表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無詠唱の魔王  作者: Dちゃん
第六章「二つで一組の話」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
82/134

第82話「においが真ん中から動いてる、というルルの声と、道が先に動く、というカインの声と、二人の間に、ちゃんと、ある、というジンの声と、道の途中の集落の朝」

朝が、来た。


集落の朝は——静かだった。


でも——


昨日と、違った。


何かが——また、変わっていた。


昨日は、消えなかった夜だった。


今日は——


消えなかったまま、続きから、あった。


それだけで、十分だった。


―――


ジンが、目を覚ました。


すぐに——地面の方角に、手を、向けた。


地面を——通して、聞いた。


何かが——あった。


昨日とは——また、違った。


重さが——違った。


昨日は——「消えなかった」という感触だった。


でも今日は——


「二人の間から、続きがある」という感触だった。


「……真ん中が——動いてる」とジンが、小さく、言った。「二人の声じゃない。二人の間の——真ん中が、動いてる。消えてない。昨日より——ずっと、ある。真ん中から——続きが、来てる」


地面の奥から——返事は、なかった。


朝が、来た。


二人の間の——穏やかな何かが。


続きから——そこに、あった。


―――


ルルが、目を覚ました。


すぐに——鼻を、向けた。


後ろ——台地の方角。穏やかな、温かいにおい。アルトが、台地から、こっちを見ている。


前——集落の、二人がいる方角。


ルルが、息を、止めた。


「……においが——また、動いた」とルルが言った。「昨日の夜から——ずっと、動いてる。止まってない。でも——今日は、昨日と、少し、違う」


ジンが——少し、間を置いた。


「……何が——違う」とジンが言った。


「……真ん中のにおいが——動いてる」とルルが言った。「二人のにおいじゃない。二人の間の——真ん中のにおいが、動いてる。昨日は、二人が互いを見た時に、少し、動いた。でも今日は——二人が目を覚ます前から、もう、動いてる。止まってない。真ん中が——先に、動いてる。そういうにおいだ」


「真ん中が——先に」とジンが、低く、言った。


「……うん」とルルが言った。「二人の声じゃない。二人を繋いでる——その間のものが,先に、動いてる。カインさんが言ってた通りだ。道が——先に、動く。そういうにおいだ」


―――


カインが、写しを、広げた。


「……記録には——こうあります」とカインが言った。「『人と人の場合、声が戻る前に、二人の間の道が先に動く。道が動き始めたことを、二人は声よりも先に感じる。それが——二人で一組だという証だ』」


全員が——カインを、見た。


「……続きには——こうあります」とカインが言った。「『道が動いていることを二人が同時に感じた時、声は道の上に乗れるようになる。聞き手の役割は、道が動いていることを——二人に、ただ、知らせることだ』」


しばらく——誰も、何も、言わなかった。


「道が動いていることを——知らせる」とジンが、低く、繰り返した。


「……そうです」とカインが言った。「二人は道が動いていることを、すでに感じているはずです。でも——まだ、信じられていない。聞き手がそこにいて、『道が動いている』と伝えることで、二人は信じられる。信じてから——声が乗れます」


「信じてから——か」とノアが、静かに、言った。


「……そうです」とカインが言った。「老女と木の時は——一人の声だった。でも今日は——二人です。二人が同時に信じないと、道に声が乗れない。どちらか一方だけが信じても——駄目です。二人で、同時に」


ジンが——老いた男と子供の方角を、見た。


「……わかった」とジンが、低く、言った。


―――


老いた男が——集落の端に、来た。


子供も——隣に、来た。


二人で——また、道の脇に、立っていた。


いつもの場所に——いつも通り、立っていた。


ジンが、近づいた。


地面を——通して、聞いた。


「……真ん中が——動いてる」とジンが、小さく、言った。「二人の間から——ちゃんと、動いてる。昨日より——ずっと、動いてる」


ルルが、鼻先を、二人の方角に向けた。


「……においが——また、変わってきた」とルルが言った。「老いた人から——昨日と違うにおいが、した。子供から——昨日と違うにおいが、した。二人とも——真ん中のにおいが、動いてるのを、感じてる。感じてるけど——まだ、信じてない。信じていいかどうか——わかってない。そういうにおいだ」


「感じてるけど——信じてない、か」とジンが、二人を、見た。


老いた男が——子供を、見た。


子供も——老いた男を、見た。


二人の目が——細くなった。


同じように——細くなった。


口が——二人とも、動いた。


声は——届かなかった。


でも——ルルが、少し、頷いた。


「……動いてる——って、言ってる」とルルが言った。「二人とも——感じてる。何かが、動いてる——って、感じてる。でも——何かわからない。わかってほしい——って、においだ」


―――


ジンが——二人の前に、しゃがんだ。


「……動いてるのは——二人の間だ」とジンが言った。声が——低かった。「道が——動いてる。二人を繋いでる道が——先に、動き始めてる。聞こえてる。ちゃんと——動いてる」


老いた男が——目を、大きく、細めた。


子供も——目を、細めた。


口が——二人とも、動いた。


声は——届かなかった。


でも——ルルが、息を、止めた。


「……においが——また、動いた。二人から——信じていいにおいが、した。ジンが『道が動いてる』って言ったから——信じていい、ってわかった。二人とも——同時に、わかった。そういうにおいだ」


「二人とも——同時に、か」とジンが、二人を、見た。


老いた男が——頷いた。


子供も——頷いた。


二人の動きが——揃っていた。


また——揃っていた。


―――


ノアが——二人の前に、近づいた。


しゃがんで——地面に、手を、当てた。


「……ある」とノアが、静かに、言った。「二人の間から——ちゃんと、ある。昨日より——ずっと、ある。道が——動いてる」


ルルが、鼻先を、ノアの方角に向けた。


「……においが——した。ノアから——覚えてるにおいが、した。アルトとの間にあった道のにおいを——覚えてる。二人の間の道のにおいを——覚えてる。だから、二人のにおいが——わかる。そういうにおいだ」


「覚えてる——か」とジンが言った。


「……うん」とルルが言った。「ノアだから——わかる。アルトとの間に——道があった。それと同じものが——二人の間にも、ある。ノアが来てくれたから——二人も、安心してる。同じものを知ってる人が来てくれた——って、においがした。そういうにおいだ」


ノアが——二人を、見た。


「……俺も——知ってる」とノアが、地面に手を当てたまま、言った。「二人の間にあるもの——知ってる。消えない。声が届かなくなっても——消えない。ちゃんと——ある」


老いた男が——ノアを、見た。


子供も——ノアを、見た。


口が——二人とも、動いた.


声は——届かなかった。


でも——ルルが、目を、細めた。


「……ありがとう——って、言ってる」とルルが言った。「二人とも——言ってる。知ってる人が来てくれた——って、においだ」


―――


シアが、空間を、静かに、探った。


「……見えてきた」とシアが言った。「昨日より——ずっと、はっきり、見える。三本——どれも、昨日より、太い。でも——」


シアが、少し、間を置いた。


「……真ん中の糸が——先に、動いてる」とシアが言った。「昨日より、ずっと、太くなってる。二人の声の糸より——先に、太くなってる。真ん中の糸が太くなったから——二人の糸が、少し、真ん中に引き寄せられてる。真ん中から——それぞれへ。昨日のあの集落と——同じ順番だ」


「真ん中から——それぞれへ」とジンが言った。


「……うん」とシアが言った。「でも——あの時と、少し、違う。あの時の繋ぎ目は——後から生まれた。でも今回の真ん中の糸は——最初から、あった。最初からある糸の方が——引き寄せる力が、強い。二人の声の糸が——昨日よりずっと、速く、真ん中に引き寄せられてる。そういう見え方だ」


ルルが、息を、止めた。


「……においが——また、動いた。真ん中のにおいが——また、濃くなった。二人が——真ん中のにおいを感じてる。二人とも——感じてる。同じリズムで——感じてる。そういうにおいだ」


―――


セレクが、静かに、口を、開いた。


「……教会の記録に——こうあります」とセレクが言った。「『人と人の声が止められた後、二人の間の道は細くなる。しかし——完全には消えない。道が消えない限り、声は必ず戻れる。道が細くなるほど——声が戻った時、道は元より太くなる』」


ジンが——セレクを、見た。


「……細くなるほど——太くなる、か」とジンが、低く、繰り返した。


「……そうです」とセレクが言った。「二人の間の道は——長い間、細くなり続けていた。でも消えなかった。道が消えずに残っていたのは——二人がずっと、一緒にいたからです。一緒にいることで——道は、細くても、消えなかった」


「一緒にいることで——消えなかった」とノアが、静かに、言った。


「……そうです」とセレクが言った。「昨日、二人の動きが揃っていた。頷く時も——一緒だった。声が届かなくても——揃う。それが道の細さの証でもあり、道が消えなかった証でもある。そういうことだと、思います」


ジンが——老いた男と、子供を、見た。


老いた男が——ジンを、見た。


子供も——ジンを、見た。


口が——二人とも、動いた。


声は——届かなかった。


でも——ルルが、少し、目を、細めた。


「……ずっと——一緒にいた、って、言ってる」とルルが言った。「二人とも——ずっと、一緒にいた。声が届かなくなっても——一緒にいた。一緒にいることしか——できなかった。でも——一緒にいた。そういうにおいだ」


―――


昼が——来た。


集落の人たちが——食事を、用意してくれた。


温かいものだった。


一行は——それを、受け取った。


老いた男と子供も——来た。


隣に——しゃがんだ。


四人で——食べた。


声は——届かなかった。


でも——食事は、届いた。


ルルが、息を、止めた。


「……においが——また、変わった」とルルが言った。「老いた人から——昨日と、また、違うにおいが、した。子供から——また、違うにおいが、した。二人とも——待てるにおいだ。急がなくていい——って、においだ。来てくれるとわかってるから——待てる。昨日の老女と——同じにおいだ」


「昨日の老女と——同じか」とジンが、静かに、言った。


「……うん」とルルが言った。「でも——少し、違う。老女は一人で待ってた。二人は——二人で待ってた。二人で待てる——って、においだ。一人じゃないから——待てる。そういうにおいだ」


ジンが——老いた男を、見た。


老いた男が——頷いた。


子供も——頷いた。


二人の動きが——また、揃った。


―――


午後が——来た。


ジンと、ノアと——カインが、再び、二人の前に、集まった。


カインが——地面に、静かに、近づいた。


「……記録で——ずっと、読んできた」とカインが、静かに、言った。「人と人の間の道のことを。でも——今日、ここで、感じる。ここで——二人の間の道を、感じる。記録の道じゃない——ここの道を」


ルルが、鼻先を、カインに向けた。


「……においが——した。カインから——ここのにおいが、した。昨日と同じだ。記録のにおいじゃない——ここのにおいだ。根元のにおいが——また、動いた。カインが加わったから——また、動いた。そういうにおいだ」


四人が——そこにいた。


道が——動いていた。


―――


シアが、空間を、再び、探った。


「……また、変わった」とシアが言った。「真ん中の糸が——さっきより、また、太くなってる。四人でいるから——また、太くなってる。二人の声の糸が——もっと、引き寄せられてる。もうすぐ——真ん中の太さに、追いついてくる。追いついたら——声が、乗れる。そういう見え方だ」


「追いついたら——声が乗れる、か」とジンが言った。


「……うん」とシアが言った。「二人の声の糸が、真ん中の糸と同じ太さになった時——道が繋がる。繋がったら——声が乗れる。もうすぐ、追いついてくる。今日——追いついてくる。そういう見え方だ」


ルルが、息を、止めた。


「……においが——また、動いた。二人の間のにおいが——また、濃くなった。真ん中のにおいと——二人のにおいが、近づいてる。近づいて——同じ濃さに、なろうとしてる。そういうにおいだ」


―――


五本目の糸が——穏やかに、揺れた。


ルルが、息を、止めた。


「……アルトが——揺れてる」とルルが言った。「台地から——揺れてる。三本の糸を——感じてる。真ん中の糸が動いてるのを——感じてる。自分のことを——思い出してる。ノアとの間に——道があった時のことを。声が届かなくても——道があった。その道が動き始めた時のことを——思い出してる。そういう揺れ方だ」


「アルト——」とノアが、小さく、言った。「見てるか。真ん中が——動いてるぞ。二人の道が——動いてるぞ」


五本目の糸が——穏やかに、前を向いた。


―――


夕暮れが——近かった。


四人が——二人の前に、いた。


ルルが——鼻先を、二人の方角に、向けた。


「……においが——また、変わってきた」とルルが言った。「真ん中のにおいと——二人のにおいが、近づいてる。もうすぐ——同じ濃さに、なる。同じ濃さになったら——声が、来る。今日——来るかもしれない。声じゃないかもしれない。でも——何かが、来ようとしてる。そういうにおいだ」


「何かが——来ようとしてる、か」とジンが言った。


「……うん」とルルが言った。「二人が——感じてる。二人とも——感じてる。何かが来ようとしてるのを——感じてる。怖くない。待てる。でも——感じてる。そういうにおいだ」


カインが、写しを、手に取った。


「……記録には——こうあります」とカインが言った。「『人と人の声が戻る一日目の夕刻——最初に戻るのは声ではない。それは、二人が互いを見た時に、目が合う前の一瞬、視線が揺れる。その揺れが——声の一歩手前だ』」


「視線が——揺れる、か」とジンが、低く、言った。


「……そうです」とカインが言った。「声よりも先に——目が、揺れる。二人が互いを見た時——揺れる。それが、声が道に乗ろうとしている証です。今日——来ます。そういうことです」


ジンが——二人を、見た。


「……来る——か」とジンが、静かに、言った。


―――


ジンが——二人の前に、再び、しゃがんだ。


「……聞こえてる」とジンが言った。声が——低かった。「真ん中の道が——動いてる。二人の声が——追いついてきてる。もうすぐ——乗れる。急がない。でも——ここにいる。来ていい。二つとも——受け取る」


老いた男が——子供の方を、見た。


子供も——老いた男の方を、見た。


二人の目が——合った。


その瞬間——


目が、揺れた。


二人とも——揺れた.


同じように——揺れた。


ルルが、息を、止めた。


「……においが——動いた。二人が互いを見たから——真ん中のにおいが、動いた。大きく——動いた。声じゃない。でも——動いた。道が——乗れるようになろうとしてる。もうすぐ——乗れる。そういうにおいだ」


「もうすぐ——か」とジンが、二人を、見たまま、言った。


「……うん」とルルが言った。「二人が互いを見た時に——目が揺れた。カインさんが言ってた通りだ。揺れた。声の一歩手前が——来た。そういうにおいだ」


―――


老いた男が——口を、開いた。


口が——動いた。


声は——まだ、届かなかった。


でも——ルルが、目を、細めた。


「……声の一歩手前が——来てる」とルルが言った。「震えてる。においが——震えてる。声になろうとして——震えてる。老いた人から——声の一歩手前が、来てる。そういうにおいだ」


「一歩手前——か」とジンが、低く、言った。


「……うん」とルルが言った。「子供も——同じだ。二人とも——震えてる。真ん中のにおいが——また、動いた。二人が同時に震えてるから——真ん中が、また、動いた。二人で——同じリズムで、震えてる。そういうにおいだ」


シアが、空間を、探った。


「……糸が——震えてる」とシアが言った。「三本——全部、震えてる。でも——真ん中の糸が、一番、震えてる。二人の糸が——真ん中の糸に追いついてきてる。もうすぐ——同じ太さになる。同じになる——もうすぐ」


「もうすぐ——か」とノアが、静かに、言った。


―――


ジンが——根元に、手を、当てたまま、目を、細めた。


何も——言わなかった。


ただ——感じていた。


静けさが——あった。


ジンの中に——静けさが、あった。


ノアの中にも——静けさが、あった。


カインの中にも——静けさが、あった。


四人が——静けさを、持っていた。


ルルが、息を、止めた。


「……においが——また、大きく、動いた。四人が——静けさを持ってる。静けさが——場所を作ってる。声を迎える場所が——できてる。道が——乗れるようになろうとしてる。もうすぐ——もうすぐ、来る。そういうにおいだ」


―――


老いた男が——子供を、見た。


子供が——老いた男を、見た。


二人の目が——また、合った。


また——揺れた。


昨日より——大きく、揺れた。


口が——二人とも、開いた。


声が——


届いた。


「……」


声が——した。


言葉には——なっていなかった。


でも——声が、した。


二人の声が——


同時に、した。


ジンが——目を、細めた。


「……届いた」とジンが、低く、言った。「二人とも——届いた。同時に——届いた」


老いた男が——目を、大きく、見開いた。


子供も——目を、見開いた。


二人とも——見開いた。


同じように——見開いた。


ルルが、息を、止めた。


「……においが——全部、動いた。二人の声が——同時に届いた。同時に——来た。二人で一組だから——同時に来た。真ん中のにおいが——ものすごく、動いた。二人の間のにおいが——全部、動いた。道が——繋がってる。そういうにおいだ」


―――


老いた男が——また、口を、開いた。


口が——動いた。


今度は——言葉に、なりかけていた。


子供も——口を、開いた。


口が——動いた。


今度は——言葉に、なりかけていた。


二人の口が——同じ時に、動いた。


声が——


また、届いた。


「……」


「……」


二つの声が——同時に、した。


言葉に——なりかけていた。


ジンが——二人を、見た。


ノアが——二人を、見た。


カインが——二人を、見た.


四人が——静かだった。


ルルが、息を、止めた。


「……においが——また、変わった。二人の声が——同時に来てる。二人の間のにおいが——また、動いた.繋がってる。声が道に乗ってる。繋がったまま——乗ってる。二人で——一組のまま、乗ってる。そういうにおいだ」


―――


五本目の糸が——大きく、穏やかに、揺れた。


ルルが、息を、止めた。


「……アルトが——揺れてる」とルルが言った。「台地から——大きく、揺れてる。二人の声が同時に来たのを——感じてる。自分のことを——思い出してる。ノアとの間の道が——動き始めた時のことを。声が来ようとした時のことを——思い出してる。自分の時とは違う。二人で——同時に、来た。自分には——ノアがいた。でも、一人ずつだった。二人が同時に——来たのを、感じてる。そういう揺れ方だ」


「アルト——」とノアが、静かに、言った。「見てるか。二人とも——来たぞ。同時に——来たぞ」


五本目の糸が——穏やかに、前を向いた。


―――


エリナが、手帳を、開いた。


ペンを、走らせた。


今日のこと——朝、ルルが「真ん中のにおいが先に動いてる」と言ったこと、カインが「道が動いていることを二人に知らせることが聞き手の役割だ」という記録を読み上げたこと、ジンが二人に「道が動いている」と伝えたら二人が同時に信じたこと、ノアが加わって「同じものを知ってる人が来た」というにおいになったこと、セレクが「道が細くなるほど、声が戻った時に元より太くなる」という記録を示したこと、昼食の時に二人が「二人で待てるにおい」になったこと、カインが「記録じゃなくここで感じる」と加わって四人になったこと、シアが「真ん中の糸が声の糸に追いつかれれば声が乗れる」と言ったこと、夕暮れ前に二人の目が揺れて「声の一歩手前」が来たこと、四人が静けさを持っていたこと、そして夕刻、二人の声が同時に届いたこと。すべてを、書いた。


書き終えて、ペンを止めた。


それから——もう一行、追加した。


『今日、二人の声が同時に来ました。二人で一組だから——同時に、来た。老女の時は、一人の声が先に来て、それが引き金になって木の声が来た。今日は——同時でした。二人が互いを見て、目が揺れて、同時に来た。私は、その揺れ方を見た時、ペンが、止まりました。声が届く前の、目の揺れ方を——見ていました。あの揺れは、声よりも先に、二人の間にあるものが動いた揺れでした。届く前から——あった。声よりも先に——あった。届いた後に初めて重さになる、というよりも、あの揺れは、ずっと前から重さを持っていた。それが今日、形になった。届かなくても、あるものは、ある。昨日そう書きました。今日、それが形になるのを——見ました。エリナ・フォルス談。自分で書いておく』


集落は——静かだった。


でも——


何かが、そこに、あった。


声の一歩手前が——来た夜だった。


でも——昨日の夕方とは、違う、一歩手前だった。


二人が——同時に、来ていた。


穏やかに——そこに、あった。


ルルは、それを確かめて、眠った。


―――


ジンは——地面の方角に、手を、当てた。


地面を——通して。


「……届いた」とジンが、小さく、言った。「一歩手前が——届いた。二人とも——同時に、届いた。真ん中の道が——動いてる。声が——乗ってる。明日も——ここにいる。二つとも——全部、受け取る。二人の間のものも——全部、受け取る」


地面の奥から——返事は、なかった。


でも——何かが、そこに、あった。


老女の集落とも、昨日とも——また、違う何かが、あった。


二人が同時に——一歩手前に来た何かが、あった。


穏やかに——そこに、あった。


暖炉の火が——穏やかに、揺れた。


台地の風が——遠く、あった。


アルトが——見ていた。


一行の背を——押していた。


夜が——深くなった。


二人が同時に——一歩手前まで来た夜が。


穏やかに——深くなった。


―――


― 第82話・了 ―


―――


次話予告:


翌朝、ルルが鼻先を向ける。「……においが——また、動いた。昨日の夕方から、ずっと、動いてる。止まってない。二人とも——声の一歩手前に来てる。真ん中のにおいが——また、先に、動いてる。今日——来るかもしれない。声じゃないかもしれない。でも——二人で、同時に、何かが、来ようとしてる。そういうにおいだ」。カインが写しを開く。「記録には——『声の一歩手前が来た翌朝、人と人の場合——最初に届くのは声ではない。それは、二人が互いを呼ぼうとした時に生まれた、震えだ。二人の震えが同時に来ることで、道が震えを声に変える。二人が同時でなければ——声にはならない』とあります」。老いた男が——子供の方を、見る。子供が——老いた男の方を、見る。二人の目が——合う。揺れる。昨日より——大きく、揺れる。ルルが息を止める。「……においが——動いた。大きく——動いた。震えてる。二人とも——震えてる。同じリズムで——震えてる。来る。今日——来る」。五本目の糸が——大きく、穏やかに、揺れる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ