ジオの夢 二十一、夏都にて
夏朝側の検問を抜けて、夏都へ続く森の中の道を、暫く進む。道は直ぐに広くなった。兵士を送れる広さだ。夏の側も草原の部族には警戒しているようだ。
夏都は、森が終わった、開けた盆地に広がる大きな街だ。街の壁は無い。遠くからも見える五層の、楼閣と呼べる瓦屋根が付帯している建物が目に付く。瓦屋根の付いた土造りの壁が敷地を囲んでいる大きな家々が、その楼閣を取り巻き、並んでいる。夏家のその臣の屋敷なのだろう。通りは広いが、敷地の壁が塞ぎ、直ぐ左右どちらか横に曲がることになる。それが続く。これも侵入対策なのかもしれない。初めての者は道に迷う事間違いない。
歩いていると、水の流れる堀の一角で釣りをしている方がいる。黒髪を後ろで結んでいる。結んだ髪の長さはオレの三分の一位だ。
あの方は切るのが面倒なのかな・・・と思いながら近づく。
中々の体格だ。腕前も凄そうだ。着ているのは前合わせの紺の作務衣だ・・・声をかけてみる。
『何が釣れるのですか?』と、フードは被ったまま面だけ外して声を掛ける。
『うん、釣れた事がないから分らないのだよ。』と応えられる。
釣り糸を上げて、オレを見て笑われる。
『それはそれは。』と笑い返す。
『少年は西からかな?』と、また釣り糸を垂らす。
『はい、人を探しに参りました。この国には、多くの傭兵の方々が居られると聞きまして・・・』と、川面を見ながら答える。
綺麗な水だ。魚は居なそうだ。
『確かに、傭兵は多いな。困ったものだ・・・』
『戦の予定でもお有りですか?』
『いや、豪族達の勢力争いだな・・・』
『であれば、安心して探す事ができますね。』
『宿を探しているのですが、どちらの地区に行けばございますか?』とオレ。
『この街は分かり難いからな。案内してやろう。』
と仰られる。
『金は大丈夫か?』
『はい、ワン家があると聞きました故、ワン家の商符を持って参りました。』
『そうか。ではワン家によってやろう。金に変えたほうが良い。』
『お手数をお掛け致します。』
『いや、暇だからな。』と立ち上がられる。
と、小刀が飛んでくる。オレはそれを鉄扇で弾く。
更に二本飛んでくる。それを男の方が釣り竿で弾かれる。
『巻き込んで、済まないな。』と言われる。
黒装束の者が八名現れるや、二人を囲む。オレは六角棒を外套からだす。
『その外套は便利だな。』と男の方が言われる。
『はい、旅をするにはとても便利でございます。』と笑う。
と、二人がオレを狙い剣を顔と胴を目掛け振ってくる。
連携の取れた良い攻撃だ・・・
オレは左手で六角棒を持ち、上下の剣を一度に弾くと、右手に鉄扇を握り、二人の者の鳩尾を突いて飛ばす。男の方も二人を叩きのめしている。襲ってきた黒装束の者達は倒れた者を抱えて引いていく。
『少年、強いな。一人で行動する訳だ。』と笑う。
『あなたも。』と。
『狙われる覚えは無いのですが・・・』とオレ。
『心配するな。狙われたのは俺だ。』
『それは大変で御座いますね。中々の腕の方々で連携も取れておりましたし・・・手際も良い。』
『うん・・・』
男の後を付いて歩く。道を曲がって曲がって、進む。
『ここが、ワン家だ。あそこにいる。』と店を指される。
『はい。』とオレは大きな格子の門を横に開け、中に入って行く。
中には庭があり、建物がある。更に門があり、傭兵が二人立っている。
傭兵が門を開けてくれる。オレは開けられた門を拔けて行く。建物の玄関扉が開く。
『いらっしゃいませ。どんなご要件でございましょう。』と。
家の広い内玄関のようだ。男は上がり間から声をかける。
子供だからといって、侮る事は無いようだ。
『両替をお願いしたいのですが。金で百、残りは商符で。』と言って商符を渡す。
男は商符を受け取ると表、裏とじっと見る。そして奥に入って行く。と、直ぐに女の方がお茶を下さる。オレは傍らの椅子に座りお茶を啜る。程なくして男が盆に金と商符を乗せて戻る。
『とうぞ、お確かめ下さいませ。』と渡してくれる。
『出来ますれば、お名前などお聞かせ頂いても宜しゅうございましょうか?』と聞かれる。
『識りたいのですか?』とオレは店の男を睨む。
『出来ますれば。』と男は涼しい顔だ。
オレはフードを上げて髪を曝す。
『ダイナの街を後見する者、それでわかりますか?』
男は、オレの顔と髪を見て何かしら考えていたようだ。
『はっ、・・・先般は我が主人をお助け頂き誠に有難うございます。我らに出来る事が有りますれば、喜んでお手伝いさせて頂きます故、是非お声掛け下さいませ。』と言われる。
『お気付きであられましたか、お気遣いなく。代金は頂く事になっておりますから。』と笑う。
『では失礼いたします。』とオレは踵を返し、歩き出す。後ろで息を吐き出す音がする。
中々に胆力のある方だ・・・
『お待たせ致しました。』とオレ。
『いや、早いぞ。では行こう。』と歩き出す。
暫く歩く。すると、賑やかな場所が現れる。建物自体も赤や黄色がふんだんに使われ、飾りも多くとても華やかだ。
『ここだ。』と。
その店は二層の楼閣で、周りの店に比べ、一際大きく色鮮やかである。普通の宿ではないようだ。
『御仁、私には相応しくないようです。他に通常の宿は在りませぬか?』
『残念だがない。話はするから大丈夫だ。』と入口をくぐっていく。
仕方ないので、後に続く。
『店主!いるかい?』
中は両側に椅子と卓が並び、間向かい奥に暖簾が下がる。その中より女性が現れる。
『大さん、いらっしゃい。今日は早いわね。』と女性が言う。
『ああ、この少年が暫く泊まりたいそうだが、部屋はあるかい?』
『あら、綺麗な少年ね。勿論あるわよ。』とこちらも綺麗な三十位の、黒髪を頭の上で束ねたお姉さんが言われる。
『夜また来るが、すまないが料理を頼みたい。家まで運んで欲しいが・・・』と大殿が言われる。
『大殿と言われるのですか?』と、オレが聞く。
『ああ、少年は何と呼べばいい?』と大殿が言われる。
『レイとお呼びください。』
『そうか、レイ殿か。すまないが荒事がある。手伝ってもらえると助かる。』
『先ほどの方々がまた来られるのでしょうか。』とオレは苦笑いをする。
『察しがいい。おそらくな。』と笑われる。
大殿の家は先ほどの店より、それほど離れてはいない。瓦屋根の壁に囲まれてはいるが、敷地はそれほど広くはない。屋敷は寝室と居間兼食堂の二部屋のようだ。その居間兼食堂には大きな食卓と四つの椅子が置かれているだけだ。特に飾りはない。
しばらくすると、先程の黒髪の女性ともう一人の栗色の髪の女性が入ってくる。更に男達三名が長手盆に入れた料理を運び入れ、卓の上に並べる。男達が去ると、女性たちも食卓の椅子に座る。
『少年 座らないか? 食べようじゃないか。 酒は飲むか?』と大殿が言われる 。
『はい。いただきます。』
『少年、お酒など飲んで良いのかしら?』と黒髪の女性が言う。
『十二歳になりました。うちの家系では五歳から飲んでおります。』と、笑う。
『そうか、凄いな。少年の家は!』と盃に注いでくれる。
俺は盃を鼻に近づけ、薫りを楽しんだ後、ゆっくりと飲み干す。
『中々のよいお酒で御座いますね。薫りが良うございます。』と。
女性お二人が呆られている。
横に座られる栗色の髪の方がオレの髪をじっと見られている。そして、黒髪の方に頷かれる。
『坊殿、お嫌かも知ませんが、髪を触らせていただいてもよろしいですか?』と黒髪の女性が言われる。
『どうぞ、触れられるのは慣れております。』笑う。
二人の女性が俺オレに近づき、髪を交互に触る。
『レイ殿の髪は如何か?』と大殿が聞かれる。
黒髪の女性が応えられる。
『はい。とても多くの皆様方がとても心配されておられるのが伝わります。』と、二人で後ろから抱いて下さる。
『そうか・・・』と大殿が不思議そうに盃をかたむける。
『暗くなってきたな。 そろそろ戻った方がいいぞ。荒事が起こるからな。』と、大殿が言われる。
『では。レイ様も一緒に行きましょう。』と黒髪のセツ様が言われる。
『私は大丈夫ですので、お二人方お戻りください。』とオレ。
セツ様が大殿を見られる。大殿は頷かれる。
『大様、レイ様が怪我をされるようなことになりましたら、怒りますよ。』とセツ様が言われて、帰っていく。
『レイ殿は女性方に人気があるな。 羨ましい限りだ。』と笑われる。
『何故なのでしょう。多くの女性の方々が私の事を心配して下さるのです。』
と、暗い外に嫌な気配か現れる。
『来たみたいだな。』と大殿。
『はい。』とオレはフードを被り、目下からの半面を着ける。
『ほう、チャンとカンド自ら来たか・・・ハクダバもいるな。』と大殿。
『大殿のお知り合いですか?』とオレ。
大殿は笑いながら頷かれる。
二人でゆっくりと庭に出る。庭に入っている者。壁に乗り見張っている者。全てが黒装束だ。
『老師、老師も来たか。』と笑う。
『はい。出来の悪い弟子の見届けに。』と笑う。
『そうか・・・』
『大殿。知り合いであれば、私がお相手いたしましょう。』とゆっくり一本の六角棒を構え、鞘を抜く。
『あの二人の首は落としてもよいですね。』とオレが聞く。
『あの二人は夏家暗部の頭領だが・・・』とオレを見られる。
『そうでしょうか・・・後ろにおられる方の方が腕は確かと思われますが。』とオレ。
『おい、お前。そんなに死にたいのか。』と前面にいる男の一人が笑う。
『お前が俺等に敵うわけがないだろう。許してやるから消えろ。』ともう一人も言う。
『構いませんよ。斬れるならどうぞ。文句は言いませんから。』と。
二人は怒った顔になると、左右から剣を振ってくる。オレは左からくる剣を右手の六角棒で弾き、左からくる剣を、左手の鉄扇で弾くとともに、六角棒を左から一閃し、二つの首をおとす。と、後ろにいた一人の男が飛んで来ると、下から一閃してくる。それを左に躱すと六角棒の柄の部分で脇腹に一撃を入れる。と、残った黒装束の男達がオレを囲む。
『よい。やめよ。』と、壁の上に座られる老人が言われる。
黒装束の男達が遺体を片付け戻っていく。オレ等はご老人とハクダバ殿と食卓にいる。
『坊殿は、その歳で強いな。』と老人が言われる。
『はい。何せ殺しの家系でございますから。殺しも五歳から初めております。』
『ハクダバを殺さないでいてくれたのは、何故かな?』
『ハクダバ殿と申されますか。ハクダバ殿は、私が殺めて良い方でない気が致したものですから。』
『では首を落とした二人は如何か?』
『あの二人は、盗賊達と似た穢れた気でありました。人殺しの私が言うのもおかしな話でございますが。』と笑う。
『ハク殿は何か間違った教えをされていませんか?』とオレ。
『それはどのような・・・』とハク殿が聞かれる。
『相手が一人の場合、まず先手を取ることが第一にございます。そして、先手が取れたら、瞬速の攻めを繰り出す、それもひたすらでございます。相手の腕が上と思われるのであれば尚更でございます。』
『しかしハクダバ殿は先手から奇手へ移られました。故に隙ができたのでございます。それで簡単に脇を打たれたのです。』
『瞬速の攻めで在れば打たれることなく、逃げる事も出来ましたでしょうに。さすればまた機会はございます。』とオレ。
『それと昼間の攻めでありますが、あれは二人ではなく三人でなければならないのです。三人目が突いて仕留める。それが参扇流の伝えなのです。』
三人の方がオレを見ている。
『レイ殿、何故その様な事をご存知かな?』と大殿が聞かれる。
『我が家系には毒の種類に始まり、戦闘の陣形まで伝わっております。何せ殺しの家系でありますれば。色々試しもしております。まあ、代わりに長生きは出来ませぬ。ですからこの歳で酒を嗜む事も許されております。』と笑う。
『なるほど。突きが大事か・・・避ける手はあるのか?
先程の二人の攻めのように、左右から刃が来る。そして突きが来た場合どうする?』と大殿が聞かれる。
『それは相手によります。手練れの方々だと簡単には行きませぬ。修練の度合いと秘策が必要になります。』
『そうか、秘策か・・・』
オレは黄極亭に居る。黒い髪の女性の店だ。酒を頂いている。女性方もいる。特に、そのセツ様には気に入られたようで、オレの脇に座られている。セツ様も子息を亡くされているのかも知れない、と思いながら飲んでいる。大殿は、何か言いたそうだが、黙って飲まれている。
オレはセツ様の出された手を握っている。セツ様は喜んで下さっている。触れる事は心が和む。とても大切な事だと知った・・・
『大殿、お話があれば承りますが。』
『レイ殿、人探しで時間が取れ無いのは承知だが、済まぬが、一日折を見て、お付き合い頂けないだろうか?』と大殿が言われる。
『はい。いつでもお声がけ下さい。何せ、この街の事は分かりませぬ故、連れて行って頂いた処で出会えるかもしれませぬ。』
『坊は人探しで来たの?』とセツ様。
『はい。父の知り合いを探しております。』
『そうなの・・・』




