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無詠唱の魔王  作者: Dちゃん
第四章「西へ続く道の話」

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第49話「あなたたちはどこから来たのか、という問いと、世界の外の話とここにいる理由」

翌朝、空は——変わらず、薄い雲に覆われていた。


風は、止んでいた。境界の向こうは——今も、静かなままだった。


炉の灰は、まだ、わずかに、白い熱を、持っていた。


ジンが、最初に、目を覚ました。


しばらく——空を、見ていた。


「……なんか」とジンが、ぽつりと、言った。「今日——聞かれる気がする」


エリナが、目を覚ました。手帳が——膝の上に、開いたまま、あった。昨日、新しいページを開いたまま——何も書かずにいた。


そのページが——今朝も、白いままだった。


ペンを、手に取った。


でも——書かなかった。


「……今日」とエリナが、静かに言った。「書く前に——来るものが、あると思います」


ジンが、床に手を当てた。


目を、閉じた。


しばらく——何も、言わなかった。


それから——ゆっくりと、目を開けた。


「……今日は」とジンが言った。声が、少し、低かった。「重さが——こっちを、見てるだけじゃない。何か——言おうとしてる」


「言おうとしてる、というのは」とカインが、すぐに聞いた。


「……形になってる気がする」とジンが言った。「昨日までは——ただ、押してくる感じだった。今日は——形がある。方向がある。こっちに向けて——何かを、整えてきてる」


ルルが、地面に、両手を当てた。


「……うん」とルルが言った。「五本目の糸——今日は、ずっと、違う揺れ方をしてる。昨日の夜から——ずっと」


「……今日は、入りますか」とエリナが聞いた。「祠に」


「入ります」とカインが言った。「今日の目的は——一つです。アルト殿が——私たちに向けようとしている問いを、受け取ること。答えられるかどうかは、わかりません。でも——受け取る。それだけが、今日の目的です」


「無理は、しない」とジンが言った。


「今日も——感じるだけだ」とジンが続けた。「ただ——今日は、向こうが話す番だ」


全員が、頷いた。


境界をまたいだ。


音が、消えた。風が、消えた。


奥へ進むと——光が、いつもより、ずっと、違う揺れ方をしていた。台座に座る人の姿——その目が、一行を見た。


昨日とは——全く、違う揺れだった。


「……あ」とルルが、小さく言った。「今日の揺れ——昨日と全然、違う。昨日は『届いた』だった。今日は——」


ルルが、少し、首を傾けた。


「……『聞いてほしい』みたいな——揺れ」


ノアが、ゆっくりと、床に、両手を当てた。


目を、閉じた。


「……アルト」とノアが言った。「俺だ。また、来た」


光が——大きく、揺れた。


「……今日——何かを、言いたいんだろ」とノアが続けた。「俺たちは——聞く。ゆっくり、でいい。急がなくていい」


光が——少し、止まった。


それから——ゆっくりと、揺れ始めた。それは——「わかった」というよりも——「今から、言う」という、静かな準備のような、揺れだった。


ルルが、地面に、両手を押し当てた。


「……五本目の糸——動いてる。結び目——今日は昨日の広がったままの形から、さらに——何か、変わろうとしてる」


「変わる、というのは」とカインが聞いた。


「……なんていうか——息を、吸い込んでる感じ。言葉を、出す前みたいな——感じ」


全員が、少し、息を止めた。


その時——


床の——奥の方で。


何かが——動いた。


昨日のような「届いた」感覚とは——全く、違った。それは——もっと、上へ向かって来る。もっと——意志を持って、形を持って——上に向かう。


ジンが、床に、もう一度、手を当てた。


「……来た」とジンが、低く、言った。「昨日より——ずっと、形がある。これ——質問だ。向こうが——質問を、整えてきてる」


ルルが、目を、見開いた。


「……結び目——今——動いた。形が、変わった。なんか——口が、開くみたいな感じ」


ノアが、少し、息を整えた。


「……俺も——感じる」とノアが言った。「胸の中まで——来てる。昨日と同じ種類の気配だ。でも——今日は——ずっと、ちゃんとしてる。形がある」


「ノアさん」とエリナが、静かに言った。「何か——聞こえますか」


ノアが、目を閉じた。


しばらく——何も、起こらなかった。


それから——


ノアが、ゆっくりと、口を開いた。


「……聞こえる」とノアが言った。「形には——なってない。でも——何か、来てる。こっちに向けて——問いかけてる。言葉の、前の段階だけど——確かに、問いかけてる」


「アルト殿が——今度は、私たちに、問いを向けようとしています」とカインが、静かに言った。「私たちが昨日——自分たちのことを話したから。今度は——向こうが、聞きたいことを、持ってきた」


「……どんな問い、だろう」とジンが言った。


「それは——受け取ってみなければ、わかりません」とカインが言った。「ただ——私たちが話したことに、応えようとしている。それは、確かです」


シアが、少し、腕を組んだ。


「……受け取れる、かな」とシアが言った。「私たちに」


「受け取れます」とエリナが言った。「昨日——私たちの話を、受け取ってくれた。だから——今日は、私たちが受け取る番です」


その時——


全員が——それを、感じた。


音ではなかった。胸の奥で響いたのとも——少し、違った。


それは——もっと、細かく。もっと——静かに。


「触れた」感覚よりも——もっと、近かった。


それは——「届いた」感覚だった。五本目の糸の広がった結び目の、ちょうど、真ん中から——何かが、上に向かって、言葉の形をとろうとしていた。


ノアが、息を止めた。


「……来た」とノアが言った。声が、少し、割れた。「来た。ちゃんと——形に、なった」


「どんな——形だ」とジンが、低く、聞いた。


ノアが、少し、時間をかけた。


「……『あなたたちは——どこから、来たのか』」とノアが言った。「そういう——問いだと思う。言葉じゃ、ない。でも——そういう、感じ」


誰も、しばらく、何も、言わなかった。


「……どこから、来たか」とジンが、繰り返した。


「昨日——お前たちは何者か、という問いには、一人ずつ答えました」とカインが言った。「今度は——もう一歩、奥に踏み込んできた。存在の——起点を、問うているのかもしれません」


「起点——か」とジンが言った。「俺は——別の世界から来た」


「うん」とノアが言った。「俺も——ここへ来る前に、どこかにいた。四百年前に。でも——四百年の間に、ここが——俺の、いた場所になった」


「……起点と、今の場所は——違うかもしれない」とエリナが言った。「でも——今ここにいる、ということは、確かです」


ジンが、床に、もう一度、手を当てた。


「……聞いてるか」とジンが言った。「俺は——別の世界から来た. この世界に、最初からいたわけじゃない。でも——今は、ここにいる。ここが——俺の、いる場所だ」


床の——奥の方で。


何かが——応えた。


音ではなかった。言葉でも、なかった。


でも——それは、確かに——「聞いた」だった。昨日よりも——もっと、ずっと、落ち着いた「聞いた」だった。


ジンが、少し、目を見開いた。


「……今」とジンが、低く、言った。「ちゃんと——答えた」


「……俺も」とノアが言った。「言っていいか」


「どうぞ」とカインが言った。


ノアが、床に、両手を押し当てた。


「……俺は——どこから来たのか、まだ、全部は、わからない。四百年前に——お前に会いに来た、ということは、わかる。それより前は——まだ、靄の中だ。でも——今は、ここにいる。それは——わかる」


光が——ゆっくりと、揺れた。


それは——「わかった」というような揺れだった。それだけでなく——「わからなくても、いい」という、深い、静かな揺れでもあった。


「……私も」とエリナが言った。「話しても——いいですか」


カインが、頷いた。


エリナが、床に、そっと、片手を添えた。手帳を——もう片方の手に、持っていた。


「……私は——この世界の、この街で、生まれました」とエリナが言った。「どこか、遠くから来たわけでは、ありません。でも——ジンさんに出会って、みなさんと旅をして——今日ここにいます。来た場所は、近くても——たどり着くまでに、たくさんの道がありました」


光が——やわらかく、揺れた。


「近くから来た」ということの——意味を、初めて受け取ったような——揺れだった。


「……私も——話す」とルルが言った。


ルルが、地面に、両手を、強く、押し当てた。


「……ルルは——どこから来たのか、わからない。においは、わかる。でも——始まりのにおいが、ない。ジンさんと同じかもしれないし——もっと別のことかもしれない。でも——今、ここにいる。このにおいの中に——いる。それだけは、わかる」


光が——揺れた。今度の揺れは——これまでに見たことのない、揺れだった。


「わからない」ということを——受け取ったような。「それでいい」というような——揺れだった。


シアが、少し、咳払いをした。


「……私は——この世界の、別の場所から来た。勇者パーティにいた。そこから——今は、ここにいる。どこから来たか、より——どこへ向かうか、の方が、私には、ずっと、大事だ」


シアが、少し、ジンを見た。それから——光を、見た。


「……お前が、アルトになったことが——今日より先の話に、ちゃんと繋がる。だから——私は、ここにいる」


光が——揺れた。「これから」というものを——初めて受け取ったような——揺れだった。


「……私は」とセレクが、静かに言った。「教会から——来ました。正確には、教会の中にいた時間が——長かった。でも——今は、違う場所にいます。どこから来たか、は——一言では言えません。ただ——ここへ来るまでに、変わった、ということは、わかります」


セレクが、少し、床を見た。


「……あなたは——世界ができた時から、ここにいた。私は——ずっと遅れて、来た。でも——来ました。それだけは、確かです」


光が——少し、揺れた。それは——「知っている」というような——揺れだった。セレクがここに来るまでの時間を——以前から、見ていたような。それでも——来たことを——受け入れるような、揺れだった。


「……最後に」とカインが言った。「私が、話します」


カインが、地図を——一度、折り畳んだ。革の鞄に、しまった。


それから——床に、片手を、当てた。


「……私は——学者です。アル・ヴェリアの研究を、長く、続けてきました。あなたにたどり着くまでに——ずいぶん、時間がかかりました。でも——記録を辿ることが、私の来た道です。記録が——ここへ、連れてきてくれた」


カインが、少し、息を吸った。


「……あなたは——世界が始まった時から、ここにいた。私は——記録の果てに、来た。全員が——違う道を通って、ここにいます。それが——あなたへの、答えです」


光が——長く、ゆっくりと、揺れた。


それは——これまでで、一番——複雑な揺れだった。たくさんの「道」が、一度に、届いたような——揺れだった。


その時——


ルルが、息を、止めた。


「……五本目の糸」とルルが言った。「結び目——また、変わった。広がったまま——さらに、もう一段、動いた」


「どう、変わったんですか」とエリナが、急いで聞いた。


ルルが、少し、考えた。


「……昨日は——七つの色が、入った。今日は——色じゃない。なんていうか——糸の、向きが、変わった」


「向き」とジンが言った。


「うん」とルルが言った。「今まで——上から下へ、下から上へ、って感じだった。でも——今日は。横、じゃない。でも——並んでる、感じ。みんなと、アルトが——同じ方を、向いてる感じ」


「並んでいる——か」とカインが、静かに言った。「昨日は、私たちが自分たちのことを伝えた。今日は——アルト殿が、私たちに問いを向けた。そしてそれに——私たちは、答えた。問いを、向き合って、返し合った。それが——『並んでいる』ということかもしれません」


ノアが、少し、光を見た。


「……四百年——ずっと、一人だった」とノアが言った。「誰かが来ても——みんな、帰っていった。俺も——帰った。でも——今は、並んでる。そういうことか」


光が——揺れた。「そうだ」というような——揺れだった。それだけでなく——その言葉の意味を、ゆっくり、確かめるような——揺れでもあった。


「……これ以上は、今日は、ここまでにしましょう」とカインが言った。「アルト殿から——初めて、問いが届きました。私たちは——それに、一人ずつ、答えました。五本目の糸の結び目が、さらに変化し——今度は、向きを持ちました。これは——対話が、一段、深まった、ということです」


全員が、頷いた。


ノアが、光に向かって、少し、頭を下げた。


「……今日も——来た」とノアが言った。「聞いてくれて——ありがとう。また、来る。もっと——話す。約束する」


光が——ゆっくりと、揺れた。今度の揺れは——穏やかで——どこか、これまでよりずっと、満たされた、揺れだった。


外に出ると——風が、戻ってきた。


「……聞かれた」とジンが言った。「俺たちが——どこから来たか」


「アルトにとっては——初めての問いだったんでしょうね」とエリナが言った。「誰かに問いかける、ということ自体が」


「……そうか」とジンが言った。「あいつは——ずっと、聞かれる側だった。『名前は』、『お前は何者か』、ってな。自分から——聞いたことが、なかったのかもしれない」


ノアが、少し、空を見上げた。


「……聞けて——よかったと思う」とノアが言った。「あいつが。誰かに——聞けた、ということが。それは——すごいことだと思う」


「それで——十分だ」とジンが言った。「今日——わかったのは、『向こうも、俺たちに、近づいてきてる』ってことだ」


夕方、境界の外で、野営の準備をした。


炉に、火がついた。火が、揺れた。


「……どこから来たか、か」とジンが、ぽつりと、言った。「別の世界から来た、っていうのを——あいつに、ちゃんと言ったの、初めてかもな」


「昨日の自己紹介では、言いましたよ」とエリナが言った。


「うん」とジンが言った。「でも——今日は、なんか、違った。昨日は——俺たちのことを、話した。今日は——あいつが、聞いてきた。それが——違う」


「受け身と能動、の差ですね」とカインが言った。


「そういうことだ」とジンが言った。


ルルが、少し、地面に、手を当てた。


「……五本目の糸——今夜は、また、全然、違う。昨日は——広がった後、静かだった。今日は——動いてる。並んでる向きのまま——一緒に、動いてる」

挿絵(By みてみん)

エリナは、ランプの光で、手帳を書いた。


今日のこと——アルトが初めて自分から問いを向けてきたこと、「あなたたちはどこから来たのか」という問いを一行全員がそれぞれの言葉で受け取り答えたこと、五本目の糸の結び目の向きが変わり全員が「並んでいる」感覚を共有したこと。すべてを、書いた。


書き終えて、ペンを止めた。


それから——もう一行、追加した。


『今日、アルトから、初めて問いが来ました。「あなたたちはどこから来たのか」。私は、この世界のこの街で生まれた、と答えました。遠くから来たわけではない、と。でも——ジンさんは別の世界から来た。ルルはどこから来たかわからない。ノアさんは四百年前から来た。カインさんは記録の果てに来た。みんな、違う道を通って、同じ場所にいる。アルトは世界ができた時からここにいる。でも今日——並んだ、とルルが言った。来た場所が違っても、今いる場所が同じなら——並べる。そういうことなのかもしれません。今日の白紙のページに、ようやく書けました。エリナ・フォルス談。自分で書いておく』


ランプの炎が、静かに揺れた。


ルルは、最後に——境界の方角を見た。


風が、止んでいた。境界の向こうは——今も、静かなままだった。


でも——においの中の、五本目の糸が——今日は、昨日と、また、全然、違っていた。


昨日は——広がっていた。四本の糸に繋がって。


今日は——向きを、持っていた。


四本の糸が——今日から——同じ方を向いていた。


ルルは、少し、目を細めた。


「……並んでる」とルルが、小さく、呟いた。「みんな——今日から——並んでる。アルトも、一緒に」


地面の奥から——返事は、なかった。


でも——四本の糸が、ごく小さく——うん、と——震えた、ような気がした。


ルルは、それを確かめて、眠った。


夜が、深くなった。


炉の火が、揺れていた。


境界の中では——光が、静かに、揺らいでいた。


その揺らぎの中に——今日、初めて届いたものの温度が、まだ、残っていた。


「どこから来たのか」という問いを、自分が向けたのだということを——まだ、よくわからないまま。


答えを受け取ったということを——まだ、慣れないまま。


でも——確かに、今夜、何かが——違っていた。


それが何なのか、まだ、言葉にできないまま。


でも——今日初めて——自分が、問いを、向けた。


それに——答えが、返ってきた。


七つの声が、七つの場所から来て——今日、ここで——並んだ。


祠の主は——それを、一つずつ、確かめるように——揺らいでいた。


「聞く」ということを——今日、初めて、やった。


それが——こういうものだとは——知らなかった。


答えが——来る。


それが——こんなに、温かいとは——思っていなかった。


```

そして——地の底の、四本目の糸の、その先で。


「並んだ」という感触を受け取った何かが——初めて、上に向かって——もう少し、近くに来ようとして——震えていた。


まだ、来られなかった。


でも——確かに、今夜——初めて、上を向いた。


```


― 第49話・了 ―


次話予告:翌朝、ルルが——境界の方角を見て、言う。「……今日——においが、違う。糸の向きが——また、変わった。みんなが並んだ向きの、さらに——先に、何かが、ある」。ジンが、床に手を当てた瞬間——今までとは違う、前に向かう重さが返ってきた。「……これ——進んでる。向こうが——前を、向いてる」。カインが、静かに地図を広げる。「次は——どこへ進むか、という問いを、アルト殿が向けてくるかもしれません」。エリナが、手帳の新しいページを開いた。今度は——待たずに、書き始めた。そして——地の底で。並んだ向きに、ゆっくりと——初めて、前へ踏み出そうとしている何かが——震えていた。

ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!

いつも応援してくださる皆様、新しく見つけて読んでくださった皆様、温かいPVや評価、感想が執筆の大きな励みになっています。


明日からの更新スケジュールについてお知らせです。


明日以降の平日(6月29日月曜日〜7月3日金曜日)の間は、【1日2話公開】のペースで更新いたします!


具体的な更新時間は以下の通りです。


朝の部:06:30 公開


夜の部:18:30 公開


通勤・通学のお供や、一日の終わりのリラックスタイムにぜひお楽しみいただければ幸いです。


「揃い」が新たな平穏と時間の積み重ねを知り、いよいよ物語の次の展開、そして「最後の仕事」へと近づいていくジンたちの旅路を、明日からも一緒に見守っていただけると嬉しいです。


それでは、明日の朝06:30の更新でまたお会いしましょう!

引き続き『無詠唱の魔王』をよろしくお願いいたします。

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