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無詠唱の魔王  作者: Dちゃん
第五章「灰の下に眠るものの話」

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第69話「道筋が動いた、というルルの声と、聞こうとする、というノアの声と、ここだ、というジンの声と、イルナ村の朝の光」

朝が、来た。


 暖炉の火が——揺れていた。


 イルナ村の朝は、静かだった。


 鳥の声が——なかった。

 風の音が——なかった。

 子どもたちの声が——なかった。


 でも——


 村は、あった。

 人は、いた。

 声は——ちゃんと、出ていた。


 ただ——届かないだけだった。


―――


 ジンが、目を覚ました。


 すぐに——地面に、手を、当てた。


 昨日とは——違う感触だった。


 重さが——あった。

 台地の時とは——全く、違う重さだった。

 でも——確かに、あった。


 「……道筋が——どこかに、ある」とジンが、ぽつりと、言った。「昨日より——近い」


―――


 ルルが、目を覚ました。


 すぐに——二つの方向に、鼻を、向けた。


 後ろ——台地の方角。穏やかな、温かいにおい。アルトが、台地から、こっちを見ている。


 前——この村の、どこか。


 しばらく——何も、言わなかった。


 それから——ルルが、静かに、目を、細めた。


 「……においが——近い」とルルが言った。「この村の中に——ある。道筋が——どこかで、断ち切られてる。その断ち切られてる場所が——近い。昨日より、ずっと、近い」


 「場所が、わかるか」とジンが聞いた。


 ルルが、少し、考えた。


 「……においが——この辺りから、変わってる。ここを境に——何かが、断ち切られてる。そういう、においだ」


―――


 ノアが、静かに、起き上がった。


 手のひらを——見ていた。


 「……夢を、見た」とノアが言った。「また——声が、した。でも——今度は、少し、違った」


 全員が——ノアを、見た。


 「どう違ったか」とエリナが、ペンを持ったまま、聞いた。


 ノアが、少し、間を置いた。


 「……届こうとしてた」とノアが言った。「昨日の夢は——声がして、でも消えた。今日は——届こうと、してた。届かなかった。でも——届こうと、してた。その違いが——ちゃんと、わかった」


 しばらく——誰も、何も、言わなかった。


 「……届こうとしてる」とジンが、低く、繰り返した。


 「……うん」とノアが言った。「こっちが近づいたから——向こうも、もっと届かせようとしてる。そういう感じがした」


―――


 カインが、写しを、広げた。


 「……もう一度、確認します」とカインが言った。「昨夜から——いくつか、写しを読み返しました。道筋の在り処について、記録に手がかりが、ありました」


 全員が——カインを、見た。


 「……アル・ヴェリアの記録には——こうあります」とカインが言った。「『道筋は、音が最初に生まれた場所の近くに、必ず、ある。その場所を探すには——聞こうとする者が、音の始まりに触れなければならない』」


 「音の——始まり」とジンが、繰り返した。


 「……そうです」とカインが言った。「声が最初に生まれようとした場所。道筋は——そこに、端がある。端に触れれば——断ち切られた場所が、わかる」


 「どうやって——端に、触れるのか」とシアが、静かに、聞いた。


 カインが、少し、間を置いた。


 「……記録には——こうあります」とカインが言った。「『聞こうとする者の前に——道筋は現れる』と」


―――


 セレクが、静かに、口を、開いた。


 「……教会の記録にも——この一行が、あります」とセレクが言った。「『音の道筋は、問われるのを待っている。聞こうとしない者には——見えない』」


 ノアが——少し、顔を上げた。


 「……聞こうとする——か」とノアが言った。「台地の時も——そうだった。ジンが地面に手を当てて、聞こうとした。そうしたら——返事が、来た」


 「……同じだ」とジンが言った。「問い方が、違うだけだ。台地は——重さで、来た。ここは——音の道筋で、来る」


 シアが、空間を、静かに、探った。


 「……空間に——何かが、溜まってる」とシアが言った。「音を運ぶはずの何かが——出口を、探してる。どこかで、断ち切られて——積み重なってる。魔力的には——見えない。でも——感じる。音が積み重なってる場所が——ある」


―――


 村の中を——歩いた。


 ルルが、先に、立った。


 鼻先を——少し、上げながら。


 「……においが——ここから、変わってる」とルルが言った。「この辺りで——何かが、断ち切られてる」


 立ち止まった場所は——村の中央にある、小さな広場だった。


 古い石畳が——あった。

 真ん中に——枯れた木が、一本、立っていた。

 葉は——なかった。

 枝だけが——広がっていた。


 ジンが、木を、見た。


 「……ここか」とジンが、低く、言った。


―――


 ルルが、木の傍に、近づいた。


 「……においが——ここから、一番、変わってる」とルルが言った。「この木の根元——ここが、断ち切られてる場所だ。ここを境に——届けたくて届かない、そういうにおいが、全部、積み重なってる」


 シアが、空間を、探った。


 「……見えない」とシアが言った。「でも——感じる。音に関わる何かが——この木の根元に、溜まってる。積み重なってる。ここで——断ち切られてる。ここで——届かないまま、止まってる」


 カインが、写しを、開いた。


 「……記録には——『道筋に触れるには、まず、声を聞かなければならない。聞こうとする者の前に——道筋は現れる』とあります」とカインが言った。


 ジンが、木の根元に、手を、当てた。


 地面に——触れた。


 目を、閉じた。


―――


 静かだった。


 台地の時のような——重さは、なかった。


 でも——何かが、あった。


 重さとは——違う、何かが。


 振動——というより。

 滞り——というより。


 ……積み重なった、何かが。


 ジンが、目を、閉じたまま、息を、吸った。


 「……聞こえてる」とジンが、小さく、言った。「台地とは——全然、違う。でも——ちゃんと、ある。声が——ここに、積み重なってる。届けたくて、届かなくて——ここに、溜まってる」


―――


 ルルが、息を、止めた。


 「……動いた」とルルが言った。声が、少し、震えていた。「道筋が——動いた。ジンが聞こうとしたら——道筋が、動いた。端が——見えてきた」


 「端が——どこにある」とジンが、手を当てたまま、聞いた。


 ルルが、鼻先を、木の根元の、一点に、向けた。


 「……ここだ」とルルが言った。「この根の——一番深いところ。においが——一番、変わってる。ここに——端がある」


 ジンが——手の位置を、少し、ずらした。


 根の深いところへ——意識を、向けた。


 「……聞こえてる」とジンが言った。「お前の声が——ここにある。届かないままでいる。でも——ちゃんと、ある。聞こえてる」


 地面の奥から——


 返事は、なかった。


 でも——何かが、震えた。


 ごく小さく。

 ごく静かに。


 道筋が——動いた。


―――


 「……動いた」とルルが、小さく、言った。「道筋が——また、動いた。端が——もっと、はっきりしてきた。こっちが聞こうとしたら——向こうも、届かせようとしてる。さっきより——においが、強くなってきた」


 ノアが——木の傍に、近づいた。


 地面を——しばらく、見ていた。


 それから——しゃがんで、木の根元に、手を、当てた。


 「……聞こえてる」とノアが、静かに、言った。「届こうとしてるのが——わかる。夢の中で感じたのと——同じだ。届こうとしてる。届かなくて——困ってる。でも——諦めてない。諦めてない、のが——わかる」


 ルルが、息を、止めた。


 「……においが——また、変わった」とルルが言った。「ジンだけじゃなくて——ノアも、聞こうとしたら。においが——もっと、強くなった。向こうが——気づいてる。二人が、聞こうとしてるのを——気づいてる」


―――


 五本目の糸が——ゆっくりと、揺れた。


 ルルが、少し、顔を上げた。


 「……アルトが——こっちを見てる」とルルが言った。「台地から——こっちを、見てる。一緒に、来てる。心配してるわけじゃない。ただ——見てる。応援してる。でも——それだけじゃない」


 「それだけじゃない——というのは」とノアが、小さく、聞いた。


 ルルが、少し、考えた。


 「……共鳴してる」とルルが言った。「道筋が動いたのを——アルトが、感じてる。名前が届かなかったあの時と——同じにおいがする、って、糸が、揺れてる。アルトも——昔、道筋が、断ち切られてた。その記憶が——今、動いてる」


 ノアが——少し、目を、細めた。


 「……アルトも——一緒に、聞いてるんだな」とノアが言った。


 「……ずっと」とルルが言った。「最初から——ずっと」


―――


 村長が——広場に、出てきた。


 一行を——静かに、見ていた。


 口が、動いた。


 ルルが、息を、止めた。


 「……わかってる——って、言ってる」とルルが言った。「この木のこと——わかってる。この村が、声が届かなくなったのと——同じ時に、この木も、枯れた。ずっと、ここにあった。ずっと——何かが、ここにある、って、思ってた」


 カインが、写しを、もう一度、見た。


 「……記録には——こうもあります」とカインが言った。「『道筋が断ち切られた場所には——音が最初に生まれようとした痕跡が残る。その痕跡は——世界のどこかに、必ず、形を留める』」


 「この木が——その形か」とジンが、低く、言った。


 カインが、少し、頷いた。


 「……おそらく」とカインが言った。「声が最初に生まれようとした場所。道筋の端が——この根の深くに、ある。この木が——ずっと、ここに立ち続けたのは、偶然では、ないかもしれません」


―――


 「……どうやって——道筋を、繋ぎ直すのか」とエリナが、手帳を持ったまま、聞いた。


 しばらく——誰も、答えなかった。


 カインが、写しを、静かに、めくった。


 「……記録には——『断ち切られた道筋は、聞く者が端に触れ続ければ——自ら繋がろうとする』とあります」とカインが言った。「触れ続ける——ということが、鍵のようです。一度触れただけでは、足りない」


 「触れ続ける——か」とジンが言った。


 「……そうです」とカインが言った。「道筋は——まだ、ある。断ち切られているだけで——消えていない。端に触れ続けることで、道筋が自ら繋がろうとする。それが——声を取り戻す方法だと、記録には、あります」


 ジンが——木の根元に、もう一度、手を、当てた。


 「……なら——ここにいる」とジンが言った。「聞こえてる。届こうとしてる。俺たちも——ここにいる。触れ続ける」


―――


 一行は——広場に、留まった。


 誰も、急がなかった。


 ジンが、根元に、手を当て続けた。

 ノアが、傍に、しゃがんだまま、いた。

 ルルが、においを、感じ続けた。

 シアが、空間の変化を、探り続けた。


 カインが、写しを、読んでいた。

 セレクが、静かに、立っていた。

 エリナが、手帳を、開いていた。


 しばらく——何も、起きなかった。


 でも——


 ルルが、少し、目を、細めた。


 「……においが——動いてる」とルルが言った。「少しずつ——動いてる。道筋が——少しずつ、こっちに、寄ってきてる。断ち切られたところから——端が、伸びようとしてる」


―――


 村長が——もう一度、口を動かした。


 子どもが、一人——広場に、出てきた。


 昨日の——子どもだった。


 木の傍に——近づいた。


 ジンを——見た。


 口が、動いた。


 ルルが、息を、止めた。


 「……また——ありがとう、って、言おうとしてる」とルルが言った。「昨日と——同じだ。でも——昨日と、においが、違う。昨日は——ただ、届けたかった。今日は——もう少し、届くかもしれないって、思ってる。そういう——においだ」


 子どもが——木の傍に、しゃがんだ。


 ジンの隣に。


 根元に——小さな手を、当てた。


 ジンが、子どもを、見た。


 何も——言わなかった。


 ただ——一緒に、いた。


―――


 「……においが——また、動いた」とルルが、小さく、言った。「子どもも——聞こうとしてる。一緒に——聞こうとしてる。それで——道筋が、もっと、伸びようとしてる。端が——また、少し、伸びた」


 シアが、空間を、探った。


 「……わかってきた」とシアが言った。「音の積み重なりが——少し、動いてる。溜まってたものが——少しずつ、出口を、探してる。まだ、道は繋がってない。でも——動いてる。ちゃんと——動いてる」


 ノアが——木の根元を、見た。


 「……聞こうとする、か」とノアが、静かに、言った。「祠の時も——そうだったな。俺が怖くて——動けなかった時、仲間たちが「覚えてる」って言ってくれた。それで——動けた。聞こうとしてくれる人が、いた。それだけで——動けた」


 一拍。


 「……それと——同じだ」とノアが言った。「向こうも——聞いてくれる人が、いるって、わかった。だから——届かせようとしてる。ちゃんと——届かせようとしてる」


―――


 昼が——近づいてきた。


 広場に——もう何人か、村人が、出てきていた。


 木の傍に——集まってきていた。


 みんな——口が、動いていた。

 みんな——声は、届かなかった。


 でも——


 ルルが、少し、目を、細めた。


 「……においが——全員から、する」とルルが言った。「届けたくて、届かなくて、困ってる。そのにおいが——みんなから、する。でも——さっきより、違う。さっきまでは——困ってるだけだった。今は——届くかもしれないって、思い始めてる。そういう——においに、なってきた」


 ジンが——全員を、見た。


 木の根元に、手を当てたまま。


 「……聞こえてる」とジンが言った。「全員の——声が、聞こえてる。届かないまま、積み重なってた。でも——ちゃんと、ある。ちゃんと——聞こえてる」


―――


 「……道筋が——また、動いた」とルルが言った。「ジンが全員に向けて言ったら——道筋が、また、伸びた。端が——もっと、はっきりしてきた。断ち切られてた場所と——端の距離が、縮まってきてる」


 シアが、空間を、探った。


 「……積み重なってた音が——少し、解けてきた」とシアが言った。「全部じゃない。でも——少し。出口を、探してたものが——少し、動いた。音を運ぶはずの道が——少しずつ、形を、取り戻そうとしてる」


 カインが、写しを、見た。


 「……記録には——こうあります」とカインが言った。「『道筋が繋がる時——最初の音は、小さい。でも——それが、最初の音だ』」


 しばらく——誰も、何も、言わなかった。


 「……最初の音」とジンが、低く、繰り返した。


 「……そうです」とカインが言った。「灰の台地の時と——同じです。最初は、小さかった。でも——それが、始まりだった」


―――


 五本目の糸が——大きく、揺れた。


 ルルが、息を、止めた。


 「……アルトが——激しく、揺れてる」とルルが言った。「台地から——激しく、揺れてる。共鳴してる。道筋が動いたのを——感じてる。名前が届きそうになった時と——同じ揺れ方だ。あの時——道筋が、繋がった。また——繋がろうとしてる。そういう——揺れ方だ」


 ノアが——少し、目を、閉じた。


 「……アルト」とノアが、小さく、呟いた。「見てるか。また——届こうとしてる。今度は——ちゃんと、届かせる」


 五本目の糸が——穏やかに、前を向いた。


―――


 エリナが、手帳を、開いた。


 ペンを、走らせた。


 今日のこと——朝、ジンが「道筋が近い」と感じたこと、ルルが「においが変わってる場所がある」と言ったこと、ノアが「届こうとしていた夢を見た」と言ったこと、カインが「聞こうとする者の前に道筋は現れる」という記録を読み上げたこと、セレクが「音の道筋は問われるのを待っている」という記録を引いたこと、村の広場の枯れ木の根元で道筋の端が見つかったこと、ジンが「聞こえてる」と言ったら道筋が動いたこと、子どもが隣に来て一緒に根元に手を当てたこと、村人たちが集まってきたこと、シアが「積み重なっていた音が解けてきた」と言ったこと、アルトが激しく共鳴していること。すべてを、書いた。


 書き終えて、ペンを止めた。


 それから——もう一行、追加した。


 『今朝、ノアさんが「届こうとしていた」と言いました。昨日の夢は消えた。今日の夢は届こうとしていた。その違いを、ノアさんはちゃんと感じていました。村の広場に枯れた木が一本、立っていました。この木の根元に——道筋の端がある、とルルさんが言いました。ジンさんが地面に手を当て、「聞こえてる」と言いました。すると道筋が動いた。子どもが隣に来て、一緒に手を当てました。ルルさんが「においが変わった」と言いました。村人たちが集まってきました。みんな、口を動かしていました。声は届きませんでした。でも——ジンさんが「全員の声が聞こえてる」と言いました。私には、直接わかりません。でも——集まってきた人たちの顔を見て、わかりました。届いていた。声ではないものが、届いていた。ノアさんが「聞こうとしてくれる人がいるから、向こうも届かせようとしている」と言いました。道筋を繋ぎ直すとはそういうことだと、今日、思いました。エリナ・フォルス談。自分で書いておく』


 ペンを——しまった。


 手帳を——閉じた。


 広場の風が——少し、動いた。


―――


 昼過ぎが——来た。


 ジンは——まだ、根元に、手を、当てていた。


 子どもも——まだ、隣に、いた。


 「……ルル」とジンが、ふと、聞いた。「道筋——今、どうだ」


 ルルが、少し、考えた。


 「……端と端が——もう少し、のところまで、来てる」とルルが言った。「断ち切られてた部分と——伸びてきた端の距離が——もう少し、だ。でも——まだ、繋がってない。もう少し——もう少しだけ、足りない」


 「もう少し——聞き続ければ、いいのか」とジンが言った。


 「……たぶん」とルルが言った。「でも——一人じゃ、難しいかもしれない。向こうも、力を、使い切ってる。こっちも——もう少し、届かせようとしないと、届かない」


―――


 ノアが——立ち上がった。


 村人たちを——見た。


 それから——木の根元を、見た。


 「……一つ、聞いていいか」とノアが、ジンに、言った。


 「なんだ」とジンが、根元に手を当てたまま、言った。


 ノアが、少し、間を置いた。


 「……祠の時——俺が名前を呼んだら、道筋が繋がった。ここも——誰かが、声を出したら、届くんじゃないか。聞こうとするだけじゃなくて——届かせようとする声を、出したら」


 しばらく——誰も、何も、言わなかった。


 「……記録には」とカインが、静かに、言った。「『道筋が繋がる最後の一押しは——聞く者が、声を、出すことだ』とあります。声が——道筋を、引き寄せる」


 「声を——出す」とジンが、繰り返した。


 「……そうです」とカインが言った。「聞こうとすることで道筋は動いた。あとは——こちらからも、声を、届かせる。道筋は——その声に、引き寄せられる」


―――


 ジンが——根元に手を当てたまま、顔を上げた。


 村人たちを——見た。


 口を——少し、開いた。


 「……聞こえてる」とジンが言った。声を——少し、張った。「ちゃんと——聞こえてる。届かないままでいるのが——わかる。でも——ここにいる。お前たちの声が——ここにある。届かないままで、あり続けてる。それが——ちゃんと、わかる」


 一拍。


 「……道筋を——繋ぐ。必ず——繋ぐ。お前たちの声が——世界に触れられるように。ちゃんと——届くように」


―――


 ルルが——息を、止めた。


 「……動いた」とルルが言った。「道筋が——また、動いた。ジンの声に——引き寄せられてる。端が——もっと、伸びた。断ち切られてた部分に——もう少しで、届く」


 シアが、空間を、探った。


 「……見えてきた」とシアが言った。「音を運ぶ道が——少し、形を、取り戻してきた。まだ繋がってない。でも——見えてきた。もう少し——もう少しだけ」


 子どもが——ジンを、見た。


 口が、動いた。


 ルルが、息を、止めた。


 「……ありがとう——って、言ってる」とルルが言った。「昨日より——声が、大きい。届かないけど——声が、大きい。ちゃんと——届かせようとしてる。今日は——届くって、思ってる。そういう——においだ」


―――


 五本目の糸が——大きく、前を向いた。


 ルルが、小さく、呟いた。


 「……アルトが——前を向いてる。台地の方角から——前を向いてる。道筋が繋がりそうなのを——感じてる。もうすぐだって——感じてる。一緒に、待ってる。一緒に——前を向いてる」


 ノアが——木の根元に、また、手を当てた。


 「……もうすぐだ」とノアが、静かに、言った。「お前の声が——もうすぐ、届く。ちゃんと——届く」


 地面の奥から——


 初めての、ごく小さな——


 音が、来た。


 音——というより。

 震え——というより。


 声の、一歩、手前。


 でも——


 確かに、来た。


 道筋が——動いた。


―――

挿絵(By みてみん)

― 第69話・了 ―


―――


次話予告:

道筋が繋がりかけたその夜、ジンは地面に手を当てたまま、眠れなかった。「……もう少し、だった」。ルルが鼻を向ける。「……においが——また、積み重なってきてる。でも——昨日より、軽い。道筋が一度動いたから——積み重なり方が、違う」。翌朝、カインが写しを開く。「記録には——『道筋が初めて動いた翌日に——声は最も届きやすい』とあります」。シアが空間を探る。「……見える。昨日より——はっきり、見える。音を運ぶ道が——形を取り戻してきてる」。ノアが、静かに、言う。「……今日、繋がる」。ジンが根元に手を当てる。「……聞こえてる。お前の声が——聞こえてる」。地面の奥から——昨日より、はっきりとした、震えが返ってくる。ルルが、息を止める。「……道筋が——繋がろうとしてる」。五本目の糸が——穏やかに、前を向く。


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