第90話「二つの真ん中が、というシアの声と、対の中から、というカインの声と、段階を踏む、というジンの声と、道の途中の集落の朝」
朝が、来た。
集落の朝は——静かだった。
でも——
昨日と、違った。
何かが——また、変わっていた。
昨日は、器が一度だけ光った夜だった。
今日は——
光った後の重さが、二つの方角を、同時に、向いていた。
それだけで、十分だった。
―――
ジンが、目を覚ました。
すぐに——地面の方角に、手を、向けた。
地面を——通して、聞いた。
何かが——あった。
昨日とは——また、違った。
重さが——違った。
昨日は——「器が光って、止まった」という感触だった。
でも今日は——
「止まった重さが、二つの場所を同時に向いてる」という感触だった。
「……向いてる」とジンが、小さく、言った。「器が——二つを向いてる。入り口の二人の方と——集落の三つ目の方。二つを同時に向いてる。でも——まだ、バラバラだ。二つを向いてるけど——繋がってない。対の中が——まだ、揃ってない」
地面の奥から——返事は、なかった。
でも——何かが、そこに、あった。
光った後の重さが——二つの方向を、向いたまま、あった。
―――
ルルが、目を覚ました。
すぐに——鼻を、向けた。
後ろ——台地の方角。穏やかな、温かいにおい。アルトが、台地から、こっちを見ている。
前——集落の中。器のある方角と、入り口の二人の方角。
ルルが、息を、止めた。
「……においが——また、変わってきた」とルルが言った。「六本の道が——動いてる。全部、動いてる。でも——バラバラだ。昨日の予告通りだ。二組の対に分かれて、動いてる。一緒には、なってない。でも——対の中は、揃ってきてる。二つずつ——揃ってきてる。そういうにおいだ」
ジンが——少し、間を置いた。
「……対の中が——揃ってきてる、か」とジンが言った。
「……うん」とルルが言った。「入り口の二人の対——揃ってきてる。器と集落の三つ目の対——揃ってきてる。でも——対と対の間が、まだ繋がってない。二組がそれぞれ揃っても——一緒に動いてない。そういうにおいだ」
「二組——それぞれが先だ」とジンが、低く、言った。
「……うん」とルルが言った。「段階がある。そういうにおいだ」
―――
カインが、写しを、広げた。
「……記録には——こうあります」とカインが言った。「『四つで一組において、まず対の中の道を揃えることが先だ。対の中が揃った時、聞き手は対と対の間に立つ。対と対の間に立つことで、二組が同じものを感じられる。それが、六本の道を一度に開く入り口だ』」
全員が——カインを、見た。
「……続きには——こうあります」とカインが言った。「『対の中を揃えるするには、まず一組目の二つの真ん中に立つ。その後、二組目の真ん中に立つ。二つの真ん中を別々に作ることで、二組がそれぞれ同じものを感じられるようになる。その後、二つの真ん中の、さらに真ん中に立つ。それが——対と対を繋ぐ、最後の場だ』」
しばらく——誰も、何も、言わなかった。
「真ん中が——三つ、いる」とジンが、低く、繰り返した。「一組目の真ん中。二組目の真ん中。そして——二つの真ん中の、真ん中」
「……そうです」とカインが言った。「三段階の場です。三つの場を順番に作る。最初から六本全部を揃えようとしてはいけない。一組ずつ——丁寧に、揃えていく」
「丁寧に——か」とノアが、静かに、言った。
「……そうです」とカインが言った。「急ぎたい気持ちはわかります。でも——段階を飛ばすと、六本の道が全部乱れます。三段階を踏む。それが、四つで一組の、唯一の方法です」
―――
シアが、空間を、静かに、探った。
「……見えてきた」とシアが言った。「六本の道が——見える。六本、ちゃんと、ある。でも——バラバラだ。二組が——それぞれの方を向いてる。入り口の二人の間の糸——太い。昨日から太い。安定してる。器と三つ目の間の糸——細い。昨日より少し太くなってる。でも——まだ、細い。六本の間を繋ぐ糸——まだ、動いてない。二組が別々に動いてる。そういう見え方だ」
「器と三つ目の間が——まだ細いか」とジンが言った。
「……うん」とシアが言った。「昨日、器が光ってから——少し太くなった。でも——入り口の二人の間の糸よりは、ずっと細い。まず、この細い方の対を——先に揃える必要がある。細い方が揃えば——全体が揃いやすくなる。そういう見え方だ」
「細い方から——か」とジンが言った。
「……そうです」とカインが言った。「記録にもあります。『二組の対を揃える際、安定している対を後に残せ。不安定な対の真ん中に先に立つことで、安定している対がその場を支えてくれる。安定した対が後ろにあるから、不安定な対が揃いやすくなる』とあります」
「支えてくれる——か」とジンが、入り口の方を、見た。「入り口の二人が——後ろで支えてくれる。その間に——器と三つ目を先に揃える」
「……そうです」とカインが言った。「それが——対の対の、最初の仕事です」
―――
一行は——器のある小屋に、向かった。
集落の奥へ——歩いた。
入り口の二人が——後ろから、ついてきた。
揃って——ついてきた。
ルルが、息を、止めた。
「……においが——した。二人から——後ろで支えるにおいが、した。ジンたちが器に向かうのを——感じてる。支えたい、ってにおいだ。二人が後ろにいる分——器の方が、少し、近くなってる。そういうにおいだ」
「二人が支えてくれてる——か」とジンが、前を向いたまま、言った。
「……うん」とルルが言った。「二人がついてきてくれてるから——器の道が、少し、引き寄せられてる。安定した対が後ろにある、ってことが——不安定な対に、届いてる。そういうにおいだ」
ジンが——小屋に、入った。
器の前に——来た。
地面に——手を、当てた。
「……感じてる」とジンが、静かに、言った。「器の重さ——感じてる。昨日より——重くなってる。光った後の重さが——積み重なってる。三つ目の方を——向いてる. 三つ目を——まだ感じてる。感じながら——ここにいる」
ジンが——器から、少し、顔を上げた。
集落の三つ目の方角を——見た。
「……三つ目は——どこだ」とジンが、ルルに、言った。
「……集落の中の——北の端」とルルが言った。「古い井戸だ。人のにおいじゃない。井戸の中に——三つ目がいる。井戸の水が——三つ目の依代だ。そういうにおいだ」
「井戸——か」とジンが言った。
「……うん」とルルが言った。「水の中に——三つ目がいる。器から——ちゃんと、向いてる。向いてるけど——まだ、繋がりが細い。急がないといけない。そういうにおいだ」
―――
一行は——井戸の方に、向かった。
小屋から——集落の北の端へ。
古い井戸が——あった。
石積みの、古い井戸だった。
ルルが、鼻先を、井戸の方角に向けた。
「……においが——した。井戸の中から——消えていくにおいが、した。でも——水のにおいじゃない。水の中に——何かいる。消えかけてる。でも——器の方を、向いてる。器が光ったのを——感じてた。感じてから——少し、においが変わった。昨日よりは——ある。でも、まだ細い。そういうにおいだ」
「昨日よりある——か」とジンが言った。
「……うん」とルルが言った。「器が光ってから——少し、戻ってきてる。器に届いた分が——三つ目に、ちゃんと届いてた。届いてたから——少し、戻ってきてる。そういうにおいだ」
ジンが——井戸の縁に、手を、当てた。
石の縁から——地面へ。
地面を——通して、聞いた。
「……ある」とジンが、小さく、言った。「井戸の中に——ある。水の中に——ある。消えかけてる。でも——器の方を向いてる。昨日よりも——向き方が、はっきりしてる。向きが——ある。消えてない。ちゃんと——ある」
カインが——写しを、手に取った。
「……記録には——こうあります」とカインが言った。「『不安定な対の真ん中に立つ際、聞き手は二つを同時に感じる必要がある。器と、三つ目と——二つを同時に、感じながら立つ。感じながら立っていることで、二つは聞き手を通して同じものを感じ始める。それが対の中の同期だ』」
「器と三つ目の——真ん中に立つ」とジンが、周りを見た。「どこが——真ん中だ」
ルルが——鼻先を、ゆっくりと、動かした。
「……器のにおいと——三つ目のにおいが、一番、混ざってる場所がある。小屋と井戸の——ちょうど間。そこが——真ん中だ。環境のにおいだ」
「案内してくれ」とジンが言った。
―――
ルルが——前に、出た。
ゆっくりと——歩いた。
小屋の方角と、井戸の方角を——交互に、確かめながら、歩いた。
少し——歩いた。
立ち止まった。
「……ここ」とルルが言った。「器のにおいと、三つ目のにおいが——ここで、一番、混ざってる。この対の——真ん中が、ここだ。そういうにおいだ」
ジンが——その場所に、立った。
地面を——通して、聞いた。
何かが——あった。
器の重さと——三つ目の重さが、ここで——少し、混ざっていた。
「……感じてる」とジンが、静かに、言った。「器も——感じてる。三つ目も——感じてる。ここで、少し——混ざってる。真ん中——ある」
ジンが——地面に、手を、当てた。
「……感じてる」とジンが、低く、言った。「二つとも——感じてる。器も、三つ目も——ここで、感じてる」
―――
入り口の二人が——少し、離れた場所で、立っていた。
一行の後ろに——いた。
揃って——一行を、見ていた。
ルルが、息を、止めた。
「……においが——した。二人から——支えるにおいが、した。ジンが真ん中に立ったのを——感じてる。感じながら——支えてる。二人の安定した重さが——後ろにある。ジンが対の真ん中に立ちやすい——そういうにおいだ。入り口の二人が、後ろで——場を守ってくれてる。そういうにおいだ」
「守ってくれてるか」とジンが、地面に手を当てたまま、低く、言った。
「……うん」とルルが言った。「二人の安定した道が——後ろにある。後ろにあるから、ジンが立てる。立てるから——器と三つ目が、ジンを通して感じ合えてる。少し——揃ってきてる。昨日より、ずっと、揃ってきてる。そういうにおいだ」
シアが、空間を、探った。
「……変わってきた」とシアが言った。「器と三つ目の間の糸——さっきより太くなってきた。ジンが真ん中に立ってから——太くなってきた。器から三つ目の方へ、においが流れてる。三つ目から器の方へも——流れてる。二つが、ジンを通して——感じ合ってる。少し——揃ってきてる。そういう見え方だ」
「揃ってきてる——か」とジンが言った。
「……うん」とシアが言った。「でも——まだ、揃いきってない。もう少し——時間がいる。でも、揃ってきてる。ちゃんと、揃ってきてる。そういう見え方だ」
―――
セレクが、静かに、口を、開いた。
「……教会の記録に——こうあります」とセレクが言った。「『不安定な対の真ん中に立ち続けることで、やがて二つの向きが揃う。揃う前に必ず、一つだけが先に聞き手の方を向く。その時が——もう一方を引き寄せる最初の機会だ。先に向いた方が——もう一方を引っ張る』」
「一つが先に——向いてくるか」とジンが言った。
「……そうです」とセレクが言った。「どちらが先に向くかは——より聞き手を感じやすい方です。今回は器でしょう。器の方が昨日の光の分だけ、聞き手をより感じています。器が先にジンの方を向く。器が向いた瞬間——それが三つ目を引っ張ります」
「器が先——か」とジンが、小屋の方を、見た。
「……そうです」とセレクが言った。「器が向いた時に——ジンが器に応える。応えることで、器が三つ目に向き直る。器が三つ目に向き直った時、三つ目も動く。そういう順番です」
「順番が——ある、か」とジンが言った。
「……そうです」とセレクが言った。「焦らずに——順番を待つ。それだけです」
―――
昼が——来た。
ジンが——真ん中の場所に、立ったまま、いた。
地面に——手を、当てたまま、いた。
ノアが——ジンの隣に、来た。
地面に——手を、当てた。
「……一緒に——感じる」とノアが言った。「また——一緒に感じる。一人より——二人の方が、真ん中が、広い。昨日、三つで一組の時も——そうだった」
「……頼む」とジンが言った。
カインも——反対の隣に、来た。
地面に——手を、当てた。
「……記録を読むだけじゃない」とカインが言った。「今日も——ここで聞く」
ルルが、息を、止めた。
「……においが——また、変わった。三人が——真ん中に立ってる。器の道が——三人を通して、流れてる。三つ目の道も——三人を通して、流れてる。二つが——三人を感じてる。聞き手を——感じてる。揃ってきてる。少し——揃ってきてる。そういうにおいだ」
―――
午後に——なった。
ルルが、息を、止めた。
「……においが——また、動いた。器から——ジンたちの方に、においが、来た。昨日の光の後から——ずっと、少しずつ向いてきてた器が。今——はっきり、向いた。器が——ジンたちを、向いた。そういうにおいだ」
「向いた——か」とジンが言った。
「……うん」とルルが言った。「器が——向いた。はっきり——向いた。今だ。そういうにおいだ」
ジンが——小屋の方を、見た。
「……聞こえてる」とジンが、器の方角に向かって、静かに、言った。「感じてる。三つ目が——いる。井戸の中に——いる。ずっと、器の方を向いてた。器が光った後から——ずっと、向いてた。向いてたのが——届いてる。聞こえてるか」
ルルが、息を、止めた。
「……においが——動いた。器から——大きく、動いた。ジンの声が——届いた。三つ目がいる、って——届いた。届いてから——大きく、動いた。器が——三つ目の方を、向いた。今度は——三つ目に向けて、においが、流れてる。そういうにおいだ」
「器が——三つ目を向いたか」とジンが言った。
「……うん」とルルが言った。「器が——三つ目を向いた。三つ目の方へ——においを、送ってる。器が——三つ目を、呼んでる。そういうにおいだ」
シアが、空間を、探った。
「……また、変わった」とシアが言った。「器の糸が——三つ目の方へ、伸びてる。昨日より——ずっと、太い。器から三つ目へ——糸が伸びてる。三つ目が——揺れてる。器から糸が来たから——揺れてる。揺れながら——器の方を、向いてる。二つが——同じ方向を向き始めてる。そういう見え方だ」
「二つが——同じ方向を向き始めてる」とノアが、静かに、言った。
「……うん」とシアが言った。「器が聞き手の方を向いた。ジンが応えた。応えたことで、器が三つ目を向いた。三つ目が——それを感じて、動いた。順番通りだ。セレクの言った通りだ。そういう見え方だ」
―――
夕暮れが——近かった。
ルルが、息を、止めた。
「……においが——また、大きく、変わった。器と三つ目が——揃ってきた。二つの間の道が——太くなってきた。揃ってきた。でも——まだ完全には、揃ってない。もう少し——揃う必要がある。でも——今日中に揃うかもしれない。そういうにおいだ」
「今日中——か」とジンが、低く、言った。
「……うん」とルルが言った。「もしかしたら——もう少し。でも——においが、はっきりしてきた。器と三つ目が——感じ合ってる。ちゃんと感じ合ってる。そういうにおいだ。あと——」
ルルが、少し、間を置いた。
「……入り口の二人から——新しいにおいが、した。後ろで支えながら——でも、自分たちの方が先に揃ってるから。器と三つ目が揃っていくのを——感じてる。うれしい、ってにおいだ。応援してる——そういうにおいだ」
「応援してくれてる——か」とジンが、後ろを見た。
入り口の二人が——後ろで、頷いた。
揃って——頷いた。
―――
夕暮れの中で——
シアが、息を、止めた。
「……揃った」とシアが言った。「器と三つ目の間の糸が——揃った。二つの向きが——一つに、揃った。この対の中の二本が——同じ方向を向いた。震えてる。二つとも——震えてる。一組目の対の中が——揃った。そういう見え方だ」
ジンが——目を、細めた。
地面に手を当てたまま——器の重さと、三つ目の重さを、同時に、感じた。
二つが——同時に、震えていた。
「……震えてる」とジンが、低く、言った。「二つとも——震えてる。器も——三つ目も。感じてる。同時に——震えてる」
ルルが、息を、止めた。
「……においが——揃った。器と三つ目が——同じにおいで、揃ってる。一組目の対の中が——揃った。そういうにおいだ。でも——まだ、声じゃない。対の中が揃っただけだ。次の段階が——ある。そういうにおいだ」
「次の段階——か」とジンが言った。
「……うん」とルルが言った。「対の中が揃ったら——次は、二つの真ん中の、さらに真ん中に立つ。カインが言てった。そういうにおいだ」
「……そうです」とカインが言った。「段階を踏みます。今日は——まず、一組目の対の中が揃った。それだけで——今日は、十分です。急がない。次の段階は——明日です」
ジンが——立ち上がった。
「……わかった」とジンが言った。「今日は——ここまでだ。揃った。一組目の対の中が——揃った」
―――
五本目の糸が——穏やかに、揺れた。
ルルが、息を、止めた。
「……アルトが——揺れてる」とルルが言った。「台地から——揺れてる。器と三つ目が揃ったのを——感じてる。自分のことを——思い出してる。自分も、ノアと、段階を踏んだ。一度では届かなかった。段階があった。段階を踏んだから——届いた。そういうことを——思い出してる。嬉しい——揺れ方だ。でも——まだある、って、揺れ方でもある。続きを——応援してる。そういう揺れ方だ」
「アルト——」とノアが、空に向かって、小さく、言った。「見てるか。一組目——揃えた。続きがある。でも——揃えた」
五本目の糸が——穏やかに、前を向いた。
―――
エリナが、手帳を、開いた。
ペンを、走らせた。
今日のこと——朝、ルルが「六本の道が動いてるけどバラバラだ、対の中は揃ってきてる」と言ったこと、カインが「真ん中が三つ必要だ、一組ずつ揃えていく」という記録を読み上げたこと、シアが「器と三つ目の対が不安定で先に揃える必要がある」と見たこと、ルルが器と三つ目のにおいが一番混ざる場所を見つけたこと、ジンとノアとカインが真ん中に立って手を当てたこと、入り口の二人が後ろで支えていたこと、セレクが「器が先に向いてからジンが応え、器が三つ目を向くという順番がある」という記録を示したこと、午後に器がはっきりとジンの方を向いたこと、ジンが器に向かって「三つ目がいる」と言ったこと、器が三つ目の方を向いてにおいを送り始めたこと、夕暮れに器と三つ目の間の糸が揃って二つが同時に震えたこと、アルトが段階を踏んだことを思い出して揺れたこと。すべてを、書いた。
書き終えて、ペンを止めた。
それから——もう一行、追加した。
『今日、器と三つ目が揃いました。一組目の対の中が、揃いました。でも声はまだ届いていません。段階の途中です。私は今日、入り口の二人がずっと後ろで立っているのを見ていました。声も届かない。でも——立っていた。支えていた。安定している方が、不安定な方を後ろで支える。安定していることが、誰かの役に立っていた。私はそれを書きながら、考えました。揃っていることも、声のひとつだ。届かなくても、安定して後ろにいることが——不安定なものを揃えていく。安定は静かだ。でも、安定は働いている。声が届く前から、ずっと、働いている。今日もそういう順番を聞きました。エリナ・フォルス談。自分で書いておく』
集落は——静かだった。
でも——
何かが、そこに、あった。
一組目の対が揃った後の——静かな何かが。
穏やかに——そこに、あった。
器と三つ目の間に——細くても、確かな道が。
揃ったまま——あった。
ルルは、それを確かめて、眠った。
―――
ジンは——地面の方角に、手を、当てた。
「……揃った」とジンが、小さく、言った。「一組目の対の中が——揃った。器と三つ目が——同じ方向を向いてる。震えてる。震えたまま——ある。明日は——次の段階だ。二つの真ん中の、さらに真ん中に立つ。急がない。でも——続ける。段階を——ちゃんと、踏む」
地面の奥から——返事は、なかった。
でも——何かが、そこに、あった。
器が光った夜とも、三つの道が編まれた夜とも——また、違う何かが、あった。
一組目の対の道が——揃ったまま、あった。
細く——でも、揃って、あった。
暖炉の火が——穏やかに、揺れた。
台地の風が——遠く、あった。
アルトが——見ていた。
一行の背を——押していた。
夜が——深くなった。
一組目が揃った後の——静かな夜が。
ゆっくりと——深くなった。
―――
― 第90話・了 ―
―――
次話予告:
翌朝、ルルが鼻先を向ける。「……においが——また、変わってきた。器と三つ目が——揃ったまま、ある。昨日より——ずっと、安定してる。でも——入り口の二人との間が、まだ繋がってない。二つの真ん中の、さらに真ん中——どこだ。そういうにおいだ」。カインが写しを開く。「記録には——『二つの対がそれぞれ揃った後、聞き手は二つの真ん中の、さらに真ん中に立つ。その場所は、四つのにおいが等しく混ざり合う場所だ。等しく、というのが大事だ。どれか一つでも偏っていると——六本の道は一度に動かない』とあります」。ジンが地面に手を当てたまま、四つの方角を同時に見る。「……等しく——混ざる場所。四つとも——同じだけ、混ざる。そこが——最後の場だ。そこに立てれば——六本が、一度に動く」。五本目の糸が——穏やかに、新しい方角を、向く。




