ジオの夢 二十二、ゴルトレーベン
今日も起きた時には一人であったが、寝る時は二人だった。今、ゆっくりと朝湯に浸かっている。今は一人だ。偶には良いものだ。
これからどうやって人を探すか・・・この街は複雑だ。真っ直ぐの道がなく、家々の壁によって前を塞がれ、まるで迷路のようだ。取り敢えずワン家で聞いて見るか・・・
セツ様は居ない。店の方にワン家の行き方を聞いて店を出る。教えられた通り歩いていた筈であったが、道を間違えたらしい。いつの間にか、五層の楼閣の近くに来てしまった。たしか、ワン家はもう少し離れていたように思うが、方角が分からない。歩くのに飽きたので、道の傍ら、水の流れる堀に腰を掛けている。
白の外套は血で汚れたので、セツ様が用意してくださった、この国の習俗、着物を来ている。前合わせの短衣に下は幅広のズボン、足首の長さで、足首の処ですぼまっている。そして上衣を羽織っている。色は黄色一色だ。髪は隠すように言われたので布巾で覆っている。勿論、気配は消している。
『どうした?』と声がする。
若い女性の声だ。その後ろに多くの人がいる。この女性の気配は凄みが感じられる。
『はい。道に迷いまして、疲れて座っております。』と顔が見られないように話す。
声を聞いて安心したのか、他の人々は歩いて、立ち去っていく。
『少年、何処へ行きたい。連れて行ってやる。』と若い女性が言われる。
『はい、ワン家が目印なので、ワン家まで行けばわかります。』と相変わらず顔を伏せている。
『ワン家か、ワン家なら分る。いくぞ。が、何故顔を伏せている。』
『はい・・・泣いたものですから、その顔を見られるのは何とも・・・』と。
『ふん。ほら、いくぞ。』と手を取られる。一瞬、何か思われたようだがそのまま歩いていかれる。
女性に連れられ脇のすぐ後ろを歩いていく。背の半ばまで伸びる輝く金髪と真っ赤な長衣が目に付く。ワン家がみえて来た。
と、知った気配が後ろから感じる。大殿か・・・
『紅蓮殿、久しいな。』と大殿が言われる。それを聞いた女性の方は振り返ると、
『大炎様、お久しゅうございます。お元気そうで何よりで御座います。』と笑われる。
とても美しい顔で笑われる。が、少々棘があるようだ・・・しかし、どなたかに似ておられる気がする・・・
紅蓮殿と呼ばれた女性がじっとオレの顔を見ている。
『その少年は私の知り合いの預かり人なのだが、何か?』と大殿。
『ああ、大殿。私が迷子になり、困っていたところ、お声掛け頂き、更にわざわざ連れて来て下さったのです。姉様、お忙しところ有難う御座いました。本当に、助かりました。』と急いで話す。
『それは、有難うございます。』と大殿。
『少年、確かに、顔を見られるのは災いが降って来るかもしれぬな。中々に良いものを見せて貰った。縁があればまた会いたいものだ。』と離れていかれた。
『レイ殿、一人では無理だと思うぞ』
『確かに。困り果てておりました。』
『しかし、この街には、あの様な怖ろしい方がごろごろ居られるのですか?』
『ごろごろは居らんが、あと何人かはいるな。まあ、あの方は特別有名ではある。』
『気が怖ろし過ぎますな。』
『レイ殿でも怖ろしいか?』
『はい。特に女性の方は苦手でございます。勝てる気が致しませぬ。』と笑う。
『明後日、夏の楼閣で会議が行われる。私は夏大炎と云う。夏家の長男だ。親父により廃籍された。廃籍ではないな。夏朝の統治を弟が継いでいる。弟は夏天円という。未だ十六歳だ。親父がそのように决めた。しかし、今は弟を抑えたエンズイが国を牛耳っている。弟が認めているならそれで良い。しかし、先般、弟から文が来た。エンズイには手強い傭兵がいる。その為、言う事を聞くしかないと。傭兵を除いてエンズイを排除してほしいと。』
『すまぬが手伝って貰えないか。エンズイ家の傭兵は手強い。特に三人の連携は俺らでは破れぬ。』と大殿が言われる。
『それは面白そうで御座いますね。是非やらせて下さい。その方々はどの様な方々なのでしょうね。』
『確か山の部族でゴルトと呼ばれておったな。』
『成る程・・・我が探し人かもしれませぬ。』
『・・・』
五層の楼閣を、使用人の階段を使い登って行く。使用される方々が大炎殿を見かけると、声を掛けてこられる。それに一人一人声を返されている。この様な方が統治から外されるとは・・・この朝も長くないのかもしれない。まして、暗部が大炎殿を狙うなどと腑に落ちぬ事が多い・・・
朝議の行われる五層の広間の隠し間に居る。上座の脇だ。広間は畳と云う物が敷いてあり、皆、履物は履いていない。広間には、もう多くの者が集まっている。部屋は上座奥が少々高くなっている。そこは朝主が座る場所か、丸い座布団が置いてある。まだ、朝主は来ていない。下座右は家臣が座っていて、左奥には傭兵が居る。二十人程が待機している。中々の腕前が揃っている。
朝議の間に朝主が入って来て座る。その後、暫くして、下座通路よりエンズイ殿が、おそらくそうだ・・・三人を引き連れ入ってくる。両脇に二人、後に一人。両脇の二人も相当の腕前だが、怖ろしいのは後の一人だ。うん、これは楽しい事になりそうだ。
オレは、今は好んで両刃の尖った長めの穂を仕込んた六角棒を使う。この六角棒は刃を出さなければ通常の剣の長さであり、穂を出せば短槍となる長さだ。これは二本有り、石突の部分で合わせれば長剣と成り、片方の刃を出せば槍となり、反対側もを出さば両穂の槍となる。
オレはエンズイ殿が頭を下げ何か奏上しているのを見ると、両穂の槍にした六角棒を左手に握り、隠し間を出る。瞬歩にてエンズイ殿の前に動くと、エンズイ殿の襟首を右手で掴んだ後、天円殿の脇に投げる。
と、両脇から剣がオレの首へ飛んでくる。それを、左手に握った槍と右手で出した黒の剣で受ける。と、間断無く正面から大刀の速い突きが顔に来る。一度目の突きを右に、二度目の突きを左に、顔を振って躱す。速いな・・・
躱したと同時に両穂の槍を左右に振り左右の者達の胴を払うが後ろに避けられる。更に来る前方からの胴への突きを左に躱しながら、黒の剣で弾く。
そのまま、左に廻る。
さて、神舞を舞うか・・・
神舞に合わせ、黒の剣を振り、突きを避け、黒の剣と長槍を振るう。また、突きを避け、剣先を長槍で受け、飛びながら黒の剣を振るい、長槍で受け、返す。
『レーベン様、神舞にごさいますぞ!宗家の御方に御座いますれば、お止まり下さい。黒い剣は漆黒に百花繚乱で御座いますぞ。』と誰かが言われる。
俺を襲っていた御三方の剣が止まり、オレを睨む。オレは長剣と六角棒を納める。
『そこの方、有難うござ御座います。お止めいただかなければ、首が飛ぶところでございました。よく神舞がお分かりになられました。ご覧になられたことが?』と笑いながら聞く。
『はい、一度、アイゼン様の舞を拝見いたしました。』と老境の方が言われる。
『祖父のは見事でありますから、印象深いものです。』
老境の方も頷いておられる。オレは面を外し、髪を曝す。
『真に、真に、銀の髪をお持ちじゃ・・・』
『お顔が似ておられる・・・間違いない』
『見事の捌きじゃ・・・美しいの・・・』
などと聞こえる。
オレはその場に坐すと、
『ゴルトの皆様、お初に御座います。一昨年の秋に祖父が、昨年の春には父ライゼンが帰らぬ人となりました。故に、若輩ではございますが、私、レイゼンが百二十八代当主を務める事となりました。お見知り置きくださいませ。』と頭を下げる。
頭を上げ、続けて、
『私が、此処に居りますのは、父ライゼンの命で御座います。父ライゼンは、ゴルトの皆様を心配されておりました。ゴルトの一族を宜しく頼むと、また地内に連れ戻してほしいと遺言にて申しておりました。』
『私がゴルトの長、ゴルトレーベンでございます。当代様に置かれましては沈鬱な事がお続きになられ、さぞや心傷まれた事でございましょう。また、お若いのに拘らず、重責を担われます事の心労をお考えますに、申し上げる言葉も御座いませぬ。只々、頭が下がるばかりにございます。』
と、頭を下げられる。
『当代様、先ず一つ、ご質問をお許しくださいませ。』
とレーベン殿が言われる。
『どの様な事で御座いましょう?』
『ライゼン様よりのお伝えは御座いましたでしょうか?』と、顔を伏せられている。
『ザイラ様もゲーリック殿もその様な事を申されておられましたが・・・祖父は、私には何も伝えておりませぬ。我等一族は遙か昔の御先祖様より代々、家族として一緒に生きてまいりました。それがどの様な誤解か行き違いか分かりませぬが、今、少々ずれてしまいました。当主のやりようが悪いのでしょう。今の当主は私で有りますれば、私が如何様にも、お詫び申し上げましょう。この通りでございます。本当に、申し訳ありませぬ。』と、頭を下げる。
『当代様。頭をお上げくださいませ。我等は、詫びて頂きたいわけではないのです。お許し頂きたいのです。我等は過ちを犯したのでございます。』とレーベン殿。
『今のお話を聞いて、祖父も父もどう思うでしょうか。おそらく、泪をながして悲しむのではないでしょうか・・・過ちをおかしたなどと、そのように思っているとはと。我が至らない故にそのように思わせてしまったと。』
『皆様が御考えの過ちなどないのです。お願いでございます。もうお忘れ下さいませ。本当に何も無かったのです。』と、また頭を下げる。
啜り泣く声が聞こえる。これでよいのだろう・・・
『それより大事なのは、皆様が戻る気持ちがあるのかと云う事なのですが、如何でございましょうか?』
『我々は戻れるなら戻りたいのです。』と声が聞こえる。
『レーベン殿は、如何でございましょう?』と、顔を伏せているレーベン殿に聞く。
何かあるのかな・・・面倒なのは困るぞ・・・
『勿論、戻ることに異存はありません・・・』と。
『では、あの者の首及びあの者の一族の首を落とし、帰ると致しましょう。』
『・・・』皆が驚き、レーベン殿を見る。
『何故なら、宗家当主の許可無く宗家一族の者を使役致したのです。その事は有ってはならぬ事であり、断じて許されぬ事で御座います。宗家当主と致しまして、後世に伝わらぬよう消しておかねばなりませぬ。』と、エンズイ殿の前に行こうとする。
エンズイ殿が俺から逃げ腰になっている。
『当代様、お待ちを。それでは我らの立つ瀬が亡く、戻る筋も立たなくなりまする。』とレーベン殿が言われる。皆も顔を落としている。
『何故でしょう?』とオレ。
『我らエンズイ殿には命の借りがございます。』
『・・・』と、考える振りをする。面倒な事だ・・・
『では、こう致しましょう。私はこれを持ってかの方及びその一族の方々に危害を及ぼす事をしない。それと今、この場より無事に屋敷までお連れする。我等は明日中にはこの地を去るが、それまではかの方及びその一族の方々の無事に最善を尽くしましょう。これにて、命の貸し借りは無いという事で如何でしょうか?』とオレが述べる。
オレがエンズイ殿を見ると、頷いておられる。
『当代様、ご配慮に感謝いたします。これで、我等も何の忌憚無く帰郷できまする。』とレーベン殿は安堵したようた。
オレは、それまで傍観されていた天炎殿に向い、居住まいを正すと頭を下げ話しかける。
『大炎殿、宗家当主としてお願い申し上げる。私は我が一族を連れて帰りたいのです。その為に、是非エンズイ殿の命を私に頂戴いたしたい。我等はかの方を使ってこの地において何かを致すつもりは毛頭ございませぬ。かの方を希望の地に送り届けたら、直ちに我が一族を連れ、この地を去ることをお約束致しましょう。そして、頂戴したエンズイ殿の命を放棄致しましょう。どうか我が願いが立つようお願い申し上げまする。』
『レイ殿、頭を上げてくれ。そう云う事であれば・・・』
『兄者、勝手な事は許さんぞ。オレが朝主だ。エンズイは許さぬ。暗部、暗部はおらぬか?』と天円。
『ハクダバ、そこに居るではないか、何故返事をせぬ?』
『天円様。我等暗部は朝に使える者ではございませぬ。あくまでも、夏家当主に使えております。』とハクダバ殿が言われる。
『では、俺に仕えているのではないか。何を言っておる。』
『天円様。夏家当主は当主の嫡子と決まっております。それは当主であられても変えることは出来ませぬ。故に、天円様は朝主になられたとしても、夏家当主には成れませぬ。』とハクダバ殿が答えられる。
『何を寝ぼけた事を!もうよいわ。後で見ておれ。オレが斬るわ。』と佩刀を抜き、エンズイ殿に斬り掛かる。
オレはエンズイ殿に向かった剣を六角棒で弾く。そして、天円の腹に軽く一撃をいれる。天円が転がる。誰も助けない。天円から逃げようとして転がったエンズイ殿を起こすと、レーベン殿の元に連れて行く。
『直衛、参れあの小僧を斬れ!』と天円が叫ぶ。
天井に何か気配かあった。オレは天円の佩刀を天井に刺さる様に投げる。
『げっ!』と声がする。天井から血が滴ってくる。
誰か居たのか。しかし、刺さるとは・・・情けない奴だ・・・
直衛は来たが、一族の者に遮られ、入って来れない。
『大炎殿、私と致しましては誠に残念でなりません。大炎殿とはとても親しくして頂き、これからも大切な知り合いとしてお付き合い頂きたかったのですが・・・しかしながら、弟御は宗家当主として私が話した意味をご理解頂けなかっただけでなく、一族の者達の前であるにも拘らず、我が願いを一顧だにせず、私に恥をかかせた。それは、宗家と事を構えると云う事に外なりませぬ。弟御には事の重大さを知らしめる間も無く、首を取らねばならぬのは残念ではありますが、仕方有りませぬ。その首にて代償とさせて頂きましょう。』とオレ。
六角棒を出し、鞘を抜く。そして、天円に近づくや、剣を一閃させる。剣の軌道は完璧だった。が、剣が弾かれる。大炎殿の大剣が目の前に現れる。
『レイ殿、済まぬ。』と、オレの剣を弾いた剣を納められた大炎殿が、威儀を正し頭を下げられたまま話される。
『弟が大変失礼をした。レイ殿の言われることは最もだ。しかし、やはり弟が目の前で斬られるのを黙って見ている訳にはいかぬ。此度の事を許してくれとは申さぬ。暫く、目を瞑ってもらえぬか?俺が責任を持って静かにさせている故。引いて頂く事は出来ぬだろうか?』と。
『大炎殿、頭をお上げ下され。あなたとはこれからも大切な知り合いでいたい。ここは私が引きましょう。』と笑いながら六角棒を仕舞う。
いま、エンズイ殿の屋敷の門の前に居る。オレもゴルトの衆と、エンズイ殿の屋敷まで一緒に来た。立派な門だ。
『レーベン殿、お気を付け下さい。あの天円と云う者は心が通常では有りませぬ。大人しくしているとは思えませぬ。』と。レーベン殿に言う。
『当代様こそお気をつけを。ご一緒頂ければ安心なのですが・・・』と、レーベン殿。
『そう云う訳には参りませぬでしょう。何せ私は高う御座いますから。』と笑う。
『それから、レーベン殿にお願いしたいのですが、もし他に一族の者が居るようで御座いましたら、直ちに引き揚げ、ゴドロノフの総督府に参られるようにお伝え頂きたいのです。我等も傭兵組織を設けました故、そちらにご参加頂くようにお伝え頂ければ有難いのです。これからはこちらでの傭兵稼業は過酷になります故、必ず引き上げるようにと。』
『こちらでの傭兵は難しくなりますか?』
『難しいと言うより、消される可能性の方が高いかと。』
『・・・』
『ゴルトの一族が居なくなれば、対抗する傭兵はいらなくなります。居れば朝より睨まれる事になると思われませぬか・・・』
『そう云うことでございますか・・・』
『明日また参ります。』
と歩き出すが、道が分らない。
結局、黄極亭まで送って貰う事になった。
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『老師、居られるか。』
『コウカ殿か、入られるがよい。』
『老師、力を借りたい。我が息子が足に傷を負って戻ってまいった。その者を討ちたい。頼めぬか?』
『うむ、その者は誰か分っておられるか?』
『ああ、大炎殿の知り合いの小僧らしい。』
『大炎殿の知り合い?』
『ああ、今日の会議に大炎殿と現れたらしい。』
『コウカ殿、死にたくなければ忘れたほうが良い。大炎殿の知り合いであれば、我らは手を貸すことは出来ん。どうしてもと言うのであれば、大炎殿に頼む事じゃ。』
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