第94話「外の四本が、揺れてる、というルルの声と、揺れながら、揃ってきてる、というシアの声と、揃ったら——呼ぶ、というジンの声と、道の途中の集落の朝」
朝が、来た。
集落の朝は——静かだった。
でも——
昨日と、違った。
何かが——また、変わっていた。
昨日は、石がジンたちの恐れを受け止めてもらえた夜だった。
今日は——
受け止めた後の重さが、また、少し、前を向いていた。
それだけで、十分だった。
―――
ジンが、目を覚ました。
すぐに——地面の方角に、手を、向けた。
地面を——通して、聞いた。
何かが——あった。
昨日とは——また、違った。
重さが——違った。
昨日は——「石がジンたちを向いてきた、でも、まだ外の四つも向いてる」という感触だった。
でも今日は——
「石が、外の四つを向きながら——その四つ自体が、少し、揺れ始めている」という感触だった。
「……揺れてる」とジンが、小さく、言った。「外の四つが——揺れてる。石を通して——揺れてる。昨日とは——また、違う揺れだ。石の揺れじゃない。外の四つの——揺れだ。外から——来てる」
地面の奥から——返事は、なかった。
でも——何かが、そこに、あった。
石が信じることを始めた後の重さが——外の四つを揺らしたまま、あった。
―――
ルルが、目を覚ました。
すぐに——鼻を、向けた。
後ろ——台地の方角。穏やかな、温かいにおい。アルトが、台地から、こっちを見ている。
前——集落の真ん中。石のある方角。その周り——外の四つのいる方角。
ルルが、息を、止めた。
「……においが——また、変わってきた」とルルが言った。「昨日と——違う。石から——じゃない。外の四つから——においが、来てる。外の四つが——揺れてる。石がジンを向いてから——外の四つが、揺れ始めてる。石が動いたのを——感じてる。感じてるから——揺れてる。そういうにおいだ」
ジンが——少し、間を置いた。
「……石が動いたのを——感じてる、か」とジンが言った。
「……うん」とルルが言った。「外の四つが——石の変化を、感じてる。感じてるから、揺れてる。でも——まだ、バラバラだ。四つとも揺れてるけど——四つがバラバラに揺れてる。揃ってない。揃うには——もう少し、かかる。でも、揺れてる。ちゃんと——揺れてる。そういうにおいだ」
「バラバラに——揺れてる、か」とジンが言った。
「……うん」とルルが言った。「でも——揺れてる。昨日は揺れないでいた。今日——揺れ始めた。それで、いい。そういうにおいだ」
―――
カインが、写しを、広げた。
「……記録には——こうあります」とカインが言った。「『中心が聞き手の方へ注意を向けた後、外の四つへと繋がる道が初めて揺れ始める。外の四つが揺れ始めることが——十本の道のうち、外の四本が動き出す合図だ。外の四本が先に揃う。それが、五つで一組の最初の仕事だ』とあります」
全員が——カインを、見た。
「……続きには——こうあります」とカインが言った。「『外の四本が先に揃う理由は、外の四つが中心を通して互いを感じているからだ。中心が聞き手を信じ始めた時、中心を通る道が初めて温かくなる。温かくなった道を通して——外の四つは、互いの存在を改めて感じ合う。感じ合うことで、揺れ始める。揺れが揃うことで——外の四本は、一度に動く』とあります」
しばらく——誰も、何も、言わなかった。
「中心を通して——感じ合う、か」とジンが、低く、繰り返した。「外の四つは、直接じゃない。石を通して——互いを感じてる。石が温かくなったから——外の四つが、互いを感じ始めた」
「……そうです」とカインが言った。「石が聞き手を信じ始めたことで、石の中を通る道が変わりました。その変化が外へ伝わっている。外の四つは、その変化を感じてるから揺れてる。石の変化が——外の四つを動かしてる。そういう順番です」
「石が——外の四つを動かしてる、か」とノアが、静かに、言った。
「……そうです」とカインが言った。「中心が動いた後、外が動く。その順番は変えられない。外部——今、その順番通りに、動いてる。そういう記録です」
―――
セレクが、静かに、口を、開いた。
「……教会の記録に——こうあります」とセレクが言った。「『五つで一組において、外の四本が揃う際、聞き手は外の四つのどれかに意識を向けてはならない。意識を向けると、その道だけが先に動しようとして——四本の揃いが乱れる。聞き手は中心を感じながら、外の四つが自然に揃うのをただ待つ。待つことが——四本を同時に動かす、唯一の方法だ』とあります」
「また——待つ、か」とジンが言った。
「……そうです」とセレクが言った。「三つの時は呼びました。四つの時は感じながら待ちました。五つの外の四本は——待つことが仕事です。外の四つは、石を通して互いを感じてる。聞き手が何かをしようとすると、石を通る道が乱れます。石を通る道が乱れると——外の四つが感じ合えなくなる。だから——待つ。ただ、石を感じながら、待つ」
「石を感じながら——待つ」とジンが、静かに、繰り返した。
「……そうです」とセレクが言った。「外の四つは自分で揃います。揃ったら——次が来る。次に何をするかは、揃ってから考える。今日は——待つことが、全部です」
―――
一行は——石の前に、向かった。
石が——あった。
昨日と同じ——古い、大きな石だった。
苔が——昨日と同じだけ、生えていた。
でも——
何かが、違った。
石の周りの——空気が、違った。
ルルが、息を、止めた。
「……においが——した。石から——においが、した。昨日と——また、違う。昨日は、石がジンの方を向いてた。今日は——石が、外の四つの方も向いてる。両方——向いてる。石が——外の四つとジンを、両方、向いてる。真ん主にいる、ってにおいだ。中心にいる、ってにおいだ。昨日とは——また、違う。そういうにおいだ」
「中心にいる——ってにおいか」とジンが言った。
「……うん」とルルが言った。「石が——中心にいる、って感じてる。四つとジンを——両方向いてる。両方感じてる。昨日は、ジンを向くことで精一杯だった。今日は——両方向けてる。少し——余裕が出てきた。そういうにおいだ」
「余裕——か」とジンが、石を、見た。
「……うん」とルルが言った。「怖さが——少し、引いてきてるから。受け取ってもらえたから——少し、引いてきてる。引いてきた分だけ——余裕が出てきた。そういうにおいだ」
―――
ジンが——石の前の地面に、手を、当てた。
「……ある」とジンが、小さく、言った。「石が——両方を向いてる。外の四つの方も——向いてる。外の四つから——何かが、来てる。揺れが——来てる。バラバラだ。でも——来てる。石を通して——外の四つの揺れが、来てる」
ノアが——ジンの隣に、来た。
地面に——手を、当てた。
「……また——一緒に感じる」とノアが言った。「四つの時も、三つの時も——一緒だった。今日も——一緒に感じる」
「……頼む」とジンが言った。
カインも——反対の隣に、来た。
地面に——手を、当てた。
「……ここで聞く」とカインが言った。「記録じゃなく——ここで聞く」
ルルが、息を、止めた。
「……においが——また、変わった。三人が——石の前にいる。石が——三人を感じてる。感じてるから——外の四つへの道が、また、少し、温かくなってきた。温かくなってきたから——外の四つが、また、揺れてきた。三人がいることで——揺れが、大きくなってきた。そういうにおいだ」
―――
昼が——来た。
シアが、空間を、静かに、探った。
「……見えてきた」とシアが言った。「外の四つから——石に向かって、四本の糸が出てる。細い。でも——昨日よりも、太くなってる。四本とも——石に向かって、伸びてる。石から——外の四つへも、糸が出てる。石が——両方向に向いてるのが、見える。外の四本が——石を中心に、集まってきてる。でも——まだ揃ってない。四本とも細さが——少しずつ違う。四本が同じ太さになった時——揃う。そういう見え方だ」
「四本の細さが——少しずつ違う、か」とジンが言った。
「……うん」とシアが言った。「一番太いのと——一番細いのとで、まだ差がある。でも——どれも、動いてる。どれも、石に向かって、動いてる。揃おうとしてる。そういう見え方だ」
「揃おうとしてる——か」とジンが言った。
「……うん」とシアが言った。「自分で——揃おうとしてる。ジンたちが何かしてるわけじゃない。外の四つが——石を通して互いを感じて、自分で揃おうとしてる。そういう見え方だ」
―――
午後が——来た。
ルルが、息を、止めた。
「……においが——動いた。外の四つから——石へ、においが、動いた。さっきより——はっきり。四つとも——石の方を向いてる。石を——感じてる。石を通して——互いを感じてる。でも——まだ、バラバラだ。一番はっきりしてるのと——一番薄いのとで、まだ差がある。揃ってない。でも——動いてる。動いてるから、揃ってくる。そういうにおいだ」
「まだ差がある——か」とジンが言った。
「……うん」とルルが言った。「でも、縮まってきてる。さっきより——差が縮まってきてる。ゆっくり。でも、縮まってきてる。そういうにおいだ」
ジンが——地面に手を当てたまま、目を、細めた。
「……待つ」とジンが、低く、言った。「外の四つが——自分で揃う。待つ。ただ——石を感じながら、待つ」
「……うん」とルルが言った。「それだけだ。そういうにおいだ」
―――
五本目の糸が——穏やかに、揺れた。
ルルが、息を、止めた。
「……アルトが——揺れてる」とルルが言った。「台地から——揺れてる。外の四つが揺れ始めたのを——感じてる。五つで一組は、初めてだ。自分の時は——二つだった。でも、五つでも、外が揺れることがあるんだ、って——感じてる。中心が動いたから、外が動いた。その順番を——感じてる。嬉しい——揺れ方だ。でも——まだある、ってにおいでもある。続きを——見てる。そういう揺れ方だ」
「アルト——」とノアが、空に向かって、小さく、言った。「見てるか。外の四つが——動き始めた。石が——動かした。石が動いたから——外が、動いた」
五本目の糸が——穏やかに、前を向いた。
―――
夕暮れが——近かった。
シアが、空間を、静かに、探った。
「……変わってきた」とシアが言った。「さっきより——四本の差が、縮まってきた。一番細かったのが——太くなってきた。一番太かったのに——近づいてきた。四本が——同じ太さに、近づいてきた。揃ってきてる。まだ、揃いきってない。でも——揃ってきてる。そういう見え方だ」
「揃ってきてる——か」とジンが言った。
「……うん」とシアが言った。「まだだ。でも——揃ってきてる。もうすぐ——四本が、同じ太さになる。同じ太さになった時——揃う。そういう見え方だ」
ルルが、息を、止めた。
「……においが——また、大きく、変わってきた。外の四つが——石を中心に、揃ってきてる。四つのにおいの差が——縮まってきてる。もうすぐ——四本が、揃う。揃ったら——次が来る。次が何かは——まだわからない。でも、次が来る。そういうにおいだ」
「次が——来るか」とジンが言った。
「……うん」とルルが言った。「揃ってから——次が来る。今日——揃うかもしれない。そういうにおいだ。でも——焦らない。焦ったら、乱れる。待つ。ただ——待つ。そういうにおいだ」
「……わかった」とジンが言った。「待つ」
―――
シアが、息を、止めた。
「……揃った」とシアが言った。「四本が——揃った。外の四つから石に向かう四本が——同じ太さに、揃った。四本とも——同じだ。同じ太さで——石に向かってる。石に——集まってる。四本が石に集まってる。でも——石から先が、まだ動いてない。石から先の六本が——まだだ。外の四本が揃っただけだ。でも——揃った。揃ったのは、確かだ。そういう見え方だ」
「揃った——か」とジンが、静かに、言った。
「……うん」とシアが言った。「でも——石から先が、まだ動いてない。外の四本が揃ったら——石が動く。石が動く時が——次だ。そういう見え方だ」
カインが——写しを、手に取った。
「……記録には——こうあります」とカインが言った。「『外の四本が揃った後、中心は初めて——聞き手と外の四つを同時に感じる。同時に感じることで——中心が動く。中心が動く時、聞き手はただ、そこにいる。中心が自分で動くのを——待つ。中心が動いた時が——十本の道が一度に開く、入り口だ』とあります」
「中心が——自分で動く、か」とジンが言った。
「……そうです」とカインが言った。「外の四本が揃ったことで——石が初めて、聞き手と外の四つを同時に感じてる。同時に感じてるから——石が動く。動くタイミングは——石が決める。聞き手が動かすのではない。石が——自分で動く。そこが、最後の入り口です」
「石が——自分で動く入り口、か」とノアが、静かに、言った。
「……そうです」とカインが言った。「外の四本が揃った時が——石が動く前の、最後の静けさです。その静けさを——乱さずにいる。それだけが、今の仕事です」
―――
ルルが、息を、止めた。
「……においが——した。外の四本が揃ってから——石から、においが、した。大きく——した。外の四つを感じながら、ジンたちも感じてる。両方——同時に、感じてる。初めてだ。石が——両方を同時に感じてる。それが——においでわかる。新しい——においだ。今まで、なかった——においだ。そういうにおいだ」
「両方——同時に感じてる、か」とジンが言った。
「……うん」とルルが言った。「石が——外の四つとジンを、同時に感じてる。感じてるから——においが、変わった。新しい——においになった。これが——石が動く前の、においだ。そういうにおいだ。来る——もうすぐ、来る。そういうにおいだ」
シアが、空間を、探った。
「……変わった」とシアが言った。「石から——全方向に、何かが広がってる。さっきまでは、外の四本だけ揃ってた。今は——石から先も、動き始めてる。石が——全部の方向を向こうとしてる。十本全部が——石から、動こうとしてる。まだ揃ってない。でも——動こうとしてる。石が——動こうとしてる。そういう見え方だ」
「石が——動こうとしてる、か」とジンが言った。
「……うん」とシアが言った。「自分で——動こうとしてる。もうすぐだ。そういう見え方だ」
―――
一息だけ——静かになった。
石が——止まった。
においが——止まった。
糸が——止まった。
一息だけ——
全て、止まった。
ルルが、息を、止めた。
「……来る」とルルが、小さく、言った。
―――
石が——
動いた。
集落の真ん中で——石が、動いた。
動いたのではなく——
動こうとした、のかもしれなかった。
でも——
何かが、石から、出た。
石から——全方向に、何かが、出た。
シアが、息を、止めた。
「……揃った」とシアが言った。「十本の道が——揃った。一度に——同じ方向を向いた。外の四本も、石からジンへの道も、石から外の四つへの道も——全部、一度に、揃った。全部で十本が——揃った。入り口が——開いてる。開いてる。十本が同時に——開いてる。そういう見え方だ」
ジンが——目を、細めた。
地面に手を当てたまま——石の重さを、外の四つの重さを、同時に、感じた。
石の重さ——外の一つ目の重さ——外の二つ目の重さ——外の三つ目の重さ——外の四つ目の重さ。
五つが——同時に、動いていた。
十本の道が——同時に、開いていた。
「……動いてる」とジンが、低く、言った。「五つとも——同時に、動いてる。十本が——同時に、開いてる。感じてる。五つとも——ちゃんと、感じてる」
ルルが、息を、止めた。
「……においが——全部、揃った。五つとも——同じにおいで、揃ってる。十本の道が——一度に開こうとしてる。今だ。そういうにおいだ」
「今だ——か」とジンが言った。
「……うん」とルルが言った。「今——開く。でも——どうする。三つの時は呼んだ。四つの時は感じるだけだった。五つは——どうするんだ。そういうにおいだ。わからない。でも、今だ。そういうにおいだ」
カインが——急いで、写しを、広げた。
「……記録には——こうあります」とカインが言った。「『五つで一組において、十本の道が揃った時——聞き手は中心に向けて、ただ一言、声を届ける。言葉は何でもよい。中心が聞き手を信じているから——声は必ず届く。声が届いた時、中心が外の四つに向けて——全てを開く』とあります」
「中心に——声を届ける、か」とジンが言った。
「……そうです」とカインが言った。「三つの時は外の三つを同時に呼びました。四つの時は呼ばずに感じました。五つの時は——中心に、ただ、声を届ける。中心が信じてくれてるから——声は届く。中心が、その声を受け取って——外の四つへと全部を開く。そういう記録です」
「中心が——開く」とジンが言った。
「……そうです」とカインが言った。「聞き手が開くのではない。中心が——自分で開く。聞き手は——声を届けるだけです」
ジンが——石を、見た。
石が——そこに、あった。
十本の道が——開いたまま、あった。
ジンが——少し、息を、吸った。
「……聞こえてるか」とジンが、石に向かって、静かに、言った。「ここに——いる。ずっと——ここにいる」
―――
一息だけ——静かになった。
十本の道が——止まった。
においが——止まった.
石が——止まった。
一息だけ——
全て、止まった。
シアが、息を、止めた。
「……来る」とシアが、小さく、言った。
―――
石が——
光った。
昨日のように一瞬だけではなかった。
ゆっくりと——光り続けた。
光りながら——
外の四つの方を、向いた。
石から——何かが、出た。
四方に——何かが、出た。
ルルが、息を、止めた。
「……においが——全部、動いた。石から——四方に、においが、動いた。外の四つの方へ——動いた。石が——外の四つへ、届けてる。開いてる。石が——自分で、外の四つへ、届けてる。そういうにおいだ」
「石が——届けてる、か」とジンが言った。
「……うん」とルルが言った。「石が——自分で届けてる。ジンが声を届けたから——石が、外の四つへ、届けてる。外の四つが——今、受け取ってる。そういうにおいだ」
―――
しばらく——
静かだった。
石が——光り続けていた。
外の四方へ——光が、伸びていた。
それから——
外の四つから——何かが、来た。
四方から——同時に、来た。
別々には——来なかった。
一度に——来た。
シアが、息を、止めた。
「……揃った」とシアが言った。「外の四つから——返事が、来た。四つとも——同時に。一度に——来た。十本の道が——全部、一度に、繋がった。石と外の四つと、ジンたちが——全部、一本の道の中にいる。十本が一つになってる。そういう見え方だ」
「一つになってる——か」とジンが言った。
「……うん」とシアが言った。「十本が——一本になってる。石が中心で——外の四つとジンたちが、全部、繋がってる。そういう見え方だ。全部——繋がった。そういう見え方だ」
ルルが、目を、細めた。
「……においが——全部、繋がった。石の中心から——外の四つへ、そしてジンたちへ——全部、一つのにおいで、繋がってる。五つとも——繋がってる。十本が一つになった——においだ。そういうにおいだ。届いた。全部——届いた。そういうにおいだ」
「届いた——か」とジンが、低く、言った。
「……うん」とルルが言った。「全部——届いた。石が届けた。外の四つが受け取った。返事が来た。全部——繋がった。そういうにおいだ」
―――
外の四つから——声が、来た。
四つの声が——一度に、来た。
でも——
四つの声は、別々には来なかった。
石を通して——一度に、来た。
石の光の中に——四つが、あった。
ルルが、息を、止めた。
「……声が——来た。四つとも——来た。太平洋——石を通して、来た。石が——届けてくれた。石の声じゃない。外の四つの声だ。でも——石を通して、来た。石が——真ん主にいるから。石が中心だから——石を通して、来た。そういうにおいだ。五つとも——ちゃんと、来た。そういうにおいだ」
「石を通して——来た、か」とジンが、石を、見た。
「……うん」とルルが言った。「石が——届けてくれた。中心だから——届けられた。石じゃなかったら、届かなかった。石が中心にいてくれたから——四つが届いた。そういうにおいだ」
ジンが——石を、見た。
石が——まだ、光っていた。
「……届けてくれた、か」とジンが、石に向かって、静かに、言った。「ありがとう」
石が——また、光った。
一度——大きく、光った。
ルルが、目を、細めた。
「……石から——においが、した。ジンが言ったのを——受け取った。受け取って——また、光った。怖くなかった、ってにおいだ。恐れてたけど——怖くなかった。信じてから——怖くなかった。そういうにおいだ」
「信じてから——怖くなかった、か」とジンが、低く、繰り返した。
「……うん」とルルが言った。「信じてから——全部が届いた。届いたから——怖くなかった。恐れは——まだある。でも、怖くなかった。そういうにおいだ」
―――
カインが——写しを、静かに、折り畳んだ。
「……記録には——こうあります」とカインが言った。「『五つで一組の声が届いた後、残る道は十本が中心を核として編まれた形をしている。中心が全体を束ねているため、十本は一本として機能する。六本の編まれた道よりも、さらに強い形で残る。中心が核であり続ける限り——十本は切れない。そして——中心が信じた聞き手の声の方角へと、その道の端は永く向き続ける』とあります」
「十本が——一本として残るか」とジンが、石を、見た。
「……そうです」とカインが言った。「六本の時は、六本が編まれて残りました。十本の時は——中心を核として、一本として残ります。中心が核にあるから、一本として機能する。切れない。中心がある限り——切れない。そういう記録です」
「中心が——核として残るか」とノアが、静かに、繰り返した。
「……そうです」とカインが言った。「石は——核として残ります。核にある限り——十本は動き続ける。声が届いた後も——動き続ける。石が中心にいてくれたから、届いた。届いた後も——石は中心にいる。そういう記録です」
ジンが——石を、見た。
石が——静かに、光り続けていた。
中心として——穏やかに、光り続けていた。
「……核——か」とジンが言った。「中心にいてくれたから——全部が届いた。届いた後も——核にいる、か」
―――
五本目の糸が——大きく、穏やかに、揺れた。
ルルが、息を、止めた。
「……アルトが——揺れてる」とルルが言った。「台地から——大きく、揺れてる。五つが届いたのを——感じてる。十本の道が一本になったのを——感じてる。自分のことを——思い出してる。自分の時は——二つだった。ノアと、自分の、二つだった。でも今日は——五つが届いた。石が中心で届けた。中心が信じたから——届いた。そういうことを——感じてる揺れ方だ。嬉しい——揺れ方だ。中心が信じることの難しさを——知ってる。知ってるから——余計に嬉しい。そういう揺れ方だ」
「アルト——」とノアが、空に向かって、小さく、言った。「見てたか。五つ——届いた.石が——届けてくれた。中心が——届けてくれた」
五本目の糸が——穏やかに、前を向いた。
―――
エリナが、手帳を、開いた。
ペンを、走らせた。
今日のこと——朝、ルルが「外の四つが揺れてる、バラバラだけど揺れてる」と言ったこと、カインが「外の四本が先に揃う、中心を通して外の四つが互いを感じるから」という記録を読み上げたこと、セレクが「意識を向けたら乱れる、待つことが唯一の方法だ」という記録を示したこと、ジンとノアとカインの三人が石の前で待ち続けたこと、シアが四本の差が縮まっていくのを確認し続けたこと、夕暮れ前に外の四本が同じ太さに揃ったこと、石が十本全部を一度に開こうとしたこと、ジンが「聞こえてるか、ここにいる、ずっとここにいる」と石に向かって言ったこと、石が光り外の四つへ向けて開いたこと、外の四つから一度に返事が来たこと、石を通して四つの声が届いたこと、石が「怖くなかった、信じてから怖くなかった」というにおいを放ったこと、十本が中心を核として一本になって残ること、アルトが中心が信じることの難しさを知っているから余計に嬉しいと揺れたこと。すべてを、書いた。
書き終えて、ペンを止めた。
それから——もう一行、追加した。
『今日、石が届けてくれました。石が——外の四つへ、届けてくれた。私はそれを見ていて、中心とはそういうものなのだと思いました。四つの時の最初の結び目も、中心でした。でも今日の石は、もっと違う中心でした。四つの時の器は、消えかけていた。でも石は、恐れていた。恐れながら——信じることを選んだ。信じてから——届けた。信じる前には届けられなかった。信じてから——初めて届けられた。中心が届けるのは、声ではない。信じることだ、と思いました。信じることが、届けることの中心にある。声はその後から来る。順番があった。ジンが「ここにいる」と言ったことで、石が動いた。ジンは何かを伝えようとして言ったのではないと思います。ただ——そこにいることを、言った。そこにいることを言われた石が、動いた。いることが、声を動かした。いることが——先にあった。今日もそういう順番を聞きました。エリナ・フォルス談。自分で書いておく』
集落は——静かだった。
でも——
何かが、そこに、あった。
五つが届いた後の——静かな何かが。
穏やかに——そこに、あった。
石が——核として、光り続けていた。
集落の真ん中で——静かに、光り続けていた。
ルルは、それを確かめて、眠った。
―――
ジンは——石の前の地面に、手を、当てた。
地面を——通して。
「……届いた」とジンが、小さく、言った。「五つとも——届いた。石を通して——届いた。石が——届けてくれた。怖かったのに——信じてくれた。信じてから——届けてくれた。受け取った。全部——受け取った。十本が一本になって——残ってる。核にいる。ちゃんと——核にいる」
地面の奥から——返事は、なかった。
でも——何かが、そこに、あった。
恐れを受け止めた夜とも、注意が動いた朝とも——また、違う何かが、あった。
五つが届いた後の——何かが、あった。
穏やかに——そこに、あった。
石が——核として、光っていた。
暖炉の火が——穏やかに、揺れた。
集落の外の風が——遠く、あった。
アルトが——見ていた。
一行の背を——押していた。
夜が——深くなった。
五つが届いた夜が。
穏やかに——深くなった。
―――
― 第94話・了 ―
―――
次話予告:
翌朝、ルルが鼻先を向ける。「……においが——また、来てる。次の——においだ。でも——今度は、また、違う。六つ——かもしれない。五つじゃない。でも——形が、また、違う。五つの時の中心と外の四つ、じゃない。もっと——複雑な形だ。でも、においはしてる。遠い。ずっと——遠い。でも、ちゃんと、来てる。そういうにおいだ」。カインが写しを開く。「記録には——『五つで一組を届けた者は、次に向かう時、これまでよりも遠く、これまでよりも複雑な形の声を感じる。十本が一本として届いた経験が——次の形を早く感じさせる。届けた形が複雑なほど——次もまた、複雑な形で来る』とあります」。ジンが立ち上がる。「……また、違う来方だ。でも——においがしてる。ルルが——感じてる。行く」。五本目の糸が——穏やかに、また、新しい方角を、向く。




