ジオの夢 二十、シレン
シレン殿の屋敷は石造りの広大な屋敷だ。その屋敷で湯に浸かっている。勿論、姉様と一緒だ。姉様がオレを抱いている。
『坊は皆に愛されているな。』と姉様が言われる。
そして、泣かれている。
『兄も、坊と同じなのだ。母に飢えていた。兄は暴れる事で発散し始めた。だから、人は遠ざかった。そして、酒に溺れた。坊の半分も分別があればな。』と、また泣かれる。
『シレンはそんな兄でも側にいてくれた・・・シレンはどうするつもりであろうな。』
『アイリーン様、此度の事は・・・何と申してよいやら・・・』とシレン殿が言われる。
オレはアイリーン様の横に座らされている。仕方ないので聞かない振りをしながら、自分の持ってきた酒を飲んでいる。アイリーン様とシレン殿がそれを横で見ている。
『いつかは起こると思っていたが・・・どうする?』と、アイリーン殿。
『その者達を打たねば、収まりがつきますまい。』シレン殿。
『そうだな。特にメイリンとダレンだな。』
『アイリーン様は宜しいので?』
『ああ、坊に会った。坊の思慮深さを感じてれば、分別の無い兄は自業自得と分った。死んだ者は帰らぬ。更に死ぬ者を増やす道理は無い。だから、もうよい。』とオレの髪を撫でられる。
『坊と兄は似ている。坊は私の拠り所だ。』と泣かれる。
余程悲しみが深いのだろう。
『坊殿は何をされる予定かな。』とシレン殿が聞かれる。
『はい、人を探しに夏へ行く途中にございます。出来ればカイ・ハーン様にお会いして、一手ご指南頂きたく参ったのですが、誠に残念にございます。』
『家は何をされておられる?』とさり気なく聞かれる。
『人を殺める仕事にございます。』
アイリーン様がオレの酒を飲みながら頷かれる。
『ほう。・・・坊は確かに良い腕であるな。』と。
更に、
『しかし、その割に誰も殺めなかったではないか?』とアイリーン様が言われる。
『こちらに向かう時にトレド殿にご忠告を頂きました。面倒だから人は殺めるな、何時までも追って来るからと。』
『確かにそうだな・・・うん?トレドを知っているのか?』とアイリーン様が聞かれる。
『はい、良くして頂いております。』
『そうか、それは良いな。』とアイリーン様は少しは酔われているようだ。
『姉様、飲み過ぎでございます。もうお休みなされませ。』
『そうか・・・坊、一緒に休もう。』
『少々おまちを。』とシレン殿が怖い顔で言われる。
『坊殿はゴドロノフのご領主であられますか?』とシレン殿が聞かれる。
シレン殿の目が怖いぞ。
『あそこは自治でありますれば、賃貸人でございますな。』
『・・・そうなりますと、御宗家の方であられますか・・・』
『シレン、宗家とは何だ?』とアイリーン様が聞かれる。
『北の御家にござります。』
『・・・坊は北の御家のご当主であられるか?』
『ご当主殿?』とシレン殿が驚かれる。
『あられるか、と言われるような存在ではありませんが、宗家の当主ではあります。』とオレ。
『なるほど、故に幻馬にお乗りか・・・』とアイリーン様が言われる。
『ご当主殿、お名前をお聞きしても?』とシレン殿。
『レイゼン・アストリアス=アラインバルトと申します。レイとお呼びください。』
『レイ様。夏で人を探されるとの事。見つけられましたら、どうなされますか?』
シレン殿はなにかする気か・・・
『勿論、連れて帰ります。他国にはご迷惑でしょうから。』
『その後、我らが夏と何かありましたら、ご迷惑が掛りますかな?』
『それは私の預かり知らぬ事でございます。しかし、大炎という強者が居られると聞きますが。』
『兄者、カイ様が亡くなられたのは本当か?』
といきなり男女二人が入ってくる。
あっ、寝たいのに、人だ・・・
『客人がいるのに無礼な!』
『シレン殿、そろそろ休ませて頂きたいと思いますが。』
とオレ。
『私も休む。坊、行こう。』
『姉様、この様な時に寝るではございませぬ。お話を。』
『メイリン、疲れている。明日にしろ。』
陽が上がる。オレはアイリーン様とシレン様に見送られて、屋敷を出て行く。境界まで送ろうと言って下さったが、お断りした。
何せ、紛争の最中であろうから。それに一人が気楽でいい。此処に用は、無くなった。余計な事に巻き込まれでもしたら、遅くなりそうだ。
あれが、唯一通れる検問所か。周りには商売か食堂か不明だが建物が、数建っている。検問所の向こう側は樹木が多い。明らかに植生が違う。オレは検問に向かおうとすると・・・
『おい。』と声がする。どうせ、いい話で無いのは分かる。知らないふりをして行こう・・・皆が見ているからな。
『おい、おまえだ。』とオレの前に立ち塞がる。
『すまないが、オレに用は無い。急ぐ。』と、脇を抜ける。
すると、今度は前に立つと、剣を抜き、
『お前、斬られたいのか?』と。
『お前はきっと馬鹿だな。馬鹿は他人に迷惑を掛けても気が付かないから、音無しくしていろ。』
『な、何だと・・・』
『いいか。お前の様ないい大人が、オレの様な幼い子供に、剣を抜いて脅すとな、周りの立派な大人は止めねばならん。分かるか、皆、暇ではないのにだ。それだけでも迷惑を掛けている。ましてや怪我などしてみろ、大迷惑だ。』とオレ
『それにだ。折れはお前など知らん。オレは草原の地に初めて来た。知り合いは二人しかおらん。一人はアイリーン様だ。もう一人はシレン殿だ。そんなオレが御前に斬られて死んでみろ。ここにいる皆が科を受けて困る事になる。いいか、行くぞ。』
周りの方々も頷いている。
『待て。待て、兄者の部屋で会ったではないか?』と男が言う。
『知らん。オレは半分寝ていた。挨拶したか?』
『あの時は・・・挨拶はしてはいない・・・』
『だろう。では知り合いではない。』
『・・・』
『シレン殿を兄者と言うなら、お前はシレン弟なのだろう・・・』
周りの方々が頷かれる。
『お前、こんな処で油を売っていて良いのか?シレン殿は兵の準備をするぞ。そこに居ないお前に出番は無い。』
『カイ様を討った奴らを殺る気だな。よし・・・』と馬鹿が大きな声で叫ぶ。
その声を聞いた周りの方々がざわつき始める。
『お前、本当に弟か?』
『な、なんでた』
『そんな間違っている事を大きな声で言うな!例え合っていたとしても声に出す奴があるか。それが兄者に迷惑が掛かると分からんのか。兄が考えている事が間違って伝わると思わないのか。』とオレ。
『アイリーン様も、シレン殿も、カイ殿が亡くなられた事には、大変な悲しみを抱かれておる。しかしながら、カイ殿の分別無き振る舞いは、自分で災いを招かれたのだ、と言われ、カイ殿を亡き者にされた方々を討つことは、今後の一族の在り様に大きな禍根を残す故、致さないと。そう言われていたわ。お前も弟なら、兄が何を考え、これからどうするつもりか、よう考えろ。』
周りの方々も静かになる。
『では、なぜ兵の用意などするのじゃ・・・』
『どこに兵を出すつもりか、よく考えろ。口に出すな。いいな。』
『オレは急ぐ。もう行くぞ。そうだ、お前も兄の代わりに兵を動かすこともあるだろう。忠告してやる。いいか、十割勝てる以外は兵を出すな。十割勝てるとしても、金が掛かる以上に稼げない戦はするな。戦で金が足りなくなれば、皆が不満に思うぞ。戦は一族の為にすものだからな。負けるとわかっていたら戦はするな。引ける所まで引け。すれば勝ちが見えてくる。』
『いいな。肝に銘じろ。じゃあな。』
オレは多くの人がオレを見ている中を検問に寄り、シレン殿からの書付を衛士に渡す。衛士は書付を見ると、門を開けて礼をしてくれる。これで、こちらは終わりか・・・
面倒くさい奴の事は忘れよう。夏の国の門へ歩いていく。夏の国の門には衛士はいるが、入国に許可はいらないようだ、すんなり通してくれる。
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『兄者戻った。』
戻ったではないだろう。人の苦労も知らず何をしていたのだ・・・
『何処へ行っていた?』と俺が聞く。
『検問所に行ってきた。』と、弟が言う。
『検問所で何をしてきた?』
『坊と話をして来た。』
『ふん・・・』
『散々、馬鹿だとか、兄に迷惑を掛けるな、よく考えろ、とか言われてきた。』
『よく、黙って聞いていたな。』
『ああ、反論する余地はなかったからな。多くの者も聞いていたしな。それに、アイリーン様と兄が仇は討たん、一族の為だから、と大声で言われてはな。返す言葉がなかった。』
『そうか。大きな声で仰られてたか・・・流石に、当主に就かれるだけの器量ということか。これで奴らも安心してくれるだろう・・・』
『なあ、兄者。戦は金が掛かるのか?』
『当たり前だ。負け戦は余計にかかる。どっちみち、負ければ滅ぶしかないからな。どうした?』
『あの少年が忠告だと言って、十割勝つ算段がなければ戦はするな、十割算段が付いても、金が稼げなければ戦はするな、と言っていたから・・・』
『ああその通りだ、勝っても、金を配れなけなければ、皆ががっかりするだろ?』
『だな・・・』
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