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異世界生物記 -王立生物調査保護局-  作者: 冬野しお
序章

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1/8

配属先は希望外

街道をゆっくりと進む馬車に揺られていた。

大分復興したとはいえ、王都から離れて戦争の傷跡も残る風景を見ていると、思わず深いため息をついてしまう。


「はぁ……」


改めて通知書を見る。

『レオン殿 配属先 王立生物調査保護局』。

見直したところで文字が変わるはずはない。


二か月前。

国家試験に合格した。


第一希望は騎士団。

第二希望は魔法局。

第三希望は、他に行きたいところもなかったので空欄にした。


それなのに、届いた配属通知書には聞いたこともない組織の名前が書かれていた。


『王立生物調査保護局』


目指すもののために多大な努力をしてきた自負があった。

初めての仕事が楽しみだったはずなのに、今ではこんなに憂鬱な気分だ。


周囲の受験者と比べても剣技や魔力の適性検査は上位だったはず。


にもかかわらず。


決して誰かを見下すわけではない。

改めて客観的かつ公平に考えてみる。


それでも、明らかに自分より剣技が劣っていた友人が騎士団へ。

魔力が劣っていた友人が魔法局に配属されたと思えてしまう。


本当は素直に友人を祝いたかった。

少し自己嫌悪に陥る。


(生物調査保護局って何だよ……)


名称からすると、魔物などの生物を調査したり保護する仕事なのだろう。

王都の図書館で少し調べてみたところ、3年前にできたばかりの組織ということはわかった。

しかし、それだけ。


(牛や馬や豚を世話をし続けるだけの、左遷先のような場所だったらどうしよう……)


憂鬱が加速するような思考ばかりになっていく。

そんなとき、馬車が揺れ、大量の分厚い本が頭の上に降ってきた。


「いてて……」


馬車に乗り込んだときから気になっていたが、自分の仕事のことで頭がいっぱいだった。

冷静になってみれば、この大量の分厚い本は何なんだ。


本の隙間から眼鏡をかけたショートヘアの女性が顔を覗かせる。

自分と比べると、一回りほど年上のようだ。


「すみません! お怪我はありませんでしたか?」

「大丈夫です。 お気になさらないでください」


女性の肩に魔法局の紋章があることに気付く。

本来なら自分もいたかもしれないのに、とまたしても憂鬱になる。


謝罪をした女性は、慌てて本を再度積み上げていく。


「全くあいつは前の本も返さずに、またこんなに大量に……!

私の苦労も知らないで……! おかげで部下に嫌味は言われるし。 まったくもうったら、まったくもう……!!」


どうやら、かなりのストレスが溜まっているようだ。

世の中みんな何かの苦労をしているし、やはり仕事って大変だよな……と思う。

希望の配属先ではない場所で、自分はやっていけるのだろうか。

憂鬱な上に不安にもなってきた。


その後も何度か頭の上から本の雨を浴びていると、御者から


「そろそろ、エルムフォードの街に到着しますよ~」


という声があった。

早朝に出発したが、外を見ればもう夕方、王都の喧騒からは程遠い場所に着いていた。


ようやく馬車を降りる。

しかし、本の積み下ろしが大変そうな御者と魔法局の女性の姿が目に入ってしまった。

まだ日が沈むまでには余裕があるはずだ。

見かねて手伝いを申し出た。


3人でもしばらくかかるほどの本を降ろし、一息つく。

すると、市場とは反対にある坂の方から髪の毛がぼさぼさ、しかし胸元は緩め、そして美人な女性が手を振って降りて来るのが見えた。


色んな意味で見てはいけない。

そう思ったので、視線を逸らして地図を開く。

生物調査保護局までの道順をもう一度確認した。


「いや、今回も申し訳ないね」

「申し訳ないと思うなら頼まないでくれる!? あと前の本返してくれる!?」

「すまないが、読み返したい場所がある。 まだ無理だ」


耳に入る会話からすると今の女性は、どうやら魔法局の女性の知人らしい。

先ほどの愚痴の相手ということか。


「しかしあなた、この本どうやって運ぶのよ? 私はここまでだからね!」

「心配いらない。 そこは事前に計算してある」


「そこの少年!」


え?僕のことか?


「そうだ。 君だよ。 そこの少年」

「君は生物調査保護局の新人、レオン君だろう?」

「そうですけど……」

「今日の配属に合わせて、大量の本をヘレナ…… ああ、そこの彼女だが。 ……に頼んだのだ」

「あなたねぇ……」


早速、嫌な予感がした。


「生物調査保護局はそこの坂をまっすぐ上ったところだ。 早速最初の仕事で申し訳ないが、本を運んでくれ」


ようやく本を運び終わった。

最初の1回は女性も運んでくれたが、


「私は部屋に運びこんで整理をするので、残りの本もよろしく頼む」


と消えてしまう。


結局、一人で坂道を5往復することになってしまった。

まだ日は出ているが、既にもう暮れる寸前といった頃合いだ。

さっきのヘレナさんとの会話でも思ったが、あの女性は『申し訳ない』という言葉に心がこもっていない気がする。


春にもかかわらず汗だくという状況で、ようやく王立生物調査保護局の扉を開けた。


「助かったよ、少年。 挨拶が遅くなったが、私が王立生物調査保護局の局長、エレノアだ」


まさかの局長だった。

生物調査保護局の人間であることは予想していたが、一般の研究者だと思っていた。


「局員を紹介するから、こっちに来てもらってもいいかな」


案内されるままに奥に進み、部屋に入ると、床にすさまじい数の獣の牙らしきものが並んでいた。

何だこれは。


「あっ、ごめんなさい! ちょっと内職のものが散らかっていて~」


と、南方の出身と思われる褐色の少女が慌てた。

歳は同じくらい…… いや、少し下だろうか。

それよりも、なぜ生物調査保護局で内職をしているのか。

そんな疑問を僕が抱いたことを察したのか、エレノア局長が口を開いた。


「予算がないのでね。 時間があるときに、調査で拾った牙などを加工したアクセサリーを作っているのだ」

「週末の市場で売っているんですよ~! 人気あるんですよ?」


と、褐色の少女が微笑み、製作途中の牙アクセサリーを胸元に近づけてみせた。


「あっ! ごめんなさい! 私はリズ。 いつもは受付や事務をやっているの」

「よろしくお願いしま……」

「おうっ! アンタが新人か!?」


その時、バチーン!と、思わず数歩よろけてしまうほどの衝撃が背中に走った。

よろめきながら振り返る。


そこには、燃えるような赤い髪に緑の肌をした、筋肉質で長身、大柄な女性が立っていた。

ゴブリン…… ではなくオークのようだ。


「いやー、局長の本を運ぶの、手伝いたかったんだけどさ。 さっきは市場で肉を食ってたから! 手伝えなくて悪かったね!!」


と言いながら、さらにバチーン、バチーンと2回背中を叩いてくる。

悪気がないのは分かるのだが、普通に痛かった。


どうやら、夕方におやつ感覚で肉を食べていたらしい。

豪快さも含めて、いかにもオークという感じだ。

またエレノア局長が口を開く。


「彼女はオークのグラーナ。 エルムフォードの近く…… と言っても、歩いて向かうとしても大分かかる場所だが。 オークの集落があってね。そこから文化交流で来てもらっている。 基本は調査時の護衛役だけど、オークには人間が知らない知識もあるから。 そのあたりでも助けてもらっているかな。 あと、もう3人いて……」


「おや、この子が新人君ですね」

「いきなりグラーナに何発かはたかれてたけど、背中に手形が残ったんじゃないか?」

「あらあら、回復魔法が必要ですか?」


グラーナに続いて3人が部屋に入ってくる。

紳士風の初老の男性、騎士風の若い男性、聖職者の女性の3人だ。

全く統一感というものがなかった。


「オレはライル。 騎士団からの出向でここに来てる」

「私はセラ。 教会からの出向よ~」


ようやく『王立生物調査保護局』といった感じの人たちが現れた。

エレノア局長も確かに研究者らしくはあるのだが、局長と言われると不安になる部分があった。

少しだけ、安心感が増す。

最後に紳士風の初老の男性が名乗る。


「私はガレスです。 これからよろしくお願いしますね」


若い相手にも丁寧な言葉での挨拶。

にもかかわらず、何故か背筋が伸びるような印象を受けた。


「じゃあ、私は本の整理をしないといけないから。 宿舎についてはライル君に案内してもらってね」


と、エレノア局長はそそくさと出て行ってしまった。

何をしていいのかと立ち尽くしていると、


「よし。 宿舎まで案内するぞ。 オレに付いてきな」


とライルさんが声をかけてきた。


「よろしくお願いします」


後を付いて生物調査保護局を出る。

外はもう真っ暗だった。

多くの街灯がある王都とはやはり違う。


「王都とは違うだろ?」


僕の考えを見透かしたようにライルさんが言う。


「はい。暗いです。 でも、星が綺麗です」

「だろ? こんな数の星は、王都のあたりじゃ見れないからな」

「お前の生まれって王都か?」

「そうです。 ライルさんはどちらの出身ですか?」

「あー……オレは王都から大分外れた辺境のあたりだな」


そんな他愛もない話をしていると宿舎についた。


「浴場はさっきの道を右に曲がったところだから。 部屋に荷物を置いたら風呂に入れよ。 鍵を閉めるのも忘れないようにな」

「 あと、これ。 セラとリズがお前のために作った夕食の弁当。 明日、お礼言っておくんだぞ」


と、弁当をポンと手渡された。

思っていたよりも、良い職場なのかもしれない。


部屋に入って荷物を置くと、昼間の憂鬱だった気分が少し晴れてきたのを感じた。


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