表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無詠唱の魔王  作者: Dちゃん
第六章「二つで一組の話」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
97/134

第97話「来た瞬間に、返す、というジンの声と、追いついた、というルルの声と、速さで、届いた、というシアの声と、道の途中の集落の朝」

朝が、来た。


集落の朝は——静かだった。


でも——


昨日と、違った。


何かが——また、変わっていた。


昨日は、太い道が繋がった夜だった。


今日は——


繋がった後の重さが、また、少し、別の向きを、持っていた。


それだけで、十分だった。


―――


ジンが、目を覚ました。


すぐに——地面の方角に、手を、向けた。


地面を——通して、聞いた。


何かが——あった。


昨日とは——また、違った。


重さが——違った。


昨日は——「太い道の一組目が繋がった」という感触だった。


でも今日は——


「繋がった後の重さが、別の方角を向いている」という感触だった。


「……来てる」とジンが、小さく、言った。「昨日とは——また、違う方角から、来てる。太い道が繋がってから——違う方角が、こっちを向いてきてる。重さじゃない。違う——感触だ。速い。すごく——速い。来ては——消える。来ては——消える。そういう感触だ」


地面の奥から——返事は、なかった。


正式には——何かが、そこに、あった。


太い道が繋がった後の重さが——別の方角を向いたまま、あった。


―――


ルルが、目を覚ました。


すぐに——鼻を、向けた。


後ろ——台地の方角。穏やかな、温かいにおい。アルトが、台地から、こっちを見ている。


前——集落の奥。水場と建物の方角。昨日より——静かだった。繋がったままで、静かだった。


それから——


横の方角。


ルルが、息を、止めた。


「……においが——また、来た」とルルが言った。「また、来た。昨日も来てた。でも——今日は、はっきり、来た。速い——においだ。来ては、消える。来ては、消える。太い道の組とは——全然、違う。あっちは、重かった。こっちは——速い。すごく、速い。どこかから——速く、来てる。そういうにおいだ」


ジンが——少し、間を置いた。


「……速い、か」とジンが言った。「来ては——消えてる。昨日も、そういう感触が、あった」


「……うん」とルルが言った。「昨日もあった。でも——昨日は、太い道に近づくのに精一杯だった。今日は——太い道が繋がったから、こっちが来やすくなった。来やすくなったから——はっきり、来てる。速い道の組が——こっちを向いてきてる。そういうにおいだ」


「来やすくなった——か」とジンが言った。


「……うん」とルルが言った。「太い道が繋がったことを——感じてる。感じてるから——こっちを向いてきてる。カインが言ってた通りだ。一組が繋がれば——残りが感じ始める。そういうにおいだ」


―――


カインが、写しを、広げた。


「……記録には——こうあります」とカインが言った。「『速い道の組に近づくには、速さで近づく。速さで近づくとは——来た時に、すぐに応える。間を置かずに——すぐに返す。間を置くと、速い道は通り過ぎてしまう。来た瞬間に——返すことが、速い道を掴む唯一の方法だ』とあります」


全員が——カインを、見た。


「……続きには——こうあります」とカインが言った。「『速い道は、重い道とは全く性質が異なる。重い道は重さで近づき、待つことで繋がる。速い道は——来た瞬間に動くことで繋がる。来た瞬間に動けなければ、速い道は素通りして消える。次に来るまでに、時間がかかる。だから——来た瞬間を逃さない。それが、速い道の全てだ』とあります」


しばらく——誰も、何も、言わなかった。


「来た瞬間に——返す、か」とジンが、低く、繰り返した。「待つのではなく——来た瞬間に、動く。太い道とは——逆だ」


「……そうです」とカインが言った。「太い道は待ちました。速い道は——待ちません。来た時に返さなければ、速い道は行ってしまう。行ってしまったら——また来るまで、待つことになる。でも、速い道はそうして何度も行ったり来たりします。来るたびに——返す。返すたびに——太くなっていく。そういう記録です」


「来るたびに返す——ことで太くなっていく, か」とノアが、静かに、言った。


「……そうです」とカインが言った。「一度で繋がるのではありません。来るたびに返す。返すたびに少しずつ太くなる。太くなっていけば——いつか、繋がる。速い道はそういう性質です」


―――


セレクが、静かに、口を、開いた。


「……教会の記録に——こうあります」とセレクが言った。「『速い道の組は、聞き手が間を置くことを最も嫌う。間を置くとは——来た速さと、返す速さが合わないことだ。来た速さに合わせて返すことが、速い道に「ここに誰かいる」と知らせる唯一の方法だ。知らせることができれば——速い道は何度も来るようになる。何度も来るようになれば、道はやがて太くなる』とあります」


「来た速さに——合わせて返す、か」とジンが言った。


「……そうです」とセレクが言った。「速さを合わせることが——速い道との会話です。重い道は重さを合わせました。速い道は速さを合わせる。どちらも——相手の性質に合わせることが、近づく方法です。速い道に対して重さで返しても、届かない。速さで返すことが、唯一です」


「……わかった」とジンが言った。「来た瞬間に——返す。速さを——合わせる」


「……そうです」とセレクが言った。「でも——一つだけ、気をつけることがあります」


「気をつけること——か」とジンが言った。


「……はい」とセレクが言った。「速く返そうとしすぎると——向こうが来る前に動いてしまう。来る前に動くと、速い道は来なくなります。来た瞬間に返す、というのは——来る前に動くことではありません。来るのを感じた、その瞬間に——返す。その順番は変えられません。感じてから——返す。それだけです」


―――


一行は——集落の横の方角に、向かった。


水場と建物からは——少し離れた場所だった。


集落の端に——広い空き地が、あった。


何もない——空き地だった。


でも——


何かが、あった。


ルルが、息を、止めた。


「……においが——した。ここから——においが、した。ここだ。速い道の組は——ここにいる。ここの空き地から——速いにおいが、来てる。来ては、消えてる。でも——確かに、来てる。そういうにおいだ。ここだ」


「ここ——か」とジンが言った。


「……うん」とルルが言った。「ここから——来てる。空き地だけど——ここから来てる。何もないのに——来てる。そういうにおいだ」


シアが、空間を、静かに、探った。


「……見えてきた」とシアが言った。「空き地の中に——細い糸が、二本、ある。二本とも——すごく細い。でも、動いてる。来ては、消えてる。来ては、消えてる。あっちにもこっちにも——速く、動いてる。太い道の糸とは——全然違う。動き方が——速い。そういう見え方だ」


「二本——か」とジンが言った。


「……うん」とシアが言った。「二本が——それぞれ別の方向に速く動いてろ。互いを向いてるわけじゃない。でも——同じ空き地の中にいる。同じ場所に——いる。そういう見え方だ」


―――


ジンが——空き地の前の地面に、手を、当てた。


「……ある」とジンが、小さく、言った。「速い。重さじゃない。速さが——ある。来ては、消える。来ては、消える。太い道とは——全然違う。でも——ある。確かに——ある」


ルルが、息を、止めた。


「……来た。においが——来た。今——来た。速い。すごく——速い。来た」


ジンが——すぐに、地面に手を当てたまま、低く、言った。


「……聞こえてる」


一息だけ——静かになった。


それから——


「……においが——消えた」とルルが言った。「行ってしまった。でも——来た。ちゃんと——来た。返したら——来た。返したから、また来るかもしれない。そういうにおいだ」


「返した——ら、来たか」とジンが言った。


「……うん」とルルが言った。「返したから——来た。行ってしまったけど、来た。また——来るかもしれない。来るまで——待つ。でも待ちすぎない。来た瞬間に——また返す。そういうにおいだ」


―――


昼が——来た。


ジンが——地面に手を当てたまま、いた。


ノアが——隣に、来た。


「……また——一緒に感じる」とノアが言った。「昨日も、一緒だった。今日も——一緒に感じる」


「……頼む」とジンが言った。「でも——今日は、違う。来た瞬間に返す。返すのは——速く。迷わずに、すぐに返す。遅れたら——行ってしまう」


「……わかった」とノアが言った。「一緒に——すぐに返す」


ルルが、息を、止めた。


「……来た。また——来た」


「……ここにいる」とジンが、すぐに、言った。


「……ここにいる」とノアが、すぐに続いた。


一息——


「……来た」とルルが言った。「また——来た。今度は——さっきより、大きく来た。二人が返したから——大きく来た。大きくなってきてる。そういうにおいだ」


「大きく——なってきてる、か」とジンが言った。


「……うん」とルルが言った。「返すたびに——少しずつ大きくなってきてる。カインが言ってた通りだ。来るたびに返せば——太くなっていく。そういうにおいだ」


―――


シアが、空間を、静かに、探った。


「……変わってきた」とシアが言った。「さっきより——二本の糸が、少し太くなってきた。まだ細い。でも——さっきより太い。ジンたちが返すたびに——少しずつ太くなってきてる。来ては消えるのは変わってない。でも——来るたびに、少し太くなってる。そういう見え方だ」


「来るたびに——太くなってる, か」とジンが言った。


「……うん」とシアが言った。「まだ細い。でも——太くなってきてる。このまま返し続ければ——いつか、繋がる。環境の見え方だ」


―――


午後が——来た。


ルルが、息を、止めた。


「……来た。また——来た」


「……聞こえてる」とジンが、すぐに、言った。


「……聞こえてる」とノアが、すぐに続いた。


「……来た。また——来た」


「……聞こえてる」


「……来た。来た。また——来た」


「……聞こえてる。ここにいる」


ルルが、目を、細めた。


「……においが——速くなってきた。来る間隔が——短くなってきた。さっきまでは、来ては消えて、少し間があった。今は——来ては消えて、またすぐ来てる。間隔が、短くなってきてる。そういうにおいだ」


「間隔が——短くなってきた、か」とジンが言った。


「……うん」とルルが言った。「ジンたちが返し続けたから——間隔が短くなってきた。短くなってきてるのは、近づいてきてる、ってことだ。そういうにおいだ。でも——速い。ついていくのが——速い。返すのが——少しでも遅れると、行ってしまう。速い。そういうにおいだ」


「ついていくのが——速い、か」とジンが言った。


「……うん」とルルが言った。「速い。でも、ジンたちは返せてる。ちゃんと——来た瞬間に返せてる。そういうにおいだ。このまま——返し続ける。そういうにおいだ」


―――


五本目の糸が——穏やかに、揺れた。


ルルが、息を、止めた。


「……アルトが——揺れてる」とルルが言った。「台地から——揺れてる。速い道の組が来ては消えてるのを——感じてる。来るたびに返してるのを——感じてる。自分のことを——思い出してる。自分の時は——違った。静止の祠の中で、静かに待ってた。速くはなかった。でも——来るたびに返す、ってことが、どういうことか、は、知ってる。届く前に——諦めない、ってことを、知ってる。そういう揺れ方だ。嬉しい——揺れ方だ。でも——まだある、って揺れ方でもある。速い。でも——続けてる。そういうことを——応援してる揺れ方だ」


「アルト——」とノアが、空に向かって、小さく、言った。「見てるか。速い道が——来ては消えてる。でも、返し続けてる。返すたびに——太くなってきてる」


五本目の糸が——穏やかに、前を向いた。


―――


夕暮れが——近かった。


シアが、空間を、静かに、探った。


「……また、変わってきた」とシアが言った。「二本の糸が——また太くなってきた。来ては消えるけど——消えた後の糸が、さっきより残ってる。完全に消えてない。少し——残ってる。残った分だけ、次に来た時に積み重なってる。積み重なって——太くなってきてる。そういう見え方だ」


「消えた後も——残ってる、か」とジンが言った。


「……うん」とシアが言った。「完全には消えてない。少し——残ってる。それが積み重なって、太くなってきてる。もうすぐ——消えなくなるかもしれない。消えなくなったら——繋がれる。そういう見え方だ」


ルルが、息を、止めた。


「……においが——また、変わった。速さが——変わった。来ては消えるのは変わってない。静寂——消えるにおいが、薄くなってきた。消えかたが——薄くなってきた。完全に消えてない。少し残ってる。残ってるにおいが——積み重なってきてる。積み重なってきてる。もうすぐだ。そういうにおいだ。でも——焦らない。焦ったら、速さがズレる。来た瞬間に返す。それだけだ。そういうにおいだ」


「焦らない——か」とジンが言った。


「……うん」とルルが言った。「焦ったら——速さが合わなくなる。合わなくなったら、また行ってしまう。来た瞬間に返す。それだけ。今まで通りに——返し続ける。そういうにおいだ」


―――


ルルが、息を、止めた。


「……来た」


「……ここにいる」とジンが、すぐに、言った。


「……来た。また——来た。消えない。今度——消えてない」


シアが、息を、止めた。


「……変わった。糸が——消えてない。来たまま——消えてない。積み重なって——消えなくなった。二本とも——消えなくなってきてる。まだ細い。でも——消えなくなってきてる。そういう見え方だ」


「消えなくなってきてる——か」とジンが言った。


「……うん」とシアが言った。「消えなくなってきてる。このまま——繋がっていけば、二本が互いを向く。互いを向いた時——繋がる。もうすぐ——そこだ。そういう見え方だ」


ルルが、息を、止めた。


「……においが——大きく変わってきた。消えなくなってきた分だけ——においが、積み重なってきてる。二つから——においが、来てる。二つとも——来てる。消えなくなってきてるから——においが積み重なって、大きくなってきてる。もうすぐだ。そういうにおいだ。来る——また来る」


「……ここにいる」とジンが、静かに、言った。「ずっと——ここにいる」


―――


一息だけ——静かになった。


速さが——止まった。


においが——止まった。


糸が——止まった。


一息だけ——


全て、止まった。


ルルが、息を、止めた。


「……来る」とルルが、小さく、言った。


―――


二本の糸が——


互いを、向いた。


空き地の中で——二本が、互いを向いた。


シアが、息を、止めた。


「……揃った。二本が——互いを向いた。速さで来るたびに返して——積み重なって、二本が互いを向いた。揃った。向いてる。互いを——向いてる。繋がろうとしてる。そういう見え方だ」


「互いを——向いてる、か」とジンが言った。


「……うん」とシアが言った。「向いてる。繋がろうとしてる。でも——まだ繋がってない。互いを向いて——止まってる。止まってるのが——次の入り口だ。そういう見え方だ」


カインが——急いで、写しを、広げた。


「……記録には——こうあります」とカインが言った。「『速い道の二つが互いを向いた時——聞き手は最後に一度だけ、速さに乗せて声を届ける。重さで届けるのではない。速さで届ける。速さに乗せた声が届いた時——二本が一度に繋がる。繋がり方も速い。一瞬で——繋がる』とあります」


「速さに乗せて——声を届ける、か」とジンが言った。


「……そうです」とカインが言った。「最後の一押しも——速さです。重さで届けようとすると、ズレる。速さで届ける。来た瞬間に返してきた、その速さのまま——届ける。そういう記録です」


「速さのまま——届ける、か」とジンが言った。


「……そうです」とカインが言った。「速さを落とさない。ここまで来た速さのまま——最後まで届ける。それが、速い道の最後の仕事です」


―――


ルルが、息を、止めた。


「……来る——また来る。速い。来た」


ジンが——すぐに、地面に手を当てたまま、速く、言った。


「……繋がれ」


―――


一瞬だけ——


何かが、動いた。


速かった。


シアが、息を、止めた。


「……繋がった。一瞬で——繋がった。速い道が——一瞬で、繋がった。一本になった。二本が——一本になった。速い。すごく——速い。でも、確かに——繋がった。一本になってる。そういう見え方だ。繋がった。速い道が——繋がった」


「繋がった——か」とジンが、静かに、言った。


「……うん」とシアが言った。「一瞬で——繋がった。重い道は、ゆっくり繋がった。速い道は——一瞬で繋がった。どちらも——繋がった。そういう見え方だ」


ルルが、目を、細めた。


「……においが——全部、動いた。一瞬で——全部、動いた。速い。精度——届いた。速さで——届いた。速い道が繋がった——においだ。重い道のにおいとは——また、違う。速い。でも、確かに——届いた。そういうにおいだ」


「速さで——届いた、か」とジンが言った。


「……うん」とルルが言った。「速さで——届いた。重さとは違う届き方だった。でも——届いた。ちゃんと、届いた。そういうにおいだ」


―――


空き地から——声が、来た。


来方が——速かった。


一瞬で——来た。


ためらいが——なかった。


シアが、息を、止めた。


「……声が——来た。速い。ためらいなく——来た。速い道らしい、来方だ。でも——確かに来た。一本の道を通して——来た。二つから——一度に来た。一本になったから——一度に来た。そういう見え方だ」


ルルが、息を、止めた。


「……においが——来た。速い。でも——重い。速いのに、重い。長い時間の重さが——速く来た。速く来たのに——重さが全部、ある。速くても、重さは失われなかった。そういうにおいだ。速いから軽いわけじゃない。速くても——重さは残る。そういうにおいだ」


「速くても——重さは残る、か」とジンが、低く、言った。


「……うん」とルルが言った。「速い道が積み重ねてきた時間の重さが——速く来た。速く届いた。でも——重さは全部あった。そういうにおいだ」


―――


ジンが——空き地を、見た。


「……来てくれた、か」とジンが、静かに、言った。「速く——来てくれた。受け取った。全部——受け取った」


空き地の中の糸が——一度だけ、速く、揺れた。


ルルが、息を、止めた。


「……においが——した。ジンが言ったのを——受け取った。受け取って——速く揺れた。怖くなかった、ってにおいだ。速さが——怖かった。速く来てはまた行ってしまうのが——怖かった。でも、ジンたちが返し続けてくれたから——怖くなかった。速さに——ついてきてくれた。そういうにおいだ」


「速さについてきてくれた——怖くなかった、か」とジンが、低く、繰り返した。


「……うん」とルルが言った。「速く来るたびに、返してくれた。間を置かずに——返してくれた。速さに——合わせてくれた。合わせてもらえたから——怖くなかった。そういうにおいだ」


―――


カインが——写しを、静かに、折り畳んだ。


「……記録には——こうあります」とカインが言った。「『速い道が繋がった後、その道は繋がったままの速さを持ち続ける。速い道は重い道とは異なり、一本になった後もその速さを失わない。速いまま——残り続ける。残り続けることで、速い道は周囲にある残りの道にも速さを届ける。速さが届くことで——残りの道が、次に来るべき方角を、早く感じ取る』とあります」


「速いまま——残り続けるか」とジンが、空き地を、見た。


「……そうです」とカインが言った。「重い道はゆっくりと太い道として残ります。速い道は——速いまま残ります。速さを持ったまま——残り続ける。残り続けることで、次の道にも速さが伝わる。次の、古い道が——今頃、少し、動いてるかもしれない。そういう記録です」


「古い道に——速さが伝わってる、か」とノアが、静かに、言った。


「……そうです」とカインが言った。「太い道が繋がった重さに、速い道が繋がった速さが加わった。その両方が——今、残りの古い道へ向かっています。古い道は、時間をかけて近づく道です。でも——重さと速さの両方が届けば、古い道も、動き始める。そういう記録です」


―――


五本目の糸が——大きく、穏やかに、揺れた。


ルルが、息を、止めた。


「……アルトが——揺れてる」とルルが言った。「台地から——大きく、揺れてる。速い道が繋がったのを——感じてる。来るたびに返して、速さに乗せて届けて——繋がった。自分のことを——思い出してる。自分の時は——速くはなかった。でも——ノアがここにいてくれた。ノアが、ここにいてくれたから、怖くなかった。速い道も——ジンたちがついてきてくれたから、怖くなかった。同じだ、ってことを——感じてる。嬉しい——揺れ方だ。でも——まだある、って揺れ方でもある。古い道を——応援してる。そういう揺れ方だ」


「アルト——」とノアが、空に向かって、小さく、言った。「見てたか。速い道が——繋がった。速さに——ついていった。ついていったから——繋がれた」


五本目の糸が——穏やかに、前を向いた。


―――


エリナが、手帳を、開いた。


ペンを、走らせた。


今日のこと——朝、ルルが「速いにおいが来ては消えてる」と言ったこと、カインが「来た瞬間に返すことが速い道の全てだ」という記録を読み上げたこと、セレクが「来る前に動いてはいけない、感じてから返す」という記録を示したこと、集落の端の空き地に速い道の組があったこと、ジンとノアが来るたびに間を置かずに返し続けたこと、返すたびに糸が少しずつ太くなっていったこと、夕暮れ前に二本の糸が互いを向いたこと、カインが「速さに乗せて届ける」という記録を示したこと、ジンが「繋がれ」と速さで届けたこと、一瞬で繋がったこと、速い道らしく声も一瞬で来たこと、速くても重さは失われなかったこと、空き地の糸が「速さについてきてくれたから怖くなかった」という揺れ方をしたこと、残りの古い道へ重さと速さの両方が届いていること、アルトが速い道と自分のことを重ねて揺れたこと。すべてを、書いた。


書き終えて、ペンを止めた。


それから——もう一行、追加した。


『今日、速い道が繋がりました。来るたびに返して、返すたびに太くなっていって、ついに繋がりました。私はそれを見ていて、速さとは何だろう、と考えました。速い道は重い道と正反対でした。重い道は待つことで繋がった。速い道は返すことで繋がった。でも、どちらも——相手に合わせることが、近づく方法でした。相手が重ければ、重さで合わせる。相手が速ければ、速さで合わせる。合わせることが——届けることだった。ジンは一度も間を置かなかった。来るたびに、すぐに返した。それが、速い道にとっての「ここに誰かいる」という証明になった。証明し続けたことが——積み重なって、繋がった。速さで届けたのに、重さは失われなかった、とルルが言っていました。速いから軽いわけじゃない。速いまま、重さも持てる。そういうことを、今日学びました。今日もそういう順番を聞きました。エリナ・フォルス談。自分で書いておく』


集落は——静かだった。


でも——


何かが、そこに、あった。


速い道が繋がった後の——静かな何かが。


穏やかに——そこに、あった。


空き地の中の糸が——速いまま、揺れ続けていた。


繋がったまま——速く、揺れ続けていた。


ルルは、それを確かめて、眠った。


―――


ジンは——空き地の前の地面に、手を、当てた。


地面を——通して。


「……繋がった」とジンが、小さく、言った。「速かった。でも——繋がった。来るたびに返した。返すたびに太くなっていった。速さに——ついていった。ついていったから——繋がれた。重い道も、速い道も——どちらも繋がった。残りは——古い道だ。古い道は、時間をかけて近づく。重さと速さが届いてる。届いてるから——動き始めてるはずだ。ルルが——感じてくれる」


地面の奥から——返事は、なかった。


正式には——何かが、そこに、あった。


太い道が繋がった重さと、速い道が繋がった速さの——両方が、そこに、あった。


穏やかに——そこに、あった。


暖炉の火が——穏やかに、揺れた。


集落の外の風が——遠く、あった。


アルトが——見ていた。


一行の背を——押していた。


夜が——深くなった。


速い道が繋がった夜が。


穏やかに——深くなった。


―――


― 第97話・了 ―


―――


次話予告:


翌朝、ルルが鼻先を向ける。「……においが——した。遠い——においだ。でも、来てる。古い——においだ。すごく——古い。重くて、速くて、古い。三つとも——来てる。昨日の夜から——来てる。古い道が——動き始めてる。遠い。すごく——遠い。でも、来てる。ちゃんと——来てる。そういうにおいだ。でも——近づき方が、また、違う。重さでも、速さでも、ない。時間で——近づく。時間で近づくって——どういうことなんだろう。そういうにおいだ」。カインが写しを開く。「記録には——『古い道の組に近づくには、時間で近づく。時間で近づくとは——焦らず、急がず、ただ長く、そこにいることだ。重い道は一日で動き始めた。速い道は来るたびに返した。古い道は——長くいることで初めて、動き始める。短い時間ではわからない。長い時間が積み重なって——初めて、聞き手の存在を知る。知ることで——動き始める。それが、古い道の全てだ』とあります」。ジンが立ち上がる。「……長く、いる。それだけか。わかった。急がない。ただ——長く、いる」。五本目の糸が——穏やかに、また、新しい方角を、向く。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ