ジオ 第二部四話 砂漠の守護者
ジオ達の一行はポーランの屋敷にいる。ポーランはサイファー領の港町だ。ジオと母者、サラが初めて来た時は、人がいなかったが、今はずいぶん人が増えたようだ。港も大きくなり、船の数も多い。街の主要道路に並ぶ店の数も随分と増えた。魚を扱っているのだろう。その店々も賑わっている。
ジントの母ベルベが責任者をしているポーランはジントの生まれ地だ。一族郎党も戻っている。
『ジオ、アロンソのパメラ殿への挨拶に行かなくて良いの?』とレディティアが聞く。
『アロンソはチコ領だ。急ぐ事はないだろう。それより、ムエルタには急がないと、ポーランから連絡が行く。遅くなると、先代に怒られるな・・・』
『そうよ。私が教えてあるから、首を長くして待っていると思うわ。』とベロニカ。
『大母。オレの楽しみをとったな・・・』とジオがベロニカを見る。
『子供が人を驚かす事ばかり考えていては駄目よ。』とレディティア。
『・・・』
・・・ちっ、読まれているか、他に何か考えるか・・・とジオ。
『坊、そんな顔をしてはいけません。子供らしくないです。』とサラ。
『いや、サラ。今日は何を食べるか考えるていただけじゃ。』とサラを妬みがましく見るジオ。
『なら良いですが。姉様に小突かれますよ。』とサラが笑う。
ジオは額を両手で隠しながら、
『ああ、母者のは痛い。二歳の体では耐えられんからな・・・では、いくか?』
ジオが変わってしまい、話すこともしなくなった。それで、ネフェルティは一人砂漠へと戻って行った。
それから一月経つ。深夜のムエルタの街は暗い。空は岩の切れ目が南北に走りその部分に星が見えるだけだ。先代当主のネフェルティは当主館の自分の部屋で何か落ち着かず、眠りに落ちる事が出来ない。
部屋は窓を除き六面が石の壁だか、すべてに模様が編まれた布で隠されており、石の壁である事は見た目では全く分からない。
ネフェルティは思う。
傍らに置いてある弯曲刀が怒っているような、悲しんでいるようなそんな気配を漂わせているのが気になる。まるで、同胞の境遇を嘆いているかのように感じられる。考え過ぎだろうか・・・未だに、何の気配を感じる事もなく過ごさなけれなばならいのは不安だ。曲がりなりにも砂漠の魔女と呼ばれている私が、何も感じられないとは・・・
ネフェルティは北東より感じたことのある気配が、近づいて来るのに、ようやく気が付いた。その気配はムエルタへの方向とはずれている。その頃には弯曲刀は何事もないように静かになっている。
そのネフェルティが知っていると感じた気配が消えている。そしてネフェルティの知らぬ気配が、こちらムエルタに向きを変えたのに気がつく。何故か怒りが湧き上がるのをネフェルティは感じる。
・・・あれは確かに坊の気配であった。坊の打った弯曲刀も感じていた・・・坊なのか?それとも、坊の打った剣か?いずれにしても誰かがこちらに向かって来る。穏やかでは無い。迎え撃たねば・・・
ーーーーーー ユージン!
とネフェルティが呼びかける。
ーーーーーー はっ。ネフェルティ様。
ーーーーーー 気がついていますか?
ーーーーーー はい。何者かがムエルタに向かっているようでございますが・・・
ーーーーーー 用心の為、守護石の所に行きます。ユージンも来なさい。
ーーーーーー はっ。
ネフェルティは窓から出ると上に上昇して行く。住居として使われている岩塊の頂上を目指す。
ネフェルティは、ジオと会うまでは、魔力を移動手段として使うなど、思ってもいなかった。ましてや、料理などの普段の生活の物理的な手段としてなどとは、考えた事もなかった。魔力使いは一族の守護者として、威厳を持って、戦など一族の存亡時にのみ魔力を使用すると考えられていた。しかしジオ、坊は幼子と云う事もあってか、全てに魔力を使う。魔力で皆が便利になればそれでよいだろうと。そして、魔力石を使って常に水を湧き出させる、火を起こす、不要な物を粉砕する、そのような生活に必要な処理の仕方も教えてくれた。
そんな坊の遺品が消滅するとは。許さぬ。ネフェルティにそんな思いが湧き上がる。その間に、今まで感じたことのない気配が、ネフェルティにの頭上に現れる。その者が守護石の防御網を破壊し始めるのを感じる。
ネフェルティは岩塊の頂上に達すると、星明りのなかの黒い衣装の者に風刃を飛ばす。その風刃は予期した事であるが、黒い衣装の者の前で掻き消される。
防御網四枚の内、三枚は破壊されたようだ。ネフェルティは急ぎ黒い衣装の者に近づき、弯曲刀を一閃させる。が、一閃は空を斬り、星の輝く上空に逃げられる。
其の者はネフェルティを見ると、
『砂漠の守護者か、見事な剣捌きだ。』と女性の声で言い放つ。
言い様は違うが、その顔と声はネフェルティは知っていた。驚きが隠せない。
『何故此処に居るのですか?メイレン殿。』とネフェルティが聞く。
『ほう、この者はメイレンと言うのか。良い事を聞いた。名を聞かれたら、そう答えておくとしよう。ところでその白銀鋼の剣の石はそなたが入れたものか?』とメイレンの身体を使う者が聞く。
『この弯曲刀はある方に頼んで、打って頂いた剣でございます。』と、ネフェルティはその者の威厳に押され丁寧に応えてしまう。
『そうか・・・其の者には何処に行けば会える?』
『その方は、今はこの世界には 居られませぬ。いずれ、戻られるとは思われますが。』
『そうか、今はいないのか。』と言ってネフェルティの弯曲刀をみる。
『その剣も、剣の石もそなたから離れると消えるのか?』と聞いてくる。
やはりこの者がラグルドから剣を持って来たものかとネフェルティは思う。
ネフェルティは頷き、
『あなたがラグルドから持って来た剣は消えましたか?』
とネフェルティが聞く。
『ああ、賢しらな智恵のある者よ。』
『メイレンの身体を使うあなたは、どちらの方でございましょう?』
『知らぬ方が良い。知ってもどうする事も出来ん・・・邪魔をした。白銀鋼を持つお前には今の儂では勝てんから・・・行くとする。』
というなり、星空の彼方に消えていった。
あの石は、ラグルドから持って来た石もなかなかであったが、更に良いな。あれ程の石を用意出来る者がこの時代におるのか・・・それなら何とかなるかもしれぬな・・・しかし、砂漠の防御石はもう持たぬが、どうしてしまったのだ・・・イランジャは二千年は持つと言うておったのに・・・まあ、儂の考える事ではないな。あの守護者は賢そうだ。もう手を打っておろう・・・
それより、あの剣の打ち手を探さねば。
と、メイレンの身体を使っている男は思考しながら北へ向かう。
『ネフェルティ様、大丈夫でございますか?』とユージンが現れる。
『いざというときのために隠れておりました。申し訳けございません。』
『構わないですよ。それで良いのです。』
メイレンの来襲からおおよそ数ケ月後。その日は陽が沈んで間もない、暗さが覆い始めた時間である。ムエルタの上空に円形の白いテントが表われる。夜空に白いテントは目立つ。多くの者がそれを目にし、騒ぎが広がる。当主館に於いても、当直の衛士が目にし、応援を呼ぶ声が聞こえる。それに気が付いたサイファー家の衛士たちが大急ぎで集まってくる。
その街の騒ぎも気にせず、大きな白いテントが当主館の庭へと降下して来る。
『母上、どなたでございましょうか?』とサイファー家の当主であるネルが母親であるネフェルティの部屋に赴き、ネフェルティに聞く。
『おそらく、ベロニカ殿であろうと思いますが、気配が読めませぬ。このような事は坊殿にしか出来ない事なのですが・・・』とネフェルティも困惑している。
『母上、取り敢えず参りましょう。』
『そう致しましょう。』
ネフェルティには下りて来た白いテントには見覚えがあった。ラグルドの街スーフェンには幾つものテントを見て来た。しかしサイファーは見るのが初めてだ。砂漠でテントを使うことはない。胡散臭そうに見ている。ネフェルティ以外は皆そんな様子だ。
円形のテントの一箇所が上に巻かれ、出口ができる。
そこから宙に浮いたジオが出てくる。其れを見たサイファーとネフェルティは言葉が無い。ジオの後には、ベロニカ、レディティア、サラら一行も続く。
『サイファーに、先代。元気か?』とジオが笑う。
『ジオ殿か、変わられてしまったと聞いていたが、元に戻られたのか、良かったな。』とサイファー。
『ああ、なんとかな。サイファーには、また、憎まれ口を叩くかもしれんが、頼むな。』とジオはサイファーに近づいて肩を叩く。
『ああ・・・』と、躊躇しながら頷くサイファー。
『先代どうした、抱いてくれないのか?』とジオ。
『ええ、坊。ごめんなさい。本当に驚いて、坊が戻っていたなんて知らなくて・・・良かったわね。』と涙を抑えながらジオを抱く。
と、其れを聞いたジオが抱かれたままベロニカを見るが、そのベロニカはそっぽを向いている。それを見たジオは後で問い質そうと考える。
『先代、驚かしてすまなかった。隠していた訳ではなかったが、色々ばたばたしていてな。此処に来るにも、ラグルドに寄らねばならなかったぞ』とジオが言い訳をする。
ラグルドの言葉を聞いたネフェルティが反応する。
『ここで話もないでしょう。部屋へ上がりましょう。皆様との挨拶もまだですし。』とネフェルティが微笑む。
当主館の居住階の応接間に皆が落ち着く。そこで、ジオたちは茶を飲みながら、数ヶ月前に来襲したメイレンの話を聞く。
『そうか、メイレンであって、メイレンでない者にあったのか。』とジオ。
『それで、石の耐久力が落ちておるのか・・・』と更にジオが続ける。
『坊も気が付いたのね。石の用意は出来ているから、坊に言われた通りに移すわ。』とネフェルティ。
『うん、それが良い。不安定になりかかっているからな。』とジオ。
『その者は教皇塔に封じられていたようだ。詳しく話してやろう。』
『俺等が去った後に、ラグルドが教皇塔に入った。その事は、ラングルトンの良しとすることではなかった。ラングルトンが封じていたものが解き放たれる。それは悲しみであり、怨みであり、憎しみだ。教皇塔に居る多くの弱いものが病んだ。ラグルドが最たる者だ。教皇塔に居たが、病まなかった者がフェルマンに助けを求めた。フェルマンは教皇塔まで行った。そして、ラングルトンが封じていた魂の欠片に慄いた。それはアレンだからだ。』と、ジオがネフェルティを見る。
その意味するところを聞いたネフェルティが驚くが、何も言わない。
『フェルマンはその気配を知ると、オレの作る薬液の話を教皇塔の者にした。そして、ラグルドのオレの屋敷に居るハーとホーに頼めと。そうやって、詳しく調べること無く逃げた。ラングルトンの封じていた物を解き放ったのはラグルドだ。だから、標的のラグルドは薬液では治らない。オレが訪ねた時は、危なくなっていた。本来、オレがやった剣を身に着けていれば病には罹らなかったろうが・・・剣は無かった。メイレンに持ち出されたようだ。塔の片付けをした後、オレはフェルマンに釘を刺し、やっと砂漠に来れた訳だ。』
『先代、聞いてくれ。皆はオレを暗に非難するんだ。フェルマンに対する態度が悪いと・・・しかしフェルマンは逃げ出したんだ。ラグルドを放ってな。大人として、指導者としてやってはいけないことをしたんだ。そんな奴に礼儀などいらんだろう?』とジオが不満そうに皆を見渡す。
『ジオ、あなたは正しいわ。それでも駄目なものは駄目よ。ジオはどんなに賢くても幼子なの。大人に対しての礼儀は必要よ。』レディティアが言う。
『坊、私もそう思うわ。その時の人の気持はその人でないと分からないわ。その人の気持はその時の状況にもよるの。私が坊の思いがわからなかったようにね。あの後は大変後悔したわ。それに、言葉は刺さるのよ。無用な恨みを買うことは無いわ。』とネフェルティも言う。
礼儀とか恨みとか・・・ジオは考え無い。ただ、やらねばならぬ事をやるだけだと思う。




