表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無詠唱の魔王  作者: Dちゃん
第一章「辺境から始まる話」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
9/50

第9話「返事と、開かない話と、少しの雨」

手紙が届いたのは、翌々日の朝だった。


 ギルドの伝令便は週に三度、周辺の街と街を結んでいる。通常なら往復に四日から五日かかる。それが二日で戻ってきた、ということをエリナが告げたのは、ジンが昨日と同じ席に座って昨日と同じスープを頼んだ直後のことだった。


 「シア・ルーナさん宛に、返信がありました」


 エリナが差し出した白い封筒には、几帳面な筆跡で宛名が書かれていた。


 シアの、手が止まる。


 ほんの一瞬のフリーズ。ジンはそれを見ていたが、何も言わなかった。


 「……受け取る」


 シアは封筒を受け取ると、テーブルの上に置いた。そのまま、開こうとはしない。


 「開かないの?」とルルが聞いた。


 「あとで」


 「今じゃだめ?」


 「あとで」


 ルルはしばらくシアの横顔を見てから、「そっか」と言って自分のパンに戻った。


 エリナがジンに目配せした。ジンは軽く首を振った。


  ―――


 もう一つ、エリナには報告があった。


 「セレク・ヴァインから、昨日、ギルドへの正式な照会がありました」


 四人がカウンター内の小部屋に集まったのは、朝食のあとのことだった。エリナは手元の書類を開きながら、声を落として続けた。


 「内容は『Fランク登録者、霧島ジンの活動履歴の開示請求』です。教会が王室を通じてギルド中央に働きかけた形で、ギルドとして正式に応じる義務が生じています」


 「断れない?」とジンが聞いた。


 「完全には、断れません。ただ——」エリナは少し間を置いた。「開示できる内容には、私の裁量で絞り込む余地があります。何を開示し、何を開示しないかを決めるのは、窓口担当の判断です」


 「……それはエリナが問題にならないの」


 「職務の範囲内です。問題になるかどうかは、私が決めます」


 ジンはエリナを見た。


 エリナは真っ直ぐジンを見返した。ぐらつかない目だった。


 「……ありがとう」


 「謝礼は不要です。仕事ですから」


 「そっか」


 シアが口を開いた。「開示請求に応じると、何がわかる」


 「依頼の履歴と、登録時の測定記録です。測定不能という記録ですが、それだけでも教会にとっては証拠になりえます」


 「証拠……具体的には」


 「規格外の力の存在を、公式文書で証明できる。つまり——動くための口実になります」


 「まだ動いてなかったの?」とジンが思ったより素直な顔で言った。


 「今までは観察でした。これは、次の段階です」


 ルルがジンの袖を引いた。


 「どうなるの」


 「わかんない」


 「こわい?」


 「んー……」ジンは少し考えた。「エリナとシアが困ることになるなら、それは嫌だ」


 ルルは「うん」と言って、袖を離した。


  ―――


 昼過ぎから、雨が降り始めた。


 ラングレイの石畳が濡れると、街の色が変わる。灰色だった路地が、黒っぽく落ち着いた色になる。ジンはそれをギルドの窓から見ていた。特に何かを考えていたわけではない。ただ見ていた。


 「封印の点の話をしてもいいか」


 シアが後ろで言った。封筒はまだ、上着のポケットに入ったままだった。


 「いいよ」


 「廃教会の台座に刻まれていた配置図——昨夜、改めて見直した。エリナが書き写した羊皮紙と、私の記憶を照らし合わせて」


 「何かわかった?」


 シアはテーブルに一枚の紙を置いた。手書きの簡略地図だった。ラングレイを中心に、いくつかの点が記されている。


 「石板があった地下水路が一点。廃教会が一点。残り三点のうち、一点は——おそらく、ラングレイの南西だ」


 「南西」


 「配置図の記号に方位と距離を示すものがあった。正確ではないが、大体の方角と範囲は読み取れる。ラングレイから南西に半日ほどの場所。森を抜けた先に、古い水源があるという記録をエリナが見つけた」


 「水源?」


 「農業用の古い灌漑の跡だ。百五十年ほど前に使われなくなっている。ただ——その場所に関する古い記録が、不自然に少ない」


 エリナが続けた。「ギルドの管理台帳にも、その区画だけ記載が飛んでいます。誰かが意図的に情報を削ったのか、それとも最初から記録しなかったのか——」


 「教会が管理してた?」


 「可能性はあります。セレクが知っているなら、残り二点の場所も、教会は把握しているかもしれない」


 「先に行った方がいい?」


 「今日は雨だ」とシアが言った。「明日以降で考える。ただ——早い方がいい」


 ジンは地図を見た。南西に書かれた点を、少しだけ見た。


 「シア」


 「何だ」


 「手紙、読んだ方がいいよ」


 沈黙。


 シアは何も言わなかった。ジンも、それ以上は言わなかった。


  ―――


 夕方、雨が少し弱まった頃、シアは宿に戻った。


 部屋の窓を少し開ける。雨上がりの湿った空気が入ってきた。机の前に座って、封筒を取り出した。


 宛名の筆跡を見た。几帳面で、どこか几帳面すぎる書き方。昔から変わらない。


 封を開けた。


 紙は一枚。短い文章だった。


                                   

   久しぶりだ、シア。

   写しを見た。碑文の解析ができる範囲でやってみる。

   一つだけ今わかることを書く。

   この碑文に使われている言語体系は、大陸成立以前の原始魔法言語だ。

   ただし、純粋な原始魔法言語ではない。それに、もう一つの言語が混ざっている。

   その言語は——俺が知っている限りでは、神語に近い。

   神語というのは、理論上しか存在しないとされているやつだ。

   術者が人間なら、神語を扱えた理由を、俺は説明できない。

   それから——一つだけ、個人的なことを。

   お前がパーティを出た理由は、俺にはまだわからない。

   だが、こういう形で連絡が来たことを、俺は良かったと思っている。

   返事は、気が向いたら。

                                カイン


 シアはその手紙を、最後まで読んだ。


 それから、もう一度読んだ。


 窓の外で、雨がまた少し強くなった。石畳を叩く音が、静かな部屋に響いた。


 シアは手紙を折り畳んだ。封筒に戻した。それを机の引き出しにしまった。


 立ち上がって、窓の外を見た。


 (神語)


 それが何を意味するか。魔法使いとして、シアには直感があった。人間が神語を扱えるとすれば——それは、人間ではない何かの力を借りていたか、あるいは。


 あるいは。


 (——ザルヴァ)


 その名前が、また頭の奥に浮かんだ。


 シアは目を閉じた。一拍置いて、開いた。


 部屋を出た。階段を下りた。食堂に行くと、ジンとルルがいた。ルルは夕食のスープをすでに半分以上飲んでいて、ジンはパンを千切りながらぼんやりと窓の雨を見ていた。


 ジンがシアに気づいて、「座れば」と言った。


 シアは向かいの席に座った。


 「手紙、読んだ」


 ジンが「そっか」と言った。それ以上は何も聞かなかった。


 シアは給仕を呼んで、スープを頼んだ。


 しばらく誰も何も言わなかった。ルルが「雨、好き」と言った。ジンが「そう」と言った。シアは答えなかった。


 スープが来た。一口飲んだ。温かかった。


  ―――


 翌朝、四人がギルドに集まった時、シアが口を開いた。


 「カインの手紙に、一つ重要なことが書いてあった」


 エリナが背筋を正した。ルルがジンの膝の上に座って、耳を傾けた。


 「廃教会の碑文は、原始魔法言語と——神語が混ざっているそうだ」


 沈黙。


 「神語って」とジンが言った。「神様の言葉?」


 「理論上のみ存在するとされている言語体系だ。魔法言語の源流、という位置づけで、現存する人間には使えない。少なくとも、理論上は」


 「でも実際に使われてた」


 「そう読める」


 エリナが静かに言った。「術者、アル・ヴェリアは——神語を扱えた」


 「……そういうことになる」


 「大陸と同じ名前を持ち、神語を使える術者が、四百年以上前に封印を作った」エリナは言葉を選んだ。「それは、人間ではなかった可能性がある、ということですか」


 「わからない。だが——教会がその封印を管理しようとしていた理由が、少しだけわかる気がする」


 ジンが首を傾げた。「なんで?」


 「神語は、神の領域だ。教会にとって、それを人間——あるいは人間に準じる何か——が扱えたという事実は、都合が悪い。自分たちの教義の根拠を揺るがしかねない」


 「神様が全部管理してるって話が崩れる?」


 「そうとも言える」


 ルルが、スープの湯気を見つめながら、ぼんやりと呟いた。


 「アル・ヴェリアって、神様じゃなかったのかな」


 誰も、答えられなかった。


 部屋の温度が一段階下がったような錯覚すらある。


 ジンが静かにルルを覗き込んだ。「なんでそう思った?」


 「なんとなく。においの感じが、なんか、神様のにおいじゃない気がして。もっと、別の……」


 「神様のにおい、わかるの?」


 「わかんない。でも、そんな感じがしたの」


 シアはルルを見た。子供をあやすような目ではない。神聖な預言者か、あるいは未知の特異点を慎重に測定するような、緊迫した瞳。


 「……その感覚、また教えてくれ。いつでも」


 「うん」


 重苦しい沈黙を引き裂くように、シアが言葉を継いだ。


 「それと——もう一つ、カインが残した謎がある。手紙には書けなかった、碑文の写しの余白にだけ添えられた彼のメモだ」


 シアが取り出したのは、カインの筆跡を慎重に写し取った一枚の紙。そこには、殴り書きのような、だが確固たる意志を持った一言が刻まれていた。


 「『水と火の間』」


 エリナが眉間に皺を寄せた。「水と火の間……」


 「場所の記述だと思う。碑文の配置図と合わせて読むなら、残りの点のうち一つは水に近い場所、もう一つは火に関わる場所——という読み方が、できなくもない」


 「水は、南西の水源と繋がりますか」


 「可能性はある。だとすれば残り一点は——火に関わる場所」


 ジンが「火山?」と言った。


 シアが「ラングレイ周辺に火山はない」と答えた。


 「火を使う場所、とかかな。鍛冶屋とか」


 「……それは少し規模が違う気がするが」


 「かまど?」


 「もっと規模が違う」


 エリナが手帳を開いた。「ラングレイの周辺で、火に関連する地名や記録がないか、調べてみます。古い地図と照らし合わせれば、何か出るかもしれない」


 「頼む」


 ジンが「とりあえず、南西の水源に行ってみる?」と言った。


 「雨が止んでからだ」


 「今日止まないかな」


 「わからない」


 「じゃあ今日は何する」


 シアは少し考えた。


 「……カインへの返事を書く」


 それだけ言って、席を立った。


 ジンは「そっか」と言った。それだけだった。


 エリナがジンに小声で言った。「手紙、出すことにしたんですね」


 「みたい」


 「……良かったです」


 「うん」


 ルルがジンの耳に口を近づけて、小声で言った。「シア、泣いてた?」


 ジンも小声で「泣いてないと思う」と答えた。


 「顔が、ちょっとだけいつもと違った」


 「そうかもしれない」


 「いつもと違う顔の方が、好き」


 「俺も」


 ルルがにこっとした。


  ―――


 夜、シアは便箋に向かった。


 前回より少し時間がかかった。何を書くべきか、ということよりも、何を書いてもいいか、ということを考えていた。


 最終的に書いたのは、こうだ。


   カイン。

   神語の件、助かった。

   続きの解析を頼む。

   それと——パーティを出た理由は、いつか話す。

   かもしれない。

                                 シア


 短すぎると思ったが、それ以上は書けなかった。


 封をして、机の端に置いた。


 窓の外では、雨がまだ続いていた。でも、昨日より少しだけ、音が柔らかかった。


 それで今夜は十分だ、とシアは思った。


 ——その感覚が、少し前まで自分には縁のないものだと思っていたことに、気づいた。気づいて、少しだけ気に食わなかった。


 でも否定できなかった。


  ―――


— 第9話・了 —


次話予告:翌朝、雨は上がっていた。南西の水源へ向かう四人。だが、その場所に先に足を踏み入れていた人間がいた——白い法衣の影が、草の上に残っていた。


応援ありがとうございます!

本日、執筆がめちゃくちゃ順調に進んだため……今夜24時(0時)に、もう一話サプライズ公開しちゃいます!


夜更かしのお供に、ぜひそちらも読みに来てください!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ