り返って言った。
「なんだ? まだ気にしてるのか? 新人だから、それは仕方ないことだぞ。 ……それよりも。 レオン、お前さ、結構顔に出るタイプだな。 そういうの、良くないぞ?」
「はい……」
「騎士団は血の気の多い先輩や教官も多いからさ。 何か注意されて、いつまでもそんな湿気た面をしてたら『何か文句でもあるのか!!』って殴られるところだ。 それこそオークの教官に殴られたら壁まで吹っ飛ばされるぞ」
「すみません……」
「だから、そういうのはもういいんだよ。 これが要る、これは要らないだけ覚えて、後はもう忘れとけ。 この話はこれで終わりだからな?」
「すみま…… わかりました」
「よし、じゃあ馬車に乗れ。 荷物は揺れで落ちないように奥に詰めて置くんだぞ」
馬車に乗り込む。
見送りに来てくれた局長、ガレスさん、セラさん、リズさんの姿が見えなくなると、グラーナさんはすぐに寝てしまった。
ライルさんもしばらく雑談をした後、
『オレも体力温存のために寝る。 この辺りは安全だし、お前も寝ていいからな』
と言って仮眠を取り始めた。
これから向かうリンデルは、生物調査保護局のあるエルムフォードとは少し違っている部分がある。
王都からエルムフォードに移動するための街道には戦争の傷跡が残っていたが、リンデルの方は戦地にならなかったらしい。
そういった理由もあって、本当にのどかな街道が続く。
ちなみに、リンデルの特産品は果実酒だ。
ライルさんが寝る前に、
『実地調査の娯楽と言えば、現地の酒と食い物だからな!』
と、とても楽しみにしていた。
しかし、ライルさんに寝ていいと言われたものの、少し緊張してしまって眠れない。
最初に『スライムの個体数調査』と聞いたときは、森に生息するおとなしいスライムの数を数えるだけだと思っていた。
でも、寝る前のライルさんがこうも言っていた。
『明日も説明するけど、今回の前衛はグラーナ、後衛はオレ。 真ん中がお前だからな』
『禁猟禁採期はどんな魔物の数が増えてるか減ってるか分からないし、冬眠から目覚めて腹をすかせたやつも多い』
『さらに、密猟者と出くわす可能性もある。 舐めてると普通に怪我するし、下手したら死ぬからな』
リンデルへと向かって、馬車はのどかな街道を進み続ける。
僕は、これがただの「個体数調査」では終わらないことを、まだ知らなかった。




