第96話「重さで、近づく、というジンの声と、両方が、動いた、というルルの声と、繋いでいた、というシアの声と、道の途中の集落の朝」
朝が、来た。
集落の朝は——静かだった。
でも——
昨日と、違った。
何かが——また、変わっていた。
昨日は、水が気づいた夜だった。
今日は——
気づいた後の重さが、また、少し、別の向きを、持っていた。
それだけで、十分だった。
―――
ジンが、目を覚ました。
すぐに——地面の方角に、手を、向けた。
地面を——通して、聞いた。
何かが——あった。
昨日とは——また、違った。
重さが——違った。
昨日は——「水がジンに気づいた」という感触だった。
でも今日は——
「気づいた後の重さが、建物の方だけでなく——ジンの方にも、はっきりと向いている」という感触だった。
「……向いてる」とジンが、小さく、言った。「昨日より——はっきり、向いてる。水が——ジンの方を、向いてる。建物の方も、まだ向いてる。両方——向いてる。でも、昨日より——こっちが、重い。昨日は気づいただけだった。今日は——向いてる。向きながら——重さが、少し、動いた。そういう感触だ」
地面の奥から——返事は、なかった。
でも——何かが、そこに、あった。
水が気づいた後の重さが——昨日より、はっきりと、こちらを向いたまま、あった。
―――
ルルが、目を覚ました。
すぐに——鼻を、向けた。
後ろ——台地の方角。穏やかな、温かいにおい。アルトが、台地から、こっちを見ている。
前——集落の奥。水場のある方角。その向こう——建物のある方角。
ルルが、息を、止めた。
「……においが——また、変わった」とルルが言った。「昨日と——違う。水から——昨日と、違うにおいが、してる。気づいた後の——においだ。でも——建物の方を向くのをやめてない。建物の方を向きながら——ジンの方にも向いてる。両方——向いてる。そういうにおいだ。重さが——少し、動いた。時間の重さが——少し、動いた。動き始めた、ってにおいだ」
ジンが——少し、間を置いた。
「……動き始めた、か」とジンが言った。
「……うん」とルルが言った。「昨日は——気づいただけだった。今日は——動き始めた。動いてるから——においが、変わった。昨日より、重い。長い時間の重さが——少し、動いてる。そういうにおいだ」
「両方——向いてる、か」とジンが言った。
「……うん」とルルが言った。「水が——建物とジンを、両方向いてる。建物の方が、まだ重い。でも——ジンの方にも、向いてる。向いてるから——においが、変わった。そういうにおいだ」
―――
カインが、写しを、広げた。
「……記録には——こうあります」とカインが言った。「『太い道に近づいた聞き手の前で、道の端が動き始めた時、次にすることが一つだけある。それは——対の片方にも、同じように近づくことだ。水場(道の端)が動いた後、建物(もう一つ)もまた、重さを感じ取り始めている。片方だけでは、太い道は繋がらない。両方が動いて——初めて、繋がる』とあります」
全員が——カインを、見た。
「……続きには——こうあります」とカインが言った。「『対の片方に近づく際、聞き手はすでに動いている方(水場)から離れてはならない。離れると、動き始めた重さが止まる。二つに同時に近づくとは——一方を感じながら、もう一方にも重さを届けることだ。両方を同時に感じ続けることで——太い道の二つの端が、初めて互いを向く』とあります」
しばらく——誰も、何も、言わなかった。
「両方を——同時に感じる、か」とジンが、低く、繰り返した。「水場を感じながら——建物にも、重さを届ける。片方を切らずに——両方に、近づく」
「……そうです」とカインが言った。「昨日、水場はジンさんの存在に気づきました。今日は——建物にも、気づいてもらう。水場が動き始めたから、建物も感じ取り始めている。その建物に——同じように、重さで近づく。そういう順番です」
「建物が——感じ取り始めてる、か」とノアが、静かに、言った。
「……そうです」とカインが言った。「水場が動いたことで——建物にも、何かが伝わっています。水場と建物は、太い道で繋がっているから。片方が動けば、もう片方にも届く。だから——今日は、建物にも近づく。両方から——太い道を動かす。そういう順番です」
―――
セレクが、静かに、口を、開いた。
「……教会の記録に——こうあります」とセレクが言った。「『六つで一組において、太い道の対に近づく際、聞き手が最も間違えやすいことがある。それは——先に動いた方を大事にしすぎて、もう一方を後回しにすることだ。後回しにすると、先に動いた方も止まる。太い道の二つは、常に互いを向いている。片方が孤立すると——もう片方も向きを失う。両方が同時に動いてこそ、太い道は太いままでいられる』とあります」
「片方を——後回しにすると、両方が止まる、か」とジンが言った。
「……そうです」とセレクが言った。「太い道の性質です。二つは長い時間をかけて、互いを向き続けてきた。片方だけが動いても——もう片方が動かなければ、繋がらない。繋がらないと、先に動いた方も、戻ってしまう。だから——両方に、同時に近づく。そういう記録です」
「……わかった」とジンが、低く、言った。「両方——同時に、近づく」
―――
一行は——水場へ、向かった。
水場が——あった。
昨日と同じ——古い、石造りの水場だった。
水が——昨日と同じだけ、満たされていた。
でも——
何かが、違った。
水の——向きが、違った。
ルルが、息を、止めた。
「……においが——した。水から——においが、した。昨日と——また、違う。昨日は、気づいただけだった。今日は——向いてきてる。ジンの方を——はっきり、向いてきてる。でも——建物の方も向いてる。建物と、ジンを——両方向いてる。昨日よりも——ジンの方が、重い。重くなってきてる。そういうにおいだ」
「重くなってきてる——か」とジンが言った。
「……うん」とルルが言った。「昨日は、ジンに気づいただけだった。今日は——向いてきてる。向いてきてるから——においが、重くなってきてる。長い時間の重さが——動き始めてる。そういうにおいだ」
ジンが——水場の前の地面に、手を、当てた。
「……ある」とジンが、小さく、言った。「水が——向いてきてる。昨日より——ずっと、はっきり、向いてきてる。重い。でも——動いてる。動きながら——建物の方も向いてる。建物と、ジンを——両方向いてる。その重さが——ある」
―――
しばらく——静かに、あった。
ジンが——水場の前の地面に手を当てたまま、いた。
水が——水場のまま、あった。
ノアが——ジンの隣に、来た。
地面に——手を、当てた。
「……また——一緒に感じる」とノアが言った。「昨日も、一緒だった。今日も——一緒に感じる」
「……頼む」とジンが言った。
ルルが、息を、止めた。
「……においが——また、変わった。二人が——水場の前にいる。水が——二人を感じてる。感じてるから——においが、また、少し、重くなってきた。二人がいることで——重さが、大きくなってきた。そういうにおいだ」
―――
昼が——来た。
ジンが、立ち上がった。
水場を——見た。
それから——建物の方を、見た。
水場の真向かいにある、古い建物。
扉が——閉まっていた。
「……建物にも——近づく」とジンが言った。「水場を感じながら——建物にも、重さを届ける。両方——同時に、感じる」
ジンが——建物の前に、立った。
建物の——扉の前に、立った。
地面に——手を、当てた。
「……ある」とジンが、小さく、言った。「建物の——重さが、ある。水場と——また、違う重さだ。水場の重さは、動いてた。建物の重さは——まだ, 動いてない。でも——ある。長い時間の重さが——ある。水場よりも——古い。もっと——奥の方にある。そういう重さだ」
ルルが、息を、止めた。
「……においが——した。建物から——においが、した。水場と——少し、違う。水場は、向いてきてた。建物は——まだ向いてない。精度——ある。重い。長い時間のにおいが——する。水場と同じ——時間の重さだ。でも、水場は動いてた。建物は——まだ、静かだ。ただ——ある。そういうにおいだ」
「まだ、静か——か」とジンが言った。
「……うん」とルルが言った。「動いてない。でも——ある。水場がジンに気づいたから——建物も、少し、感じてる。感じてるけど——まだ動いてない。気づいてない。そういうにおいだ」
―――
カインが——写しを、手に取った。
「……記録には——こうあります」とカインが言った。「『建物(道の端の片方)が動いていない時、聞き手は水場(もう一方)の重さを持ちながら建物の前に立つ。建物に近づくとは——水場の重さを建物へ届けることだ。水場の重さが建物に届いた時、建物は初めて水場の存在を感じる。感じることで——建物が動き始める』とあります」
「水場の——重さを、建物へ届ける、か」とジンが言った。
「……そうです」とカインが言った。「建物に近づく時、ジンさんはすでに水場の重さを受け取っています。その受け取った重さを——建物に届ける。建物は、水場の重さを知っているはずです。長い時間、水場と向き合ってきたから。その重さが届けば——建物は、水場がここにいると知る。知ることで——動き始める。そういう記録です」
「水場と向き合ってきた——時間の重さ、か」とノアが、静かに、言った。
「……そうです」とカインが言った。「建物と水場は——長い時間、互いを向いてきた。その時間が、太い道を作った。水場の重さが届けば——建物は、その長い時間を思い出す。思い出すことで——動き始める。そういう順番です」
―――
ジンが——建物の前の地面に、手を、当てた。
水場の重さを——思った。
昨日から——感じてきた、長い時間の重さを。
水場が——建物を向いていたことを。
水場が——ジンに気づいたことを。
「……届けてる」とジンが、小さく、言った。「水場の——重さを、届けてる。ここに——来た。受け取るために——来た。水場がお前を向いてたのを、感じてる。その重さを——届ける。受け取ってくれ」
ルルが、息を、止めた。
「……においが——した。建物から——においが、した。動いた——少し、動いた。ジンが水場の重さを届けた。届けたから——建物が、感じた。水場の重さを——感じた。感じてから——少し、動いた。気づき始めた。そういうにおいだ」
「気づき始めた——か」とジンが言った。
「……うん」とルルが言った。「まだ、向いてない。でも——気づき始めた。ジンが届けた水場の重さを——感じた。感じてから、動いた。昨日の水場と——同じだ。そういうにおいだ」
―――
シアが、空間を、静かに、探った。
「……見えてきた」とシアが言った。「建物から——細い何かが、動いた。昨日まで——建物からは、何も出てなかった。今日は——少し、動いた。水場の方に向かって——動いた。水場の方を、向こうとしてる。向こうとしてる。まだ、届いてない。でも——動いた。そういう見え方だ」
「水場の方を——向こうとしてる、か」とジンが言った。
「……うん」とシアが言った。「昨日、水場がジンの方に向いてきた。今日は——建物が水場の方に向こうとしてる。二つとも——動いてきてる。まだ繋がってない。でも——両方、動いてる。そういう見え方だ」
「両方——動いてる、か」とジンが、低く、繰り返した。
「……うん」とシアが言った。「水場は、ジンの方を向いてる。建物は——水場の方を向こうとしてる。二つが——別々の方向を向いてる。でも、どちらも——動いてる。どちらも——動いてる。そういう見え方だ」
―――
午後が——来た。
ジンが——水場と建物の間に、立った。
水場の前の地面に——もう一度、手を、当てた。
「……水場——まだ、向いてるか」とジンが、小さく、言った。「建物にも——届けた。建物が——感じ始めた。水場と建物が——両方、動いてる。まだ繋がってない。でも——両方、動いてる。ここにいる。両方——感じてる」
ルルが、息を、止めた。
「……においが——また、動いた。水場から——においが、動いた。建物が感じ始めたのを——水場が、感じてる。感じてるから——においが、また、変わった。静かな——においだ。安心した——においだ。建物が動き始めたことを——水場が、感じてる。そういうにおいだ」
「安心した——においか」とジンが言った。
「……うん」とルルが言った。「水場が——安心してる。建物が感じ始めたから——安心してる。長い時間——建物の方を向いてた。向きながら——待ってた。その建物が——感じ始めたから、安心してる。そういうにおいだ」
「待ってた——か」とジンが言った。
「……うん」とルルが言った。「水場は——ずっと、建物の方を向いてた。向きながら——待ってた。建物も、水場の方を向いてた。向きながら——待ってた。二つとも——ずっと、待ってた。そういうにおいだ」
―――
シアが、空間を、静かに、探った。
「……変わってきた」とシアが言った。「建物から出てた細い何かが——太くなってきた。さっきより——太い。水場の方に向かって——太くなりながら、伸びてる。水場から出てた糸も——建物の方に向かって、伸びてる。二つの糸が——互いの方に向かって、伸びてる。まだ繋がってない。でも——近づいてきてる。そういう見え方だ」
「近づいてきてる——か」とジンが言った。
「……うん」とシアが言った。「二つの糸が——互いに向かって、近づいてきてる。水場の糸と、建物の糸が——真ん中で会おうとしてる。まだ届いてない。精度——近づいてきてる。そういう見え方だ」
ルルが、息を、止めた。
「……においが——また、変わった。水場と建物の——あいだから、においが、してきた。二つのにおいが——真ん中で混ざり始めてる。まだ混ざりきってない。でも——混ざり始めてる。真ん中で——混ざり始めてる。そういうにおいだ」
「真ん中で——混ざり始めてる、か」とジンが言った。
「……うん」とルルが言った。「水場と建物のにおいが——真ん中で、少しずつ、混ざり始めてる。繋がり始めてる。まだ、繋がりきってない。でも——始まってる。そういうにおいだ」
―――
五本目の糸が——穏やかに、揺れた。
ルルが、息を、止めた。
「……アルトが——揺れてる」とルルが言った。「台地から——揺れてる。水場と建物が近づいてきてるのを——感じてる。太い道が——繋がりかけてるのを、感じてる。自分のことを——思い出してる。自分の時は——二つだった。ノアと、自分だった。待ってた。ノアが来てくれるまで——ずっと、待ってた。水場と建物も——ずっと、待ってた。そういうことを——感じてる揺れ方だ。嬉しい——揺れ方だ。でも——まだある、って揺れ方でもある。続きを——応援してる。そういう揺れ方だ」
「アルト——」とノアが、空に向かって、小さく、言った。「見てるか。水場と建物が——近づいてきてる。両方が——動いてる。ジンが——両方に、届けた。届けたから——両方、動いてる」
五本目の糸が——穏やかに、前を向いた。
―――
夕暮れが——近かった。
シアが、空間を、静かに、探った。
「……近い」とシアが言った。「二つの糸が——真ん中の一点に、近づいてきてる。水場の糸と、建物の糸が——あとほんの少しで、届く。届きそうだ。届きそうで——まだ届いてない。でも——ほんの少しだ。そういう見え方だ」
「ほんの少し——か」とジンが言った。
「……うん」とシアが言った。「ほんの少し——届いてない。でも、もうすぐだ。二つの糸が——真ん中で会おうとしてる。真ん中で会った時——太い道の二つの端が繋がる。そういう見え方だ」
ルルが、息を、止めた。
「……においが——また、動いた。真ん中で混ざってるにおいが——大きくなってきた。水場と建物のにおいが——真ん中で、もっと、混ざってきた。もうすぐ——一つになる。一つになった時——繋がる。そういうにおいだ。来る——もうすぐ、来る。でも——焦らない。ただ、感じながら、待つ。そういうにおいだ」
「待つ——か」とジンが言った。
「……うん」とルルが言った。「待つ。両方——感じながら、待つ。それだけだ。そういうにおいだ」
ジンが——水場と建物の間の地面に、手を、当てた。
両方を——同時に、感じた。
水場の重さ——建物の重さ。
長い時間の重さが——二つとも、そこに、あった。
「……感じてる」とジンが、低く、言った。「両方——感じてる。水場も、建物も——感じてる。待つ。ただ——感じながら、待つ」
―――
一息だけ——静かになった。
水が——止まった。
においが——止まった。
糸が——止まった。
一息だけ——
全て、止まった。
ルルが、息を、止めた。
「……来る」とルルが、小さく、言った。
―――
真ん中で——
何かが、繋がった。
水場と建物の——真ん中で。
糸が——届いた。
シアが、息を、止めた。
「……繋がった」とシアが言った。「水場の糸と、建物の糸が——真ん中で、繋がった。一本に——なった。水場と建物を繋ぐ——一本の太い糸に、なった。太い。すごく——太い。長い時間の重さが全部——一本の中に入ってる。そういう見え方だ。繋がった。太い道が——繋がった」
「繋がった——か」とジンが、静かに、言った。
「……うん」とシアが言った。「太い道の——一組目が繋がった。六つで一組の、最初の組が——繋がった。でも——まだ、残りの二組がある。速い道の組と、古い道の組が——まだ、ある。でも、一組目が繋がった。そういう見え方だ」
ルルが、目を、細めた。
「……においが——全部、動いた。真ん中で——水場と建物のにおいが、一つになった。長い時間の重さが——全部、一つのにおいになった。太い——においだ。すごく、太い。繋がった——においだ。一組目が、繋がった。そういうにおいだ」
「繋がった——か」とジンが、低く、言った。
「……うん」とルルが言った。「繋がった。長い時間——待ってた。待ってたから——繋がれた。待つことが——太い道を作ってた。そういうにおいだ」
―――
水場から——何かが、来た。
建物から——何かが、来た。
別々には——来なかった。
真ん中の糸を通して——一度に、来た。
シアが、息を、止めた。
「……動いた」とシアが言った。「繋がった糸が——動いた。水場と建物の両方から——同時に、何かが来てる。糸を通して——来てる。一本の糸の中を——両方から、来てる。真ん中で——会ってる。真ん中で会ってから——ジンたちの方に来てる。そういう見え方だ」
「真ん中で——会ってる、か」とジンが言った。
「……うん」とシアが言った。「水場から来たものと、建物から来たものが——真ん中で会って、一緒に来てる。別々じゃない。一緒に——来てる。そういう見え方だ」
ルルが、息を、止めた。
「……においが——来た。真ん中から——来た。水場のにおいと、建物のにおいが——一緒に、来た。一つのにおいになって——来た。重い。すごく——重い。長い時間——待ってたにおいだ。待ちながら——向いてたにおいだ。向きながら——諦めなかったにおいだ。全部——一緒に来た。そういうにおいだ」
「諦めなかった——においか」とジンが言った。
「……うん」とルルが言った。「水場も、建物も——諦めなかった。長い時間——向き合い続けた。向き合い続けてたから——太い道が、できてた。できてたから——繋がれた。諦めなかったことが——道を作ってた。そういうにおいだ」
―――
カインが——写しを、静かに、折り畳んだ。
「……記録には——こうあります」とカインが言った。「『太い道の対が繋がった後、その道の端には二つが向き合ってきた時間の全てが刻まれている。その時間の重さは消えない。繋がった後も——残り続ける。残り続けることで、太い道はさらに太くなる。太くなった道は——残りの二組の道にも、重さを届ける。一組が繋がれば——残りの二組が、その重さを感じ始める。それが、六つで一組の最初の組が果たす役割だ』とあります」
「一組が繋がれば——残りの二組が感じ始める、か」とジンが、水場と建物を、見た。
「……そうです」とカインが言った。「太い道が繋がったことで——残りの速い道と、古い道が、何かを感じ始める。どこかで——感じ始めてる。次に向かうべき組が——今夜、少し、動くかもしれない。そういう記録です」
「次に——向かうべき組、か」とノアが、静かに、繰り返した。
「……そうです」とカインが言った。「太い道が繋がったことを——残りの二組が感じる。感じることで——次の組が、聞き手の方を向き始める。その向き方が——次の道の質を教えてくれる。速い道か、古い道か——どちらが次かを、向き方が教えてくれる。そういう記録です」
―――
ジンが——水場と建物の間の地面に、手を、当てた。
「……繋がった」とジンが、静かに、言った。「長い時間——待ってた。向き合ってた。諦めなかった。その重さが——全部、ここにある。受け取った。全部——受け取った」
水場が——静かに、揺れた。
建物の扉が——わずかに、揺れた。
ルルが、目を、細めた。
「……においが——した。水場と建物から——においが、した。ジンが言ったのを——受け取った。受け取って——揺れた。怖くなかった、ってにおいだ。長い時間——向き合ってたのに、繋がれなくて、怖かった。でも——繋がれた。繋がれてから——怖くなかった。そういうにおいだ」
「繋がれてから——怖くなかった、か」とジンが、低く、繰り返した。
「……うん」とルルが言った。「繋がれてから——全部が、届いた。届いたから——怖くなかった。長い時間の重さが——全部、届いた。そういうにおいだ」
―――
五本目の糸が——大きく、穏やかに、揺れた。
ルルが、息を、止めた。
「……アルトが——揺れてる」とルルが言った。「台地から——大きく、揺れてる。一組目が繋がったのを——感じてる。太い道が繋がった。待ってたものが——繋がれた。自分のことを——思い出してる。自分がノアを待ってた時間を——思い出してる。長い時間——待った。でも——届いた。届いてから、怖くなかった。そういうことを——感じてる。嬉しい——揺れ方だ。でも——まだある、って揺れ方でもある。残りの二組を——応援してる。そういう揺れ方だ」
「アルト——」とノアが、空に向かって、小さく、言った。「見てたか。太い道が——繋がった。長い時間——向き合ってた。その時間が——道を太くしてた。ジンが——両方に届けた。届けたから——繋がった」
五本目の糸が——穏やかに、前を向いた。
―――
エリナが、手帳を、開いた。
ペンを、走らせた。
今日のこと——朝、ルルが「水が動き始めた、重さが動いた」と言ったこと、カインが「先に動いた方から離れずに、両方に同時に近づく」という記録を読み上げたこと、セレクが「片方を後回しにすると両方が止まる」という記録を示したこと、ジンが建物の前に立って水場の重さを届けようとしたこと、建物が気づき始めたこと、シアが二つの糸が真ん中に向かって伸びていくのを見続けたこと、夕暮れ前に一息の静けさが来てから太い道が繋がったこと、水場と建物から同時に何かが来てそれが真ん中で会ってからジンたちのもとへ来たこと、水場と建物が揺れて「繋がれてから怖くなかった」というにおいがしたこと、カインが「一組が繋がれば残りの二組が感じ始める」という記録を示したこと、アルトが待ってたものが届いた喜びに揺れたこと。すべてを、書いた。
書き終えて、ペンを止めた。
それから——もう一行、追加した。
『今日、太い道が繋がりました。水場と建物が——真ん中で、一つになりました。私はそれを見ていて、待つことについて考えました。水場と建物は、長い時間、向き合ってきた。向き合い続けてきた。でも——繋がれなかった。繋がれないまま——向き合い続けた。向き合い続けたことが、道を太くした。道が太くなったから——今日、繋がれた。待つことは何もしないことだと思っていました。でも今日を見ていて、違うと思いました。向き合い続けることが、待つことだ。向き合いをやめなかったことが——道を太くした。ジンが両方に届けることができたのは、両方がずっと向き合い続けていたからだ。向き合い続けていたから——ジンが届けた重さを受け取れた。待つことは、向き合い続けることだった。道の太さは、待ってきた時間の長さだった。今日もそういう順番を聞きました。エリナ・フォルス談。自分で書いておく』
集落は——静かだった。
でも——
何かが、そこに、あった。
太い道が繋がった後の——静かな何かが。
穏やかに——そこに、あった。
水場と建物の間で——太い道が、揺れ続けていた。
繋がったまま——静かに、揺れ続けていた。
ルルは、それを確かめて、眠った。
―――
ジンは——水場と建物の間の地面に、手を、当てた。
地面を——通して。
「……繋がった」とジンが、小さく、言った。「長い時間——待ってた。向き合ってた。諦めなかった。その重さが——全部、ここにある。一組目が——繋がった。でも——残りの二組が、ある。速い道か、古い道か——どちらかが、次だ。ルルが——感じてくれる。感じてから——動く」
地面の奥から——返事は、なかった。
でも——何かが、そこに、あった。
一組目が繋がった後の——何かが、あった。
穏やかに——そこに, あった。
暖炉の火が——穏やかに、揺れた。
集落の外の風が——遠く、あった。
アルトが——見ていた。
一行の背を——押していた。
夜が——深くなった。
太い道が繋がった夜が。
穏やかに——深くなった。
―――
― 第96話・了 ―
―――
次話予告:
翌朝、ルルが鼻先を向ける。「……においが——した。遠い——においだ。でも、来てる。二組目の——においだ。速い。すごく——速い。来ては、消えてる。来ては、消えてる。速い道だ。速い道の組が——どこかにいる。太い道が繋がったのを——感じてる。感じてるから——こっちに向いてきてる。速い。 tyranny——来てる。そういうにおいだ」。カインが写しを開く。「記録には——『太い道が繋がった後、速い道の組は聞き手の方へ素早く向いてくる。速い道の組に近づくには、速さで近づく。速さで近づくとは——来た時に、すぐに応える。間を置かずに——すぐに返す。間を置くと、速い道は通り過ぎてしまう。来た瞬間に——返すことが、速い道を掴む唯一の方法だ』とあります」。ジンが立ち上がる。「……速い。精度——ルルが感じてる。感じたら——すぐに動く。間を置かない。来た瞬間に——返す」。五本目の糸が——穏やかに、また、新しい方角を、向く。




