ジオの夢 十九、クラウス家の者達
中央東西街道を東に、クラウス領に向かって兵と共に進んでいく。いよいよ、クラウス家だ。ロンバニアと並び精強と噂される。戦いになれば、多くの兵が傷付き、死ぬかも知れない。憂鬱だ・・・しかし、今後の事を考えれば、今は大事だ。
オレはまた血だらけの衣装に戻っている。ウスラ殿はオレの血まみれの衣装を見て驚いていた。
『レイ様、何故お着替えになられたのですか?』とシュニッツァー殿が言われた。
『あれでは戦は出来ませぬ。血で汚す事になりましたら、姉様に何と言われるか。空恐ろしいものがあります。』と顔を顰める。
『成る程・・・』とシュニッツァー殿が苦笑される。
『ギレン殿とは本気でございましたか?』と聞かれる。
『はい。それが一番被害が少のうございます。相手が引かねばそうなります。』
『ウスラ殿の首もでございますか?ウスラ殿は何故動かれようとしたのでしょうか?』
『ウスラ殿はモズ殿には、返せぬ恩があるのでしょう。父の遺言が終わっておりましたなら、私の首などくれてやってもよかったのですが。』と笑う、
シュニッツァー殿は何とも言えぬ顔をされておられる。
シュニッツァー殿は厳しい顔であられる。
『クラウス家とは争いになりましょうか?』と聞かれる。
『それが、分らないのです。クラウス家に何か起こっている気はするのですが・・・』
街道より左手かクラウス領だ。オレはクラウス領を見る。兵が整然と進軍し、こちらに向かって来るのが見える。
オレはクラウス領の手前で陣形を組み、いつでも戦闘に入れるよう備える。クラウス側の兵は、我らから一定の距離を取り、止まる。
と、一人の壮年後半の男性と、十五歳くらい女の方がゆっくりと進んで来る。
『宗家の方々でいらっしゃるか?』と男の方が聞かれる。
『いかにも。』とシュニッツァー殿が応える。
『この者が、此度クラウス家の当主を継ぎましたハイデマリーにございます。私は後見を努めますオットー・クラウスにございます。』と男の方が話す。女の方は礼をくれる。
『これはご丁寧に、こちらが宗家のご当主レイゼン・アストリアス様、私はシュニッツァーと申します。』とシュニッツァー殿が応えられる。
オレはフードを上げ、面を外し、
『レイゼンでございます。お見知りおきを。』と応える。
私の顔を見て二人は驚いている。そして女の方が、オレを年下と見て侮られたのだろうか・・・
『あなた、失礼よ。その汚れた衣装、着替えてから来なさい。』と言われる。
『ハイデマリー、何を・・・』と、オットー殿が焦っているが。
『これは、あなた方の無謀な行いにより亡くなられた方々の血でございますが、汚いと言われますか?それが責任有る者の仰りようか・・・』とオレは怒りを込めて言い放つ。
『レイゼン様、お怒りをお収めください。これ以上お怒りになられては・・・戦より話合いを。』とシュニッツァー殿が諌められる。
『こんな馬鹿どもの為に死ななければならなかったとは、悲しいだろう。口惜しいだろう・・・』と地団駄を踏む。
この家も怖れる事は無い。捻り潰してやろう・・・
オレは、空を見上げ、流した涙を拭いながら、
『クラウスの兵も可哀想で御座いますね。領主が愚かで在るばかりに、死なねばならぬとは・・・』
オレはその席を離れる。
オレは道端に座り込んでいる。
『大丈夫でございますか。皆が心配しておりますよ。』と、タリオン殿が声を掛けてくれる。
『タリオン殿。ええ、しかし、今更ながら戦闘は嫌でございますね。まだ、盗賊退治の方が心が救われまする。』とオレ。
『しかしながら、レイ様が居なければ、我ら一族の者がひどい目に合う事になりますぞ。そうお考え下さい。』と仰って下さる。
『そうでありましょうか・・・』
『そうでありますとも。』
シュニッツァー殿とオットー殿の話は直ぐに決まった。クラウス家は宗家に五十億ギルを払う。お互い二度と敵対しない。の二つであった。
『戦には成りませぬか・・・ではシュニッツァー殿、帰りましょう。』とオレ。
『ではご挨拶を。』とシュニッツァー殿が言われる。
『挨拶をしなければいけませんか?』
『今、挨拶を避けますと、凝りが残りますが。』
『凝りが残ってはいけませんか?』
『凝りが残りますと仲良くできませぬが・・・』
『私は仲良くしたくありません。』
『それでは、一族の者が困ることになります。』
『そうでしょうか・・・』
『はい、ゆくゆくは。』
オレはシュニッツァー殿に連れられ、二人に挨拶に行く。
『この大切なお話時に、まして戦場から直接いらしたとの事、礼知らずの拙い事を申しました。若年にてお許し下さいませ。』と、ハイデマリー殿が詫びられる。
しかし、顔は不満垂々なのが分かる。
『こちらこそあなた方に怒りをぶつけるのは、筋違いで在ることは重々承知しております。不調法を致しました。お忘れ下さい。』とオレ。
目をを合わせることはしない。
『レイゼン様は十二とお聞きしておりますが、戦の先頭に立たれるとの事、それは真でございますか?』とオットー殿に聞かれる。
『はい。それが宗家当主の務めにございます。その為、五歳より修練致して参りました。その証がこの衣装にございますれば。』と顔を上げずに答える。
『それは・・・それは・・・』と絶句される。
『では、ギレン様とのご決着もお済みになられましたか?』
『はい。ギレン殿も、条件を飲んで頂き、水に流しております。』
『それは良うございました。我ら昔から協力関係にあります故、それが壊れないのは助かります。』
『そうでございましたか。・・・特になければ、これにて失礼致しますが。』とオレが言う。
オレ等は兵を引き上げ、帰途に付く。取り敢えず、ゴドロノフに向かっている。
『レイ様、おかしゅうございますね。』
『シュニッツァー殿もそう思われますか?』
『はい。』
『おそらく、先代がなくなられ、先々代もお具合が悪いのでしょう。』とオレ。
『なるほど、力が落ちておるのですね。ギレン殿とのことを強調されたのは、そこに理由があるのですね。』
『はい。クラウス家が脅威でありましたが、もう気にする必要は無いようです。』と笑う。
『それは良うございました。』とシュニッツァー殿も笑っている。
『しかし、先代はどうされたのでしょうか。』
『まことに。』
ゴドロノフに戻った。メルダース殿はまだ居られた。
『メルダース殿、引き継ぎは終わられましたか?』と聞く。
『レイ様、終わってございます。お陰様で、やっと帰れます。』と嬉しそうだ。
『お帰りになられるのが、大層嬉しそうでございますね。』
『はい。我らは皆、生まれ地が好きなのです。』と笑う。
『そうですね。私も出来れば帰りたいものです。』
『レイ様はどちらかへ?』
『今は私が離れていても良いと思いますので、父の遺言にて、ある方を探しに行こうと思います。』
『それはまた難儀な・・・お手伝い出来れば良いのですが。私など足手纏な気がいたします故・・・』と仰ってくださる。
『いえいえ、またお手伝い頂くことが参りますので、その時まで英気を養っておいて下さい。』
オレは、総督府に居るオーレンドルフ殿に挨拶をして、トレド草原に向かう。オーレンドルフ殿は意外と楽しそうにされておられた。色々物珍しいのだろう。
トレド草原の中をゆっくり進む。
まず、トレド殿にお会いいたそう。東方地域南部大草原については何も知らない。トレド殿であればご助言を頂けるだろう。さて、トレド殿はどちらにいられる?
東方地域は南と北に別れ、南は草原地帯で放牧に勤しむ部族が住んでいる。トレド殿の一族も元は東方地域におられたようだ。が、移り住んだ理由は知らない。
ゆっくり進んでいればトレドの何方かが探してくれるだろう。
暫くゆっくりと幻馬を進める。
『おい、どこへ行くつもりだ。』
と、後ろから声が聞こえる。聞き覚えのある声だ。
『フーリン。元気でしたか?』と、オレ。
『ああ、レイ。お前はどうた?』とフーリン。
『私も変わらず元気ですよ。トレド殿はお元気ですか?お会いしたいのですが?』
『ああ、ついてこい。』
見慣れたテントが並ぶ。一つの竈のある処に連れられる。
そこで暫く待っている。
『レイ殿、久しぶりだ。お元気か?』トレド殿が現れ、言われる。
『トレド殿もお元気そうで何よりです。』と。
土産の酒樽を差し出す。
『美味そうだ。』
『ヴァイス家に有った。名品です。』と笑う。
『実は人を探しに夏へ行くのですが、その途中で東方南部大草原を見て回りたいのです。もし良ければ何方かご紹介頂けませんか?』とお願いする。
『シレンというのがいる。我らの主族の族長で俺等の従兄弟だ。これを持っていけ。』と紋の入った短刀をくれる。
『次に会った時に返してくれ。それと、殺しは出来るだけするな。しつこく追われる。』
トレド殿とフーリンが東方南部草原の入口まで同道してくれる。礼を言って別れる。
教えて頂いた方向に進んで行く。特に道が有るわけでない。生えている草は短い。踏んづけても、一晩で戻るそうだ。好きなところを歩いていく。この地は平原ではない。丘陵地だ。凹凸はあり、先はそれ程見えない。何処か窪地地で一泊して、明日には目指す地につくだろう。陽が落ちる頃に、良さげな窪地を見つけた。寒くはないが目立たぬようにテントで覆う。外は星明かりだけの暗闇だ。
火を起こし、湯を沸かして肉を焼く。人の気配が近づいてくる。
気配を隠されているようだが・・・女性のようだ・・・
中を覗かれている。髪に気が付かれたようだ。
『すまぬが、匂いにつられて覗いてしまった。』と声が掛かる。
『どうぞお入り下さい。ご馳走致しましょう。』と応える。
『それは助かる。』と入られてくる。
オレの横にお座りになり、オレの顔をご覧になる。じっと見つめられている。
『何か・・・』とオレが尋ねる。
『いや、失礼を。髪の美しさと顔の美しさに見とれてしまった・・・』
『女性の皆様はそう言って褒めて下さいます。お酒は飲まれれば、これを。』と杯を渡す。
『少年、いくつだ?酒はよろしくないぞ。』と怖い顔をされる。
『姉様、我が家は五歳から飲ませるのですよ。』と笑う。
お互い私的な話はしない。ただ他愛もない話で終始した。寝る時、礼だと言って抱いて寝てくれた。実を言えば一人で寝れる方が有り難い。
朝、どちらへ行くのかと聞かれた。で、あちらだと言うと、途中までで良いから乗せていけと言われた。でシレン殿の館と思われる方へ進んで行く。
と、多数の気配が近づいて来る。速い。急いでいるようだ。オレは気にせず進むが、念の為、フードを被り、面をする。
『姉様、集団が近づいております。どうされますか?』
『むっ、分かるのか?』と姉様が言われる。
『はい、三十人程がこちらに向かっております。姉様目当てでございますか?ここでは隠れる場所がありませんね。』
馬の走ってくる音が聞こえ始める
『坊はは逃げろ。私が残るから。其間に遠くに行け。』と、音のする方を睨んでいる。
『そうはいきませぬ。姉様とは抱き合って寝た仲でございますから。』と笑う。
『それに、十二歳とはいえ、一人で知らぬ草原を旅する身でございますよ。そこらの三十人など相手になりませぬ。見ていて下され。』
姉様が幻馬から降りるのを確認し、オレも降りる。幻馬は少し離れると消えて行く。
『坊、あれは幻馬なのか?』と姉様が目を見張っている。
『はい、そうでございます。父から譲られた馬にございます。』
『えっ、幻馬とは譲れるものなのか?』
『済みませぬ。私は詳しく無いのです。唯、父に乗れと言われて乗るようになりましたので・・・』
『おっ、現れましたな。そこにお座り頂いていてよろしですか。棒が回りますので。』
『アイリーン様、こちらにお越しを。』と、馬から降りた男達がオレ等を囲み告げる。
アイリーン様が睨んだまま首を振る。
『姉様は嫌だと申されておりますよ。無理はいけませぬ。お帰りを。』とオレが言う。
『アイリーン様がご承知頂けぬのなら、力付くになりますが宜しいか?』と。
『力づくは、行けませぬ。お止めいたします・・・』
男達が合図を交わすと、囲んだ男達が剣を突いてくる。オレは右脇に挟み右手で掴んだ長くした六角棒を身体を回転させて一回しする。相手の突いた剣を弾いていく。
更に前を向いたまま六角棒を後に突き、一人を突き飛ばし、その反動で前に居る男を突き飛ばす。それを一瞬で何度も繰り返し、前段にいた男達全てを飛ばす。
更に踏み込み、残った男達も、突き、横払い、下段から上段へかち上げなから倒していく。
『姉様、終わりました。皆、行ってしまいました。』とオレ。
『坊は強いな。』と姉様がオレを見ておられる。
『いえ、草原の強者の方々がおりませんでしたので・・・』
『草原の強者?』
『はい、カイ・ハーン様には是非お会いしたいのです。』とオレ。
『カイ・ハーンは私の兄だ・・・もう生きていない・・・あの者達に獲られた。酒は駄目だ。坊も酒は止めなさい・・』と泣かれる。
アイリーン様はシレン殿の屋敷にいかれるとの事で向かっている。カイ・ハーン様が亡くなられたのは衝撃であった。それも、酒を飲み暴れられる事が多く、信望を失われていた。更には、恨みまで買っているとは。酒とはそこまで人を狂わすものとは知らなかった。確かに、祖父は人に比べれば、酒量は多かった。が、乱れるのを見た事はなかった。しかし、父が飲むのを見た事は無い。父は酒に溺れるのを畏れたのかもしれない。
シレン殿の屋敷に間もなく着く。シレン殿の屋敷一帯は、この地には珍しく、高くはない木々が広がっている。しかし、周りの気配が騒々しい。敵意に囲まれている。
『姉様、屋敷が囲まれております。それも敵意が見えます。』
『やはり・・・兄を殺したことはシレンを怒らせることになる。兄亡き今、その権威を受け継ぐのは私だ。力を受け継ぐのはシレンだ。私達が一緒になるのを防ぐのは常道だ。』と姉様が言われる。
『では、姉様が屋敷に入られれば、宜しいのですね。』
『坊出来るか?なれば一緒に湯に浸かろう。』
『姉様、一人で浸かれますが・・・』
『それは駄目だ。坊は私の想い人だからな。』
何だ、想い人って、オレは十二歳なのに・・・
『姉様、それは・・・』
『今は聞いてはならん。』
女性には、聞いてはいけない事だらけだ・・・
シレン殿の屋敷に近づき、壁の門に達する。丸太を立て連ねた、男二人分の背の高さの壁が敷地を囲んでいる。幻馬は離す。
矢が飛んでくる。六角棒を槍の長さに繋ぎ、矢を弾く。
『シレン!アイリーンだ。門を開けてくれ。襲われている。』と姉様が叫ぶ。
矢が止まると、男達が向かって来る。オレは六角棒で叩きのめしていく。残念だがそれ程の腕前の男はいない。門が開き始める。男達は去っていく。
『坊、怪我はないか?』と姉様に聞かれる。
『はい、大丈夫でございます。』




